「……うん、そんな感じ」
姉さんから手ほどきを受けて、不定形ながらようやく力が纏まっていく。魔力の塊が掌に具現する。
「そうそう。飲み込みいいじゃない」
「……このくらい?」
「そうね、これで充分でしょ。一般人にはちょっと多めだけど、アイツ相手ならちょーどいいんじゃない?」
う、流石に姉さんには見抜かれてたか。けれどここでうろたえる様なそんなはしたないマネはしない。
「や、やだ、ねえさんたら、べつにせんぱいはかんけいないのに」
「思いっきり棒読みよ、桜。それに私だれもアイツが誰か、なーんて言ってないんだけど」
しまった。うう、姉さんの悪女っぷりにはまだ適いません。適ったら先輩に愛想尽かされちゃいそうですけど。
「ちょっと桜。何か今腹ただしい事考えてなかった?」
鋭い。こういう時は凄くカンがいいのに、どうしていざという時は弱いんだろうこの人は。
「いいえ、何も?」
私は、最近覚えたポーカーフェイス(主に先輩を誘導尋問ために習得)で姉さんに答える。姉さんは、むっとした顔になるけど、それ以上は何も糾弾せずにため息をついた。
「ま、いいでしょ。さ、続きいくわよ」
「はーい」
私は改めて両手に変質させた魔力を……あれ?
「……桜、魔力はどこやったの?」
「……どこ行ったんでしょう」
掌に確かにあったはずの魔力塊は、いつの間にかどこかに消えていた。
「戻った、ってワケじゃないわよね? 既に力を変質させた後なんだし戻すことは出来ないし」
「ええ……」
私たちは辺りを見回して魔力塊を探す。と、それはすぐに見つかった。
「あ」
見つけたそれは今にも消えかけていた。いや、消されかけていた。
「……ライダー」
もきゅもきゅと結構可愛いんだか可愛くねぇんだかわかんない音を立ててライダーが魔力塊を食べていた。
「……店の主を呼べ!」
「黙れ」
どこぞの倶楽部の偉そうな人の様に叫ぶライダーに、思わずヤクザ蹴りをかます。
「何やってるのよライダー!」
「いえ、おいしそうな形をしてましたからつい。でもマズかったです。卵が足りませんね」
「料理をやってるんじゃない! それに落ちてるもの食べちゃいけませんっていつも言ってるでしょう!」
「いつもなんかい」
姉さんのツッコミをあえて無視する。
「ともかくライダー、ぺ、しなさい、ぺ!」
「えー」
嫌がるライダーから無理矢理先ほどの魔力塊を奪う。既に半分まで欠けてしまっているそれをただの魔力にデコードして、そしてまた自分の身体に戻す。そうする必要は実際は無いのだけれど、でも何となく気持ち悪かったし。ほっといたらライダーがまた道に落ちてたものを食べちゃうし。はあ、こんな大きな娘を持った覚えは無いのになあ。
「まったく……何しにきたの」
「いえ、先ほど「回生呪」を学んでいるとの事でしたので」
そう、さっきから姉さんに教えてもらっている、判りやすく言うと傷を治したりする回復の魔術。回復といっても、欠けた部分を補うという事は出来ない。(不可能ではないが、今習っているのはそのような大きな魔術ではない)あくまでも人間の自己治癒で完治できる部分までだ。回復魔術は、その回復速度をいかに補助するか、という事だ。
「うん、確かに今教えてたんだけど。まあ、さっきの段階までいけたんだからもう習得したも同然ね。後はアレをそのまま与えるだけで良いから。ああ、とは言っても食べさせるんじゃないからね」
姉さんがさっきの事を思い出して笑う。よほど可笑しかったらしい。
「……しっかし、初めて見るわ。拾い食いするサーヴァントなんて」
それはそうだろう。というか他にそんなサーヴァントがいたら困る。
「結構美味しいですよ」
「だから止めなさいってば……」
「で、ライダー」
仕切りなおすように、姉さんが口を開いた。
「何をしにきたわけ? まさか桜の様子を見に来たってわけじゃないでしょう?」
姉さんの言う通り、私の様子をわざわざ見に来るなんて事はないのだ。だってライダーは私と繋がっているから私の状況が逐一伝わってるのだ。
