「うーっす、久しぶりー」 「お前どこの学校行ったんだっけ?」 「あいつ、新しい学校で彼女作ったぞ」 「マジかっ!?」
久し振りに来た教室は、実に騒がしかった。 きょろきょろと周りを見回すと、黒板の前に座っていた大竹がこっちにむかって手招きしている。 「よう光輝、こっちだこっち」 「悪ぃ、遅れた」 「全く。バイクは戻ってきたんじゃなかったの?」 「いや、戻ってきたけど壊れててな。今修理中だ」 「普段の行いが悪いからこういうことになるのよね」 「バカ言え、俺の普段の行いのどこが悪いというんだ」 「ひとつずつ順を追って説明してあげましょうか?」 「……いや、遠慮しとく」 学校の教室で、友人たちとくだらない会話をする。 ただ前と違うのは、教室には机も椅子も無く、俺たちが全員私服でいるということだろうか。 そう、この学校はこの春、俺たちが三年生へと進級するのと同時に廃校になった。 だけど、数日前に連絡があった。 「取り壊し前に許可が下りたからクラス会をしよう」と。
急な話であったにもかかわらず、今このクラスには全体の八割以上が集まっている。 聞いた話だと、都合がつかなくて断った人間も酷く残念そうだったらしい。 転校して一ヶ月、新しい学校に馴染んだとは言え、まだ前の学校のことを忘れるには短すぎる時間だろう。 だからこそこの早すぎるクラス会にはみんな参加しようとした。 しかもその場所が解体が間近に迫っている以前の校舎と聞けばなおさらだ。 さっきここに来るまでに前を通った他の教室でもクラス会は行われているようだった。 「しかし、よく許可降りたなあ」 「いや、この企画練ってる時にあのコンビニの店長に会ってな。ちょっとそんな話をしたら次の日こんなのが」 「ん?」 大竹がポケットから取り出した封筒を受け取り、中を確認する。
『5月1日〜5月10日までの間、学園跡地の全施設の使用権を学園卒業生に与えます』 「……この名前って、今の総理大臣の名前じゃないか?」 「多分そうだと思うが」 「まあ、あの店長顔が広い人だったみたいだし」 本当にコンビニの店長にしては顔が広い。 昔は国際的に活躍してたそうだし、それでかな。 「汐音〜、素直来たよ〜」 「うわ、本当?」 俺と大竹が店長に対する感謝の念を新たにしていると、汐音は女友達に呼ばれて教室を出ていった。 それにつられるように教室内から女性がぞろぞろと出て行き、男ばかりになったところで聞こう聞こうと思っていたことを聞いてみる。 「で、お前と汐音は付き合ってるのか?」 「ぶばっ!!」 「うわ、きたねーなおい。吹くなよ」 「げほ、げほ、げほ……お、お前が吹出すような事言うからだろうが!」 「いや、すまん。でも気になったものはしょうがない」 「お、俺と汐音が」 「なんだ、付き合ってるのか」 「ど、どうしてそれを!」 「いや、お前今『汐音』って呼んでたし。前だったら『岡崎』だったろ?」 「いらんことばかり鋭くなりやがって……」 「なんだなんだ、大竹と岡崎さんってやっぱりそうだったのか?」 「まあ、前からバレバレだったしなあ」 俺たちの話を聞きつけたのか、教室内の別な場所にいた奴等もぞろぞろと集まってくる。 「散れ、散れ!」 「まあまあ、大竹の恋の成就に乾杯」 「「「「「「かんぱーい」」」」」」 「聞けえっ!!」 まるで練習したかのようにクラスに残っていた全員がジュースで乾杯する。 まだなにか騒ぐ大竹を完全に無視し、周囲は勝手に盛り上がり始める。 「いやー、大竹もよく諦めなかった」 「ああ。あれだけ脈なさそうだったのによく頑張った」 「うむ。俺も親友として嬉しい限りだ」 「だーかーらー」 「でもまあ、あれだけ一緒にいたのになかなか告白できないもんだなあ」 「新貝もいたしなあ」 「俺、岡崎さんは新貝のこと好きなんだとばかり思ってた」
