裸YシャツSS 〜年上の彼女の場合〜


「はい、よくできました」
「うー。疲れたー」
 そう言って、俺は机の上に突っ伏した。
「はい、お疲れ様」
 そんな俺を見て優しい笑みを浮かべながらねぎらいの言葉をかけてくる瞳ちゃん。
 そう、俺こと相原真一郎は受験勉強の真っ最中であった。
 そりゃあもう、今までとは比べ物にならないほどの濃度で。

 去年の春、俺の恋人の瞳ちゃんは前の春に護身道全国大会三連覇の実績を買われ、推薦で海鳴大へと進学していた。
 まあ、三年生だった瞳ちゃんが大学生になるということは二年生だった俺たちは三年生になるということであり、三年生になるということは受験か就職かという、ある意味まさに一生ものの選択を迫られるということであった。
 一応離れて住んでいる親にも意見を求めたのだが、「お前のしたいようにしろ」と一言で済まされた。
 まあ、親が果たして俺を信じてそう言ってくれたのか、それとも諦めてそう言ったのかは定かではないが、結果として全ての選択権は委ねられた。
 で、色々悩んだ末の結論は『瞳ちゃんと同じ学校に行きたい』だった。
 まあ、「一生の問題をそんなもんで決定していいのか」と言う意見もあるとは思うが、決めてしまったものはしょうがない。
 かくして進路希望調査表の第一志望には「国立海鳴大学」と記入された。
 ちなみに、第二、第三志望は何をかいたか覚えてない。
 書かないのもなんなので知ってる名前を適当に書いたような気はするのだが。

 まあ、海鳴大は運動関係ではかなりのハイレベルな学校ではあるが、普通に勉強するだけならまあそこそこのレベルの大学である。
 普通に考えると風芽台の生徒であれば、一部の生徒を除いて順当なレベルの大学ではある。
 勉強しなくても楽々と言うことはないが、そんなに根を詰めて勉強する必要も無い。
 実際、立地条件もあって風芽台からの受験生も多いし、同じクラスでも何人か受験するはずだ。
 しかしながら、俺はその『一部の生徒』だった。
 したがって三年生に進学して最初の進路面談でそれを表明した時は、進路指導の教師に「まあ、高校の友人との思い出作りも大切だよな」と軽く流され、友人たちからは「夢を見るのは自由だな」「そもそも、お前この前も進級ギリギリだっただろ」「しんいちろー、無理は体に良くないよ?」「真くん、私は応援してるよ?」などと様々な意見を頂いた。
 ちなみに小鳥以外に対してはその場で右の中段正拳付き。
 伊達に格闘技全国一位の彼女を持ってはいない。
 まあ、さておき。
 そんなことを決意して瞳ちゃんに報告したところ、瞳ちゃんはえらく感動してくれて、そのまま家庭教師を買ってでてくれた。
 かくして瞳ちゃんは休みの日はおろか、講義やトレーニングのある日ですら家に来て、勉強を教えてくれている。

「うー。このまま勉強してたら、のーみそがパンクするかもしれない」
「大丈夫よ。真一郎はやればできるんだから」

 勉強が終わると弱音を吐き、それに対して瞳ちゃんが励ましの言葉をかけてくれる。
 最近ではそれなりに手応えを感じはじめていたりはしているので、これは本心と言うより恒例行事と言った感じのほうが強い。

「さて、と」
 そう言いながら席を立つ。
「ご飯作るから、なんかてきとーに時間潰してて」
「うん。そうする」
 瞳ちゃんが勉強を教え、そのお礼に俺は得意の料理をごちそうする。
 これもまた、恒例行事の一つである。

 そして台所に向かい、調理器具を用意して料理を始める。
 部屋からは瞳ちゃんがごそごそと何か雑誌でも捜しているかのような音と、テレビの音が聞こえてくる。
 そんな音をBGMにして材料を刻み、炒め、料理を作る。


「ねえ、真一郎」
 鼻歌なんぞ歌いながらしばらくの間台所で料理をしていると、部屋のほうからそんな声が聞こえてきた。
「んー?」
 料理を続ける手を止めること無く聞き返す。

「男の人ってやっぱり」
「うん」
 いつになく、なんだか言いにくそうに話している瞳ちゃんに対してさらに聞き返す。
 ちなみにその間も料理している手は全く止まらない。
 火を使って料理をしている時に下手に手を止めるとこげついたり、そうでなくても火加減を誤って味がおかしくなってしまう。

「裸Yシャツがそそるの?」

 ごす。

 思わず台所の壁に超ぱちき。
 壁に54ダメージ。壁がちょこっとへこんだ。

「ななななななななっ!」
 突然の発言に動揺しつつも、とりあえずガスコンロの火を止め、元栓を締めてフライパンを置いてから瞳のいる部屋へと駆け込む。
 この辺の一連の動作は料理人として当然の行いってことで。

 扉を開け、部屋に入ると瞳ちゃんベッドを背もたれの替りにして、座っていた。
 そして手には、本棚の裏に隠しておいた秘蔵の本。
 一言で言うとエロ本。

「ああああああああああ、あのそれは」
「ほら、ここに折りぐせついてるし」
 何か言おうと思い言葉を考えていると、瞳は手に持った本を開く。
 ぱらっと開かれたそこには、モデルさんが下着も着けずに大きめなYシャツを着てきわどいポーズでいやーんな感じ。

