「この間はわたしが遊びに行ったんだから、たまにはあんたたちが遊びにきなさい」
そんな言葉が全ての発端だった。
いや別に大したことじゃ無い。
言ってしまえば遠坂にロンドンに遊びに来いと誘われたただそれだけの話。
ついでに飛行機のチケットまで送ってきたとか、そういう話である。
遠坂の気持ちはとても嬉しい。
それに俺だって魔術使いの端くれだ。魔術師の最高学府と名高いロンドンの時計塔を一度見て見たいという気持ちもあった。
だがしかし。
だがしかしである。
俺は未だに日本にいた。
ちなみに桜はというとライダーを伴って渡英中である。
じゃあどうして俺だけ冬木に残っているのかと言うと、それは単純なことで。
仕事の都合である。
なんか現実的極まりない上に世知辛い話だが、しょうがない。
俺はこの春高校を卒業して、かねてよりのバイト先であるコペンハーゲンで本格的に働いているわけだが、遠坂に招待された時期がちょうど忙しい時期と重なってしまったのだ。
ネコさんは「いいよいいよ、行ってきな」と言ってくれたんだけど、どう見ても俺が居なくなると大変な事になりそうなので残って仕事をすることにしたのだ。
桜とライダーに、そして遠坂には国際電話まで使われてまで色々言われたが、しょうがない。
と言うか気持ちは嬉しいんだけどこっちのスケジュール確認してからチケットを送って欲しかった。
次の週なら大丈夫だったんだ、次の週なら。
まあそんなことを言ってみてもしょうがないので、俺は次の機会と言うことで勘弁してもらった。
非常に残念極まりないが、しょうがない。
そんなわけで一人日本に残った俺は今日の分の仕事を終え、家路についているわけである。
「慣れないよなあ……」
仕事帰り、なんとなくそんなことを呟きながらいつもの道を通り、やがて我が家にたどり着く。
切嗣が勢いで購入したと評判の武家屋敷。
親子二人で住むには広すぎて、でもいつもだったら――俺と桜とライダーと、ほぼ毎日襲撃してくる藤ねえがいるとちょうどいいぐらいの我が家。
でも今日は俺以外誰もいない。
桜とライダーは前に言ったとおりロンドンだし、藤ねえは教員どうしの研修旅行とかでしばらく留守である。
子供じゃないのでさすがに一人が怖いとは言わないが――怖いとは言わないが、寂しいと思ってしまうのが正直なところだ。
「何考えてんだか」
いかんいかん。
久しぶりに一人になったからか、どうも気分が沈んでしまっていけない。
軽く頭を振ってから深呼吸をし、気を取り直して家の扉を開ける。
「ただいま」
「おかえり、シロウ」
例え俺以外に誰もいないとしても、帰りの挨拶を欠かしたことは無い。
本来は必要ないものだとわかっているのだが、長年の習慣――
「ん?」
なんだか今妙なことがあった気がする。
そういえば今、鍵も開けてない筈なのに扉が開いた。
まさか、鍵もせずに出かけてしまっていたのか?
いかん。落ち着け俺。
とりあえずやり直そう。
冷静になって平常心で、普段どおりに挨拶をする。
「ただいま」
「だからお帰りと言っているでしょう」
幻聴では――ない。
冷静極まりない頭でそれを理解した次の瞬間、俺は靴を乱暴に脱ぎ捨てて家の中に駆け込む。
そして廊下を駆け抜けて居間の方へ。
間違いない。
忘れるものか。
例え幾月幾年経とうとも、例え何処にいようとも、エミヤシロウがその声を忘れるわけが無い。
いくら思い出を捨てようと決意したとしても捨てきることなど出来ない、その声の持ち主は。
居て欲しいと思った、でも居るわけがないと信じた、俺が思い描いたその人物は、以前と同じように、以前と同じ場所に座っていた。
「セイ……?」
「なんですかシロウ、私に何か不満でも?」
「いや不満って言うか」
黒いし。
確かに肌は前より白いぐらいだけど、その鎧と剣はまるで全ての光を吸い込まんばかりの漆黒って言うか家の中で完全武装するのはどうかと思いますしよく正座できますね。
まあぶっちゃけて言ってしまうと今俺の前にいるのは、黒セイバーなわけで。
あの歪み穢れた聖杯戦争の時、アンリ・マユに飲み込まれた桜に従って俺と死闘を繰り広げたあの黒セイバーなわけで。
なんで今ここにって言うかなんで黒いのって言うかもう何処から突っ込みいれたらいいものかと軽くパニックに陥っていると、セイバーはすっくと立ち上がった。
「な、なんだよ」