……? なんか、話の矛先がずれてきた気がする。
「馬鹿言うなって。何で汐音が俺を」 「そうだよ。新貝のこと好きだったのは氷沼さんだろ?」 「……いや、ちょっと待て」 「そうだぞ。光輝は浮気なんぞしようものなら香耶先輩に殺されるからな」 「何? やっぱりお前、楠先輩と付き合ってたのか?」 「急に剣道部なんぞに入るからおかしいと思ったら」
……しまった。 話の矛先は完全にこっちに向いた。 大竹はまさに『してやったり』って顔をしている。 ……あんにゃろう。
「で、どうやってそう上手くやりやがった」 「楠先輩狙ってたやつ多かったんだぞ?」(びしっ) 「ちくしょう、なんで新貝ばっかりこんなにいい目を!」(どんっ) 「死ね! この男の敵めっ!!」(がすっ) 「貴様がいなければ俺たちだってもう少し!!」(げしっ、げしっ) 段々エキサイトしてきたのか、最初小突きながらしゃべっていたのが軽く殴るようになり、蹴りに変わるまでそんなに時間はかからなかった。 「痛い、痛いってば!」 「俺も楠先輩のこと憧れてたのに!」 「お前が入る前から剣道部だった俺の立場はどうなる!」 「てめぇ俺にも一人ぐらい紹介しろ!」 (どかっどかっどかっどかっどかっ) やばい。 嫉妬の炎に燃えた元クラスメイトたちは止まることなく、その攻撃はどんどん激しくなっていく。 ちょっと洒落になってない。 「待て待て。それ以上やったら光輝が死ぬかもしれん。それより、このまま尋問というのはどうだ」 暴力の輪の外からそんな大竹の声が聞こえた。 「しかし大竹、仮にも彼女もちのお前はいいだろうが」 「仮にもとか言うな!」 「……彼女もちのお前はいいかもしれんが、一人身の俺たちのこの憤りはどうすれば」 「いや、それ、俺のせいか?」 さすがに異議を申し立ててみるが、あっさり無視された。 「まあまあ、光輝だって苦労して楠先輩と付き合うことになったんだろうし」 「……まあ、そうかもしれんな」 「そう。元クラスメイトが元先輩と仲良くなったっていいじゃないか。肉体関係があるわけでもなし」 「すまん。それは香耶先輩が学校にいる間に」
……しまったと思った時には、首をしめられていた。 「貴様ッ!高校生の分際でもうそんなことまで!!!」 ……大竹に。 「俺はまだ汐音とキスすらしたこと無いのに! それをお前はあっさりとこん畜生!!」 首をしめたまま俺を持ち上げ、ぐいんぐいんとシェイクする。 大竹がこんな力持ちだとは思わなかった。 ああ、おばあちゃん。綺麗なお花が…… 「大竹、落ち着け! 新貝の顔色が段々やばいことに!」
クラスメイトの叫び声のおかげで、すんでのところで戻ってこれた。 具体的に言うとまだ足元に川の水の感触が残ってる気がする。 信じられないような力で俺を振り回していた大竹は、クラスメイト数人にしがみつかれて動けないようだ。 「しかしこいつは、あれだぞ? 楠先輩と……」 「でも、さすがに殺しはまずい。せめて袋叩きぐらいで」 「しかしこいつは、楠先輩のあの豊満な胸でアレやコレやしたに違いないぞっ!?」 「……それは確かに許しがたいが」 「待て、お前ら」 「そういえばさっき楠先輩を見て、プロポーションがよくなったと思ったが」 「俗説で『胸はもむと大きくなる』というじゃないか」 「……やっぱり殺すか」 「待て待て待て待て待てぇっ!!」 「うるさい罪人、貴様に発言権は無い」 「いや、ひとつだけ言わせて貰おう。お前らは考え違いをしている」 「うるさい黙れ」 そう言って大竹の手が俺の首にぎりぎりと食い込んでくる。 気管が圧迫され、呼吸が困難になっていく中俺は、なんとか言葉を振り絞った。
