優くんの部活動

あの、優くんとの感動の再開から一週間。
あの後、生徒会室でいろいろ積もる話とかして、前と変わらない優くんの微笑みと、前とは違っていくぶん筋肉質になった−それでも他の男子と比べるとずいぶん華奢だったけど−体つきを見て、流れた年月とそれでも変わらないわたしと優君の絆を
「はい聖、この書類お願いー」
どさどさどさ。
「……」
「いや、あんたが物思いにふけるのは自由だけど、やることやってからにしようね」
ふと気が付くと机の上には山のように書類が積まれていた。
まあ、新学期が始まり新入生も入ってくるのだから生徒会の仕事が増えるのはわかる。
今年で三年目になる生徒会なのだし、ある程度は予想していた。
でもちょっと。
「ちょっとこれ、多すぎない?」
「ん?」
さすがに尋常じゃない量の書類の山を見て葵に聞いてみるが、葵はいつもの調子で声を返してきた。
「新学期だからってこの量は異常じゃない? みんなが急に生徒会活動に興味を持ったと言うわけでもないだろうし」
「まあねー。ほら」
そう言われて差し出された書類を手に取り、眺めてみる。
『部活動設立届』
ふと気になってみると、机の上に積まれている書類も殆どが同じ様式の書類だったりする。


「何でまたこんなに」
「新入生でかわいい子が入ったからね。マネージャーにしようってことらしいよ」
「・・・・・・またか」

この学園は生徒の自主性を重んじる校風があり、結果としてクラブの設立等は他校と比べるとかなり簡単に可能になっている。
具体的に言うと、部員5人集めて生徒会に書類を出して「認可」のはんこを押してもらえばそれで終了。
そんなこともあって生徒の数のわりにはさまざまな部活が乱立していて、おそらく生徒の中にも全ての部活を把握している人間はいないんじゃないだろうか、と言う感じである。

それで、そういう制度の助けもあってこの学園にはひとつの伝統がある。
可愛い新入生がいると適当な運動部を設立して、マネージャーとして入部させてしまおうという伝統が。
まあ、部活を作ったからと言ってその新入生がマネージャーになるかどうかは別問題だし、よしんばマネージャーになっても大抵の場合部員の誰かとくっついて他の部員がやる気を無くして自然消滅するか、マネージャーが部活をやめて自然消滅するのが落ちなんだけど。
もちろん、純粋に『活動したい』と言う目的で設立される部活もあって、そういう部活は長続きするしそれなりの実績も残す。

「全くもう」
マネージャー目当てで設立する部活なんかはどうなってもいいけど、真面目に部活を作ろうとしている人のことを考えると適当に済ませるわけにもいかず、心を決めて書類を手にとり、ひとつひとつ確認して行く。

『女子ラクロス部』
『女子セパタクロー部』
『女子キックベース部』
部活のネタも切れてきたようで、マイナーなスポーツばかりだ。
まさか高校に入ってまでキックベースの名前を見ることになるなんて。
いや、それよりも。
『女子タッチラグビー部』
『女子スポーツチャンバラ部』
そう。今年はなんだか女子部活ばっかり。

「なんか、女子部ばっかりじゃない?」
ふと思った疑問を葵にぶつけてみると、『やっと気づいたか』とでも言いたそうにこっちを見てゆっくり、はっきりと繰り返した。
「いやだから、可愛い子が入ったから」
「……他人の趣味にけちをつけるつもりは無いんだけど、うちの学校ってそういう趣味の人多かったの?」
百合とか何とか、なんか流行りみたいだけど。
まあ、わたしには優くんがいるから
「また物思いにふけってるとこ申し訳ないんだけど、違うって」
「えーと?」
「聖、まず整理しましょうか」
「うん」
「まず、女子がこぞって部活を設立してマネージャーを獲得しようとしている」
「うん」
「つまりこれはどういうことかと言うと」
「だから百合」
「そこから離れなさい」
「えーと?」
葵が何を言いたいのか理解しきれず、もう一度考え直す。
でも一度混乱した思考はすぐにはまとまってはくれない。
そんなわたしを見て葵はひとつため息をつき、ちょっとあきれたような顔で言った。