思わずびくっとしながらそう聞き返すが、セイバーは俺の態度の変化なんか知ったこっちゃ無いといわんばかりに口を開いた。
「シロウ、飯」
そして微妙に柄が悪かった。
「あ、うん。ちょっと待っててくれ」
それでも半ば反射的に俺がそう答えると、セイバーは納得したのか、再び座りなおす。
セイバーがどうして戻ってきたのか、どうして今なのか、どうして黒化したままなのか。
聞きたいことは山ほどあるけれど、とりあえず今は。
「待ってろセイバー。腕によりをかけてやるからな」
戻ってきてくれたセイバーに、きっと疲れているセイバーに、腹いっぱい料理を食べさせてやるのが先らしい。
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
宣言どおり腕によりをかけた昼食をふるまい、それも終わって食後のお茶の時間。
セイバーは、正座した足を崩すことのないままお茶を飲んでいた。
「久しぶりのシロウの料理は美味しかったです」
「ありものでしか作れ無かったから大したものは作れ無かったけど――」
「いえ、謙遜することはない。美味いモノは美味い。それは世界が幾度滅ぼうと変わることのない真実です」
「いや、料理ごときで世界を滅ぼされても……」
苦笑しつつ、自分の分のお茶を入れて一口啜る。
何の変哲もない食後の風景。
しかし。しかしだ。
「何度見ても黒いよなあ……」
思わずそんなことを呟いてしまう。
もう一度セイバーを見てみよう。
白磁と言う言葉が相応しいほどに白い肌、金と言うより白金色の頭髪、そして漆黒の板金鎧。
誰がどう見ても完全無欠に黒セイバーだった。
ちなみにエクスカリバー(黒)は鞘に納めることすらせずにセイバーの脇に置いてある。ごろりと。
「お茶受けはドラ焼きでいいかな。ちょうど江戸前屋で買ったやつがまだあるんだけど」
「それは嬉しい。ありがたく頂きましょう」
そんなことを話しつつお茶受けを用意したりしているわけだが。
――気になる。
オーケイ、衛宮士郎。お前も男だ、気になることがあるなら直接訪ねるべきだ。
「セイバー」
「なんですかシロウ」
俺の問いに帰ってくる答えは間違いなくセイバーの声で。
それだけに余計なことを聞くとこの夢から――セイバーが俺の前にいてくれると言う夢 から覚めそうで、セイバーへの問いかけを躊躇させる。
しかし、いくら夢が覚めるのが恐いからと言って――いやだからこそ、これが夢でないと言うことを確かめるためにも、問わないわけにはいかない。
「セイバー、お前は俺の知ってるセイバーだよな?」
「今更何を聞きたいのか掴みかねますが、その通りです。私は剣の英霊、セイバーに他ならない」
そう言ってずず、とお茶をすするセイバー。
よくガントレットつけたまま湯飲み持てるなとか、そういやさっきはガントレットのまま器用に箸使ってたっけとか、どうでもいいことを思いつつ、次の質問に移る。
「もう一つ聞いてもいいか?」
「どうぞ、シロウの望むままに」
そういって湯飲みを置く。
そしてお茶受けのドラ焼きを手に取りもぐもぐと食べる。
ガントレットで直にドラ焼き持ったりすると鉄の臭いがこびりついたりしないんだろうか。
本当にどうでもいいことを考えながら俺もお茶を一口のみ、口を潤してから次の質問に移る。
「俺が召喚したセイバーはもうちょっとその――」
「『もうちょっと白かった』とでも?」
ぎろり、と。
迫力のある視線にたじろいだのも一瞬、別にセイバーは俺を睨みつけたわけではないらしく、淡々と言葉を続ける。
「シロウの言うことも最もです」
こくこくと、壊れた水飲み鳥のようにうなずいてセイバーの答えを待つ。
セイバーもそれを見てこくりと一つうなずき、大きく息を吸って口を開いた。
「頑固な泥汚れは中々落ちないのです」
「――はい?」
意味がわからなかった。
「シロウも知っての通り――」
そして俺の反応なんか知ったことじゃないっぽく説明は続く。
「シロウも知っての通り、私は柳洞寺でアサシンのワナに嵌り、あの『泥』に飲み込まれてこの身体になりました」
こくこくこく。
俺のうなずきは止まらない。
「で、その時から『黒いの嫌だなー』と思って色々試してみたんですが、何をやっても色落ちしないのです」
「あ、黒いの嫌だったんだ」
「はい。肌が白くなるのはテレビに言ってた――そう、美白っぽくていいかなと思ってるのですが」
衝撃の事実。
