カン、カン、カン! 俺の心の中でファイナル・ラップの鐘が鳴った。残すところは、あと一周。 慌てるな! ここで慌ててしまうと全てが台無しになってしまう。俺は逸る気持ちを抑えながら、 残り10秒! ……残り、あと5秒! 4、3、2、1! 今だっ!! 俺は時計の秒針が12の数字を横切った瞬間、テーブルの上に置かれていたインスタント・ 「いっただきまーすっ!!」 |
『二人だけの夜食』 |
俺は今、至福の時を過ごしている。やはり、きっかり3分経ったものでなければ、この味を まぁ、他の人には違う意見があるだろうと思う。この辺は俺の好みがあるんで、 何を偉そうにしているんだ、俺は……… ズルズルと、麺をすする音が響く。 今は夜の1時ちょっと過ぎ。俺は一人、台所で夜食を取っていた。夕飯をちゃんと そういや、部活で結構走り込んだんだっけ? そのせいなんだろうか。夜中に腹の虫が、突然鳴り始めた。最初は、なんとかそれを 結局、我慢できずに台所へと足を運んだのだった。 ちなみ我が家には、インスタント食品というものは置いていない。喫茶店というものを 彼女たち曰く、 『あんなものを食べていると、身体に毒でしょ?』 ということなのである。 だが毒と言われても、男にはそれらを無性に食べたくなる時があるんだ! ………と思う。親父もきっと、そう思っている違いない。 まぁ、乃絵美が小さかった頃、彼女は今よりもずっと身体が弱かった。 「いい親を持ったよな、俺」 しみじみと呟いた。 それでもやっぱり食べたいときがあって、俺は密かにインスタント・ラーメンの買い置きを 数々のラーメンらは、俺の部屋に隠してある。 ズルズル…… 「この味がわからないなんて、母さんと乃絵美は不幸だよなぁ〜」 麺をすすりながら呟いた時、 「誰が不幸なの?」 と、突然背後から声をかけられた。俺の身体は一瞬にして固まってしまった。 この声はひょっとして……… 俺はぎこちなく身体を声のかけられた方向へ向けていく。緊張のあまり、心臓は 「や、やあ、乃絵美さんっ。こ、ここ、こんな時間に、ど、どうしたのかな?」 振り向くと、そこに立っていたのはやはり乃絵美だった。 「お兄ちゃんこそ、いったいどうしたの? こんな時間に?」 乃絵美はにっこりと微笑みながら、問いかけてきた。その笑顔は、一見「天使の微笑み」の 普段の、いつもの彼女は内気でおとなしい女の子だ。でも今の彼女から、俺はもの凄い ううっ……バレてる……しかも、怒っているよぉ…………… 隠したラーメンは乃絵美のほうから見えてないはずだが、どうやら彼女は俺が 俺はひきつった笑みを乃絵美に返した。すると彼女は、ますますニコニコしながら、 「ほ、ん、と、う、に、どうしたの?」 俺は乃絵美と視線が合わないように自分のものを泳がせながら、必死に言い訳を考えていた。 「ごめんなさい。ラーメン食べてました」 と頭を下げた。 すると、今まで笑顔だった乃絵美の顔が急変した。彼女の綺麗な眉がつり上がり、普段の 「もう、お兄ちゃん! あれほどインスタント食品は身体に悪いって言ってるのに、 乃絵美の剣幕に俺は気圧されてしまう。今の彼女は「おとなしい子を怒らせたら恐い」の 乃絵美は腰に手を当てながら、こちらを睨み付けている。俺は椅子に腰掛けているので、 これじゃ、蛇に睨まれた蛙だよ……… その証拠に、全身という全身から汗が出ていた。そして彼女の突き刺さるような視線が、 「お兄ちゃん!?」 