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「あっちゃあ……降ってきちゃったぜ……」 「ありゃあ……本当だ……」 俺と志保は思わず天を仰いだ。 鉛色の空からは、大粒の雨が降り止むことなく落ちてきている。 「お前が、何時までも歌っているから……雨に降られちまうんだ」 「まあ、ヒロっ……言うに事欠いて……志保ちゃんの所為にするのっ?」 「だってそうだろうが……お前が、『あと一曲』とか『もう一曲』って繰り返すから……こんな事になったんだっ!!」 「ま、まあっ……失礼なっ……折角あたしのオンステージを聴けたって云うのに……全然感謝が足りないわよっ!!」 放課後……俺と志保は、いつもの様にカラオケ対決をしていた。 意外な程の僅差の得点差で、俺と志保はいつも以上にヒートアップしていた。 だから、いつもより少し長い時間を延長して対決に興じていた結果がこのざまだった。 俺と志保はカラオケ屋の入り口から、上空から無情の雨を降らせている鉛色の空を恨めしそうに見つめていた。 「お前……傘とか持ってないのか?」 「持ってたらこんな所で、ヒロと漫才なんかしてないわよ……」 「そりゃあ……そうだな……」 「……そうよ……」 俺と志保は再び空を見上げた。 随分前から雨は降り出していたのか、商店街を歩いている人の数は疎らだったし、それに皆傘を持っていた。 「やみそうもないわね……雨」 「ああ……」 どうやらこの調子だと、夜中まで降り続きそうな気配だった。 「仕方ねえな……」 俺は持っていた鞄を頭に載せると、志保が慌てて尋ねてきた。 「ちょっ、ちょっと、ちょっとぉ……一体どうするつもり?」 「……帰るんだよ……ウチに……」 「じゃ、じゃあ、あたしはどうするのよっ!?」 「お前は此処で、雨宿りがてら、オンステージの続きでもしていれば良いじゃないかっ」 「嫌よぉっ……なんであたしが独りでカラオケしなきゃならないのよっ!?」 「なに言っているんだ?……お前にとっちゃ、人が居たって居なくたって、関係無いだろう?」 「関係あるわよっ!!」 志保はむきになって文句を言う。 「とにかく……俺は帰る……こうして雨宿りしていても仕方が無いからなっ」 すると志保が慌てて口を開いた。 「あ、あたしも行くわよっ!!」 「ふん……勝手にしろよ……」 俺は鞄を頭に載せて、雨の中へ走り出した。 「ああーん、待ってぇっ!!」 志保も両手で鞄を頭の上に持ち上げながら、懸命に俺の後を追い駆けてくる。 「……ほらっ……駆け足で来いっ!!」 「駆けてるわよっ!!」 俺と志保は土砂降りの中を、ひたすら駆け続けた。 家の近所までやってきた時、俺達は休みの商店の軒下に再び雨宿りをした。 「ふう……此処まで来ればあと少しだ……」 「はあ……はあ……はあ……あたし……走るの苦手なんだからね……はあ……」 志保は前屈みになって、大きく乱れた呼吸を整えている。 制服は既にグッショリと濡れて、志保の身体にピッタリと張り付いている。 雨は更に激しさを増し始めていた。 「ところで……志保」 「はあ……はあ……何よ……?」 「お前、一体何処へ行くんだ?……こっちはお前の家の方向じゃ無いだろう……」 「……えっ!?」 志保は今更ながら慌てたように、目を丸くして俺を見つめる。 「本当だ……何で、あたし付いて来ちゃったんだろう……」 「……はあ……お前、頭、大丈夫か?」 俺は志保の濡れた頭を軽く叩いた。 「なっ、なによぉっ……あんたが慌てさせるから……こんな事になっちゃったのよぉっ!!」 「何で俺の所為なんだよ……」 其処まで言うと、志保が急にくしゃみをした。 「くしゅんっ!!