 ごすごすごすごすごす。

 入口脇の柱にマシンガンヘッドバッド。
 柱に38ダメージ。柱は硬くてへこまない。

「いやその、その本はですね?この前遊びに来た大輔がいらないって言ってるのに」
「無理矢理置いていった本がこれで8冊目だったっけ」
「ごめんなさい。僕が悪かったです」
 必死になって思い付いた言い訳をあっさり切り換えされて、即座に土下座。
 情けないとか言うな。

「まあ、真一郎も男の子なんだからこういうのを欲しがる気持ちは分かるけど……」
 言いながらぱらぱらとページをめくり、そこに載っている写真を眺める。

 イタイイタイイタイイタイ。

 瞳がページをめくるたびに、自分の体の皮を一枚ずつはがされているような、そんな痛みを感じた。
 たとえどんな痛みを受けようと動くことは許されず、正座したまま瞳ちゃんが本を閉じるを待つ。
 永遠とも思える時間が過ぎた後に本は閉じられた。

「あ、相川くん。別に膝崩してくれてもいいのよ? 自分の家なんだし」
 にっこりと優しい笑みを浮かべながら、そう言ってくる。

 ウソダ。
 絶対ウソダ。
 だって呼び名が「真一郎」から「相川くん」になってるし。

 そんなことを考えながら微動だにできないでいる間も、瞳ちゃんの糾弾は続く。
「わたしたち、つきあってるのよね?」
「はい、そうです」
「恋人同士よね?」
「はい。まちがいありません」
「でも、相川くんは私に満足できてないのよね?」
「いや、それは無いって」
「じゃあ、何でこんな本が必要なわけ?」
 そう言ってまた本を開く。
 まるで塞がりかけた傷口を無理矢理開き、塩を塗りこまれたかのような痛みを感じてのたうちまわる。
 訂正。のたうちまわりたいけど怖くて正座を崩せないのでもう泣きそう。

「で、何が不満なの?」

 だめだ。本当に怒ってる。
 表情はあくまで見事な笑顔だけど、それはもう怒っている。
 いや、実際何が不満と聞かれても困る。
 今まで不満を持ったことなんてほとんど無いし。
 実際その本で色んなポーズをしているモデルと比べても、瞳ちゃんは美人だしスタイルもいい。
 そして頭脳明晰運動神経抜群。
 んで、普段は物静からお姉さんのように見せかけて実はやきもち焼き。
 これでどこに不満があるというのか。
 不満のあるやつは今すぐ帰れっ!!


「……わくん?」
 ……いかんいかん。
 なんかどこかに行ってた。
「相川くん?」
「はい!?」
 ちょっと不機嫌そうな瞳ちゃんに名前を呼ばれて、姿勢を整えなおす。
「わたしの話、聞いてた?」
「は、はい。もちろん……聞いてませんでした。ごめんなさい」
 思わず嘘をつきそうになるが、危うく思いとどまる。
 ここで下手なことを言うと命に関る。イヤマジで。
「じゃあ、もう一度聞くわね?」
「は、はい」
「私に不満があるからこんな本買ったんでしょう?」
「いや、それはないって。瞳ちゃんに不満なんてそんな」
「じゃあ……」

 瞳ちゃんはそれだけ言うと、黙った。
 こっちから何か言うわけにも行かず、じっと言葉を待つ。

 ……沈黙は辛い。
 天気がいいからと、まとめて洗濯したシャツやズボンがベランダで強い風に煽られてバタバタと音を立てているのがやけに良く聞こえる。

「……見たい?」
「……え?」
 声が、今までと比べて急に小さくなってしまったので思わず聞き返す。
「だから……見たい?」
「……何?」
 言っていることの真ん中が全然聞こえてこない。
 うつむいていた視線を上げ、瞳ちゃんのほうを見てみるが、なんだか顔を赤くしている。
「だから、こういう格好……見たい?」

 意味が分からない。
 瞳ちゃんの言葉の意味が分からない。

 とりあえず状況を判断してみる。

1.瞳ちゃんの手には例の本がある。
2.こっちのほうに向かって開かれているページは、例のいやーんな感じのページ。
3.いやーんなページを見せながら「こういう格好」と言っている。

結論:瞳ちゃんが裸にYシャツ1枚になってくれる?





 ……マジですか?
 降ってわいた状況が今一つ信じられす、言葉が出てこない。
「わたしがこういう格好をしたら、この本捨ててくれる?」
「あ、えーと」
「どうなの? 捨てるの捨てないの?」
「ああ、うん。捨てる」
「じゃあ、着替えるから部屋から出て!」

 混乱した頭をなんとかまとめ、気の入らない声で返事をしたとたん、顔を真っ赤にした瞳ちゃんに押されるようにして部屋から追い出される。
 そして、部屋を出るのとほぼ同時に扉を閉められた。




 ……マジで?
 未だに状況が理解しきれない。
 瞳ちゃんが裸Yシャツ。
 とっても魅力的で、比喩ではなく夢にまで見たシチュエーションだが、それだけにまだこの降ってわいた状況が信じられない。

 ぎゅう。
 自分の頬を力任せにつねる。
 確かに痛い。
 夢じゃないっぽい。

 ぱさっ。

 扉の向こうから、そんな音が聞こえた。
 なにか布状のものが床に落ちる音。

 をををををををっ!!??

