家族への告白、そして新たな目覚めなの

 年も暮れゆくある日。
 ここ、海鳴市の一角にあるなのはの家――高町家には多くの人が集まっていた。
 居間にあるテーブルを挟んで向かい側には、なのはの父である高町士郎と、妻でありなのはの母である高町桃子。
 桃子の隣には姉の美由希、そして士郎の隣には兄の恭也とその恋人である月村忍。
 そしてそれと対峙するように――いやまあ実際はそんな物々しいわけではないが、向かい側に座っているのなのはの両脇に親友のフェイト、そして最近その義母になったリンディ・ハラオウン。
 総勢八名。
 まあそのうち五名は家族だし、忍もちょくちょく泊まりに来るし、フェイトはなのはの親友というぐらいだし、リンディだって引越しのときに挨拶に来てその時この居間に通された。
 それでもこれだけ集まると言うのは稀である。初めてかもしれない。
 そしてこれだけの人数に囲まれて、なのはは全ての話を終える。、
「――そんなわけで、魔法少女してました」
 そんな言葉と、ぺこりと言うお辞儀を最後にして。
 長い話だった。
 ユーノとの出会い、そして魔法少女としての戦い――フェイトとの出会い、そして戦った、プレシア事件。そしてはやてと出会い、フェイトとともに戦った闇の書事件。
 自分でも少し長いかな、とは思った。
 でも決して、長すぎるとは思わなかった。
 それに、魔法少女になってからいままであった様々なできごとに端折れるようなことは無かった。
 だから全部話した。
 悩んだときは全力全開、それがなのはの信条だから。
 そしてそんな長い話を全て聞いたなのはの家族たちはと言うと。
「大変だったな」
「がんばったね。さすがわたしの子」
「なのはも大変だったんだな」
「さすが恭也の妹さんだね。凄い凄い」
 あっさりさっぱり納得して受け入れていた。
 全員晴れ晴れといたいい笑顔だった。
「いやちょっと待ってみんな。なんであっさり認めてるの!?」
 美由希だけは、ひとり目を白黒させて驚いたり動揺したりしていたが。
「魔法少女ってそんな! アニメや漫画じゃないんだから!」
 しごくもっともな意見だった。
 フェイトとリンディも、そう言う答えが返ってくると思っていた。
 二人は、こういうときになのはの助けになるために付き添ってきたのだ。
 しかしそんな二人が口を開くまでもなく。
「美由希。妹を信じないのは、よくない」
 恭也が一言で切って捨てた。
「いや、そういう問題じゃなくて!」
「ダメよ、美由希。『兄妹仲良く』ってかーさんいつも言ってるでしょ?」
「そうだぞ、母さんの言うとおりだ」
 しかも両親から追い討ちをかけられた。
「いや、だから……」
「美由希ちゃん、物事は柔軟に考えた方が楽になるよ?」
 そして忍にフォローを入れられた。
 しかも微妙にフォローになって無い気もする。
 四対一。
 高町家の常識の範囲は、美由希が考えていたのよりちょっぴり広かったらしい。
「あの……いいんですか?」
「美由希もすぐにわかってくれると思います」
 さすがにちょっぴり心配になったリンディが声をかけるが、桃子はあっさりそう答える。
 まあ、何はともあれなのはが魔法少女であることは受け入れられた。
「いくらなんでも……」
 受け入れられたのである。


「で、二人とも魔法少女ってことはあれよね。変身とかできるのよね?」
「うん」
「はい」
 ノリノリで聞いてくる桃子に、なのはとフェイトがそろって答える。
 その表情はさすがに恥ずかしそうだったが、それ以上に嬉しそうだった。
 でもそれに負けず劣らず、高町家の人たちは嬉しそうだった。ていうか桃子と忍。
「じゃあさじゃあさ!」
「変身を見せて!」
 そして、まるで本当の親子のように流れるようなコンビネーションでそんなことを言っていた。