アンリ・マユの『泥』には美白効果があるそうですよ奥さん。奥さんって誰やねん。
言いながらセイバーはごしごしと鎧をこすったりしているが、勿論色落ちしたりはしない。
「シロウ、洗剤をお借りしてもいいですか」
「いいけど」
「出来ればたわしも」
「いやかまわないけど」
言われるままに洗面所から洗剤――クレンザーと亀の子だわしを持ってくる。
「ありがとう」
そしてセイバーは俺からその二つを受け取るとすっくと立ち上がり、歩き出す。
「セイバー何処に――」
「風呂場を借ります」
まあそうだろうとは思ったけど。
「決して覗いたりしないように」
そう言って左手にクレンザー、右手に亀の子だわしを持って毅然と立つ黒い騎士王を見ると、
「わかった」
どこか脱力してそんな答えを返すことしか出来なかった。
「それでは失礼します」
そう言い残してセイバーは風呂場に向かい、その後五分にわたって風呂場からはごっしゅごっしゅと言う音が聞こえてくるのであった。
――そして五分後――
「……綺麗になったよね」
「慰めは不要です」
セイバーはそう言って悔しそうにうつむいていた。
クレンザーの効果は絶大で、セイバーの鎧はピカピカに磨き上げられていた。
ただし黒光りだったが。
その姿は黒いダイヤモンドとか黒い貴婦人と呼ぶのにふさわしく――ってこれはクワガタとかSLの愛称だった気がする。
口に出したらセイバーが怒りそうなので黙っておこう。
まあとりあえずそんなわけで、当たり前と言えば当たり前だがクレンザーを使っても鎧の色が銀に戻るわけは無く、表面の汚れが取れて返って黒さが目立つ結果となった。
そしてセイバーは落ち込んでいた。割と本気で。
このまま放っておくと体育座りしながら地面にのの字を書きそうな感じだったので、あわてて声をかける。
「あの、さっきの話の続きいいかな!」
「さっきのというと……」
「いや、黒くなった理由は教えてもらったんだけどさ! どうやってここに戻ってきてくれたのかとかその辺をまだ聞いて無かったから!」
落ち込んでいるセイバーを少しでも励ませればと、多少白々しくても明るい声でそんなことを聞いてみた。
「ああ、そうでしたね」
その甲斐あってかセイバーは俺の方に向き直って口を開いてくれた。
「では、話を戻しましょう」
そういったセイバーにはもうさっきまでの落ち込んだ顔は無く、毅然とした表情に戻ってくれていた。
そしてセイバーは言葉を続ける。
「まあさておき、黒くなった私はシロウと戦い――」
「あ」
ずき、と。
心臓にナイフが刺さるような痛みが走った。
しまった。この話題は軽く聞けるような話題ではなかった。
何故ならば。
何故ならばあの戦い、柳洞寺地下での、俺とセイバーとの戦いで。
あの時俺はセイバーをこの手で――
「戦った結果負けたのでとりあえず姿を消してみたのですが」
「ちょっと待てい」
なんだろう。あの日あの時以来、今の今まで忘れることなんかできなかった感傷とかその他もろもろがガラガラと音を立てて崩れていく。
「えーと、セイバーはあの時俺に――」
アゾット剣で心臓を貫かれて死んだと思ったのだが。
そんな俺の言葉を遮って、セイバーは口を開く。
「アゾット剣刺されたぐらいで私が死ぬわけないでしょう。あのときはまあ、ライダーの 助けがあったとは言えこの私から一本取ったシロウに敬意を表して消えただけです」
がらがらがらがら。
確かに聞こえた。俺の信じていた現実が崩れる音が。
「消えた方が話的に綺麗かと思いまして」
「ああそうですかそうですか」
がらがらと、俺の信じていたものが崩れて行く音が際限無く聞こえてくる
「まあ確かにあの一撃で私の体に満ちていた魔力の大半は消し飛ばされました」
「じゃあやっぱり――」
「話は最後まで聞きなさい」
死んだんじゃ無いのか、と言おうと思ったら遮られた。
ついでに睨まれた。超怖かった。
「しかし、桜からの魔力供給は健在でした。ほとんど消し飛ばされたとは言え、三十分もあれば十分復活可能だったのです」
もういい加減がらがらいう音も聞こえなくなっていた。信じていた現実は一通り崩れ終わったっぽい。
「まあそんなわけでシロウたちがいなくなって三十分後に復活したのですが――」
「ですが?」
「復活したとたん天井の岩が落ちてきて生き埋めになりました」
「あーあーあー」
遠坂、遠慮無く暴れたらしいからなあ。