「ええ。確かに見に来る必要はありません。傍で見ていなくとも、サクラが昨日お風呂でどこを重点的に洗ったか、とか。桜がいつオナニーをしたか、とか。その時の桜の喘ぎ声とかも全て再生できます」
「……っっっ! ら、ら、ライダーッ!」
「うわー、そりゃ凄い。後で聞かせてくれる?」
「勿論」
「や、やだぁっ、止めなさいライダー! 姉さんも何言うのよ!」
「判りました」
「ちっ」
「姉さん!」
『……桜、綺麗だ』
『嗚呼、先輩……駄目、そんなところ、きたない……ひゃぅんっ』
お尻の穴に尖らせた舌をゆっくりと差し入れる。
『ばか、先輩のばか、こんな、こんなの駄目なんですっ、酷いですっ』
『そんな事言っても、ほら――濡れてる』
士郎の言うとおり、既に桜の足元には熱い愛液が滴り落ちていた。
『……っ!? せ、せんぱ、んっ、先輩っ、と、とめ、止めてっ』
『駄目だよ桜……ここで止められるわけないだろう?』
『で、出ちゃう、あ、あの、お、おトイレ行かせてください、先輩っ、ねえ先輩、駄目、駄目だめぇ〜っ』
桜が身体を揺するがしかしそんな事で士郎が桜の淫らな白尻を離すはずもない。
寧ろ余計に――
「……サクラ、何時の間にペルレフォーンを操れるようになったのかちょっと聞きたいところですが、とりあえず止まってください。私に戦う意思はありません」
「ウルサイソコマデニシナイトスベテフキトバスゾ」
魔力で生み出した天馬に跨りつつ鞭を振るう。何時でもSMプレイは大丈夫な様に修行したのがまさかこんなところで役に立つなんて。まあともかく。
「大体止まれって言ったじゃない!」
「ええ。オナニーの場面でもないし、お風呂場の場面も説明しておりません。しかしリンは聞きたいという要望があったから別の方を答えたまでです。しかし桜。出来る事なら程々にして欲しい。その、なんていうか――H」
きゃっいやんと顔を背けるライダー。おぼこでもあるまいに何だその反応は。
「……桜」
姉さんが私の方を可哀想な人を見るような目で私を見つめていた。
「ね、姉さん! 違うんです! そんな私あんなス……え、ええと汚いことなんてやったことありません!」
私の必死の声も聞かず、姉さんは言葉を続けた。
「……私たち、姉妹よね?」
優しい、優しい声だった。それはもうムカツクくらい。
「……姉さん、判ってくれるんですか?」
私は恐る恐る聞く。
「……でも、姉妹でも判らない事が多いのね、今、それを痛感してるわ……」
「……姉ぇぇさぁぁぁん!!」
「まあ、とりあえず落ち着いてくださいサクラ」
「どこをどう落ち着けって言うの! 嗚呼、先輩にこんな事知られちゃったら私……もう生きていけないっ」
「そこら辺は大丈夫じゃない?」
呆れたまま答える姉さん。ふんだ、処女の姉さんなんかに判ってたまるもんですかっ!
「でしょうね。先ほどの会話は、サクラのオナニーの時どこに力を入れていたか、という事を配慮した上での士郎に見せた淫夢の一部ですから」
「……は?」
「ですから、淫夢の一部です。士郎本人も結構ノリノリで私もついちょっとばかり本気に…………サクラ、私自身としてはそういう真っ黒いクスクス笑っててゴーゴーなんてお友達は一人たりとも要らないのですが」
「ライダー、私の先輩に手を出そうだなんていい度胸してるんじゃない?」
「いえ、だからあくまでも姿形はサクラです。――知らないのですかサクラ。士郎が」
真剣な顔になるライダー。いや、彼女は顔だけは何時でも真剣なのだが。(だから余計にやっかいなのだという説もある)
「……先輩が?」
「実はこっそり「メイドさん」のエロ本を持っていることを」
「ええっ?!」
「「首輪」のエロ本を持っていることを!」
「ええええっ!!」
「「獣姦」本とか「メガネ」本とかその他様々なアブノーマル本を持っていることを!」
「………」
私は開いた口が塞がらなかった。どうして? 先輩がどうしてそんな本を?
