「くぅ、ふわ〜ぁ」
志貴は目覚めた。まだ覚めきらない頭を振り、枕元にあった眼鏡を取り、そのままかける。
部屋の南側にある窓は開け放たれ、そこからは眩しい光が降り注いでいる。
夏休み。
小学生は朝、親に起こされてラジオ体操に駆り出され、休み明けに提出するためにスタンプを集め、親は普段ならいない子供の面倒を見ることになる日。
しかしまあ、町外れの豪邸に住む遠野志貴17歳にとってみれば、学校に行く必要が無いので比較的ダラダラと寝ていられる日でしかない。
ましてや、一昨日から昨日にかけては、秋葉に文句を言われつつも有彦の家に泊りに行き、久しぶりに悪友たちと徹夜で麻雀をし、酒を飲み、猥談をして深夜にやっと帰って来た。
遠野家に来ていらい、久々のだらけた一日だった。たまにはこういう日が恋しくなる。
本来ならば、このまま昼まで寝ていたいところではあるが、そういうわけには行かないのでむくりと起き上がり、挨拶をする。
「おはよう、翡翠」
「おはようございます、志貴さま」
ベッドから少し離れたところに立つ少女は、表情を変えることなくそう挨拶を返す。
屋敷に来たころはこの無表情さに多少不快感を覚えたりもしたが、しばらく付き合ううちにこの少女がじつは表情豊かなことはわかってきたので、今ではごく自然に接している。
いつものように、用意された着替えを手に取り、着替えようとする。
……
……
……
訂正。着替えようと思ってはいるのだが、翡翠が部屋から出ていかないので着替えができない。
さすがに同じ年ごろの女性の前で下着姿になるのは抵抗がある。
「翡翠?」
志貴の問いかけに、まるで決心をするかのに一拍おいて翡翠が返答する。
「失礼ながら、志貴さまにご報告させていただきたいことがございます」
「うん。なに?」
翡翠の態度に幾分いぶかしげな表情を浮かべながら、ベッドに座り直す。
普段、翡翠から何かを提案してきたりすることはきわめて少ない。
翡翠といっしょに何かする場合は、翡翠が何かしているところに自分がちょっかいを出しにいくか、琥珀さんにそそのかされてちょっかいを出しに行くかだ。
……ひょっとして自分は最低な奴なんじゃないかと一瞬自己嫌悪に陥りそうになる。
そんなことを少し考え込み、また翡翠の方を見直すが、翡翠はまだなにか思い悩んでいるかのようなそぶりを見せ、言葉を続けようとしない。
「翡翠?何か話があるんじゃなかったの?」
あくまで高圧的にならないように、志貴がそう促すと翡翠もやっと口を開く。
「実は昨日、志貴さまが外出されている間に部屋を掃除させていただいたのです。」
「ああ、ありがとう。」
遠野の家に来た当初であれば、自分の散らかした部屋を翡翠が掃除してくれるというのは多少気まずかったりもした。
しかし、遠野家では普通のことらしいし、何より翡翠が望んでやってくれているようなので最近は素直に感謝をすることにしている。
「それで、掃除をしていたら秋葉様が通りがかり、掃除を手伝いたいとおっしゃったのです。」
「はあ、そりゃ珍しいこともあるもんだ。」
志貴の相槌に構わず、話は続く。
「私も『私の仕事ですから』と申し出たのですが、どうしてもと言うことなので手伝っていただくことになりました。そして、秋葉さまはあの通り几帳面な方ですので、それはもう徹底的に掃除して下さいました。」
「はあ。確かに秋葉が掃除したら徹底的にやりそうだけど」
翡翠の話を聞き、志貴が気の抜けた相槌を打つ。
そんな志貴の反応を見て、翡翠は多少眉をひそめるだけで、言葉を続けようとはしない。どうやら話はこれで終わりのようだ。
しかし、翡翠の言いたいことが良くわからない。
翡翠は普段の仕事に対して感謝を強制するような娘ではなる。
そして、もどかしげにもう一度、今度ははっきりと宣言するかのように繰り返した。
「ですから、秋葉さまは隅から隅まで徹底的に掃除をなさいました」
やはり重要なのは『秋葉が掃除をした』ということらしい。
はたしてそれが何を意味するのか。寝ぼけた頭を振り絞って良く考える。
秋葉は確かに几帳面で、容赦が無いといっても過言ではない性格をしている。
そんな秋葉が掃除をしたのなら不要なものはことごとく捨てられてしまうだろう。
もしも自分の部屋に漫画やゲームなどがあったら全ては無くなってしまうだろうが、それはわかっているので、全てしかるべき場所においてある。
漫画はすべて有彦の家に預けてあるし、ゲームはすべて琥珀さんに預けてある。
あとは、さして趣味というものが無い人間なので、私物もほとんど無い。
部屋の中にある衣服以外の私物というと、何冊かの小説と七夜の短刀、それに……
「ま、まさか!?」
がばっ!