「優くん」
「……はい?」
「だから、みんな優くんを狙ってるんだってば」
「ええええっ!?」
「ほら落ち着いて落ち着いて。深呼吸深呼吸」
いけない、思わずうろたえてしまった。
すー、はー。すー、はー。
葵にいわれたとおりに深呼吸。
そして目をつぶって心を落ち着ける。
そう、わたしは生徒会長。
この学園の生徒会長。
前生徒会長に任命され、生徒会を運営する人間。
生徒会の権限の大きいこの学園では、わたしの決断で多くの事柄が決定する。
だからこそ心を落ち着け、全ての決断は慎重に行なわなければいけない。

「で、どうするの?」
わたしが落ちついたのを確認して、あおいが声をかける。
さすが親友にして副会長。2年間共に生徒会を運営してきただけあって、呼吸はぴったり。
そんな葵を安心させるためににっこりと微笑みかけ、机の上に並ぶ書類に目を落とす。
そして−


マシンガンのような勢いで「却下」のはんこを押しまくる。
「ちょっと待ていっ!!」
「止めないで葵っ! これはこの学園にとって大切な」
「そんなわけあるかい」
ずびしっ

慣れた手つきで葵はわたしの延髄に手刀をたたきこみ、動きが止まった一瞬にはんこを奪い取った。
「なにするの葵っ!」
「『なにするの』じゃないっつーの。理由もなくこんだけの数却下したら問題になるでしょうが」
「理由なら……」
「あるの?」
「うっ……」
「あんたが優くんを独占したい気持ちはわかるけど」
「なななななにいってるのあおいゆうくんとわたしはいってみればあねとおとうとみたいな」
「いや、全部ひらがなで言われても」
「う―……」
さすが親友にして副会長。わたしを言いくるめる技術も抜群だ。
「まあ、今日はもうそろそろ下校時間だし。家に帰って一晩ゆっくり考えなさい」
葵の言うことももっともなので、後片付けを始める。
明日、今日の仕事の続きができるように書類とはんこをまとめて
「却下のハンコはわたしが没収するから」
「ちっ」



そして次の日。
授業が終わったわたしは、生徒会室の会長席で一人待っていた。
土曜日なので授業は半日で終わり、食事も手早く済ませた。
そう、昨日の夜考えついた解決策を実行するために。

がらっ。
「やっぱりもう来てたか」
そう言って生徒会室に入ってきたのは葵。
わたしの表情を見て察したのか、墨のほうに置いてあったパイプ椅子をわたしの前に置き、そこに座った。
「で? その顔見ればわかるけど、なんかいい案思いついたんでしょ?」
「まあね」
ふふっ、と自然に笑みがこぼれ落ちる。
「まずこれを」
そう言って用意しておいた紙袋を葵に手渡し、説明を始める。
「クラブ設立のための審査が必要だと思うの」
「はあ」
「確かに、他校と比べてクラブ活動への制限の少ないこの学園の気風は、大事にしたほうがいいと思うの。でも、今回のように不純な目的でクラブを設立しようと言う生徒がいる以上、それに対してほぼノーチェックで認可してしまう、現行の制度には問題が無いとは言えないわ」
「まあ、そりゃそうだろうけど」
「だから、今年から審査を行なおうと思うの」
「はあ」
まだわたしの考えを読みきれないのか、気の抜けた返事をする葵。
普段は逆の立場にいることが多いだけに気分がいい。
「とりあえず、袋開けて見て」
そう促されて、葵は袋の口をあけ、中を覗き込んだ。
そして中に手を入れ、取り出し、広げる。
『3−B篁葵』
ちゃんとゼッケンにはそう書かれている。
「……これは?」
「葵の体操服ね」
学園指定のシャツとスパッツひと揃いで。
「そしてこっちがわたしの体操服」
ゼッケンにはしっかり『3−B神楽聖』
人によってはスパッツやシャツを市販のものでデザインの似ているものを着てたりするけど、生徒会の会長・副会長は進んで校則を守るべきなので、至って標準的なもの。
「いや、そりゃ見ればわかるけどなんでこんなものを」
「さっき言ったでしょ?」
「何を」
「今年からは審査を行なおうと思うの」
さっき言ったことをもう一度繰り返して、よそむきの顔でにっこりと微笑む。
それを見て葵は少し考え込み、やがて結論に達したのか表情を変える。
「つまりあれか。あんたとわたしが」
「そう。二人で審査をはい逃げちゃだめー」
無言で回れ右して逃げようとした葵の腕をしっかりと握る。
「……で、『審査』っていうのは?」
「部の設立を希望する生徒と生徒会の代表でその競技をして、勝利出来ない場合は部の設立を認めない、と」
「……やめる気は?」
「全然全くこれっぽっちも」
力強く断言すると、葵は大きく、長いため息をついたあとにゆっくりとこっちに顔を向けた。
「まあ、親友の初恋は応援してやらないとね」
「なななにをとつぜんまたあおいったらもう」
「いや、ひらがなはもういいから」
「いや、そうじゃなくてわたしのはなしを」
「はいはい、ちゃっちゃと着替えて済ませるよー」
そう言って葵は部屋中のカーテンと部屋の入り口の鍵を閉め、着替えを始める。
「聖、とっとと審査始めないと日が暮れるよ」
「……うん」
いつも言い争いしてるし、意地の悪いことを言ったりもするけどこういう時になんだかんだ言っても、結局手伝ってくれる葵は本当に『親友』だと思う。
口に出すとまたからかわれそうなのでなにも言わないでおくけど、心の中で親友に感謝した。