……」 「……おい……大丈夫か?」 改めて自分達の格好を見ると、制服のシャツやブラウスはびっしょりと濡れて、ジットリと身体に張り付いて気持ちが悪い……。 「う〜っ……このまんまじゃ、志保ちゃん、風邪引いちゃうわよ……」 「仕方ねえな……おい、志保……うちに来るか?」 「なんでっ!?……なんであたしがあんたの家に行かなきゃならないのよっ!?」 「だって……お前、此処から自分の家に帰るのか?」 「ううっ……」 志保は恨めしそうに上空を眺めた。 「……全然……止みそうにも無いわね……」 そして諦めたように小さな声で呟いた。 「俺の家まで来れば、傘ぐらい貸してやれるぜ」 「……う、うん……」 「じゃあ、決まりだな……走るぞっ!!」 俺はそう言うと再び雨の中に飛び出した。 「あっ、ヒロっ!!待ちなさいよぉっ!!」 そして志保も再び雨の中へと飛び出して行った。 玄関に辿り着いた俺達は、大急ぎで鍵を開け、家の中へと飛び込んだ。 「ふう……酷でぇ……びしょ濡れだ……おい、志保、大丈夫か?」 俺に続けて志保が玄関に飛び込んでくる。 「うえーっ……ソックスまでグチョグチョ……もう……サイテ〜っ!!」 俺は志保より一足先に上がり込むと、洗面所からタオルを抱えて持ってきた。 そしてその内の何本かを志保に投げ渡した。 「とにかく頭だけでも拭けよ……風邪引いちまうぜ」 「う……うん……」 志保は受け取ったタオルで、濡れた髪を拭く。 そして、ぐっしょり濡れたソックスを脱ぐと、部屋に上がった。 「……お邪魔します……」 「とりあえずリビングに座ってろ……今、洗濯機の用意するから」 「え……何で?」 「だって、お前そのままじゃ拙いだろう?……どうせ乾燥機をかけるんなら、洗濯した方が早いってっ」 「ええっ……良いよ……そんな……」 「だってお前、びしょ濡れだろうが……着替えも無いんだろう?」 「う……まあ……」 「この土砂降りじゃ、あかりに来てもらう訳にもいかないだろう……だったら、洗濯して乾燥機が一番賢い選択だろうがっ?」 「……あんた……志保ちゃんに変な事する気じゃないでしょうね……?」 志保は疑惑の眼差しで俺を見つめる。 「ばーか……そんな事するかよ……良いから、シャワーでも浴びて来いっ」 「ええっ!?」 志保は再び大げさに驚いた。 「ヒロっ……あんたやっぱり……志保ちゃんの身体が目当てなのねっ!?」 「……ふう……お前、さっき、クシャミしてたろう?……そのままじゃ風邪引くぜ……シャワーでも浴びて暖まってこいよ……着替えとか貸してやるから……」 「……ほーい……」 俺が半分呆れたようにそう言うと、志保は意外にも素直に返事をした。 そして志保はそのまま、浴室へと向かうと、脱衣所のカーテンを閉めて、其の向こう側に姿を消した。 やがて、浴室の扉が開閉される音がして、シャワーのリズミカルな水音が響き始めた。 (……何だか……素直すぎて志保らしくないな……でも、まあ……いいか……) 俺は志保がシャワーを浴びている間に、自分の部屋に行って、大急ぎで着替えをする。 そして、志保に貸す為のスウェットを吟味すると、再びリビングへと戻った。 着替えを済ませ、コーヒーの準備をする。 大き目のマグカップを二つ用意してリビングのテーブルへ並べた。 そして、俺は浴室でシャワーを浴びている志保に向かって話し掛けた。 「お前の服が乾くまで、俺のスウェットでも羽織ってろ……此処置いておくぞ」 「ほーい」 志保は呑気に鼻歌を歌いながらシャワーを浴びている。 俺はそんな志保の態度に、思わず笑みが零れてしまった。 「まったく……志保らしいというか……何というか……」 俺は志保の鼻歌を聞きながら、テーブルの上にコーヒーをセットした。 