志貴が飛びつくようにベッドの下を覗き込む。そこはもうこれでもかと言わんばかりに奇麗に掃除されていて、チリ一つ無かった。
むろん、奥の方にひっそりと安置されていた志貴秘蔵のコレクションなどありはしなかった。
「私も努力はしたのですが……」
あまりのことに茫然自失な志貴を見て、翡翠がすまなそうに告げる。
その言葉を聞き、志貴が凍り付く。
「翡翠……知ってた?」
恐る恐る翡翠の方を振り向くと、そこには顔を真っ赤にしながらも、賢明に普段の表情を崩さないでいようとする翡翠がいた。
「はい。最初に見つけた時は少なからず狼狽しましたが、姉さんに相談したら『年ごろの男の子なら持っていても当然ですよ』と言っていましたので、そのままに」
「琥珀……さんに相談?」
続けて行われた衝撃の発言に、まるで機械のように感情のこもっていない棒読みの声で聞き返す。
「はい。私一人ではどうにもできかねる問題と判断いたしましたので」
……終わった。
志貴の頭の中に絶望が広がった。
翡翠も琥珀さんもそんなことでは態度を変えたりはしないだろう。
実際今まで気づいていたにもかかわらず変わりなく接してきたわけだし。
でも、終わった。何かが終わった。
まあ、とはいってもそのままで一生を過ごすわけにも行かず、気を取り直す。
見ると、翡翠はさっき見た時から少しも動かず、同じ体勢でいた。
「……秋葉は?」
最も聞きたくない、でも聞かなければいけない、目下最大の脅威となる事項を確認した。
「はい。先ほどから下でお待ちです」
翡翠は変わらず、告げる。
「今日は風邪ひいて寝込んでるってことに」
「かまいませんが、秋葉さまがつきっきりで看病しようとした場合、わたしには妨げる手段がないということはご了承ください」
「はい、素直に下に行きます……」
死刑囚が十三階段を上る時ってこんな心境なんだろうなぁ。
志貴はそんなことをぼんやりと考えつつ、階段を降りていった。
ゆっくりと。本当にゆっくりと志貴は階段を降り、自分の寝室から1階の居間に向かう。
しかし、いくら遠野の屋敷といえども無限の広さを持つわけではなく、志貴がどんなにゆっくりと、それこそカタツムリと争えるぐらいのゆっくりさで歩んでいたとしても、目的地にはいずれ到着する。
実際、秋葉と琥珀さんが自分を待っているであろう居間の前に到着した。いや、してしまった。
目の前には居間へと通じる扉がある。立派な屋敷にふさわしく、木製の重厚そうな扉。
志貴にはそれがいつにも増して重く、威圧的に感じられた。
しかしまあ、いつまでも扉の前に突っ立っているわけにもいかない。
食事も取らなければいけないし、もうそろそろ翡翠も寝室の掃除を終えておりてくるかもしれない。
意を決して扉をゆっくり、なるべく音が立たないように静かに開く。
几帳面な翡翠が掃除しているだけあってほとんど音をたてずに扉が開く。きっと、蝶番にもきちんと油が注してあるのだろう。
そのまま、半分ぐらい扉を開いたところで、その隙間から中を覗き込み、様子を
「おはようございます、兄さん」
見ようと思ったところで、秋葉から先に挨拶された。
「ああ、おはよう」
自分の渾身の努力をあっさりと無視してきた妹に挨拶を返し、恐る恐る部屋に入る。
部屋の中では秋葉がいつもの席で朝食後の紅茶を味わっており、その横には秋葉の使用人である琥珀がいつもの微笑みを浮かべながら控えていた。
「琥珀さんも、おはようございます」
「はい、志貴さん。おはようございます」
いつものように挨拶を返してくる琥珀。
……さっきまでのは夢だったんだろうか。
もしくは翡翠と琥珀さんのドッキリ。
そんな事を思いつつ部屋の中に足を進めると、部屋の反対側の隅に見慣れたダンボールが目に入った。
