「とりあえずお疲れ様でした、と言っておくべきでしょうか」 秋葉は優しく、にっこりと微笑みながらそう言った。
あの事件−教会に『タタリ』『ワラキアの夜』と呼ばれた死徒が起こしたあの事件が解決し、真夏の悪夢から解放された俺、遠野志貴の前では秋葉とアルクェイドとシエル先輩という普段なかなかありえないようなメンバーが午後のティータイムを楽しんでいた。 「あいもかわらず夜出歩くと思っていたら、また吸血鬼騒ぎに首を突っ込んで。兄さんは何度死にそうな目に会えば気が済むんですか?」 秋葉は本当に優しい顔で微笑みながら、そう言った。 怒ってる。とてつもなく怒っている。 その証拠に手にもったティーカップは細かく振動し、今にも砕け散りそうだ。 そんな妹に対し兄としてできることはただひとつ。 「ごめんなさい。もう心配かけないようにしますので許してください」 土下座。 日本における最大限の謝罪の行為(by猪狩完至) 言わせて貰うならばワラキアの夜より怒った秋葉のほうが100倍怖い。いや本当に。 「いいですか兄さん。いくら健康になったからって、吸血鬼をどうこうするなんて危険なことにかわりはないんです。それなのに誰にも相談せずにまた」 「その辺で許してあげましょうよ秋葉さん」 怒る秋葉を止めたのは意外なことにシエル先輩だった。 「何を言ってるんですか。そもそも吸血鬼を狩るのは貴方の−」 「ええ。確かに教会からの命令で死徒狩りを行っていたわたしの邪魔をしてまで遠野くんはワラキアを追いつづけましたが」 「いや、だって先輩あの時はシオンを捕まえに来たって言うから」 「ああ、そうでしたね。まさかアトラスから手配されている錬金術師の隣に遠野くんがいて、あまつさえそれを守ろうとするなんて思いませんでした」 やぶ蛇だった。 「いやでも、シオンがいないと調査ができないし」 「仕方なくわたしに攻撃を加えてきたわけですね」 やぶ蛇2。 「シオンとわたしが戦ってる時も助けてくれなかったしねー」 横からアルクェイドも参加。 もうなんていうかやぶ蛇大量発生。
「でもまあ、結局のところ志貴がズェビアを滅ぼしてくれたから、助かったと言えば助かったんだけどね」 「そうですね。教会でもあれだけ手を焼き、アルクェイドですら滅ぼしきれなかった『ワラキアの夜』をあっさり滅ぼしてしまうなんて遠野くんにしかできない芸当でしょうが」 アルクェイドの言葉を受けて、シエル先輩がやれやれといった感じで肩をすくめてそう言った。
二人がそう言って大人しくなってしまうと秋葉一人で怒りつづけるわけにもいかないのか、秋葉は大きくひとつため息をついた。 「……まあ、いいです。でも、これからこういうことに関わる時は必ず相談してください」 「あー、うん。そうする。正直今回のは一人じゃ辛かっただろうし」 街で吸血鬼が出ると言う噂を聞き、街に出てみたものの手がかりは何もなく。 正直なところシオンがいなければ何一つできなかったんじゃないかと言う気がする。 「わかってもらえればいいんです。ほら、兄さんも席に着いてください」 秋葉に勧められて席に戻る。 この部屋に来た時に用意された紅茶はとっくに冷め切っていたが。 「はい、みなさん。お茶のおかわりはいかがですか?」 あいかわらず、まるで部屋の中をどこかで覗いていたんじゃないかと思えるほどいいタイミングで琥珀さんがお茶のおかわりを持ってきてくれた。 「志貴さんは日本茶にしますか?」 「うん。頼むよ」 そういう琥珀さんに熱いお茶を貰い、他のみんなも紅茶のおかわりを貰う。 「そういえば志貴さん、わたしもちょっと聞きたいことがあるんですけど」 「何?」 お茶を一口すすったところで声をかけられ、そう応える。 「いや、ちょっと聞きにくいことなんですがね?」 そう言って自分の口元を割烹着の袖で隠し、耳元に口を寄せてくる。 っていうかこの状況でそんなことされると周りの目が痛いって言うより怖いってば。 