やがてシャワーの音が止み、ガサガサと志保が着替えをしている音が聞こえてきた。 「おっ……志保……シャワー上がったのか……?」 俺が声を掛けると、脱衣所のカーテンを勢い良く開けて、志保が姿を現した。 「じゃじゃ〜んっ!!」 そして其の姿を見た瞬間、俺は思わず息を飲み込んだ 「し……志保……おまえ……其の格好……」 「えっ?……この格好がどうかした?」 其処には、俺が用意したスウェットではなく、その横に置いてあった俺のYシャツを1枚羽織っただけの姿の志保が立っていたからだ。 ダブダブの大きめのYシャツの裾を指先でヒラヒラさせ、太腿を露にした志保がニヤニヤと笑っていた。 「おっ、俺はスウェットを着ろって言ったろっ!?」 「何で?……こっちの方が良いじゃん……それにヒロ好みでしょ?」 志保はケロリとした表情で答える。 「それにこっちの方が良いじゃな〜い……これって、スゴ〜ク、せくしぃでしょ?……ほら……」 そう言って志保はわざとスラリと伸びた脚を見せつける。 俺が困っていると、志保は更に悪ノリをする。 「ねえねえ……これって、あかりのパジャマ?」 「ぶふぁっ……な、何だってっ!?」 俺は思わず口に含んでいたコーヒーを噴出した。 「いやあ、あんた、やけに手慣れてたから……ねえ、これって、あかりが何時も使っているやつ?」 「ば、馬鹿っ!!そ、そんな訳無いだろう!!」 「そうなの……なんかこれ、パジャマみたいだから……こう云う格好させるのが、あんたの趣味かと思ったのよ」 志保は意味深な目つきでそう尋ねてきた。 「志保……てめえ……そんな訳ないだろう……たまたま、洗濯済みのシャツがあっただけだろっ」 俺がムキになって反論すると、志保はにやりと笑って、俺を見つめた。 「ふふーん……あんたも照れる事があるのね……」 「な……なんだとっ!?」 「照れない、照れない……ふふふ、真っ赤になっちゃって……可愛いぃ」 「……志ぃ……保ぉ……!!」 俺が怒った表情をすると、志保はニコッと笑ってテーブルの上のコーヒーに視線を移した。 「冗談よ……そんなに怒らないでヨ……あっ、コーヒー入れてくれたんだぁ……あんたにしちゃ気が利くじゃないっ」 志保はそう言うと、俺の横にくっ付く様にして座ってきた。 「な……なんでそんなにくっつくんだっ?」 「良いじゃない……向かい合って座る方が却って照れちゃうわよ」 そう言って志保は俺の横に座りこむと、コーヒーの入ったマグカップへ手を伸ばした。 「へへへ……いただきま〜す」 と、その時、大きく開いた胸元から、時々志保の大きな胸が覗いて見えた。 (……志保って……こんなに胸……大きかったっけ……) 俺は思わず志保の胸元に視線が釘付けになる……そして更に、俺はもう一つ重大な事に気づいてしまった。 (……こいつ……ブラジャー……してない……?) と、俺の視線に気づいた志保が、悪戯っ子の様な目つきで俺を見つめた。 「あんた……今、よからぬ事を考えていたでしょ……」 「ばっ、馬鹿言えっ……誰がそんな事……」 「そうかなあ……例えば、『志保って意外に胸が大きいんだなぁ……』とか『志保の奴、ノーブラだぁっ!!』 なんて考えてたんでしょ……?」 「ばっ……馬鹿言え……そ、そんな……」 俺は思わず図星を指されて、慌ててしまう。 「良いって、良いって……ヒロも健全な男の子って訳だもんねえ……うんうん」 志保は一人で納得したように、何度も肯いている。 「ねえ……あたしがノーブラかどうか……気になるぅ?」 志保は妖しい微笑みを浮かべながら、俺をからかう。 「ばっ……ばかっ…… 「見たいでしょうけど……見せてあげないっ……」 志保はそう言うと、ソファーに仰け反るようにして笑い転げる。 