 そしてその目はまるで少女のように輝いていた。
 忍だって少女って年ではないし、桃子にいたっては三児の母である。
 でもその目は輝いているんだからしょうがない。
 そんな二人を前にして「嫌だ」などと言えるなのはとフェイトではなく。
 二人で顔を見合わせたあとに、半ば恐る恐ると言った感じで振り向いてみる。
 そしてそこに座っているリンディは二人の不安げな表情を見て、にっこりと微笑んだ。
「いいわよ。かっこいいとこ見せてあげなさい」
 それを見たなのはとフェイトはまた二人で顔を見合わせ――なのははフェイトを、フェイトはなのはを見てからこくりとうなずきあい、少し恥ずかしそうに――だけどしっかりと立ち上がる。
「「はい!」」
 そして二人が高く掲げる手にあるものは、互いの持つインテリジェント・デバイス。
「お願い、レイジングハート!」
「――お願い、バルディッシュ」
 そして二つのデバイスは、二人ののマスターの声に応える。
「Stand by Ready」
「Yes Sir」
 その声とともにデバイスに凝縮されていた魔力が放出され、光とともに二人の体を包み込む。
 やがてまばゆいばかりの光は収まり、光の中から二人が現れる。
 純白の衣装に身を包んだなのはの手には、黄金に輝く魔力の杖――レイジングハートが。
 漆黒の衣装に身を包んだフェイトの手には、漆黒の戦斧――バルディッシュが。
 そして二人がビシっとポーズを決めると、周りから惜しみない拍手が湧き上がった。
「凄いな」
「ああ、凄い」
 言葉少ないがそれでも驚きを隠そうとしない男性陣と、
「わたしも子供のころ、魔法少女にあこがれてたのよね」
「やっぱりそうですよねー」
 相変わらず盛り上がってる女性陣。
「そう言うものなのか?」
「女の子だったら憧れるわよ。恭也だって子供のころ変身ヒーローになりたいとか思ってたでしょ?」
「そう言われれば、まあ」
 忍に言われ、多少照れくさそうにそう返す恭也。
「士郎さんも昔そーゆーのに憧れたの?」
「ん、まあな」
「とーさんもそうだったのか」
「そりゃな。俺にも子供のころはあったんだし」
 なのはとフェイトは桃子と忍に言われるままに様々なポーズを取り、士郎と恭也はそんな四人を静かに見つめる。
 そんな、そこはかとなくほのぼのとした――和やかな空気が流れる中、ひとり部屋の片隅で所在無さげにしていた美由希に声がかけられた。
「お姉ちゃんは?」
「え?」
 問いかけはなのはから。
 家族に囲まれ、レイジングハートを手に持った、どうやら魔法少女になったらしい、高町美由希の妹から。
「お姉ちゃんはなりたいとか思ったことないの?」
 突然の問いかけに一瞬驚いたが、驚きから立ち直った美由希が見てみると、美由希の妹は不安そうな顔でじっと自分を見つめていた。
 それを見た美由希は一瞬考えた後に何かを振りきるように頭を振り、なのはの元へと歩み寄る。
 そしてまだじっと自分を見つめる妹の頭をぽんぽんとなでて、にっこりと笑った。
「うん、わたしも思ったことあるよ」
 その言葉を聞いて安心したのか、満面の笑顔を見せるなのは。
 それを見ると意地を張っていた自分があまりに大人気無かったようで。
「はい、そんなわけでやっと美由希も納得してくれました」
「いや、それは……」
「……お姉ちゃん?」
「あーもう、わかったわよ。わたしの負け」
 なのはの向こうでなんだか意地悪く笑っている母には色々と言いたいことはあったが、とりあえず美由希もなのはの方を向いて、にっこりと微笑んだ。
「それじゃ、質問いいかな」
「はい、どうぞ」
 なのはは姉とのコミュニケーションに忙しそうだったので、桃子の問いにはフェイトが答えた。
「魔法って、どんなことが出来るの?」