ちなみに、柳洞寺の陥没事故と言えば、十年前の大火災と並ぶ大災害として冬木市民の記憶に刻まれていたりする。
「掘って出てくるのに今までかかりました」
「それはまあ、なんというか、お疲れ様で」
「はい、疲れました」
そう言ってセイバーがお茶を飲み干したので、お替りを注ぐ。
まあなんというか、疲れたのは事実だろうし。
「セイバー、一つ質問いいかな」
「なんですか」
「桜からの魔力供給って、途中で止まらなかった?」
「止まりました。どうやら何らかの理由でレイラインが切断されたようですが」
「じゃあ今は――」
「今も変わりません。今は残り少ない魔力をやりくりして動いているに過ぎません」
こともなげにそう言うセイバー。
「やりくりって……何とか出来るものなのか?」
つい心配に思ってそんなことを聞いてみると、
「そもそもシロウがマスターだった時だって、魔力供給無かったじゃないですか」
アイタタタタタタタ。
黒いセイバーはちょっぴり柄が悪い上に欠片も容赦が無かった。
「まあ、今の私には竜の因子がありますから多少は――」
俺の反応なんて気にもせず話を続けていたセイバーだったが、急に言葉を切って俯き、何事か考えだした。
「セイバー?」
不思議に思って問いかけてみるが、返事は無い。
しかしやがてその顔を上げ、俺の方へと視線を向けた。
「それでは一つ、協力をお願いしたいのですが」
「ああ、俺に出来ることなら」
セイバーの言葉に即座にうなずき、そう答える。
苦労して我が家に戻ってきてくれたセイバーの頼みごとだ、断るなんてとんでもない。
俺の返事に満足したのか、セイバーはかすかに微笑み立ち上がる。
「では、ついて来て下さい」
「あ、ああ」
そのままずんずんと歩いて行くセイバーの後をついて行くと――
「俺の部屋?」
「いえ、用があるのはその隣の部屋なのですが」
「隣って言うと――」
セイバーの視線に従って目をやると、そこにあるのは確かにふすまを挟んだ隣の部屋。
聖杯戦争の時、セイバーが寝室として利用していた部屋だ。
「布団を敷いて欲しい」
「ああ、なんだ。そんなことか」
何となくほっとした。
セイバーが改まって言うものだからどんなことかと思ったが、そんなことならお安いご用だ。
「やっぱり魔力回復には睡眠が必要なのか?」
「まあそれだけではありませんが、とりあえず布団を」
「うん、わかった」
そう言って押入れから客用の布団を出し、床に敷いていく。
久しぶりだが、こう言うセイバーに関する日常的な作業をしていると、セイバーが帰ってきたんだと実感できて嬉しくなって来る
がチャ、ガチャと言うセイバーが鎧を脱ぐ音を聞きながら敷布団を敷き、しゅるしゅるとか言う衣擦れの音を聞きながら掛け布団を――
「……え?」
何か今耳慣れない音と言うか本来聞こえるはずのない音が聞こえたような気がする。
「セイバー?」
「なんですか、シロウ」
セイバーに背を向けたまま布団を敷き終え、振り返ること無く問いかける。
「今、何か音が――」
「鎧を外す音でしょうか」
「いや、それはいいんだ」
うん。それはいい。これから寝ようと言うのに鎧を脱がないわけはないだろう。
だから、それはいい。
「ええと、その、その後」
「ああ」
そう言って一息おいてからくすりと笑い、セイバーは言葉を続ける。
「この音ですか?」
しゅる、と。
また同じ音がする。
「そう、その――」
衣擦れの、と言おうとしたところで口が渇く。乾いて、それ以上の言葉を発することが出来ない。
「その、なんですか?」
そしてセイバーの声は熱を帯び、その気配が俺の方へと迫ってくる。
一歩、二歩、三歩。
セイバーが歩み寄ってきていることはわかるのに、振り向くことすら出来ない。
その間もセイバーは俺に近づき、やがてその距離はゼロになる。
セイバーの両手は俺の首に回され、俺の体にゆっくりと体重をかけてくる。
「シロウ――」
耳元で、まさに吐息がかかる距離でセイバーの囁きが聞こえる。
「私に――」
どくどくと、俺の心臓は早鐘のような音を鳴らし続ける。
「魔力を――ください」
その言葉が意味することをわからないほど、俺は無知ではない。
その言葉から導き出されることはそう――
「駄目だっ!」
叫ぶ。
渇いた喉で何とかそう叫ぶが、セイバーは離れてくれない。
「先ほど『俺の出来ることなら』と言ったではないですか」
そう言ってセイバーはその白い指先で、熱に浮かされたように熱くなっている俺の首筋をつつ、となぞる。