「てめえ……俺をからかってるなっ!?」 「ははは……ごめんねぇ……でも……ちょっとくらいなら……見せてあげようかぁ?」 「ふざけんなっ!!」 俺は思わず志保の頭を軽く叩いた。 「痛った〜い!!……あんたっ!!女の子に暴力振るうなんて……最低よぉっ!!」 「お前が悪乗りするからだ……それにそんなに強くなんて叩いてないぜ」 「ぶう……まったくもう……鈍感っ」 「……何か言ったか?」 「いいえぇ……なんでもありませんよ〜だっ!!」 志保はそう言うと、そっぽを向いてコーヒーを飲んでいた。 コーヒーを飲み終えると、志保が急に俺の部屋が見たいと言い出した。 「ば、ばか……止めろよっ」 「良いじゃないっ……それとも、あたしに見られちゃ拙いものでもあるのかしらぁ?」 志保は意味深に横目で俺を見る。 「そ、そんなものは無いっ!!」 「じゃあ、良いじゃないのよっ……見せてもらうわよっ」 志保はそう言うと、いきなり立ち上がって、小さな化粧ポーチを掴むと、そのまま階段を駆け上った。 「あっ!!こらっ!!待てっ!!」 「へへへ……あっ、此処ね……あんたの部屋はっ!!」 志保は俺が制止するのも聞かずに、俺の部屋へ飛び込んだ。 「こらっ!!駄目だってっ!!」 しかし時既に遅く、志保は俺の部屋の中を珍しい物を見るように眺めていた。 「へえ……意外に片付いているじゃない……感心感心」 「おい……あんまり掻き回すなよ……」 「あらぁ……見られて困るような物でもあるのかしらぁ?……エッチな本とか……?」 「うるさい!!……いいから大人しくしてろっ!!」 俺の部屋にやってきた志保は、まるで探偵が家捜しをするように、あちこちを探し回る。 「おい……そんな所探したって何も出てきやしないぜっ?」 「そうかしらあ……あっ……こっちはどうかしらっ!?」 「ふう……もう勝手にしろ……」 俺は部屋を荒らしている志保を尻目に、外の様子を確認する為に窓に近づいた。 ほんの少しだけ窓を開けて外を見ると、黒雲が更に厚く空を覆って、さっきよりも雨が激しくなっていた。 「ひでぇ降りになってきたな……」 「えっ?本当?」 志保は部屋荒らしを止めて、俺の傍らに近づいてくると、窓の外を覗こうとして、身体をぐいぐいと押し付けてくる。 「おいっ、あんまりくっつくなよ」 「だってぇ……こうしないと外が見えないじゃないっ……って、わあぁ……本当だぁ……」 「だから……言ったろ……ん?……あっ……!?」 と、空を見上げている志保を見ると、街燈の明かりと室内の照明の光線の加減で、シャツの下の身体のラインが透けて見えるのに気付いた。 「(……こ……こいつ……やっぱり……)」 俺は透けて見えるぞ……と教えてやろうと思ったが、逆にスケベ扱いされるに違いない。 (……しかしこのままじゃヤバイよな……教えてやるか……) 志保の意外に大きな胸のシルエットが、志保が身体を動かす度に揺れていた。 「お……おい……志保……お前……」 「何よぉ……」 と、其の時だった。 不意に空が真っ白く明るくなったと思った瞬間、物凄い雷鳴が轟いた。 ガラガラガラガラガラガラッ……ドッシャーンッ!! 「きゃあああ!!」 志保は大きな悲鳴を上げると、俺の腕にしがみついてきた。 「……し、志保……」 薄いシャツの布地越しに、志保の大きな胸の膨らみが感じられる。 志保は俺の腕にしがみついたまま、小刻みに身体を震わせている。 「……志保……」 ガチガチと震えている志保の肩にそっと手を回す。 その瞬間、ビクッと志保の身体が震えた。 「……志保……大丈夫か……?」 「……ヒロ……」 志保は切なそうな表情で俺を見つめている。 