「んー、疲れたー」 「お疲れ様」 銀河連盟の監視員の方の仕事がたまっていたらしく、帰って来てからずっとキーボードを叩いていたみずほ先生にそう声をかけ、コーヒーを出す。 「ありがと、桂くん」 「大変そうだったね」 「ちょっと最近どたばたしてたからね。報告書溜めちゃってて」 てへ、とちょっと舌を出して自分の頭をぽかりと叩く。 先生は年上で大人の女性なんだけれど、こういう子供っぽい仕種もとても良く似合うと思う。 そんな事を考えながら、ふと前から気になっていたことを聞いてみた。 「先生、家では眼鏡してないけど、大丈夫なの?」 そう。先生は学校とか、外に出る時は眼鏡をしているけど、うちに居る時は基本的に眼鏡をしていない。 確かに眼鏡をしないで居ると楽と言えば楽だけど、こういう仕事とかをする時って、困らないんだろうか。 「あ、桂くん知らなかったっけ? あの眼鏡って伊達よ?」 「え?」 僕が驚いた顔をすると先生はくすくすと笑い、テーブルにおいてあった眼鏡ケースから眼鏡を取り出した。 「ほら」 そう言って僕の眼鏡を外し、先生の眼鏡をあてる。 確かに度は入っていないらしく、近視の僕が見るとかなりぼやけて見える。 「でも、なんで伊達眼鏡なんて」 「マニュアルにあったのよ」 「……はい?」 こう、『ファッションの一部』とかそういう返事を予想していたんだけど、全く違う答えが返ってきた。 「マニュアル?」 「うん。桂くんに話したこと無かったっけ? 銀河連盟駐在監視員用のマニュアル」 「あー、そう言えばそんな話があったような」 そう。あれはみずほ先生の宇宙船に最初に迷い込んだ時の話。 『現地の人間に秘密がばれた場合、色仕掛けが有効だってマニュアルに書いてあったのに……』 そんなこと言ってたっけ。そう言えば。 「で、そのマニュアルになんて書いてあるの?」 「うん。地球用のマニュアルなんだけど……『女教師は眼鏡をしてなきゃいけない』って」 「……はい?」 「だから、『女教師は眼鏡をしてなきゃいけない』って」 「本当?」 「うん。ちょっと待ってね」 そう言って先生はまた端末を開き、何か操作をする。 「あ、これこれ」 そう言われて指差されたディスプレイを覗き込んでみると、そのマニュアルとおぼしき文章が表示されていた。
『第三十八条:女医と女教師は眼鏡をしていなければいけない』
「……ほんとだ」 っていうか、どんなマニュアルだこれは。 「……ひょっとして、変?」 「いや、変と言うかなんと言うか……」 いや、変と言えば変なんだけど、なんとなく正面からそうは言えない。 「ちなみに、他にはどんなのがあるの?」 「え? えーと、必要な時だけ検索するようになってるから……他のも見てみましょうか」 「うん」 そう言うと先生はまたキーボードを操作し、それにあわせてディスプレイに文字が表示される。 「量が多いから……。この辺から見てみましょう」 「うん、お願い」
『第二十四条:秘書はタイトスカートじゃなければいけない』
「……」 「……」
無言でみずほ先生がキーボードを操作していく。
次々と画面には文字が表示される。
『メイド服は黒じゃなければ行けない』
『巫女さんは黒の長髪じゃなければ行けない』
『運動の際にブルマとスパッツどちらを使用するかは任意』
「……銀河連盟の駐在監視員のマニュアル?」 「う、うん。銀河連盟ではこういうマニュアルを配布していて、駐在監視員は自分の経験をもとに中身を改訂していくのよ」 「確かに、それなら実践的なマニュアルになりそうだね」 「え、ええ。それで連盟本部から受け取ってきたんだけど……」 前任者の人は何があってあんな事ばかり書き記したんだろう。 あまりの出来事に二人で放心していると、先生がふと思い付いたかのようにまりえに声をかける。 「わたしの前任の地球駐在監視員を検索して。最優先事項よ!」 「にょにょっ!」 先生の声を聞き、まりえが検索を始める。 やがて検索が終わり、端末に前任の駐在監視員が表示された。
〜一時間後、みずほの実家〜
「お母さん!」 「あ、お姉ちゃん。どしたの、地球から出てくるなんて」 「そんなことは後! お母さんは!?」 「ママならお姉ちゃん達が来るちょっと前に旅行に行くって言ってどこか行っちゃったよ?」 「まりえ! お母さんの座標を検索してトレース! 最優先事項よ!」
〜そのころの前任駐在監視員〜
「ほっほっほ。あのマニュアルのおかげで桂くんと仲良くなれたのに、何怒ってるのかしらねえ」
銀河の果てへと逃走中だったりする。
〜さらにその頃の旦那さん〜
マニュアルを食い入るように見つめていたり。
『新妻の寝間着は裸Yシャツ』
『新妻が料理する際は裸エプロン』
「……いいなぁ」
確かに効果的なマニュアルっぽい。
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