 やっと現実だと認識できた。
 できたとたんに脳が高速回転してオーバードライブして弾けそうになった。
 意味不明だと思うが、つまりそれぐらい動転してる。

 ぷち、ぷち、ぷち。

 扉の向こうからは引き続き瞳ちゃんの着替えの音が聞こえてくる。

 ぐおぉぉぉぉおっ!!!

 いや、確かに瞳ちゃんの裸も見たことはある。
 見るどころかあれやこれやって感じだけど、それはそれとしてこのシチュエーションは効く。
 やっぱあれだね。
 隠れたところで色々されると萌えるねっ!!

 ばささっ。

 そうやってしばらくの間、部屋の扉に耳をつけていると、やがて音は止んだ。

 ……ごくり。

 自分の生唾を飲む音が、やけに大きく聞こえる。
 動けない。
 なんとなく、物音一つたてるわけにはいかない。
 音を立てても問題ないはずだけど、そう言うわけにはいかない。
 理論ではない。こういう時は音を立ててはいけないものなのだ。

 そしてまたしばらくして。
 いや、ほんの少しの間だったかもしれないが、少なくとも真一郎はそう感じられた。

 部屋の中から再び物音が聞こえ出した。

 ごそごそ。ごそごそ。

 どうやら、部屋の奥のほうで何かを探しているようだ。
 音の場所からすると洋服ダンスの当りだろうか。





 ……しまったっ!!!
 洗濯なんかするんじゃなかったっ!!!!

 そう。今日は久しぶりに天気がよく、洗濯物をため込んでるのをばれると嫌なので、洗濯をした。
 そりゃあもう大々的に。
 しかも連休中だからって替えのことも考えず、全部。全て。一枚残らず。

 ……終わった。
 Yシャツがなければ裸Yシャツはありえない。
 考えてみれば、部屋の中には服を脱いだ瞳ちゃんがいるわけで。
 それはそれで嬉しいシチュエーションなのだが、落胆した。
 なんというか、千載一遇のチャンスを逃した。

 ガラッ。

 台所で落胆していると、扉がわずかに開く。
「……もう、いいわよ」
 わずかに開いた扉の隙間から、瞳ちゃんの声が聞こえた。

 引き続き落胆はしているものの、部屋に入らないわけに行かないので立ち上がり、扉を開ける。

 部屋の窓には全てカーテンが閉められており、さらに電気まで消されていた。
「……瞳ちゃん?」
「……恥かしいから」
 部屋の真ん中、恐らく瞳がいるであろうところから声が聞こえた。
「いや、電気つけないと何にも見えないし」
「あ、ちょっ」

 瞳ちゃんの声には構わず、入口脇にある電気のスイッチを入れると室内が明るくなる。
 さっきと何も変わらない部屋と、中央に顔を真っ赤にして立っている瞳ちゃん。

 そして瞳ちゃんは……







 裸Yシャツだった。

 っていうか、シャツがかなり小さくて、色々大変なことに。

 袖丈はあわないのでまくられており、裾に至ってはもう見えそう。
 シャツの前のところを一生懸命引張っているので何とか隠れているが。

「……」
「なんだか小さいシャツしかなくて……」

 そういえば、中学のころに着てたシャツをタンスの奥のほうにしまっておいた気がする。

「……で、どう?」

 いや、そんな『どう?』とか聞かれてもこっちにも心の準備とか色んなものが。
「……やっぱり、変?」
「そんなことはないっ!!!」
 迷わず即答した。
「でも、やっぱり真一郎はああいう大き目のシャツのほうがいいんじゃ」
「いや、大きいシャツで袖とか裾とか隠れて何かのひょうしで見えそうになったり布一枚で隠されてる向こう側を想像したりするのは確かに好きだけど、小さいシャツを無理に着ているとあちこち今にも見えそうだけどそれを頑張って隠しててでも体の線は隠し切れなくてああもう我慢の限界だっ!!!!」
 真一郎、オーバーヒート。
 思わず自分の思ったことを、そのまま勢いのみで言いきってしまう。

「……」
「……」

 しまった。
 思わず勢いで口走ったが、相当凄いことを言ってしまった気がする。
 いやだってほら。瞳ちゃんあのままじゃ「自分に魅力が無い」とか誤解しちゃいそうだったし、こんな機会は二度あるかどうかわからないし、そういえば最初の時は制服だったから結果的にそうなったけどそんなに堪能する暇無かったし。

「……」

 ほら、瞳ちゃんもなんだか呆気に取られてるし。

「……」

 とりあえず、この状況はなんとかしなければ。
 なんかもう怒ってないみたいだけど、考えようによってはさっきよりピンチだし。

「あのー……」
「真一郎のえっち」

 ぐはっ。

 真一郎に75ダメージ。

「真一郎のフェチ」

 ぐははあっ!!