薄いシャツの布地越しに、志保が呼吸をする度に、その柔らかな膨らみが心地良く、腕に押し付けられてくる。 そしてそれは同時に、トクトクと志保の胸の高鳴りが伝わってくるようでもあった。 俺達は、お互いの顔を見つめ合ったまま、じっと動く事が出来なかった。 と、不意に部屋の明かりが消えた……どうやら停電のようだ。 一瞬にして部屋の中が真っ暗になり、外の薄ぼんやりとした明るさだけが頼りだった。 「あっ……」 「あんっ」 と、志保がバランスを崩して小さな悲鳴をあげる。 同時に俺達はベッドの上に折り重なるように倒れこんでしまった。 下に仰向けになった俺の上に、覆い被さるように志保の身体が預けられている。 大きく開いたシャツの胸元から、志保の白い裸の胸が覗いて見え隠れしている。 「し……志保……」 「……ヒロ……」 俺達はその態勢のまま、じっとお互いの顔を見つめ合っていた。 窓を叩く雨音だけが、室内に響く。 志保が呼吸する度に、其の華奢な肩が上下に動いている。 「……ヒ、ヒロ……あたし……ね……」 志保は其処まで言うと、覚悟したように静かに目を瞑った。 「……し……ほ……」 俺は志保の意外に華奢な肩に手を回し、志保の身体をゆっくりと引き寄せる。 志保の柔らかな身体が、ゆっくりと俺の身体に重ねられ、お互いの顔が更に近づく。 ほんの少しだけ開かれた口元が、やけに艶っぽく感じられる。 「……志保……」 もう一度志保の名前を呼ぶと、俺も目を瞑り、志保の頭に手を回し、そっと引き寄せた。 触れてはいないが、すぐ其処に志保の柔らかな唇があるのがわかる。 そして、二人の唇が触れ合おうとした其の瞬間だった。 部屋の隅に放り出された、志保の化粧ポーチの中から志保の携帯電話の着メロが静かに響いた。 「っ!?」 「っ!?」 俺達はハッとなり、思わずお互いの顔が離れた。 「……ヒロ……」 志保が困ったように俺の名前を呼ぶ。 「……良いって……出ろよ……電話……」 「う……うん……」 志保は困ったような、ある意味ほっとしたような表情で、俺から身体を離していった。 今まで俺の上に志保が横たわっていた感触だけが、ぼんやりと温かさとなって残っている。 と、その瞬間、部屋の明かりが再び灯った。 「……停電が……」 「うん……」 志保は小さなバックの中から携帯を取り出すと、いつもの明るさで電話に出た。 「もしもし……あっ、あかりっ!!どうしたのよ?……え……自宅に居ないから心配してぇ……?」 どうやら電話の相手はあかりのようだった。 俺は志保の後姿を見つめながら、何となく微笑んでいる自分に気付いた。 「えっ?……今……うん、ヒロの家……うん……急に土砂降りになっちゃって……志保ちゃんもう、びしょ濡れよ……うん、うん」 志保はすっかりいつもの調子を取り戻し、あかりとの電話に興じていた。 「え……そっちはもう止んでるって……うそっ……本当に?……うん……うん……わかったわよ……うん……待ってる」 電話を切ると、志保が複雑な表情で俺を見つめる。 「どうした……?」 「……あかりが……今から来るって……」 「ええっ……何でっ!?」 「知らないわよぉ……でも……きっと、あんたが心配なんじゃない……?」 と、其処まで言った瞬間、志保は大きく目を見開いて小さく叫んだ。 「きゃあっ!!大変……こんな格好してたら、あかりに誤解されちゃうわっ!!」 「お……おい……志保……」 「ちょっとぉ……あんた、ジーパン貸しなさいよっ!!」 志保はそう言うと、勝手に部屋の中を物色して、仕舞ってあったジーパンを引っ張り出した。 「お……おい……志保……」 「ちょっと……これ借りるわね」 「おい……志保……」 志保は俺の返事を待たず、勝手にジーパンに足を通す。 