「じゃあ、お茶入れてくるわね」 「あ、おかまいなく」 そんな俺の返事に軽くてを振って応え、瞳ちゃんは部屋を出ていった。 そう、今俺−相川真一郎は瞳ちゃんの家に遊びに来ていた。 付き合い始めて約半年。 この前ふと瞳ちゃんの家に行ったことが無いことに思い当たり、それを言ってみたら瞳ちゃんも案外あっさりOKしてくれた。 まあ、瞳ちゃんがうちに来るの事は結構あるし、泊まっていくことだってちらほらあるんだから別に俺が瞳ちゃんの家に遊びに行ってもおかしくはないんだけど。 そんなわけで早速週末遊びに来て、一応手土産にケーキを持って来たところ、瞳ちゃんがお茶を入れてくれることになったわけだ。
しかし、落着かない。 瞳ちゃんの部屋はイメージ通り落着いた感じで、特に−部屋の隅でそこはかとなく違和感を発揮している鉄アレイとかを除けば変わったところはない。 ちなみに、鉄アレイは試しに持ち上げてみたらかなり重くて持ち上げるだけで精一杯だった。 そこはかとなく不安を感じたが、それはさて置くことにする。
まあ、女性の部屋に入るのが始めてというわけではない。唯子や小鳥の部屋には何度か遊びに行ってるし、御剣の家に行った事もある。 でもなあ。
唯子と小鳥はなんかもう男とか女とかそういうのが関係するような間柄じゃないし、御剣はまあ生物学上女なだけだし。
そう考えてみると瞳ちゃんの部屋は『初めての女の子の部屋』ってことになるので、多少緊張してしまう。 でも、それだけじゃない。 いくらなんでも中学生じゃないんだし、女の子の部屋に入ったぐらいではそんなに緊張するわけはない。 わかってる。 今俺が緊張しているのは、昨日の電話が原因だ。
TRRRRRRR……
夜、テレビをボーッと見ていたら電話が鳴った。 ナンバーディスプレイを見てみると、番号は瞳ちゃんの家。飛びつくように受話器を取り、声を出した。 「はい、真一郎ですけどー」 「あ、相川くん?」 「あれ? どーしたの瞳ちゃん、そんな相川くんなんて」 「わたし、真由」 一瞬、受話器の向うから聞こえた声の意味が分からなかった。 真由。まゆ。マユ。 千堂真由。ああ、瞳ちゃんのお姉さんか。
「ごごごごごごめんなさい真由さん! 瞳ちゃんかと思って!」 「いや、わたしはいいんだけど。真一郎くん、わたしと瞳の声間違えたりすると、瞳拗ねちゃうよ?」 「いやでも真由さん、瞳ちゃんと声そっくりだし」 俺が焦って言い訳していると真由さんの可笑しそうな笑い声が聞こえてくる。 「冗談よ冗談。告げ口したりしないって」 「勘弁して下さいよ……」 真由さんはいい人なんだけど、なんて言うんだろう。ちょっと意地の悪い瞳ちゃんみたいで、ちょっと苦手だったりもする。 でも実際話してみると本当にいいお姉さんなんだけど。 「まあいいわ。相川くん、明日うち来るんでしょ?」 「あ、はい。瞳ちゃんが『その日なら誰もいないから』って言ってたので」 「……あんまり変な事しちゃだめよ?」 「しませんてば!」 「えー、ほんとー?」 また、本当に可笑しそうに笑う。 なんでだろう、瞳ちゃんの友達の元護身道部の人とか、瞳ちゃんの大学の友達とかもどーしてこういう人が多いんだろう。 別に嫌とかそこまで強くは言わないけど、ちょっと困る。 「まあいいわ。今日はね、おねーさんが可愛い妹の恋人である相川くんに一ついいことを教えてあげようかと思って」 「はい?」 「うん。あんまりもったいつけるのもなんだから言うけど。瞳の部屋に入ったら、机の脇にある本棚の一番下の段を見てみた方がいいよ?」 「え? 何ですかそれ?」 「いいから。机の脇の一番下よ」 「は、はい」 「それじゃ、わたしも旅行に行く準備があるから」 「あの」 「じゃーねー♪」
プツッ。ツー、ツー、ツー……
まあ、そんな電話があった。 その時には特に気にせずにいたんだけど、瞳ちゃんの部屋に通されて。 促されるままに床に置かれたクッションに座ると、すぐそばにその本棚があった。 そして、瞳ちゃんは「適当にくつろいでて」とか言い残して席を外してしまった。