「なのはは複数の誘導弾制御と大出力での遠距離砲撃、わたしは高速での接近戦が得意です」
 フェイトはさくっと答えた。
 まあ事実だし。
「なんだかそれって魔法少女と違う気が……」
「美由希。おかーさん、あなたをそんな細かい事にこだわる娘に育てた覚えはないわよ」
「いや、まあいいんだけどね」
 もはや美由希も突っ込みつづける気は無いらしい。
「やっぱりその手に持ってるのが魔法の杖なの?」
「はい。わたしのがレイジングハート、フェイトちゃんのがバルディッシュって言います」
 忍の問いに、なのははそう答える。
 そして忍はというと、「ふーん」とか呟きながらまじまじとレイジングハートを見つめていた。心持ちって言うかモロに距離を詰めて。なんて言うか『目前』と言う表現がまさにぴったりな距離で。
「なのはちゃん」
「はい?」
「その杖、ちょっと貸してもらえないかな」
「……忍さん、分解とかしそうだから……」
 先ほどまでとはうってかわって真剣な顔での忍の問いだったが、なのはは苦笑しながらそう返した。
「えー」
 心底残念そうな忍。
 人差し指を軽く咥えたりしつつ、そのもの欲しげな瞳は一直線にレイジングハートを射抜いていた。
「Master!」
 悲鳴を上げるレイジングハート。
「いいじゃない。ちょっと分解してすぐ戻すから」
「ダメです!」
「ケチー」
「こら、無理言うな」
「ちぇー」
 恭也に言われてちょっと拗ねながら引き下がる忍。
 全く……と呆れたように呟いた後、恭也はなのはの方に向き直る。
「自分の命を預ける武器は大事に扱わなきゃダメだぞ」
「うん、わかってる」
 そして兄妹そろって仲良く忍のほうに目を向けてみたりした。
「何よ二人して。まるでわたし一人が悪者みたいに」
 そして忍は拗ねていた。
「いいわよいいわよ。わたしなんて所詮根暗でメカいじりぐらいしか特技の無い女の子ですよ―だ」
 更にやさぐれていた。
「いや、忍さん。誰もそんなことは……」
 さすがに言いすぎたかと思い、なのはが忍にそう声をかけようとすると、その言葉を最後まで聞くことなく忍は口を開いた。
「じゃあ、見せて」
「え?」
「で、その杖を使って魔法を使うんでしょ?」
「そうですけど……」
「分解させてくれないんなら、見せて。魔法を」
 そう言ってまた口をつぐんだ。
 もはや駄々っ子だった。
 大学生のすることではなかった。
 なのははさすがにどうしたものかと兄の方を見るが、恭也もどうしたらいか困っているようだった。
 まあたしかに恭也と忍は恋人同士だし、親だってその関係を認めているが、なのはの兄は基本的に女性に対して器用なタイプではないのだ。そもそも忍とどうやって仲良くなったのかすらさだかではない。
 とりあえず今は慰めるように横に座って忍の方に手を置いてたりしているが、忍の態度は一向に変わらない。
 どうしたものかと悩むなのはに対する救いの声は、それまで無言だった人物――リンディから発せられた。
「いいわよ。この家の周囲に結界を張るから、軽いのを見せてあげるといいわ」
「いいんですか?」
 まあ確かに心の中でちょっと期待していた展開ではあったけど、それでも一応聞き返すなのは。
 確かに変身の許可は貰ったけど、そこまで許してもらえるとは思ってもみなかった。
 しかしそんななのはの問いかけに、リンディはまたにっこりと微笑んで口を開いた。
「見せたいんでしょう?」
 それを見て一瞬きょとんとしてしまったが、なのはは力強くうなずきながら口を開く。
「はい!」
「じゃあ、問題無しね。わたしは今からエイミィに連絡して結界を張ってもらうから、その間に用意しておきなさい」
「はい!」
 リンディの言葉に、なのはは再び力強くそう答えた。。


 そして五分後、二人の魔法少女+高町家ご一行+忍とリンディは高町家の庭にいた。