そろそろ日が落ち始め、下校時間が迫る中わたしは生徒会室へと急いでいた。一人で。
昼に生徒会室を出たときに二人だったのに何で今は一人かと言うと原因は一つなわけで。
がらっ。
扉を開けて中に入ると、案の定その『原因』がいた。
読んでいた文庫本を閉じると、しゅたっと手を上げて挨拶をする。
「や、聖。審査終わった?」
「『審査終わった?』じゃないでしょ。なんで逃げたのよ!」
「いや、やっぱり優くんに対する聖の愛の深さを確かめるためにもここは聖一人でやるべきではないかと」
「なにそんなあいとかそんなのじゃなくってあねがいもうとを」
「だからひらがなはもういいってば」
「いやだって、そんなこと言えないし」
改めて指摘されるとさすがに恥かしくて、もじもじとしていると葵はわたしの肩に手を置いて、じっと見つめてきた。
「聖。こういうのもなんだけど、わたしもあんたよりはそういう経験があるからアドバイスさせてもらうわ。中学からの親友として」
「う、うん……」
いつになく真剣な葵の目をみて、思わず黙ってしまう。
「直接本人に気持ちを伝えられない場合でも、まず行動することが大事なの。行動しなきゃ何も変わらないわ」
「そう……なの?」
「そうなの。そして中途半端はダメ。ここで途中で投げ出すようじゃその恋は成就しないわ」
「そんな……」
「成就するためにはまず、今回の『審査』を終わらせないと」
「うん。ありがとう葵」
「何言ってるの。わたしたち親友じゃない」
そう言って親友と握手を交わし、軽く抱きしめあう。


「じゃあ、行ってくるわね」
「うん。わたしはここで聖の成功を祈ってるよ」
わたしの言葉に応えて、聖はガッツポーズを取って出て行った。
親友が部屋を出て、やがて廊下を曲がって見えなくなるのを確認してからまた生徒会室の自分の席に戻る。
読みかけだった文庫本を数ページ読んだところで、またドアが開いた。
「あれ、会長戻ってこなかったか?」
「ああ、戻ってきたけどまた出てったよ」
文庫本から目をそらすこともなく、入ってきたリョウにそう答える。
生徒会の人間はお互い気心が知れているのでこういう時に楽にできるので助かる。教室とかではこうはいかない。
「どうすっかなー」
わたしの態度に気を悪くすることもなく、そう言って悩むリョウにまた声をかける。
「いいよ。聖がダメって言うことも無いだろうし」
「まー、そっか。そうだな」
そう言ってうなずくリョウの後ろから別の声が聞こえる。
驚くことは無い。リョウに頼んでその人物を呼んで来てもらったのはわたしなんだし。
「それじゃあ、いいんですか?」
「ああ。これからよろしくな」
「よろしくね、優くん」
「はい、よろしくおねがいします!」
そして、優くんから手続の書類を受け取ってがっちりと握手した。

○月×日 朝倉優、生徒会メンバーに登録。


そのころの聖はと言うと。

「ここが女子少林寺拳法部?」
「ようこそ会長。さあ、始めようか」

無駄に死闘を繰り返していた。

「これが少林寺飛燕の連撃っ!」
「こんなもの、愛の力でえっ!!」

まあ次の日、生徒会室で大暴れしたのは別の話と言うことで。