 つうこんのいちげき。しんいちろうに182ダメージ。
 しんいちろうはしんでしまった。

 おおしんいちろう、しんでしまうとはなにごとだ。


「……ろう?」

 ああ、おむかえの声が聞こえるよ。

「……いちろう?」

 あ、おじいちゃん。お花畑でぼくをまっててくれたんだね。

「……真一郎?」

 ああ、渡し守さん。向こう岸まで運んでくれな

「真一郎!」

 ごめす。

「ぐぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 あまりの激痛に、一瞬でこっち側に戻ってこれた。

「ふう。気付け覚えておいて良かった」

 いや瞳ちゃん、どこで覚えたか知らないけど気付けと心臓の真上からの掌打は気付けと違うと思う。

「げほ、げほ、げほ」
「大丈夫?」

「いや」
 いや、咳き込んでるのは瞳ちゃんの攻撃が原因なんだけど。
 そんな苦情を言おうかと思ったが、呼吸がうまくできなくて声が出ない。
 そして引き続き咳き込んでいると、瞳は台所に走っていき、すぐにコップに水を入れて戻ってきた。
 差し出されたコップを受け取り、一気に飲み干す。
 そうすることでやっと落ち着き、完全とは言えないが会話ぐらいはできるようになった。

「……大丈夫?」
「……なんとか」

 そのまま何回か深呼吸をすると、乱れていた呼吸もなんとか平常通りに戻ってくる。
「よかったぁ……」
「ひ、瞳ちゃん?」

 抱きしめられた。ぎゅうって感じで。
 いや、一応『気付け』に関しては文句の一つも言おうと思ってたんだけど……

 ふよん。

 文句言うのキャンセル。
 いや、なんというか。
 そんなに『ぎゅうっ』って抱き付かれるとなんというか。
 まあ、つまり。

 瞳ちゃんの胸が押しつけられてなんだかたまらない感触が。

「突然倒れて起きないから、心配したんだから……」
「ああ、うん。大丈夫だから」

 もう呼吸も整ったし、意識もはっきりしているから大丈夫なんだけど。
 確かに大丈夫なんだけど。


 俺も健康な男なんだし。



 ……いや、そんなYシャツ一枚なんて言う無防備な格好で抱き付かれると、色々大変なことが。


 いかんっ!
 瞳ちゃんは自分のことを心配して、それが無事なのがわかって本当に嬉しく思ってくれているんだ。
 そんな時に欲情するなんて男として、男として、男として……

 ふと、抱き付かれたまま視線を下に落してみると、背中越しに瞳ちゃんのお尻が見える。
 シャツが摩り上がってるのに気がついてないのか、隠すものはないも無いって言うか瞳ちゃん下着まで脱いでいるとは気がつきませんでしたよ。

 静まれっ!静まれっ!!!

 いかん。お尻に見とれて一瞬気を抜いたら、凄い勢いで元気になってしまった。

 静まれっ!静まれってば!!!

 瞳ちゃんは純粋に心配して、そのまま安堵してくれてこういう状態になっているのにこんなことになってしまっては!!!

「……真一郎?」
 瞳ちゃんがまた、心配そうに問い掛けてくる。
 とりあえず離れてもらおう。「もう大丈夫」とか言って。

「ああ、もう大丈夫だよ。もうなんてゆーか健康体そのものって感じで」
「うん。健康なのはよくわかった……」
 そう言うと瞳ちゃん真一郎を抱きしめていた腕を緩める。
 何だか顔が真っ赤。
 そんで視線は下のほうにむいてる。

 ぐはっ。
 良く考えたら、今日はスウェットだった。
 まあ、なんつーか元気なのがばればれみたいな。

「……」
「……」

 穴があったら入りたいどころか、自分で穴掘って入って埋めて欲しかった。

 コチ、コチ、コチ、コチ……
 時計の秒針の刻む音が良く聞こえる。

「……」
「……」

 い、いかん。何か喋らないと。

「あ、あの」
「あのね」

 ……お約束だ。
 本当にお約束だ。
 二人同時に喋り出し、やっとのことで開きかけた口を再び閉じてしまう。

「……」
「……」

 いかん。間が持たない。
 かといってこの状況を一発で打開できるような気の利いた台詞は思い付かない。


「あの……」
「はいっ!?」

 悩んでいると瞳ちゃんから呼び掛けられ、突拍子の無い声で返事をしてしまう。


「……いいよ」


 ぷちん。

 気がついたら、瞳ちゃんを抱きしめていた。さっきのお返しといわんばかりにぎゅうっと。
「真一郎、もう少し優しく」
 講義の声を上げる瞳ちゃんの唇をふさぐ。

「んぅ……真一郎」
「瞳ちゃんがあんなことゆーからです。もう知らない。我慢できない」

 唇を離してそれだけ告げると、瞳ちゃんをベッドのほうに導き、そのまま押し倒す。
「もう……エッチ」
「瞳ちゃんがあんなこと言うからです」
「だって」
「ダメ。聞いてあげない」

 なおも何か言おうとする瞳の上に覆い被さり、再び唇をふさぐ。
 そして、そのまま舌を挿しいれ、瞳の舌と絡めあう。
 しばらくの間お互いの唾液の絡まる音だけが聞こえ、部屋には淫靡な空気が漂う。