俺は視線を彷徨わせながら、しどろもどろに言葉を紡いだ。だが乃絵美は、俺の言葉を 「そんなこと言って、お兄ちゃん。本当は隠れて食べたかったんでしょ?」 ………はい、おっしゃるとおりです。 「で、でも、お腹が空いていたのは事実だし、そ、それに明日の朝には飯がでるだろうから、 で食べてただけ、と言おうとしたのだが、俺は最後まで言葉を言い切ることができなかった。 また、乃絵美に睨まれたからだ。 「のえみぃ〜。昨日は部活の練習ではりきりすぎて、夕飯だけじゃ足りなかったんだよぉ〜。 俺は半分、涙声近い声を上げた。そして俯きながら、自分の右腕を両目に当て、 俺のこの突然な行動に、乃絵美は少し慌てた。 「あ、えっと、あの、お兄ちゃんっ。だ、だから、そういうときは私が作ってあげるって 乃絵美の言葉に先程のような勢いは失せていた。 俺はちょっとだけ顔上げて、乃絵美の様子を見る。気を弱くしている俺の姿を見て、 よし、作戦は成功した! 俺は乃絵美を怒らせたとき、俺は決まってこういう行動に出る。そうすると、 「ご、ごめんな……乃絵美……悪い、お兄ちゃんだよな…………」 俺は弱々しく呟いた。すると乃絵美は、屈み込んで俺の顔を覗き込んできた。そして、 「ううん。私のほうこそ、強く言い過ぎちゃってごめんね、お兄ちゃん」 乃絵美は俺の両手を優しく包み込みながら、柔らかな笑顔を向ける。その優しい表情に 「……乃絵美」 乃絵美の顔を見つめていたら、急に罪悪感が襲ってくる。俺が芝居をそのまま 「ごめんな、乃絵美」 だから俺は、もう一度彼女に謝った。騙したことに。 「ううん、もういいよ。お兄ちゃん」 乃絵美は再び、優しく包み込むような柔らかい笑顔を俺に向けた。まるで、俺の気持ちに 「さてと……ところで、お兄ちゃん? まだ、お腹のほうは空いてる?」 乃絵美は腰を上げると、急にそんなことを問いかけてきた。 「えっ?」 乃絵美が言うとおり、先程まで湯気を上げていたラーメンも今ではすっかり冷め切っている。 「………うん…空いている」 言いながら、乃絵美は俺の顔に近づけてきた。彼女の顔は、今目の前にある。先程の彼女の 「ん?」 乃絵美は小首を傾げながら、俺の言葉をずっと待っている。 「……………チャーハン。ちゃ、チャーハンが食べたいな、乃絵美」 俺は、胸の高鳴りが乃絵美に気取られないように言った。 ……顔は真っ赤になっているかもしれないが。 「ふふっ。お兄ちゃん、チャーハン好きだもんね。うん、わかった…じゃあ、早速作るね」 言いながら乃絵美は冷めたラーメンを片付けて、厨房のほうへと足を向ける。そして、 「お、おいっ、乃絵美。ひょ、ひょっとして、そ、そのままの格好で料理するつもりか?」 エプロンの紐を腰に回しながら、乃絵美はきょとんとしている。 「あ、いや……別になんでもない……………」 乃絵美は俺の態度に怪訝な表情を見せたが、すぐさま気を取り直して、冷蔵庫から卵やら、 乃絵美の剣幕に圧倒されていて、今の今まで気づかなかったが、彼女の姿は しかし、いくらサイズが大きくても、さすがに彼女の綺麗な脚までは隠せない。 はっきりいって、目のやり場に困る。その上、フリルのついたエプロンをシャツの上から 俺がそんな煩悩にとらわれているのをよそに、乃絵美は鼻歌がを歌いながら楽しそうに 出るとこは、出てるんだなぁ……こう…腰のくびれたところから………… って、何を考えているっ、俺は!? ガンッ!!!! 「ど、どうしたのっ、お兄ちゃん!? テーブルに頭打ち付けてっ!?」 