聖杯戦争も終わって幾日か過ぎたある日、俺は商店街の片隅で、奇妙なものを見た。
それはものと言うより、人である、しかも、少し汚れているが女性らしい。
全身を覆う薄汚れたシーツの影から見える、地面まで届きそうな長く綺麗な髪―――ん?
待て衛宮士郎、俺は見覚えがあるはずだ、あの長い髪に!
そこで、顔を上げた彼女と目が合った―――。
「ライダー?」
―――帰れぬ街の美女――― 第一話「士郎、ライダーを拾う」 |
「説明してください、シロウ」
我が家の居候、朝からどんぶり飯三杯は当たり前の美少女、セイバーが肩を怒らせて俺を睨む。
それはもうあれです、裸足で逃げ出したいって思うほど、泣きたくなるぐらい怖いです。
まるで拾ってきた猫が見つかった時の、子供をしかる母親のように俺を叱っています。
ううっ、俺が何したんだよ、ただ困っていた人を連れてきただけじゃないか、いわば人命救助したんだぞ。
それなのにとりつく島もない、もしかしてお腹減っているのか。
「聞いていますか、シロウ」
「あ、ああ、聞いてる聞いてる」
「はぁ……何度も言うように、貴方はどうしてそうお人好しなのですか」
「そう言われても、これが俺だし……」
「とにかく、拾ってきただけじゃ納得出来ません」
「別に深い意味はないぞ、困っていたようだし、それに知っている顔だったからな」
「だからといってよりにもよって、少しは考えないんですか、シロウは!」
「か、考えているから連れてきたんだろ、俺には見捨てる事が出来なかった」
「そうやって……誰彼構わずいい顔して……私がどれだけ苦労しているか……」
「セイバー?」
「な、なんでもありません!」
「もうしかして、お腹減っているのか、セイバー?」
「む」
「違うのか?」
「シロウ、貴方が常日頃私の事をどう見ているのか解りました、今ハッキリと!」
「セ、セイバー」
「言葉で言っても解らない人には、実力行使しかありません」
「お、おいっ」
ゆっくりと立ち上がるセイバーの姿が、すーっと鎧姿に変わるって言うか、殺る気まんまんですか。
最早聞く耳持ちませんと、すんごいいい笑顔で、ちょっとこめかみがひくひくしているけど。
まてまてセイバー、いくら何でもエクスカリバーで切られたら、この家無くなるぞ。
無造作に俺たちの間にあったテーブルを一刀両断、マジですか!?
その前に俺の命もなくなるけどって言うか、誰か助けてくれー!
そう、正にその時―――風前の灯火だった俺の命を救ってくれる事が起きるとは。
捨てる神あれば拾う神ありとは本当にあったんだー、わーいってぇ!?
その神様は女神様でしかも―――風呂上がりでワイシャツ一枚のお姿で俺の目の前に立ちました。
ぶっ、その位置はいろんな意味で、特に俺が危険すぎるからっ、ぐはっ。
俺、腰が抜けて立てないので座っている、彼女、ワイシャツ一枚でしかも下着着けていなかったりして。
こう角度的に目が離せなくなってもしょうがないと、親父ならそうそう同意してくれるだろう。
い、いかん、セイバーの視線がもっときつくなっている。
「そこをどきなさいライダー」
「お断りします」
「くっ、私はシロウと話をしているのです」
「剣を構え、マスターであるシロウを斬りつけるのが話し合いというのですか」
「言葉では足りないので、体に教え込もうとしたところです」
「野蛮ですねセイバー、それでも貴方は女性ですか?」
「なっ」
「それに、わたしがこうしているのは理由があります」
「何だというのですか!」
「わたしはシロウに拾われました」
「それがなんだと……」
「ですから、今のわたしの主人はシロウです」
「は―――」
そこでセイバーを無視して振り返るライダー。
俺の前に跪くと、三つ指ついて、深々とお辞儀しました。
おおうっ、胸の谷間の凄さ、これはセイバーに無い物だな、うん。
うっ、セイバーの視線が俺の考えが解ったのか、更に視線がきつくなった。
これ以上は刺激すると、明日の朝日が見られない事確実だ。
そんな俺の思いをあざ笑うかのように、運命の神様って奴はいたずら好きらしかった。
「シロウ、ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「あ、う、うん」
「あのように薄汚れたわたしにも、声を掛ける貴方の変わらぬ優しさに感激しました」
「いや、そんなに感謝してくれなくても」
「聖杯戦争も終わって消えゆくしかないわたしを助けてくれた恩義、全身全霊を込めて尽くしたいと思います」
「別にそこまでしなくても……」
「まずは今夜の夜伽から、シロウが心ゆくまで相手をさせて頂きます」
「え、いや、そんなのいいって」
「いえ、わたしの気が済みません」
「そう言われても……」
「もしかして、ご迷惑でしたか……そうですね、貴方の命を狙ったわたしを信用するはずがないですね」
「まて、それは違うぞライダー」
「ですが」
「もう終わった事じゃないか、それにライダーは綺麗なんだから汚れている方が間違っている」
「シロウ、貴方は本当にいい人なんですね」
「そんなことないけど、そうありたいって思っているかな」
「英霊となって幾星霜、やっと本当の主人に出会えたと、そう思いたいです、シロウ」
「ラ、ライダー」
「話は終わりましたか、シロウ」
「あ」
すっかり忘れ去られ置き去り気味にしていたことで、セイバーの怒りが頂点をぶっちぎりしたようだ。
そして振り下ろされる剣から俺を庇うように覆い被さるライダー……ぐはっ。
む、胸に顔が挟まって息が苦しいって、今はそれどころじゃない。
俺は手を掲げ、呪文を唱える。
「―――投影、開始」
そして、目の前に花が咲き開いたような盾が浮かんで、しっかりと防御出来た瞬間、ライダーの胸に挟まれて気絶した。
有る意味、男の本懐これに極まれりと言った、夢のような気の失い方だと思った。
だってそうだろう、俺だって男なんだし、形のいい大きい胸に包まれたいって思う時もあるじゃんか。
つづく。
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