「……ぷはっ」

 どちらからともなく唇を離し、互いの眼を見詰め合った後に真一郎の手が瞳の胸元に伸び、瞳の豊満な胸を窮屈そうに締め付けているシャツのボタンを一つずつ


 ピンポーン。

「……」
「……」

 盛り上がった気分台無し。

「……お客さんよ?」
「無視無視。今はこっちのほーが大事」

 そういってもう一度くちづける。

「んっ……もう、真一郎」
「さあ、つづきつづ」

 ピンポーン!!
「しんいちろー、遊びに来たよ―!!」

 さっきよりも景気よく鳴らされたチャイムの後、それ以上に景気のいい声が聞こえた。
 俺と瞳ちゃん、その両方に聞き覚えがある、っていうか毎日のように聞いていた甘ったるい声。
 俺の幼なじみで、瞳ちゃんの後輩である鷹城唯子。
 ちなみに俺とは同学年であり、現在の護身道部の部長。受験が控えている時期なのだが、この前大学に推薦入学が決定した。
 まあ、従って今のこの時期、暇を持て余している唯子は良く遊びに来る。

 ピンポピンポピンポーン!!!!!
 連打が始まった。ガキかあいつは。

「……いいの?」
「いい。いくら唯子がばか力でもドア壊しはしないと思うし」

 そう言って瞳ちゃんの両肩に手をかけて

「よしいけ御剣っ!」
「おうっ! 忍者の解錠術というものを――」
「ちょっと待てえっ!!」
 どうやら、外にいるのは唯子だけではなかったらしい。
 声が確認できるだけで大輔と御剣。
 メンツを考えると十中八九、小鳥とななかちゃんもいるだろう。
 そんなことより。
 御剣は問題だった。
 いくら真一郎の家がワンルームのアパートだといっても、鍵ぐらいはついている。
 しかも最近色々物騒なので、二重にかけていたりする。
 でも、いくら頑張っても、

「えやっ」

 忍者の前では無力だった。
 やばいと気づいて立ち上がり、入口にたどり着くまで。
 時間にしてたった数秒の間に、相川真一郎宅のメインセキュリティシステムはあっさり無効化された。

 ガチャッガチャッ。

「おーっす、しんいちろー!」
 唯子がドアの向こうで大きな声を出して、
「駄目だぞ相川、ドアにはチェーンもしっかりかけないと」
 御剣がそんな勝手なことをほざいて、
「いや、街で偶然会って、『これは相川の家を襲撃するしかない!』ってことになってな」
 大輔がそう言い、
「ご迷惑じゃないですか?」
 ななかちゃんが聞いてきて、
「わたしとななかちゃんは『やめよう』って言ったんだよ?」
 小鳥が弁解してくる。
 うん、わかってるよ。
 小鳥とななかちゃんは全然悪くない。
 どうみても首謀者は前の三人だろうし。

「だから今日は受験勉強してるって電話で」
「あれ? 千堂先輩来てるのか?」
 こっちの抗議なんぞまるで気にすることなく、御剣は瞳ちゃんのブーツを発見する。

 ……忍者なんか大っきらいだ。

「あ、瞳さんいるの? お久しぶりでーす」
 御剣の言葉を聞き、俺のブロックなんぞ目じゃないぞと言わんばかりに唯子が家の中に突入する。
 一応俺は男で唯子は女のなのだが、10cm近い身長差に加えて唯子の馬鹿力である。

「おじゃましまーす」
 家内に侵入するための唯一の障害だった俺があっさりと排除されたため、一同は口々に一応そんな事を言いながらずかずかと入ってくる。

「もう、みんな靴揃えなきゃ駄目だよ」
 いや、心遣いは嬉しいけど突っ込むとこが違うよ小鳥。

 なんてこと考えてる場合じゃないっ!

 全員、俺と瞳ちゃんが恋人同士なのは知っているけれど、今の瞳ちゃんを見られるのはまずい。
「ちょ、ちょっと待って」
「こんちわー」
 なんとか阻止しようと声を上げた時には、先頭の唯子が勢いよく部屋の扉を開いたところだった。
 所詮はワンルームって感じである。

「あー、瞳さーん!!!」
 唯子の能天気な叫び声が聞こえてくる。

「わーっ!!!」
 唯子の声を遮るように、とりあえず大声でわめいてみた。
 いや、いくら大声だしてももう全員部屋の中に入っているし、無駄っちゃ無駄なんだけど。

 慌てて部屋に駆け込むと、そこには唖然と立ち尽くす一同と、ベッドで布団に潜りこんでいる瞳ちゃんがいた。

「あー、えーと、これはな?」

 とりあえずこの状況は打開しなければいけない。
 さすがに気まずいしみんな固まってるし瞳ちゃん布団から顔だけ出して真っ赤になってて可愛いなじゃなくて!



「風邪ですか?」



 なんだか固まったその場面を動かしたのは唯子のそんな一言だった。


「あ、そうなんだよ。実は瞳ちゃんが風邪こじらせちゃって」
「そ、そうなのよ。ごほ、ごほごほごほ」

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」




 慌てて唯子の勘違いにのってみた。
 瞳ちゃんもあわせてくれた。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」


 いかん。
 全員こっちを唖然と見てる。
 やっぱあんな演技じゃ


「大丈夫ですか?」
「熱はあるんですか?」
「千堂さん、また無茶したんじゃないですか?」
「千堂先輩、何か欲しいものありますか?」
「相川、彼氏失格だぞ?」

 騙せたよおい。
 素直な友人一同で本当に良かった。
 ビヴァ友情。


「あ、うん。 熱はだいぶ下がってきたんだけど、立つと目眩が」
「だめですよ、風邪は治りかけが肝心なんですから」
「ありがとう。しばらくおとなしく寝てることにするわ」
「千堂先輩、桃缶とか買ってきましょうか?」
「あ、ううん。大丈夫だからそんなに気を使わないで」

 唯子や御剣、それにななかちゃんも本当に心配そうな顔で気遣ってくれている。
 少し心がちくちく痛む。
 瞳ちゃんのほうを見てみると、瞳ちゃんも心苦しいのかあいまいな笑みを浮かべている。
 しばらくすると、こっちの視線に気づいたのか何か目配せしてくる。

 うん、はやくみんな追い返さないとね。
 ……違う?