俺は、テーブルに伏したまま呟いた。ほんの数秒、妙な空気が漂ったが、俺がそのままの ふう……料理ができるまで、こうしていよう……… 俺はテーブルに伏しながら、顔を横にする。これなら、乃絵美の後ろ姿を見なくても 時間にして数分、 「できたよ、お兄ちゃん!」 という乃絵美の声とともに、テーブルの上に出来立てのチャーハンが置かれた。 「おっ、乃絵美、旨そうだなぁ〜」 出来立てのチャーハンからは湯気が立ち上り、そして食欲をそそる何とも言えない 「はい、お兄ちゃん。レンゲだよ」 ふと見ると、お皿が二つある。どうやら、乃絵美は自分の分も作ったようだ。 「ああ、もちろん」 断る理由なんてないので、俺は笑顔で乃絵美に答えてやった。 「それじゃあ、お兄ちゃん。冷めないうちに食べよ?」 言いながら乃絵美は、俺の向かいの席に座る。 「んじゃ、いただきまぁ〜すっ」 ぱくっ。 「鮭の切り身が余っていたから、身をほぐして入れてみたんだけど……どうかな?」 乃絵美は、上目遣いで俺の表情を伺っている。俺はもう一度チャーハンをすくい、 「………美味しくない?」 乃絵美は何かに怯えたような表情して、俺の顔を見つめている。 これ以上、意地悪するのはよそう。 「いや、すっごく美味しいよ、乃絵美!」 俺は、満面の笑顔で言ってやった。すると乃絵美は、少し怒ったような表情をした。 「もう、お兄ちゃん、びっくりさせないでよっ! 心配だったんだからねっ」 乃絵美は眉を顰めながら、口を尖らせた。 「ははっ、ごめん、ごめん。ほら、乃絵美も食べてみろって。美味しいんだからなっ?」 口調こそは怒っているものの、乃絵美の顔からは笑みがこぼれていた。 「そうだ、乃絵美。なんでさっき、俺がラーメン食べているってわかったんだ?」 俺はチャーハンを口にしながら、隠したはずのラーメンを乃絵美がなぜ気づいたのかを 「何言ってるの、お兄ちゃん。ラーメンの匂いを漂わせていたら、誰にでもわかるよ」 乃絵美のもっともな答えに、俺はひきつった笑みをこぼした。 それから二人は他愛ない話を交えながら、チャーハンを食していった。 何度目か口に運んでいたとき、ふと顔を見上げると、乃絵美が両手で頬杖ついて俺のことを 「うん? どうした、乃絵美。俺の顔に、な、何かついてるか?」 乃絵美があまりにも真っ直ぐに俺のことを見つめるものだから、気恥ずかしくなってくる。 「くすっ。ごはん粒がついてるよ、お兄ちゃん」 笑みをこぼしながら乃絵美。 「えっ!?」 俺は、反射的に口元に手をやる。だが、手を当てたところにそれらしいものはついていない。 「違うよ、お兄ちゃん。反対側のほうだよ……」 言いながら乃絵美はテーブルに身を乗り出して、俺の頬に手をやった。 「ほら、お兄ちゃん」 乃絵美は取ったごはん粒を俺に見せた。 「あ、ありがと………」 なんだ、なんだ? この気恥ずかしい状況はっ!? 俺は急激に頬が火照っていくのがわかった。乃絵美は、そんな俺の顔を笑みを浮かべながら そして、もう少しで食べ終えようとしたとき、不意に乃絵美が口を開いた。 「ねえ、お兄ちゃん……お兄ちゃん、私が怒ったとき、いつも泣いている振りをするよね?」 !! 俺は乃絵美の突然な言葉に、口へ運びかけた姿勢のまま固まってしまう。そんな俺の姿に 「だってお兄ちゃんの嘘泣きって、妙に芝居くさいんだもん」 言いながら乃絵美は、ころころと笑った。そして彼女は、またあの微笑みを湛える。 