 まあ、なのは以外の全員は縁側に座っているが。
 なのははと言うと、バリアジャケット姿でレイジングハートを構え、標的を見据えていた。
 標的――それは、庭の向こう側に並べられた空き缶。
 その数十二本。
 なのはは意識を集中し、なのは以外の全員は固唾を飲みつつそれを見守る。まあお茶を飲みながらとかおせんべ食べながらなのはこの際気にしてはいけない。
「――じゃあ、行きます」
 そう言ってなのははくるりとレイジングハートを回す。
「行くよ、レイジングハート」
「All right,Master」
 そして頼りになるパートナーの声を聞いて、なのはは魔力を集中して解き放つ。
「アクセル……シューター!」
 なのはの構えるレイジングハートの先端に、魔力で構成される桃色の球体が出来上がる。
 そして数瞬の後、その球体はそれぞれ細く迅い魔力光となる。その数は標的と同じく、十二本。
 魔力光はそれぞれ曲線を描くが、その互いが接触することなく標的に向かって突き進み――標的を置いておいた地面の一部ごと爆砕した。
 いや、狙いが外れたわけではなく。
 アクセルシューターの光弾は間違いなく空き缶を貫いたのだが、ちょっとその時解放された魔力量が人並み外れて大きかっただけと言うかなんと言うか。
 とりあえず、空き缶を置いておいた辺りの地面はクレーターになっていた。
 幸いながら建物と人には被害は無かったが。
 そんななのはの魔法の威力を見た高町家の人たちは――
「すごいすごいー」
 万雷の拍手を送っていた。
 とりあえずおおらかな人たちだった。
 美由希だけはちょっと何か気にしている風ではあったけど、それでも妹の晴れ姿にけちをつけるほど野暮ではなかった。
 そして万雷の拍手で迎えられたなのははと言うと。
「えへへ……」
 照れていた。
「他にも色々あるんだけど、ここじゃ見せられないから」
「なのはちゃんの魔法は威力強すぎるから……」
 そんな親友同士の心温まる会話に『これでまだ小さい方なのか』などと細かいツッコミをいれる人間もいなかった。
 良くも悪くもおおらかな人たちだった。
 家族みんなでなのはを「よくやったぞ」とか「さすがわたしの娘」とか褒め称えたりもしていた。仲良しさんな家族だった。
 ひとしきりそんな感じでなのはを褒め称えた後、ふと美由希がフェイトに問いかけた。
「フェイトちゃんはどんなことが出来るの? さっきは高速での接近戦とか言ってたけど」
「はい。その言葉通りなんですけど……」
 そう言ってフェイトがリンディの方を見ると、リンディはまた微笑みながらうなずいた。
 そして高町家の面々の方に目を向けると期待の眼差し。
 それに加えてなのはの眼差し。
 その眼はフェイトに『がんばれ』と言っているようで。
 だからフェイトもちょっとがんばることにした。
「バルディッシュ、ソニックフォーム」
「Yes,sir」
 フェイトの言葉に従ってフェイトのマントが弾け、その手足に小型の光の翼が出来上がる。
「じゃあ、なのは」
「うん」
 フェイトの声に従うようになのはがまた意識を集中すると、フェイトの周囲に桃色の光弾が出来上がる。
 それを確認したフェイトは軽く息を吸うと、その口を開く。
「――行きます」
 言った次の瞬間フェイトの姿は掻き消え、一瞬の地に全ての光弾は破砕されていた。
 そして庭の反対側――一瞬前に立っていた位置から数メートル離れたところで、バルディッシュの構えを解いていた。。
「こんな感じなんですけど……」
 その魔力の全てを攻撃速度に特化させた、フェイトのソニックフォームによる高速連撃。
 それを見た高町家の皆さんの反応は、
「凄いな」
「ああ、とてもなのはと同じ年の子の動きとは思えん」
「とーさんと恭ちゃん、見えたの!?」