 ああ、料理が途中だったっけ。
 ……これも違う?

 なんのことかと悩んでいると、瞳ちゃんは唯子達に気づかれないように注意を払いながら、しきりに目だけをある方向に動かす。
 瞳ちゃんの視線を追うとそこは部屋の反対側の隅で真一郎の洋服ダンスがあって、その前にはさっき瞳ちゃんが脱いだらしい服と下着が

 ずさっ!!

 部屋の入り口付近からジャンプ。そのまま空中であぐらをかき、畳んであった衣服をさらに細かくまとめてその上に座り込む。その間1.28秒。
 人間、追い詰められると身体能力は高くなるものらしい。

「しんいちろー、どうしたの?」
「あー、いや。ちょっと疲れて」
「そうなのよ。 真一郎には朝から看病してもらってたから」
「ふーん」

 突然の行動に唯子がそんなことを聞いてきたが、瞳ちゃんとのコンビネーションでごまかす。
 間一髪。何も考えずに上に座り込んでしまったので服も下着もぐちゃぐちゃになっているだろうけども、そんなことを気にしている余裕は無い。まずこの状況を打破しなければ。
 幸いにもみんな瞳ちゃんのほうを気にして、こっちに注意を向けている人間はいない。

『どこかにこの服と下着を隠せれば……』
 そう思って部屋の中を見回してみる。

案1.タンス。
 隠し場所的には最適っぽいけど誰にも気づかれずに引き出しを開け、閉めなおすのは不可能に近いので却下。

案2.ベランダ
 とりあえず室外に出せば問題なさそうだけど、なにかの弾みでベランダに出るやつがいないとは限らない。 あと、風にあおられて飛んでったりしたら大変なので却下。

案3.押し入れ
 少し離れた場所にあるけど、たどり着いてしまえば中に押し込むのは簡単っぽい。
 でも、大輔あたりがエロ本探して中を捜索する可能性が高いので却下。
 奥のほうに隠してある本に関して起こり得そうな問題はこの際後で考えることにする。

 手詰まりだった。
 まさに八方ふさがって万事休すな感じ。
 かくなる上はこのポジションを死守しなければならない。
 とっとと帰れ親友たち。

 俺がそんなことを考えている間も、唯子・御剣・ななかちゃん・小鳥の四人は瞳ちゃんに声をかけ、色々と看病しているようだ。
 大輔がなんだか部屋の中央で所在なさげにしているのはちょっとざまーみろな感じ。

「あ、瞳さん凄い汗ですよー」
「え、ええ。 なんだか暑くって」
「それに顔も真っ赤」
「少し熱があったから」

 矢継ぎ早に繰り出される唯子たちの指摘。
 しかし純粋に心配して、好意から言ってくれているのがわかるので、瞳ちゃんも邪険にはできないようだった。
 本当なら俺がなんとかしなきゃいけないんだけど、そんな余裕は無い。
 俺は今全身全霊を込めてこのポジションを死守しなければいけない。

「千堂さん、汗かくのはいいけどちゃんと着替えないとだめですよ」
「うん。 もうちょっとしたらシャワー浴びるから……」
「だめですよ。 熱あるときにシャワーなんか浴びたら悪化しちゃいますよー」

 いいから帰れって。
 一歩も動くことのできない俺は、そう祈るのが精一杯だった。ああ、俺って無力。
 瞳ちゃんもかなり困った顔で、あいまいな笑みを浮かべながら受け答えをしている。

「でも、風邪ひいてるなら真くんのとこじゃなくて、自分の家で休んでたほうがいいんじゃないですか?」
「家族が旅行に行っていて、誰もいないのよ」
「くぅ。駄目だぞ相川、しっかり看病しないと」
「さっきからお前らがごちゃごちゃやってるんだろーが」
「なんだ真一郎、拗ねてたんだー」
「ぶつぞ」
「わー、怖い怖い−」
 唯子をいつものように脅すと、おどけたように部屋を出ていった。



「……あれ?」
 しばらくした後に、部屋の入り口のほうから唯子が顔を出した。
「しんいちろー、おっかけてこないの?」
 あたりを見ると、みんなもなんだか不思議そうな顔をしている。
 こういうとき、大抵唯子はおおげさに逃げ惑って俺は追いかける。
 そして捕まえた後にぽかぽかとなぐる。それが俺たちの「お約束」だった。
 でも、今俺は立ち上がろうとすらしなかった。どっかと座り込んだまま、ぴくりとも動こうとはしなかった。