「あかりって意外に勘が鋭いから……ちょっとヒロ……あんたも少しは慌てなさいよっ!!」 俺はパタパタと慌てている志保に近づくと、背後からぎゅっと抱きしめた。 「……ちょっ、ちょっと……ヒ、ヒロ……?」 志保が驚いたように身体を硬くする。 「……志保……」 志保の意外に華奢な身体が俺の腕の中に包まれる。 「……あんたっ!!……だっ、駄目だよ……こんな事しちゃ……あかりが来ちゃったら……」 志保は頬を真っ赤に染めて、俺の腕の中から逃れようとする。 「……そんなにすぐには来ないよ……」 「で……でも……駄目だって……あっ……」 俺は志保の言葉をさえぎるように、優しく振り向かせると、そのまま自分の唇で志保の唇を塞いだ。 「……んあっ……んんっ……」 志保の柔らかな唇を押さえつけるように、口づけを交わす。 驚いたように見開かれていた志保の瞳が、ゆっくりと瞑られていく。 最初は抵抗していた志保だったが、やがて流れに身を任せるように、俺の腕の中に凭れ掛かってきた。 柔らかく、温かな志保の唇が今、自分の唇と一つに重ねられている。 俺達は立ったまま抱き合い、キスを交わし続けた。 長い口付けが終わり、二人の唇がゆっくりと離れていく。 「……ふう……」 志保は小さな溜め息を吐くと、頬を少し赤らませ、瞳をトロンとさせていた。 「……志保……」 俺が小さく志保の名前を呼ぶと、志保はふっと我に返った。 やがて、志保は何時もの表情に戻ると、すっと顔を俺の耳元へ近づけてきた。 「……し、志保……?」 俺が少し慌てていると、志保は悪戯っ子の様に目を輝かせながら、俺の耳元に囁いた。 「ヒロッ……いい事……この事は絶対にあかりには内緒だからねっ」 「え……あ……ああ」 「もし喋ったら……殺すわよっ」 志保の瞳が妖しく輝く。 「……わかった……」 そう答えたときだった。 玄関のチャイムが鳴って、聞き覚えのあるあかりの声が聞こえてきた。 「良いわね……ふ・た・り・だ・け・の秘密だからね……」 「ああ……秘密は守るよ」 そして志保は、何事も無かったように笑顔を浮かべると、そのまま玄関へと向かって、階段をリズミカルな足音を立てながら降りていった。 「もう〜っ!!あかりが遅いから、ヒロに襲われるところだったのよ〜おっ!!」 俺は志保の元気な声を聞きながら、もう一度窓の外を眺める。 そうすると、先程までの土砂降りが嘘のようにやんでいて、時折生暖かい風が吹いてきた。 「……つかの間の……嵐みたいだったな……」 そう独り言を呟いていると、玄関から、あかりと志保が俺を呼ぶ声が聞こえた。 そして、俺は其の声のする場所へと向って、ゆっくり階段を下りていった。 |
−END− |
あとがき |
初めまして、バットカルマと申します。 東鳩の中でも、特に好き嫌いの分かれるキャラクターの志保のお話です。 個人的に、「普段は煩いけど、実は……」みたいなキャラクターが結構好きで、志保が浩之のワイシャツを着るシチュエーションってどんな感じかなと考えながら書いてみました。 時期的には、まだあかりとも誰とも関係が進んでいない時期かなと思っています。 ゲームで言うと、あかりと志保を両方狙って、雅史が出てきちゃった……という感じの時期ですね(笑) TV版のラストの方のあかりと志保の対決(?)シーンが結構好きで、あの沈黙が何とも言えませんね(そう思っているのは自分だけでしょうか?) 今回、このようにSSの発表の機会を与えて下さった「右近様」を始め、「裸Yファン」の皆様に深く感謝致します。 ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました。 |