 一部の人だけ異なっていた。と言うか男性陣。
 今までツッコミしていなかったからか美由希が凄い速度で反応していたが、二人の反応にびっくりしたのは、なのはもフェイトも同じ事だった。
「今度手合わせしてもらえないかな」
「いえ、そんな」
「いやいや。さっきの動きを見る限りでは恭也相手でもいい感じだと思うぞ」
 恭也の申し出を断ろうとしたら、士郎にまでそう言われてしまった。
 しかしフェイトが言いたかったのはそう言うことではなく、『魔術師である自分と魔術を使えない一般人が戦うなんて』ということだったのだが――
「大丈夫。俺も、わりと普通じゃない」
 そう言って恭也は家の中に上がっていたかと思うと、少ししてから何か手に持って帰ってきた。
 そしてそのまま庭に下りる。
 その手に持つのは、二本の小太刀。
「忍」
「ん?」
「その辺の小石、適当に投げてくれないか」
「うん、わかった」
 そう言って忍は庭にある小石を何個か拾う。
 両手に持てる程度だから、十個ぐらいだろうか。
 何をする気かとなのはとフェイトが見守る中恭也は軽く目をつぶり――
「投げてくれ」
「はーい」
 そう言って忍が庭の方にばら撒いた小石を、
 一つ残らず叩き落としていた。
 その速度はフェイトに勝るとも劣らず。
 しかも、叩き落された小石を見ると、一つ残らず両断されていた。
 これにはなのはとフェイトも――そしてリンディまでもが目をむいていた。
「御神流奥義の歩法――神速」
 そう言って恭也喪また構えを解く。
「これなら――いい勝負になりそうだろう?」
 言いながらフェイトの方を振り向いた恭也の顔は、今までそこにいた『なのはの兄』ではなく『御神流剣士』な顔で。
 だからフェイトも
「はい」
 そう言ってにっこりとうなずいた。
 そんな二人が、戦士同士がわかりあえるシンパシーとかそんなのを感じて軽く絆を深めている最中、
「八歳の子に抜かれてるよ……」
 美由希は縁側でへこんでいた。


 そして、その日の夜はフェイトとリンディも高町家で食事に呼ばれ、軽いパーティのような感じになった。
 その中でなのははフェイトと共にリンディの下で――アースラで働きたいと言うことを相談してみたが、それも結構あっさり認められた。
 その時に桃子から出された条件は三つ。
『学校の勉強もしっかりするの』
『必要の無い夜更かしはしない』
『やるからには一生懸命やる』
 それだけだった。
 もちろんなのははその条件にうなずき、フェイトと共にいられることを喜びあったりした。その後、高町家で以前飼われていたユーノが男の子だったと判明して桃子が「是非連れてきなさい」と目の色を変えたり、なのはがはやてを家族に紹介したとき、シグナムと恭也がまた戦士同士のシンパシーを感じあったりしたのは別の話である。





 高町家でなのはによる衝撃の告白があった数日後、恭也は忍に呼び出された。
 ちなみに呼び出しの内容はと言うと、電話で『今すぐ来て』とただ一言のみ。
 簡潔極まりないと言うか、恋人同士の電話としてはちょっとそれ異常だろうと思える内容だったが、恭也と忍の間ではわりと良くある電話だったので、恭也は愛用のMTBにまたがり一路月村家へと向かった。
 そのまま十分ほどMTBを走らせると、海鳴市の郊外にでんと構える月村家というより月村邸とかいった方がいいんじゃないかと思える洋館が見えてくる。
 初めて来る客であればその敷地の広さと館の大きさに面食らうかもしれない屋敷だが、恭也は通いなれているのでさして気にせず門へと向かう。
 そして門に備え付けられたインターフォンのボタンを押すと、数秒の後に応答が返ってくる。
「どちら様ですか」
「恭也だけど」
 インターフォンから聞こえる女性の声にそう答えると、「どうぞ」という答えと共に門が開いたので、そのまま玄関へと向かう。