……気になる。 非常に気になる。 見ちゃいけないとは思いつつも、視線はちらちらとそっちを向いてしまう。 本棚なので当然本が並んでいるわけで、背表紙にはその本のタイトルが書かれている。 見てみると、護身道関係の本がずらりと。 「やっぱり瞳ちゃん、勉強家だよなぁ……」 同じ護身道の選手のはずなのに、唯子の部屋にはこう言う本は全然無かった。 「あいつはどっちかとゆーと、理論より実践なやつだしなあ……」 そんな事をつぶやきながら、なんとなく手に取った本をぱらぱらとめくる。 基本的な技が図解してある本とか、棍の構えとかを初めとして、護身道の精神みたいなこととか、大会ルールの本とかもある。 護身道以外にも違う流派の本とか、間接技の本とか、小説とか、強い選手の自伝みたいな本……小説? 本棚に小説があること自体は別段問題ないけど、本棚の奥の方に、並べられた本で隠すかのようにされていたその本に興味を覚えた。
どこかの本屋の地味なカバーが付けられたその本は、文庫本サイズの小説だった。
「なにも隠さなくていいのに」 くすっと思わず笑いながら、ぱらぱらとページをめくる。 やっぱり、こういうのを読んでると思われるのが恥ずかしかったんだろーか。 こういうところが瞳ちゃんの可愛いとこなんだけど。 さて、ほんの中身はと言えば 挿し絵が結構多く、文章を読まなくても多少はわかる。 どうもこの幼い感じの女の子と、こっちのおねーさんの話みたいだ。 なんとなく興味を引かれて、途中をちょこっと読んでみる。
「ふふ、かわいい子」 そう言いながら姉さんの手はするすると動き、スカートの下に潜り込んでくる。 「だ、だめだよお姉ちゃん、こんな所で」 「いつも無理しちゃだめだっていってるでしょ?」 僕の言葉にも姉さんはそう微笑みながら言葉を返すだけで、その手の動きは止まろうとはしない。 「だ、だめ……」 大声で叫んで離れたいけど、そういうわけにもいかない。 このクラスの人は体育なので誰もいないけど、隣のクラスでは今も授業をしている。 こんなところで大声を上げて、気付いた誰かが見にきたりしたら…… 「本当にかわいい子。それなのにここはこんなに硬くしちゃって……」 相違って姉さんは僕の硬くなったおちんち
「ちょっと待てやおい」 本の世界に思わずのめり込みそうになっていたところで、ふと我に返って突っ込みを入れる。 誰に突っ込んでるのはは知らないけど。
っていうか、問題はそこではない。 これは多分っていうか間違いなく少女小説じゃなくそーゆー小説で、内容が……まあ、なんだ。 何ヶ所か見てみると、女顔の主人公が自分の義理の姉さんにあれやこれやと悪戯される話で、さっきのとこでは授業中の空き教室で、セーラー服を着せられて悪戯されていた。
いやあのこれは、なんというか。
がちゃり。
その小説を手に、どうしようかとうろたえていると、突然そんな音がした。 見ると、いつのまにか戻ってきた瞳ちゃんが、部屋の扉に鍵をしめていた。
「瞳ちゃん?」
「真一郎? 女の子の部屋を勝手に物色する物じゃあないわよ」 「いやなんで瞳ちゃんにっこり笑いながらタンスを動かして扉を塞ぎますか?」 「まあ、真一郎も男の子なんだからしょうがないのかもしれないけど」 「いや、そんなどうして雨戸を閉めてまわりますか?」 「とりあえず、見ちゃったものはしょうがないわね」
そう言いながら瞳ちゃんはクローゼットの中をごそごそと捜して、やがて一着の服を取り出した。 「はい、真一郎♪」 「いや、『はい♪』って瞳ちゃん」 満面の笑みを浮かべて瞳ちゃんが差し出したのは、 普段よく見る、 私立風芽台のセーラー服。 「ばれちゃったからには付き合ってもらわないとね♪」 「待って、ちょとタンマ瞳ちゃん」 「ふふふふふふ」 「いーーやーーーーーーーー!!!!!」 閑静な住宅街に、俺の悲鳴が鳴り響いた。
「くすん、くすん……ひどいよ瞳ちゃん……」 「次は体操服行ってみましょうか♪」
相川真一郎の受難はまだ続く。
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