しかし琥珀さんはそんな周りのことなんか気づいていないかのように、耳打ちする。 「志貴さん、毎晩そのシオンさんって方と吸血鬼を探してたんですよね?」 「うん、そうだけど?」 「毎晩いっしょだったんですよね?」 「あー、うん。そうだけど……」 琥珀さんの言葉とともに、なんだか周囲から(というか三人から)受けるプレッシャーが激しいものになってきた気がする。 「何も無かったんですか?」 「え?」 一瞬何のことかわからなかった。 「いえですから。夜更けから朝方まで夜の街を男女で歩いていたわけですし」 「こ、琥珀さん、変な冗談を」 「どうなんですか兄さん?」 時すでに遅かった。
琥珀さんの言葉の意味に気づいて慌てて否定しようと思った時には、秋葉の髪は真っ赤に染まっていた。 「いや、いくらなんでも会ったばかりでそんな」 「説得力が欠片もありませんね」 「うぐ」 シエル先輩もなんか目つきが鋭くなってっていうかいつの間にかその右手には黒鍵が握られていた。 「だから、吸血鬼の調査をいっしょにしてただけだからそんな」 「志貴、シエルの言葉を借りるのも癪だけど、ほんとーに説得力ないよ」 いやまあ。確かにアルクェイドやシエル先輩と会った時もそんな感じだったんだけど。 「正直に話してください兄さん。話してくれれば手荒な真似はしませんから」 「いや、真っ赤な髪をうねらせながらそうおっしゃられましても」 「わたしも遠野くんに手荒なマネはしたくないんです。ちゃっちゃと喋っちゃってください」 「だから、本当に何もしてないって」 「いくら志貴でも、今この状態から逃げられるとは思ってないでしょ?」 いやまあ、確かに。 真祖の姫と埋葬機関の処刑人と遠野の当主。 これだけそろえばネロだって瞬殺されるだろう。 「さあ」 「さあ」 「さあ」 すっかり戦闘体制には言った三人に囲まれて、 『本当に何もしてないんだ』って言っても聞いてくれないんだろうなあ、とか思っていたら、 「えいっ」って言う琥珀さんの楽しそうな声とともに、 床がパカっと開いた。 「地下牢ですかぁーーーー!?」 そして俺の意識は闇に落ちた。
突然目の前から志貴が消え、一瞬唖然とした三人の中で最初に我に帰ったのは秋葉だった。 ただ単に慣れてるだけって説もあるが。 「琥珀! 余計なことを」 「まあまあ秋葉さま。あんまり責めると志貴さん、また一人でどこかに行くようになりますよ?」 「でも、兄さんとシオンとか言う人との話を始めたのはあなたじゃないの」 「ええ。わたしも気になりますけど、志貴さんにつめよらなくても調べることはできるじゃないですか」 「……もう片方に聞け、と言うことですね?」 シエルがにやりと笑いながらそう言うと、琥珀もにこやかに微笑んでそれに返す。 「でも、居場所がわからないじゃないの」 「大丈夫ですよ秋葉さん。わたしは埋葬機関を通じて、シオン=エトナムル=アトラシアの捕獲命令を受けました。従ってアトラスの協会の場所は把握しています」 「それならば話は早いですね。琥珀、大至急ジェット機・パイロット・その他現地に着くまでに必要なものを用意しなさい」 「かしこまりました、秋葉さま」 「でも、今の我々はアトラスの魔術師たちにとっては『招かれざる客』に他なりません。彼らが構築している結界を無効化しないことには」 「大丈夫よ。所詮人間の結界、わたしの前ではないも同然」 ふふん、と不敵に笑うアルクェイドを見て、シエルと秋葉もまた笑みをこぼし、誰からともなくその手を重ねる。 「とりあえず、ひとまず休戦ということですね」 「ええ。まずは真実の究明が最優先でしょう」 「これ以上ライバルは増やしたくないものね」 ふふふふふ、と。 いつの間にか天高く上がった月の光を浴びて、三人は静かに微笑んだのであった。
この数日後、アトラスの学院がいまだかつて無い脅威に襲われることになるのだがそれはまた別のお話。
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