「これは『魔力補給』です。桜に気兼ねする必要はありません」
耳元でなおも聞こえるセイバーの声。
その言葉はあまりに魅力的で。
「えい」
だからそんな、セイバーが軽く放った足払いに反応することすら出来ず、俺は無様に布団の上へと転がった。
そしてセイバーは、俺の上にそっとその体を横たえる。
「せ、セイバー!」
「なんですか士郎」
そう言って俺の方を見上げるセイバーは、その身に何も纏っていなくて。
「セイバー、早く服を着て――」
必死に目をそらし、セイバーにそう呼びかける。
一瞬見えたその肌は全身くまなく白く美しく。
そう、鎧を脱いだセイバーは、輝かしいまでに美しく魅力的で、これ以上見ていたら俺の理性が――
「シロウ」
だというのに。
「シロウ、聞いて下さい」
セイバーは、俺を追い詰めるように言葉を紡ぐ。
「これはあくまで『魔力補給』です」
俺の頬をなでながら――そして、シャツ越しに俺の胸をさすりながら。
「シロウは、このままでは消えてしまう哀れなサーヴァントを救うために『魔力補給』を行うのです」
そう言って手をするすると下におろす。
「桜に言う必要はありません。私と貴方だけの、二人だけの秘密にしてしまえばいいのです」
ベルトが外されて行くカチャカチャと言う音が、まるで他人事の用に遠くから聞こえてくる。
「シロウは何も悪くありません。万が一責められるとしたらこの私――」
そう囁いた後にかぷ、と耳を甘噛みされ、その感覚に身をもだえさせると同時にズボンが下ろされる。
俺の理性は着々と削られ、セイバーが最後の一押しとなる言葉を発した時。
「シロウ、貴方は快楽を貪るだけで――」
「貪るだけで――どうなるって言うんですか?」
全ての意識を急覚醒させてくれる魔王の声が鳴り響いた。
そう、身を少し起こすと見えるその姿は。
なんだか背景にゴゴゴゴゴゴとか言う擬音を背負った後に画面をがくがく小刻みに揺らしそうな感じのそのお方は。
「桜――さん?」
「はい先輩。間桐桜、ただ今帰りました」
「ええと――思ったより早かったね?」
「ええ、先輩が一人で寂しいんじゃないかと思って早めに帰ってきたんですけど――」
にっこりと、ほんとうににっこりと、太陽のような温かな笑みを返してくれる桜。
「それでお二人とも、何をなさっているんですか?」
ちなみに太陽の色は真っ黒で温かいって言うか噴出すコロナのような笑みだったりするわけだが。つまり、下手に触れると死んでしまう。
「いやあの、これには色々なわけがね?」
「色々なわけとかなんでセイバーさんがここに居るのかとかその辺の説明は後でゆっくり聞かせてもらいますから、まずはとっとと先輩から――」
「離れません」
桜の言葉を遮ったのは、そんなセイバーの一言だった。
「なっ!?」
「セイバー!?」
桜も俺も口々に驚きの声を出すが、セイバーの意思は曲がらない。
「むしろ今から魔力補給の邪魔です。私に複数人プレイの趣味はありませんから桜こそ席を外して下さい」
「よくもまあいけしゃあしゃあと――」
「サクラ、抑えて! 黒くてひらひらしたモノが見えています!」
騒ぎを聞きつけて駆けつけたライダーが必死に桜を抑えているのを見て、セイバーはやっと俺から身を離して立ち上がる。
「私はかつてシロウの剣となり楯になると誓った。そしてまた今誓おう。私は――」
そう言って一つ大きく息を吸い込み、
「私はシロウの妻となり恋人となると――!」
隣近所三件ぐらいに聞こえそうな大きな声でそう宣言した。
「くくくくく……いい度胸ですねセイバーさん。真っ向勝負と言うわけですか……」
「ついては夫婦の営みを行いますので、桜は外出していて下さい。具体的に言って2時間ぐらい」
「そんなこと許すわけないでしょう! 先輩の恋人は私です――!!」
そして激化し始める争いを見て俺は、
「俺、どうすりゃいいのかな――」
「とりあえず二人を止めて下さい。可及的速やかに」
ライダーに冷静に指摘されていたりした。
まあでもとりあえず、居なくなったと思った人が帰ってきてくれたのは嬉しいことだと思う。
「そもそも未だに『先輩』とか呼んでいる人に正妻面して欲しくありません」
「それとこれとは話が別です!」
嬉しいことだと思うんだってば。
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