なにか、あたたかく、そして柔らかいものに、顔が包まれている。
その感触が気持ちよくって、ゆっくりと楽しむように、頬ずり繰り返す。
「んっ……」
うん? なにか聞こえたような……。
すりすり。
「ん……ぁ……」
む、気になる、一体なんだろうと思って、残念ながらも目を開けるとそこには―――。
白く大きい形の良い胸、その間に俺の顔は溺れていました。
―――帰れぬ街の美女――― 第二話「士郎、ライダーに溺れる」 |
「はぁ……おはようございます、シロウ」
「お、お、おおおはよう、ライダー」
「よく眠れましたか?」
「あ、う、うん」
障子を抜けてきた朝の淡い光に照らされたライダーの微笑みが、聖母と見違うほど神々しく見えたりした。
状況を無視すればそれはなかなか体験できない事だと思う。
今の俺、説明すると一つの布団の中で、ライダーと抱きしめ合っている。
なぜかパンツ一丁な俺と、昨夜見たままのワイシャツ一枚しか身につけていない彼女。
その大きくはだけた胸元に顔を埋めていたと、何回も何回もその胸に頬ずりしていた。
うむ、解析には自信がある、間違いないな。
「シロウ」
「なんだ、ライダー」
「これ、どうしますか?」
「これ……ってぇ!?」
「昨夜は夜伽出来なかった分、ご奉仕と言う事でわたしが―――」
「!!」
俺はシーツをはぎ取って、彼女が指さした物を隠すように下半身に巻き付けた。
そして入り口の襖に向かって四つんばいで下がると、そのまま背中を預けた。
その俺を追うように、ライダーも四つんばいで迫ってくる。
ダメだライダー、今の俺にその格好はヘルアンドヘヴン!
近寄ってきた彼女の手が、俺の大股に触れた時、後ろの襖が開かれそのまま廊下に転がり出た。
で、見上げた俺と仁王立ちしたセイバーの目があった。
「…………」
「お、おはようセイバー」
「おはようございます、セイバー」
「…………」
「ご、誤解するなよ、俺はまだ何もしてないぞ」
「そうです、これからわたしがシロウにご奉仕をするのですから」
「ち、ちがうって!」
「シロウ」
「セイバー」
ニコッと笑ったセイバーの額に、美少女らしからぬ血管を浮かび上がった。
こ、怖ーっ!
昨夜と同じでエクスカリバーご登場かと思ったが、俺を見下ろしたまま呟く。
「シロウ、朝食をお願いします」
「あ、ああ、解った」
「……それまでは命を預けましょう」
「それまで!?」
「早くしてください、もしかしたら気が変わって今すぐ宝具を使ってしまうかもしれません」
かくかくと何度も頷く俺に微笑みかけると、立ち去ろうとした。
だけど、さっきから寝転がった俺に上に覆い被さっていたライダーが、余計な一言を口にする。
もしかしてわざとなのか、それとも天然なのか。
「くすっ、情けないですね、セイバー」
「むっ、どう言う意味です、ライダー」
「いえ……ただ、いい生活していると思っただけです」
「何が言いたいのか、はっきり言ったらどうです」
「セイバー、貴方は自分で何かをしようと思った事はないのですか?」
「自分で……?」
「シロウは貴方のなんですか?」
「シロウは私のマスターです」
「わたしにはそう見えません、まるで反対に見えます」
「なっ―――」
そこで俺の頭を抱きしめ、また胸に押さえつけると、セイバーに見せつけるように足も絡め始める。
一瞬、俺に微笑むライダーの目が、からかうのが好きなあかいあくまと重なった。
もしかして、わざとやっているんだな、ライダー!
「食事の用意から始まって、身の回りの世話までさせ、あまつさえ自分の思い通りにいかないと腕力に物を言わせる」
「ううっ」
「これでは誰が見ても貴方がマスターで、シロウが使い魔としか見えません」
「ぐっ」
「シロウ、わたしは彼女とは違います」
「ライダー?」
「改めて言います、この身朽ち果てるまで、貴方の付き従います」
「それは違うぞライダー、俺はサーヴァントじゃなくて、ひとりの女の子を助けたんだ」
「優しいのですね、シロウ」
「だから、一人の女の子として、普通に暮らして欲しいかなって」
「シロウ、それはもしかしてプロポーズですか?」
「はい?」
「まさかそこまでわたしの事を……感激です」
「ちょ、ちょちょっと待てライダー」
「解りました、今朝の朝食はわたしが作ります!」
そう言って、そのまま台所に長く白い足を存分に見せつけて、行ってしまった。
そうしてここに残されたのは、呆然としている俺と、小刻みに震えているセイバー。
怖かったけど、俺は小声で呼びかける。
「セ、セイバー」
「くっ……私は勝負を挑まれたのか」
「あのー、もしもし?」
「一人の騎士として、背中を見せるなんて無様な姿を晒すわけには―――!」
「それちがうと思うけど、俺の声は聞いてないよな……はぁ」
「ライダー、貴方の好きにはさせません!」
「お、落ち付けってセイバー」
「シロウ、邪魔をしないでください」
暴れ出そうとするセイバーの両肩を押さえて、何とか宥めようとした。
その時だ、俺の腰に巻かれていたシーツが床に落ちて、さっき抱きつかれたライダーの感触がまだ残っていて、
朝の生理現象は現在もアイドリング状態な訳で。
きん!
「シロウのケダモノ―――!」
どすどすと足音を立てて、台所に行く後ろ姿を見送りつつ。
俺は朝から嫌な汗を流しつつ、股間を押さえて踞るしかなかった。
見事ですよ、セイバーさん。
使い物にならなくなったらどうしてくれますか、あんたは。
そんな俺をあざ笑うかのように、藤ねえの悪魔っ娘で俺にとっては可愛い妹なイリヤがニコニコしてやってきた。
「おはよーシロウ、廊下で寝るなんて寝相悪いよ」
「お、おはようイリヤ、これは訳があって……」
「ん、どうしたの、もしかしてお腹痛いの?」
「違う、そうじゃない」
「見せてシロウ、これでも魔術師だから簡単な治療ぐらいならお任せよ」
「大丈夫だからっ」
「むー、見せなさいシロウ!」
「あっ」
「……キャー、シロウのエッチー!!」
朝から股間にガンド撃ち込まれる人間って、世界でも俺が初めてじゃないか。
そんな現実逃避しながら、俺は夢の中へ飛び立った―――ライダーの胸に溺れる夢を求めて。
つづく。
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