 そして玄関脇にMTBを停めて玄関の扉を開くと、先ほどの声の主である、月村家第一メイドであり、忍の右腕とか親友とか、まあそんな感じの肩書きを持つノエルが出迎えてくれた。
「恭也様、いらっしゃいませ」
「お邪魔します」
 端から見ると何処か白々しくも感じるそんな挨拶を交わしてから、恭也はノエルに問いかける。
「忍は?」
「忍お嬢様は工房です」
「工房って、地下のあそこか?」
「ええ……」
 珍しく口ごもるノエル。
 忍と工房と言う取り合わせからして何か予感のようなものを感じるが、それでもまあここまで来て帰るわけにもいかないので工房へと足を向ける。
 まあ、勝手知ったるなんとやらで月村邸の中であればノエルの案内なしでも問題無いのだが――
「恭也様」
 何故か今日に限ってノエルに声をかけられた。
 さきほど感じた予感が嫌な予感へとクラスチェンジする中、さすがに無視するわけにもいかず恭也も言葉を返す。
「どうかしたのか?」
「いえ――」
 そう言ってから珍しく――そう、ノエルにしては珍しく口篭もってから言葉を続ける。
「がんばって下さい」
 しかも激励の言葉だった。
 その表情はいつも通り冷静だったけど、瞳を見ると何かいろんな感情が渦巻いているようだった。
 悪い予感は確信に変わりつつあった。
 でもここまで来て帰るわけにもいかない。というかそんなことをしたら忍が何をするかわからない。
 だから恭也は覚悟を決めて、ノエルに答えを返す。
「ああ。がんばるよ」
 そして目的地である工房へと通じる階段へ。
 ちなみに答えを返した後のノエルの表情は見ていない。
 だってもし見たら色々くじけそうだったから。
 そして石造りの階段を降りると、忍が『工房』と呼んでいる工作室にたどりついた。
 いやまあ確かに月村邸は所謂『豪邸』って奴なので広いのだが、工作室へと続く階段が数百段あったりするわけではない。恭也の今の気分的にはそれぐらいあった気がするが。
 まあそれでも目的地にたどり着いたので扉をノックしてみる。
「忍?」
 そしてそんな風に声をかけると、中から答えが返ってくる。
「恭也? 入っていいよー」
 忍の声はなんだか浮かれていた。
 恭也の悪い予感は完全に確信に変わった。
 でもここで帰るわけにはいかない。というかこんなことで根を上げていては、忍の恋人なんてやってられないのである。
 そんなわけで「入るぞ」ともう一度声をかけてからスライド式のドアを開けて中に入る。
 中は何時になく散らかっていたが、奥の方に目を向けると忍がいた。
 というか机に突っ伏していた。
「忍?」
 さすがに心配になって近づいていくと、忍はおもむろにむくりと起き上がって抱きついてきた。
「えへへー、恭也―」
 そしてまるで猫のように恭也の胸にその顔を擦り寄せる。
「お前、寝てないのか?」
「んー、ここんとこほとんど徹夜だったからねー」
 恭也の問いに、忍はさも当然と言った風にそう答える。
 何でまた、と聞こうと思った時、忍の肩越しに妙なものが見えた。
 長さは二メートルぐらいの棒。
 しかし勿論ただの棒がこの工房にあるわけはなく。
 その棒からはなんだか物々しいコードやら冷却棒やらが飛び出していて。例えて言うならばそう、なのはが見せてくれた魔法の杖に似ているような――。
「忍、それ――」
 何なんだ、と。
 なんとなく予想はつくけれど、それでも聞かないわけにはいかないのでそう聞くと、忍は急に元気になって恭也から離れたと思うと、胸を張って立ち上がった。
「ふっふっふ、聞きたい?」
「……微妙なところだが」
「じゃあ教えてあげましょう!」
 とりあえず、今の忍に『聞く耳』と言うものは無いらしい。
「なのはちゃんの魔法の杖、レイジングハートに対抗して作ったこの月村忍入魂の一作!名づけてハウリングインフェルノ!」
