チュン、チュチュンチュン……
春も迫ったある日、太陽が昇り夜が明ける。
あちこちで鳥たちが起き、思い思いの場所で囀り始める。
繁華街からは離れているが、その分朝は騒がしくなく、静かに一日が始まる。
起きるのが早い人たちは、ランニングを始めたり、自分の家の前を掃いたり、料理を始めたり、
あるいは早くも会社に出かけたりそれぞれの日課になっているであろう行動を開始する。
そんな静かな朝。空は快晴、さわやかな風が吹く。
ズッ、ジャーン!!!!!
周りで今までくりひろげられていた静かな朝を打ち砕き、ある家から大音量で音楽が鳴り響く。
なんというか、静かな朝台無し。
ジャカジャカジャカジャカジャッジャジャー
その音楽(あまりの音量のため、騒音一歩手前という感じだが)の鳴り響く家の中、二階建てのその家の階段をいらだたしげに音を立てながら一人の女性が早足で上っていく。
まだ寝起きなのか着ているものはYシャツ一枚だけで、下にズボンやスカートなどははいていない。
階段を上りきるころには先ほどまで鳴り響いていた音楽もぴたりと止み、また朝の静寂が戻ってきている。
女性もそれに気づいて、ため息を吐く。
ガラ。
ふすまを開け、中を見てみると、パソコンが二台に本棚。あとはコタツとコンポと布団がある。
コンポの方を見ると案の定電源が切られており、時計で現在の時刻を示している。
また、はぁ、とため息を吐き、その女性は布団の方に向き直る。
「マスター、朝です。起きて下さい。」
澄んだ声でそう声をかけると、布団がもそりと動く。
「目覚まし替わりにタイマーで音楽流しても、消して寝直すんじゃ意味無いじゃないですか。」
もう一回布団に向かって声をかけると、やっと返答が返ってくる。
「うー、あと二時間―。」
「遅刻どころの騒ぎじゃないほど遅れます。会社クビになりますよ?」
布団の中から発せられた非常識な要求に対し、さらりと返す。
どうやら中には誰かがいるようである。おそらく、その人間が『マスター』なのだろう。
「むー……」
「ほら、さっさと起きて下さい。マスターがそんなにだらけた生活を送っていると私の評価にも関ります」
そう言って布団の側に立つ。
「よし紗良、お前が会社に行け」
「私の方がマスターの百倍仕事ができることは事実ですが、そういうわけにはいきません」
紗良と呼ばれた女性は表情を変えずにさらりと言い放つ。
「……やな女だな、お前」
「私の性格の基本設定はマスターの要望が取り入れられているはずですが」
「……」
紗良の返答に返す言葉が無いのか、布団の中にいるものは黙り込む。
「ほら、早く起きないと電車に間に合いませんよ?」
「……」
「マスター、聞いてますか?」
またもしばしの沈黙。
「マスター?」
反応が無いのを不思議に思い、紗良がしゃがみこみ、布団の盛り上がっているところ(おそらく、
先ほどからの声の主がいるであろうところ)に耳を近づける。
耳を近づけると同時に紗良の耳に装着されている一対のサポートコンデンサがチチ、とかすかな音を立て、耳に入ってくる雑音を除去し、布団の中の音声を拾う。
『……すぴー。』
ごす。 布団の中の寝息を感知すると同時に、右の拳が布団にめり込む。
「ごぶっ」
布団の中から悲鳴のようなものが聞こえる。
「はい、とっとと起きて下さい。」
冷たく、事務的にそう告げたかと思うと問答無用で布団をひっぺがす。
下では、男が一人鳩尾を抑えてうずくまっている。
「はい、スーツもYシャツも用意してありますからさっさと出かけなさい」
男は、枕元に立った紗良にそう告げられるが、息が苦しいのかぱくぱくと口を開け閉めするだけで声が出ない。
「マスター?」
さすがにまずい状態だと思ったのか、心配そうに声をかける。
「さ、紗良……」
「な、なんですか?マスター」
声を出すのも苦しそうなのに、必死になって声を振り絞ろうとする男を見て、慌ててかがみこむ。
いや、苦しそうになった直接的な原因は紗良の右正拳なのだから今更心配どうとなるものではないのだが。
それはさておき、男が必死に声を振り絞ろうとしてるのを見て、紗良は耳を寄せる。
「そ……」
「そ?」
やっとのことで声を聞きとり、続きを急かす。
「その格好で枕元に立たれると、丸見えだぞ」
がすっ!
男の後頭部に紗良の右肘がめりこむ。
「ぐごおっ!?」
さすがに洒落にならないダメージを受け、布団につっぷしてのたうち回る。
「そのまま死ねっ!!」
顔を真っ赤にして吐き捨てるように紗良が叫ぶ。
「お前がそんな格好してるからだろうが!」
驚異的な回復力を見せ、男が立ちあがって反論する。
「マスターが最初に命じたんでしょうが!」
顔を赤くしたまま紗良が反論する。
「いやほら、やっぱ男の夢だし」
「なんでこんなフェチがS.I.L.F.シリーズのマスターに……」
「フェチ言うなっ!」
男と紗良が表情をくるくると変え、口論を続ける。
静かな朝に、不毛な口論が続いていた……
p.s.口論は一時間半に渡り、結局男は会社を休んだ。 |