「怒らないでください、サクラ。……私もこのようなこと言いたくは無かったのですが。しかし私はサクラのサーヴァントです。あくまでもサクラの為に生きて、サクラの為に存在し、サクラの幸せを願っているのです。士郎とてそうでしょう。しかし理性でそう願っていてもやはり男性……このような欲望がふつふつと染み出てくるのは世の必定。しかしそのような事サクラに言えるはずも無く……このままではサクラたちはなすすべも無く倦怠期に入ってしまいそのまま……に成りかねません。だからこそ私は身を挺して――!
決してたまには男の子の若さ溢れるエキスが欲しいなーとか火照る身体を押さえきれないーとかそういうわけではなく」
「そうだったの、ライダー……疑ったりしてごめんなさい」
「いえ、いいんですサクラ。判っていただければ……」
「私のほうこそ……、……ところで姉さん? どうしたんですかいぶかしんだ顔をして」
「……いや、あんたたちいいコンビねーって思っただけよ。ええ」
姉さんは頭を抱えて呟いた。
「そんなの当然じゃないですか」
「ええ。その通りです」
私とライダーが肩を組むところを見てはあー、というため息をつく姉さん。
一体どうしたんでしょうか。
独り身の寂しさというやつでしょうか?
それとも更年期障害?
いけませんね、今すぐ病院を手配せねば。
待ってライダー、ここは私たちが優しく包んであげなくてどうするんですか。
――サクラは優しいのですね。
「……ちょっとあんたたち何脳内で会話してるのよ」
「「いえ、何でもありません」」
「……はぁー。とりあえずもう漫才は打ち止めになさいな。ほら、ライダー。ここに来た理由は?」
「ええ。実はこれです」
ライダーは何か物凄く干乾びた何かを持ってきた。
「……うわ」
「……何これ」
「ちょっとやりすぎました」
てへっと笑い、こつんと自分の頭を叩くライダー。
「……」
「……」
……ライダー、恐ろしい子!
何時の間にそんな高等萌え技術を?!
「はいはい。とっとと回復させちゃうわよ」
姉さんはミイラに手を触れた。
「……え? ……そ、そうだ桜! せっかくだからこれ治してみない? さっきの要領で!」
「え? 私がですか?」
何か姉さんの声が異様にあせっているような気もしないでもないが、私もせっかくだから、とやる気になりはじめていた。
「ええ! これも修行よ修行!」
「そ、そうですね。やってみます。……姉さん、どうしたんですか?」
「い、いやちょっと偶には外の空気とか吸いたいからねー。それにあたしがいたら手助けしちゃうそうだし」
「そうですか。いってらっしゃい」
「う、うん、行って来るー」
姉さんはそそくさと出て行った。
「それじゃ」
「あの、サクラ」
「何、ライダー」
「私も外に出て行って良いでしょうか?」
「……んー、出来るなら見守っててくれるかな? 姉さんにはああ言ったけど一人だとちょっと怖くて……」
「…………判りました」
何故かライダーは苦い顔で答えた。
けど、今の私はそういう事に気づけなかった。
――意識を集中する。相手のどこがどう悪いのかを調べる。うわ、酷い。血液どころか魔力も結構削り取られてる。ギリギリ生きている、というか生かされているというレベルだった。……あれ? この魔術回路、どこかで見覚えがあるような、無いような。
――見覚えあって当然じゃない。この魔術回路。
「……ライダー?」
振り向けばそこは誰もいない。
ただ、紙が一枚舞い落ちるだけ。
『だって士郎ったら激しくて……いやん(ハァト)
なお、ここまでに至った経緯を詳しく(例えて言うなら団鬼六先生の様に)説明するとサクラは怒りますか?
聞くまでもありませんか?
最高ですか?』
その紙には、あからさまに私をおちょくってるとしか見えない文が――
――この日より3日。
間桐桜とライダーの追いかけっここと「冬木市のソドム」が始まる。
なお、衛宮士郎クンは、そのまま数日ほどほっとかれて生死の境を彷徨ったとか何とか。
「……べつに、いいよ。……おれ、さんにんでもさあ……でへへ……」
幸せな夢を見つつ。
どっとはらい
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