「嘘泣きだって、わかっているんだけど……でも、どうしてかなぁ……お兄ちゃんの 乃絵美は目を細めながら、俺の顔をじっと見つめている。彼女の眼差しに、再び頬が 「……………どうしてだと思う……お兄ちゃん?」 乃絵美は熱っぽい視線で、俺に問いかけてきた。火照る頬と、彼女の熱い視線。喉が乾きを 俺は彼女の視線に耐えられなくなり、目を逸らそうと思った。思ったはずなのに、 彼女の瞳をじっと見ていると、どこか違う世界へ吸い込まれていきそうな、そんな錯覚に 乃絵美は何を思っているのだろうか? そして、何を言いたいのだろう? だが、彼女はただ笑みを湛えながら俺の顔を見つめているだけだった。 どれくらいの時間が経ったのだろうか。俺と乃絵美は、ただ黙って見つめ合っていた。 「………あっ、もうこんな時間だね……お兄ちゃん、私そろそろ寝るね……… 乃絵美は時計に視線を移しながら、ゆっくりと席を立った。そのときの彼女の横顔は、 「それじゃあ……おやすみなさい、お兄ちゃん………」 そう言って、彼女は台所をあとにしようとした。 おい! 乃絵美に何か言うことはないのかっ、俺は!! 俺は拳をぎゅっと握り、必死に考えた。だけど気が焦るばかりで、何も思い浮かんでは 乃絵美が横を通り過ぎた瞬間、ほとんど無意識のうちに彼女の腕を掴んだ。 「………お兄ちゃん!?」 急に腕を握られたので、乃絵美は驚きの表情を隠せなかった。 「お兄ちゃん……ちょっと痛いよ………」 俺は彼女の言葉に、慌てて腕をほどく。よほど強く握りしていたのか、彼女の腕は 「どうしたの……お兄ちゃん?」 乃絵美は、やはり暗い表情のままで問いかけてきた。彼女を行かせまいとして、掴まえたのは でも、何か言わなきゃ!! その思いだけが、今の俺を支配していた。俺は彼女の前に立ち、彼女にかける言葉を決めた。 「の、乃絵美っ、え、えっとだな……そのぉ〜、つまりなんだ………さ、さささ、さっきの、 俺はやっとの思いで、それだけの言葉を紡いだ。乃絵美がほしがっている答えじゃない 俺が必死な思いで紡いだ言葉を乃絵美は、どう受け取ったのだろう? 彼女は、まっすぐに俺の目を見つめていた。まるで、その言葉が確かなものなのかを 不意に乃絵美の表情が明るくなる。そして、そのまま俺の胸にもたれかかってきた。 「乃絵美!?」 今度は、俺が驚きの表情を隠せなかった。 「………そうだね……お兄ちゃんの言うとおり、私の『お兄ちゃん』だからかもね」 乃絵美は俺の胸に顔を埋めて、そう呟いた。そして、ぱっと顔を上げる。その彼女の顔は 「ああ。俺は、乃絵美の『お兄ちゃん』だからな」 俺はちょっとだけ意地の悪い笑みを浮かべた。 「くすっ。もう、お兄ちゃんったら」 俺の言葉に乃絵美を笑みをこぼす。そして、俺の身体から身を離す。 「お兄ちゃん、ありがとう」 乃絵美は、もうこれ以上にない笑顔を俺にくれた。これが、本当の「天使の微笑み」に 「じゃあ、おやすみなさい、お兄ちゃん」 乃絵美は身を翻して、今度こそ台所をあとにした。 乃絵美が去ったあと、彼女が作ってくれたチャーハンの残りをたいらげた。 心を満たす充足感に浸りながら、俺は乃絵美の座っていた席に、心の中で呟いた。 乃絵美。ごちそうさま。 |
あとがき |
あ、あれ? あ、わかった。私にそういうものは書けないんだ(ぉ 最近、MIDIにまた手を出し始めました(爆)。 しかし、うまくMIDIをやる時間が取れそうにないみたいです。 KNP%今日もイトケン節(ぉ |