。なにやら、ロープやワイヤー、あげくに鎖やらに加えて、なんだかわけのわからない模様が書きこまれたお札が張ってあるが、自分のベッドの下においてあった、コレクションをつめたダンボールと寸分違わず同じ物である。
「兄さん、お話があります」
秋葉がそう告げる。
「はい。失礼いたします」
死刑囚が電気椅子に座る時って、こんな感じなんだろうか。
志貴はまた、そんなことをぼんやりと考えながら、テーブルを挟んで秋葉の向かいがわにある自分の椅子に座る。
そして、刑は執行された。
―30分後―
「まったく、兄さんは遠野家の長男としての自覚が足りません」
……志貴は秋葉に感心していた。
あまり威張れた話ではないが、志貴が『遠野家の長男としての自覚が足りず』怒られるのはほぼ毎日といっても過言ではない。
人間というものには環境適応能力というものが備わっており、大抵の状況には適応し、段々となれていくはずだ。
その証拠に、志貴は遠野家の生活にもなれてきたし、この世界の夜の部分では人間外の存在―吸血鬼―たちが息づいており、それと教会の非公式組織「埋葬機関」が戦っているという、まるで漫画のような現実も、当然のように受け入れられるようになった。
しかし、秋葉の小言だけはいつになっても慣れることはない。
普通だったら、毎日のように小言を言っていれば、話すネタもつきそうなものであるが、秋葉のボキャブラリーは尽きることが無いようで、毎日毎日違った言葉で責めてくる。
この才能を別な方向に活かせば、物書きとして大成しそうな気もするが、本人にはそんな気がないようである。
前に「将来、なってみたい職業とかはないのか?」と聞いてみたこともあったが、その時はごにょごにょとごまかされた。
かくして、秋葉のたぐいまれなる語学力と文章構成能力は志貴を責めることに使われているわけである。
「まあまあ。志貴も年頃な男なわけだし。こーゆーのに興味が無いのも問題だと思うよ?」
秋葉の小言を受けた時間がそろそろ1時間を数え、志貴の精神もそろそろ限界に達してきた時に、横から救いの声がかけられた。
「横から口を出さないで下さい!兄さんはそもそも遠野家の長男としての自覚が……」
まだ怒りが収まらないらしく、声を荒げて振り向く秋葉。
そこには、純白の衣服に身を包んだ金髪の吸血鬼がいた。ソファーに座り、優雅に紅茶を飲みながら。
「や、おはよう志貴。ついでに妹。」
ごすっ。
「この家では客に対して無言で物を投げつけるものなの!?」
自分の方に飛んできた、それはもう重そうなブロンズ像をかわして、秋葉に対し抗議の声を上げる。
ちなみに、その重そうなブロンズ像はアルクェイドの後ろの方にある壁にめり込んでいる。
よっぽど深くめり込んだのか落ちてくる気配はない。
しかし、その焦ったような口調に反して、アルクェイドが手に持っていた紅茶はまったくこぼれていない。
「我が家には家人の許可も得ず中に入ってきた挙げ句に、紅茶まで飲んでくつろぐような吸血鬼は客とみなしません!」
ブロンズ像を投げつけた姿勢もそのままに、全身から敵意をむき出しにしつつ、秋葉が言い放つ。
「ちちち。今日は玄関から入ってきたんだよーだ。」
その言葉を聞き振り向く。
「先ほど、『志貴さまのところに遊びに来た』とのことでしたので、お通しいたしました」
秋葉が何か言うよりも早く、翡翠が淡々と告げる。
「だからって、何でこんな泥棒猫を私の断り」
「いえ、何度か声をかけたんですけど、秋葉さまは志貴さんをいじめるのに夢中になってて、全然返事していただけませんでしたので」