 もはや魔法の杖の名前ではなかった。
「そしてなんとこのサイズで0.6ジゴワットのレーザーが照射可能!」
 そして機能も魔法の杖とは関係無かった。
 いや、なのはやフェイトの機能が魔法の杖っぽいかと言うとそれはまた別の問題な気もするが、それはさておく。
「念のため聞かせてもらうがその物騒な武器――」
「魔法の杖!」
「その『魔法の杖』を作った目的は――」
「勿論わたしも魔法少女になるの!」
 嫌な予感は確信を経て現実へと変わった。
 そして、そんなはずはないけど地下室にはひゅるりらって感じで風が吹いた。
「ちなみにバリアジャケットはノエルがアラミド繊維にミスリル銀を織り込んで裁縫中」
 ああ、それでノエルはあんなに疲れてたのか、等と思っている間も忍は全く止まらない。
「名前は『魔法少女デジタルしのぶ』あたりで」
「そろそろ突っ込んでいいか?」
「だって恭也、わたしA'sで出番なかったんだよ! このままじゃ次回作にも出れるかどうか!」
「それにしても、もう『少女』って年じゃないだろう」
 メタ発言に対する恭也の冷静にツッコミへの返答はグーパンチだった。
「女の子に年のことは禁句だって何度も言ったでしょ! ぶつわよ!」
「いやもうぶたれたし」
 見事に腰の入った右ストレートだった。恭也をしてかわすことすらできない程の。
「いいの! とにかく今日からわたしは魔法少女! わかった!?」
 その豊かな胸を盛大に張ってそう宣言する自分の恋人を見て、さすがに呆れたと言うかなんだか疲れてきたので恭也はうなだれつつ搾り出すように答えを返す。
「好きにしてくれ」
「ありがとう!」
 しかし忍の反応はと言うと、満面の笑みと固い握手だった。
 ついでにそのまま両手をぶんぶん振られた。
「?」
 何かおかしい。
 恭也はさっきとは別の嫌な予感を――
「魔法少女にはパートナーが必要よね」
 感じる間もなく忍はそんなことをのたまった。
 きょうやはにげだした! しかしにげられなかった!
 と言うか工房の出口にたどり着いたら目の前でシャッターが落ちてきた。
 そして振り向くと忍の手にはなんだか怪しげなスイッチがあった。まあ多分あれがシャッターのスイッチなんだろうが。
「逃がさないわよ」
「落ち着け。そんなこといきなり言われても」
 とりあえず話し合い。
 そう、恋人どうしだけど――いやだからこそ、対話というものはとても大切。
「だって恭也の衣装はもう出来てるし」
「待てい」
 しかし忍はそう思っていないようだった。
「こっちもノエル入魂の一品で、防弾・防刃に加えて対熱処理も」
「いやだから」
「恭也、この前『お前と一緒に生きていく』って言ってくれたじゃない!」
「それとこれとは話が別だっ!」


 そんなこんなで月村家の夜は更けていく。
 その後、第四の魔法少女が現れたとかその横にはなんだか複雑そうな表情をしたパートナーがいたとか言うことがあったかどうかは定かではない。

「いっそノエルも一緒にチームを結成」
「忍お嬢様がお望みでしたら」
「いや待て! 本当に!」

 定かではないったら定かではない。






後書きとおぼしきもの


 そんなわけで、せんせぇのとこで書いたなのは本の原稿を公開。
 100部刷ったんだけど、ジャンル効果なのか何なのか、午前中で完売したらしいですよ?
 そしてこれなのはSSじゃなくて忍SSじゃねえかとか言う突っ込みも聞いてあげません。
 あと、冬に再販するらしくそっちには「デジタルしのぶ」の挿絵が入ってますので、見たいやつはかいにくるといいと思います。

 次の更新は11月に、去年冬に書いた巣ドラ原稿あぷだと思います。
 新作書く時間なんぞねー。

2006.10.14 右近