「香耶先輩の胸は、パット入りだっ!!!!!!」
ぼとっ。 俺の衝撃の告白を聞いた大竹の手からは力が抜け、俺は地面に落とされた。 げほげほと咳き込みながら周囲を見ると、周りのやつらも似たような反応だ。 そのまましばらく息を整えていると、やがてその中の一人が口を開いた。 「……マジ?」 「マジ。初めての時にポロっと落ちてびっくりした」 確かにびっくりした。それまでそんなそぶり見せなかっただけに本当にびっくりだった。 「じゃあ俺が見た、『胸が大きくなった楠先輩』っていうのは……」 「……多分、気合入れて多めにつめてたんじゃないかな」 俺がそう言うと、さっきまでのギスギスした雰囲気はなくなり、全員気まずそうにしている。 「そういえば、楠先輩って身体測定の結果誰にも教えないんだって。俺の姉さんが言ってた」 ギスギスした雰囲気は一転して、なんだか痛々しい雰囲気に変わっていた。 「……女の人も、色々大変なんだな」 誰かがボソッと言ったその言葉に、全員うなずくでも否定するでもなく、ただ時間だけが過ぎていく。 そんな中、一人が俺の方に向かって言いにくそうにしながら問い掛けてきた。 「で、本当はどれぐらいなんだ?」 「あ、うん。こう、ちょうど片手で覆えるぐらいで……」 「無いわけじゃないんだろ?」 「あ、うん。ちゃんと膨らんでるけど控えめというか……」 「……あのさあ、よく『胸の小さい女性は感度がいい』とか言うけど、それって本当なのか?」 「いや、俺香耶先輩のほかにはそんな経験ないから……」 「初めての時って、楠先輩も初めてだったのか?」 「ああ、うん。そうだった。結構痛がってたし……」 「それで、光輝クンは何でそんなことを赤裸々に語ってるの?」 「いや、やっぱり男だけで集まってると猥談にっていうか香耶先輩?」 「うん、こんばんは。光輝クン」 いつの間にか猥談に夢中になってた俺が振り向くと、いつの間にか教室の入り口には香耶先輩が立っていた。 「えーと、香耶先輩もクラス会?」 「うん。それで剣道部のみんなで『最後に道場に行こう』って話になったから光輝クン呼びにきたの」 「あ、それで竹刀持ってるんだ。」 「うん。私一人でも行くつもりだったからね」 さすが香耶先輩。剣道部最後の部長は伊達じゃない。 「それで、ちょっと聞きたいんだけど……」 「うん。聞いてたのは『片手で覆えるぐらい』ってとこからかな」 時が止まった。 俺と香耶先輩が話しているうちに後ろの出入り口から逃げようとした大竹たちも、香耶先輩の殺気に気おされたのかぴたりと止まっていた。 「とりあえず、ひとついい言葉を教えてあげるね」 「……何かな?」 そう言いながら香耶先輩は竹刀袋から竹刀を取り出した。 「死人に口無し」 「うぎゃーっ!!!!!」
その日、教室からは悲鳴が途切れることが無かったという。
おまけ
大竹は入院していた。 光輝を含めて、あそこにいた全員が入院しているのだが、揃って全治一週間程度なあたり手加減してくれたのかもしれない。 そんな大竹のベッドの脇では、恋人である岡崎汐音が林檎の皮をむいていた。 「まったく、香耶先輩がそんなに怒るなんて。あんたらなにしたのよ?」 「ああ、うん」 しゃべると死ぬ。 きっと二度目は無い。 そう思って言葉を濁すが、汐音も深く追求する気は無いのかまた黙々と皮を剥きはじめた。 「あ、岡崎」 「ん?」 あれから5日ほどたち、何とか動くようになった体を起こして汐音に問いかける。 「お前、胸パッドとかしてないよな?」
大竹、入院一週間追加。
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