「それで、まことに勝手な行動かとは思いましたが、お客様を玄関に立たせたままにしておくのもどうかと思いましたのでこちらにお通しいたしました」
またも、秋葉の言葉が終わらないうちに淡々と告げる翡翠と琥珀。
秋葉も反論する理由が思いつかないのか、何かいいたげにはしているが、何も言えないでいる。
自分に対する攻撃が一段落して、ほっとして顔を上げると、琥珀が目配せをしてくる。
どうやら、秋葉の攻撃から救う為にアルクェイドを家の中に入れたようだ。
『ありがとう、琥珀さん、翡翠』
自分の家に住む使用人たちの心遣いに思わず涙ぐみそうになる。
しかし、そんな平和も長くは続かなかった。
「第一、何持ってるんですか!」
秋葉の叫び声が響く。
志貴が秋葉とアルクェイドのところに視線を戻すと、さっきから状況は変わっていないようだった。
アルクェイドは客用のソファーに優雅に座り、紅茶を飲みつつ机の上に並んでいる本を読んでいる。
その前に立ちふさがり、威嚇するように(と、いうより殺気むき出しで)アルクェイドを睨みつける秋葉。
……本?
もう一度見ると、アルクェイドは紅茶を飲みながら、机の上に何冊か並べてある本を読んでいるようだ。
B5サイズで、薄めの本。雑誌大ではあるが、装丁は雑誌などのそれとは明らかに異なる。
まあ、遠野家には雑誌なんていう『低俗なもの(秋葉談)』はないはずである。
そうするとなんなのか。
「いや、そこの箱の中に入ってた志貴の本」
「ひいぃぃぃぃっっ!!!!」
思わず、飛び上がりそうになりながら奇声を発する志貴。
そう。その本には見覚えがある。
今朝までは。いや、今朝の時点ではもう既に持ち出されていただろうから、昨日の朝までは自室のベッドの下にダンボールに包まれ、安置されていた志貴のコレクションだ。
ちなみにタイトルは「巫女さん大パニック!」500円だった。
内容はタイトルから察していただきたい。無論18歳未満のお子様は見てはいけない。
志貴は、それはもう動揺しておたおたしていたが、秋葉もアルクェイドも互いの相手をすることに集中しているようで、全く反応はない。
「あなたは、人のうちで厳重に封印してあった箱を勝手に開けた挙げ句に中身を見るんですか!」
「ふっふーん、真祖の力を舐めてもらっちゃ困るわね。」
そう言って、アルクェイドはもう開いてしまっているダンボールから札のようなものを一枚ひっぺがし、軽く握る。
ぽん、と少し間抜けな音を立てて札は塵になる。
見てみると、ダンボールの周りには先ほどまでダンボールをぐるぐる巻きにしていた太いチェーンが転がっている。
ほどかれたのではなく、恐ろしいまでの引き千切られたようだ。
「琥珀、翡翠!この馬鹿女を追い出しなさい!」
秋葉は、ヒステリックに使用人の姉妹に声をかける。
そうだ。これ以上こんな馬鹿女の相手をしていてはいけない。
自分は遠野家の当主なのだ。こんなどこの馬の骨とも知らない化け猫吸血鬼などと対等に張り合っていては遠野家の名誉に傷がつく。
しかし、いつもだったら時を置かずに返事を返してくる2人は全くの無反応だった。
「翡翠・琥珀。聞こえないんですか?」
そのまま振り向く。
すると、そこにいたはずの2人はいなかった。
「わー、わー。ほら翡翠ちゃん。メイドさんが大変なことになってる本がこんなにたくさん」
その声にまた視線をうつすと、部屋の隅で翡翠と琥珀が志貴のコレクションを読みふけっている。
「わーっ!わーっ!何見てるんだ2人とも!」
志貴がそんな2人に気づき、慌てて声をかけつつ走り寄る。
そんな志貴を見て、顔を真っ赤になる染め、うつむく翡翠。
「翡翠ちゃん、いいなー。志貴さん、ひょっとして私もメイド服着たほうがいいんですか?」