「しんいちろー、どーしたの?」
「どうもしてないよ」
 唯子がそう聞いてきても、あいまいな笑みを浮かべてそう答えることしかできない。

「いつもみたいに追っかけてこないの?」
「いいだろ、別に」
「ひょっとして、しんいちろーも風邪?」
「いや、健康だよ」
「どれどれ」

 こつん。
 次の瞬間、俺の目の前の息が届きそうな距離に唯子の顔があった。
「なな何を」
「んー、熱はかろうかと思って」
 下手すると下手しそうな距離に唯子の顔があって、少し動転しながら聞いてみるとあっさりそう返された。
「ん? しんいちろー、ちょっと熱ない?」
 いや、そりゃあね。
 いくら相手が唯子だって言ってもこんな間近で声を出すたびに息がかかるようなところだとそれなりに


「そろそろ眠ろうかと思うんだけど」
 唯子相手にどきどきしてたら、ベッドのほうからそんな声が聞こえてきた。
 無論ベッドに横たわっているのは瞳ちゃんで、いつもの穏やかな笑みを浮かべていた。
 いや、笑みを浮かべているわりにすさまじいまでの殺気を感じられるのはなぜですか瞳ちゃん、ごめんなさい勘弁してください。

「あ、すいませんでした」
「じゃあ、そろそろ帰るか」



 しかしまあ、瞳ちゃんの殺気はどうやら巧妙に隠されているらしく俺以外の人間は気づくことなく、みんな帰り支度をはじめた。
 とりあえずこれで一安心。
 現状の危機は回避されたと言ってもいいだろう。
 まあ、さっきの唯子との一件で瞳ちゃんに何か言われるかも知れないが、まあその問題は先送りということで。

「ごめんなさいね。寝たままで」
「いや、いいんですよ。 千堂さんもはやく体治してください」
「じゃあ、最後に体拭かせてください」

 ぴし。

 御剣のなにげない一言で、場の空気が固まった。
 訂正。
 俺と瞳ちゃんが固まった。

「だ、大丈夫よそんなことしてもらわなくても」
「だって千堂さん結構汗かいてますよ?」
 そりゃあなあ。
 さすがに緊張するだろうし。 汗っつーか冷や汗かもしれんが。

「い、いいのよ、シャワー浴びるから」
「だからだめですって。悪化しちゃいますよ」

 慌てて瞳ちゃんが反論するが、御剣はゆずらない。
 御剣って実はいいやつなんだなあ。将来はいい世話女房になるのかもしれない。
 なんて感心してる場合ではない。

「あー、俺が拭くから唯子たちはもう帰ってもいーよ」
「このやろう、そんなこと言って変なことする気だろ」

 俺が慌ててフォローしてみるものの、さっきまで手持ち無沙汰にしていた大輔にそんなことを言われてあっさり返された。
 人としてグーで殴り飛ばしてやりたくなるが、ここを動くわけにはいかない。
 思い通りに動かすことのできないこの体がもどかしい。

「じゃあ、大輔さんは部屋の外に出てください」
「おい、押すなって」
「相川もだな」
「いや、俺は」
「駄目に決まってるだろうが。少しは慎みを持て、慎みを」
 大輔がななかちゃんに押されて部屋から押し出されるのにあわせて、御剣も俺を引っ張り出そうとする。
 やばい。
 真剣にやばい。

「ほら、出ろ相川」
「いや、本当にちょっと」

 まずいって。
 いくら言われてもこの場を動くわけにはいかないし。

「やむをえん。最後の手段だな」

 仮にも親友だったら、俺が動けない理由ぐらい察して……いや、察してもらっても困るけど、事情を……いや、聞かれても困るけど。
 これだけ嫌がってるんだから諦めてくれてもいいと思うのに。

「唯子におっまかせだよー♪」

 とりあえず困ったら力ずくってのは駄目だと思うぞ人として。

「さあ、しんいちろー。 いつまでも駄々こねてないでー」
 まるで子供をあやすかのようなやさしい口調だが、唯子の力は半端じゃない。
 競い合ったことはないが、ここにいるメンバー(俺や大輔も含めて)全員で腕力を競い合えば、唯子に勝てる人間はいないだろう。いやマジで。

「よいしょお♪」
「だめじゃあっ!!!」

 唯子の掛け声に対して、慌てて叫んで引っ張り返したとき、信じられないことが起きた。

「あややややややや!?」

 唯子との力比べに、勝利した。
 火事場のくそ力ってやつだろーか。
 凄いぞ俺の潜在能力。
 まさか力比べに負けるなどとは夢にも思っていなかっただろう唯子は、たまらず倒れこんでくる。

「うわ、しんいちろー、どいてどいてー!」

 ずったーん!
 まあ、俺が引っ張ったと言うことは。
 唯子は俺の上に倒れてくるわけで。
 俺は唯子の下敷きになった。

「お、おい」
「大丈夫か?」

 なんだかみんなの心配する声がやけに遠く聞こえる。
 なんだか変な体勢で唯子の下敷きになってるっぽい。
『おい、唯子どけって』
「あうっ」
 唯子にどくように言ったつもりだが、どうやら顔全体が唯子の下敷きになってるらしく「もぐもぐもぐ」とかいう音にしか聞こえない。
『だから、どけってばよ』
「あうあうあうっ!」
 再度唯子にどくように言ってみるが、相変わらず言葉にはならない。
 唯子もなんだか変な声を上げるばかりである。
 しょうがない。
 このままじゃあ埒があかないので実力行使に出ることにする。
 とりあえず少しは動く左手で唯子の体を掴んで
 ふよん。
「あんっ!」

 ……ふよん?
 なんだか不思議な感触がした。
 知ってるような知らないような、そんな感触
 ふよふよふよん。
「ああんっ! だ、だめだよそんな」
 左手に伝わる感触を元に、必死に考える。たしかどこかでこの感触を
「だ、だめ。胸は駄目っ」

 ……胸?
 胸。むね。ムネ。乳。バスト。おっぱい。
 な、なんですとおっ!?

