あの『家族計画』の開始と終焉を迎えたあの日から何度も季節が巡り、季節はまた夏。
青葉の祖父の遺産である家を受け継ぎ、青葉と共に暮らしはじめてから数年。
ようやくこの地にもなじみ、近所(とは言っても都会暮らしのころからは考えられないほど離れているが)の人たちともそこそこ仲良くなってきた。
特に青葉は、あのころは想像すら出来なかったが、最近ではよく笑顔を見せるようになった。
それは自惚れかも知れないが俺との生活の影響と、それと−
「お父さん、ただいまー!!」
「おう、おかえり」
俺と青葉の娘、若葉の存在が大きいのだと思う。
「お父さん、お母さんは?」
「ああ、さっき居間にいたぞ」
「わかったー!!」
そう言うと、靴を脱ぐのももどかしそうに家に駆け込んで行く。
若葉は、俺と青葉の娘だと言うのに本当に元気で明るい子だ。
近所の人たちには「若葉ちゃんはお母さん似だねえ」とか言われるが、俺もそう思う。
青葉が普通の家に生まれて、人並みに親の愛情を受けて育てば今の若葉のように明るい子になったのかもしれない。
俺と青葉が実の親から受けられなかった分も、いやそれ以上の愛情を注いで育てていこう。
若葉の明るい笑顔を見るたびにそんなことを考える。
「ねーねーお母さんー!」
今のほうから若葉の元気な声が聞こえる。
親としては寂しいものだが、若葉は青葉のほうによくなついている。
いや、俺になつかないってわけじゃないんだけど、やっぱり女の子には女親のほうがいいのかもしれない。
「若葉、もう少し落ち着いて」
そんな風にたしなめる青葉の声を聞きながら、俺も靴を脱いで居間に向かう。
「おかえり、司」
「ただいま。で、何の話してたんだ?」
「えーとね、お父さんとお母さんの結婚のお話―!」
「……そりゃまた、凄い話題だな」
「若葉が友達の家でそういう話を聞いてきたんですって」
「ねーねー、教えて教えて−!」
自分に抱きついたまま、そう繰り返す若葉の頭をなでながら、青葉は『いい?』と問い掛けるようにこっちを向いた。
まあ、果てしなく照れくさくはあるが無理に隠すことでもないし、うなずいておく。
青葉はそれを確認するとにっこりと微笑んで、若葉をそっと離してから立ち上がった。
「じゃあ、お父さんとお母さんの思い出の品を見せてあげるわ」
そう言って物置部屋に行く青葉を見て、若葉はほんとうに楽しみなのか、そわそわとしながら青葉の戻りを待っている。
「お父さん、『おもいでのしな』って何?」
「ん? それは見てのお楽しみだ」
そう言って若葉をあやしていると、やがて青葉が戻ってきた。
その手には、本当に大事そうに風呂敷包みを持って。
「お待たせ。これがお父さんとお母さんの思い出の品よ」
「なになにー?」
待ちきれないのか、身を乗り出す若葉をなだめるように頭をなで、俺も言葉を続ける。
「それがなければお父さんとお母さんが今ここにいっしょに住んでなかったかもしれないんだ」
「そうね」
青葉はまたにっこりと笑うと、風呂敷を解きはじめる。
「いろいろあったけれど、これがあったからお父さんとお母さんは今ここにいられるのよ」
昔を思い出すようにそう言いながら風呂敷をゆっくりと解いていく青葉を待ちきれなくなったのか、若葉は俺の腕の中からするりと抜け出ると青葉の前に走っていった。
「これが『おもいでのしな?』」
「ええそうよ」
「銀色できれいだねー」
「ええ。ちゃんと手入れはしていたから」
「これ、なんていう物なの?」
「ああ、それはな」
俺も腰を上げ、青葉と若葉のほうに近づきながら教えてやろうとする。
でも、俺が言葉を続けるよりはやく青葉が言った。
いつものように、自分の愛娘に対するあらん限りの愛情を込めた笑顔で。
「ボウガンよ」
ずしゃしゃしゃしゃー
「お父さん、だいじょうぶ?」
「だめよ司、家の中で暴れちゃ」
「こけたんじゃいっ!!」
そう。青葉の手の中にあるのは銀色に美しく輝くボウガン。
あの、高屋敷家最後の日に大活躍したやつ。
「ほのぼのとしたこの展開で、『思い出の品』って言えば竹とんぼだろっ! お前のじいさんがくれたっ!」
「バカね司。あれは確かに大切な品物だけれど、どちらかといえば『わたしと司』よりも『私とお爺様』の思い出の品よ。やはりわたしと司の絆といえばこのボウガン」
超然と言い放つ青葉。
その姿は出会ったころの『黒衣の魔女』と呼ばれた−いや、俺が勝手にそう呼んでた−いや、厳密には思ってただけで呼んでなかったけど。そんな呼びかたしたら命が危険だったし。
まあさておき、そんな感じの青葉を思い出させた。
「にしても、他にあるだろ他にっ! こんな物騒なものじゃなくて!!」
「例えば?」
「例えば……」
言われて青葉との出会いからの日々を思い出す。
えーと、普通考えられないほどの罵詈雑言を浴びたり。
テレピン油のビンを投げつけられたり。
ああ、ペインティングナイフを頚動脈に押し付けられたこともあったっけ。
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俺、なんでこいつに惚れたんだろう。
そんなことを考えている間も、青葉は若葉に思い出を語っている。
「そして、司を傷つけた愚かな男にこのボウガンで一撃」
「何を教えてるかあっ!!」
「わたしと司の馴れ初めを」
「激しく不穏当なことを子供に教え込むなっ!!」
「ねぇねぇ、これってどうやって使うのー?」
「ここに矢をセットして、狙いを定めたらトリガーを」
「教えるなぁっ!!」
「人を撃つときは体の中心線を狙うのがコツね」
「ちゅうしんせんかー」
「若葉も、覚えるなあっ!!!」
数年後の若葉の人生を守るために俺は叫びつづけた。
母子二人に言い切られた。
「うぅ……」
「いい、若葉。もしあなたに恋人ができて。それでその男が浮気するようだったらこれを使いなさい」
「うん。ちゅうしんせんを撃てばいいんだね?」
「そうよ若葉。あなたはいい子ね」
黒衣の魔女二世の誕生は近いっぽい。
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