「い、いや、そんなこと急に聞かれましても」
琥珀の質問に、どう答えていいかもわからず、思わずそんな間抜けな返答をする志貴。
そんな中、翡翠は顔を赤くしつつも、まだ先ほどの本をまじまじと読んでいる。
「翡翠、琥珀、いいかげんに」
秋葉は声を荒げ、翡翠と琥珀に注意しようとする。
しかし、また今度はアルクェイドの方から声が。
「おお。こっちには金髪モノがいっぱい。こんなもの見なくても言ってくれればいくらでも見せたげるのに」
「いや、そう言われましても」
「ひどいっ!2人で愛し合ったあの夜はなんだったって言うの!」
「悪質な嘘をつくなっ!」
志貴に擦り寄りつつ、いやいやと首を振りながら叫ぶアルクェイド。
そして、擦り寄るアルクェイドを何とか引き剥がそうとする志貴。
最近、毎日のように繰り返される光景である。
しかし、今日は少し違った。
ざわっ。
室内の空気がざわめいた。
瞬間、アルクェイドが志貴を突き飛ばす。
人以上の身体能力を持つ吸血種の、しかもその中でも有数の力を持つ死徒殺しの真祖の姫に突き飛ばされ、志貴は床とほぼ水平に飛び、途中にあったソファーごと壁に叩き付けられる。
かなりの衝撃ではあったが、巻き込んだソファーがクッションがわりになったのか、志貴は数瞬呼吸ができなかっただけですぐに立ち直る。
「突然何をするんだアル……」
突然何をするんだアルクェイド。
そう続けようと思った志貴の前には、苦しそうな顔をしてソファーにへたり込むアルクェイドと、その前に立つ秋葉。
そして、そのつややかな黒髪は、まるで血のような真紅に染まっていた。
「“略奪”とはね。いくらなんでもやりすぎよ。妹。」
膝をつき、秋葉のほうを見つめながらアルクェイドが言う。
遠野の血をひくものが持つ人外の力。
秋葉の能力「略奪」は真紅の髪の結界「檻髪」を展開し、範囲内にいる生物を視認することで発動する。
秋葉に見つめられた器官は生命力を奪われ、即座に活動を停止する。
手から「略奪」されれば物を持つことはできなくなり、足から「略奪」されれば歩くことはおろか立つことすらできなくなる。
そして、胴や頭。そう言った中枢から略奪されれば、生物はその生命活動を停止する。
「その穢れた体で兄さんに擦り寄らないで下さい。兄さんは迷惑しています」
冷静に、さっきまでとはうってかわって、いたって冷静にアルクェイドに告げる秋葉。
その言葉は静かであったが、有無を言わせぬ強制力があった。
しかし、そんな事にはまるで気づかないかのように、アルクェイドは言い返す。
「あら、恋人同士のじゃれあいってものを見たことないの?」
「今すぐ帰るならよし。さもなくば……」
アルクェイドの軽口がまるで聞こえないかのように秋葉が言葉を続ける。
その髪の毛が、まるでアルクェイドから奪った力が漲ったことを告げるかのように、よりいっそう赤く染まる。
「遠野家当主の責を果たし、あなたをこの屋敷から排除します」
それまでざわざわと蠢いていた髪の毛が、動きを止め、秋葉の殺気を帯びた視線がアルクェイドを射抜く。
普通の人間であれば、その目で見つめられただけで恐れ、すくみあがりそうなものであるが、それでもアルクェイドは悠然としている。
「……いつかはあなたとも決着をつけなきゃいけないと思ってたわ」
すっと立ち上がったアルクェイドが、そのまま油断なく身構える。
秋葉の「略奪」によって生気を吸われ、その役を果たさなかったはずの脚も問題なく動いている。
「体が完全な状態の真祖の力をなめないことね。たとえ志貴だって、今のわたしを殺すことはできない」
ギン。
アルクェイドが宣言すると同時にその目が赤く輝く。
そして、戦いの幕が開けた。
次へ。 |