 い、いかん。ベッドの方からすさまじいまでの殺気を感じる。
 下着なんてもうどーでもいいから、早く唯子をどかさないと俺の命にかかわる。

 しかし左手はもう動きそうにはない。
 下手に動かしてもっと凄いことになっても困るので、残る右手で何とかするしかない。

 むぐ。
 右手は左手よりもかなりしっかりと下敷きになってるらしく、なかなか動かない。
 しかし、今左手を動かすよりは絶対にいいはずだ。
 火事場のくそ力よもう1度っ!!
『どりゃあっ!』
 ずぼっ!
「ふひゃあん!」
 右手を無理やり動かすとなんだかどこかに入り込み、唯子がまた変な声をあげた。

「な、何やってるんだ相川!」

 御剣の声がやけに遠く聞こえる。
 そんなこと言われても、俺が知りたいぐらいだ。
 感触からするとどうやら胸ではないらしいが、なんかまたちょっと違った感触である。
 くにょ。
「ひゃあんっ!!」
 なんとか唯子をどかそうと指を動かすと、唯子はよりいっそう変な声をあげた。
 服とは少し違うこの感触は……





 下着デスカ?



 しかも、胸ではないということは……



 ああ、そうか。
 さっきの『ズボ』って音は、スカートの中に手を勢い欲突っ込んだ音だったのか。
「だ、だめ真一郎。みんな見てるぅ」


 ああ、このばか女は。
 どうしてこう場を引っ掻き回す言葉を言いやがるのか。

「せめてみんながいなくな」
「鷹城さん、立ちなさい」

 静まり返った部屋の中に、瞳ちゃんの声が響き渡った。
「は、はいいっ!!」

 唯子は慌てて俺の手を払いのけると、立ちあがった。
 そしてそのまま気を付け。
 さすが体育会系、見事な直立不動だ。
 やっと開けた視界を見回すと、御剣とななかちゃんも見事な直立不動。
 すごいぞ体育会系。

「相川君?」

 ベッドから起きあがってすさまじい殺気とともに俺をにらみつける瞳ちゃん。
 その声に思わずそこにいた全員が振り返る。

 そこには、俺の恋人である瞳ちゃんではなく、
「いったいそこで何をしているのかしら?」

 静かな怒りに燃える武道家、千堂瞳がいた。

「鷹城さんもなんだか楽しそうだったけれど」

 いつもならそこにいた全員はその殺気に威圧されて動くことすらできなかっただろう。

「あの、千堂さん」
「何かしら? 井上さん」

 でも、今日はななかちゃんも瞳ちゃんに対して問いかけることができる。
 普段は微動だにできないのに。

「あの、その」
「言いたい事ははっきり言ってくれないかしら?」

 ああ、瞳ちゃんは忘れてるみたいだけれど

「なんでYシャツ一枚なんですか?」
「え?」

 ななかちゃんの問いに自分の姿を再確認する。
 どうやら自分の格好を思い出したらしい。


「きゃあっっっ!!!!」
 ぱつん。
 瞳ちゃんが悲鳴を上げて身をよじった瞬間。
 ただでさえサイズが合わなくてはじけ飛びそうだったボタンははじけ飛んだ。
 前が開いて全部丸見え。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 あまりの出来事に誰もが声すら出せず、ぴくりとも動けない部屋の中で。
 その緊張を最初に打ち破ったのは意外にも大輔だった。

「らっきー」

 人間、とっさの時には自分の気持ちを隠さず正直に言葉にするものだと言う。
 そんな正直者の大輔に対する俺たちの反応は、
 そこにいた全員による一斉攻撃だった。

「うぎゃあーーーーーーっっ!!!!!」

 悲鳴が響く中、一斉攻撃は大輔の記憶が飛ぶまで続けられたと言う。










 そのごのおはなし。


 あの後事情を説明した結果、全員が納得してくれた。
 ビヴァ親友。
 まあ、記憶が飛んでる大輔はおいといて。


 でも。
「よう、Yシャツマニア!」
「いや御剣さん、その呼び名はどうかと思いますよ?」
「だってしんいちろー、好きなんでしょ?」
「いやだから」
「真くん、人の趣味ってそれぞれだと思うから」
「いや小鳥、それイマイチフォローしきれてないって」
「大丈夫ですよ。合意の元なんだし」
「だからあっ!!」
「シンイチロ、『ハダワイ』ッテ何デスカ?」
「っていうか弓華がなんでしってるっ!!」

 このいじめは卒業までの間、延々と続いたと言う。
「のーっ!!!!!」

後書きとおぼしきもの

 はい、本当に久しぶりな右近です。
 SSです。
 いや、まさかこの話書くのに3ヶ月かかるとは……いや、怠けてただけって噂もありますが。
 まー、とりあえずこれからはもーちょいペース上げていく予定なので、できれば見捨てないでくだちい。
 なんだか作品の内容には欠片も触れてないけど、たまにはいいかということで(ぉ

2002.05.10 右近