「はっ！！」
「気がつきましたか、サクラ」
「私、いったい・・・」
「サクラは心労のあまり、居間で昏倒してしまったのです」
「えっと、何だか往年の必殺技が炸裂して虹の様な見事な軌跡を描いたような」
「倒れたとき頭を強く打って記憶が混乱しているようですね」
「そうなの、ライダーありがとう看病してくれて」
「いえ、サーヴァントとして当然のことです」
「・・・何だか大事な事を忘れているような気が・・・」
「士郎とリンのことですか？」
　ばっ、と布団から跳ね除ける。
「まだ帰っていないの！？」
「はい、今日は向こうに泊まるとサクラが・・・」
「〜〜〜」
　頭が混乱して何も考えられない。熱が出たように顔が真っ赤になる。
そのうち無性に苦しくなってポロポロと涙が出てきた。
「サクラ、泣いているのですか」
　気持ちを落ちつかせるのにだいぶ時間が掛かった。これじゃ魔術師としても失格だ。
「ごめんなさい、ライダー」
「いえ、貴女が謝ることではありません」
「・・・ほんと嫌な女よね。私、先輩も姉さんも信じてない」
「サクラ」
「こんなんじゃ、先輩に愛想つかされてもしょうがないよね・・・」
「使い魔を飛ばして様子を探るというのはどうです？」
「それよっ！！」
　ばばっ、と自分でも驚くほどの速さで準備をして使い魔を飛ばす。
「・・・それで遠坂は向こうで上手くやってんのか？」
　先輩の声だ。どうやら休憩時間でお茶を飲んでいるようだ。
「まあ、それなりにね」
「どうせ、また仮面優等生やってんだろ」
「お生憎様、ライバルがいてそいつと張り合っているうちにどっちの化けの皮も剥げちゃったわ」
「じゃ、地でやってんのか」
「まあね」
「うわ、そりゃ気の毒だな」
「あら心配してくれるの？」
「ああ、時計塔の連中にな」
「衛宮くん。しばらく会わないうちに口が悪くなったわね」
　姉さんはニッコリ笑って先輩の手の甲を抓った。
「痛っ、遠坂、爪！」
「あっ、ご、ごめんなさい」
　あわてて救急箱を用意する姉さん。手馴れた仕草で手当をしてゆく。
「何だか、こうやって遠坂にケガの治療をして貰うのも久しぶりだな」
「そうね、聖杯戦争のときは、士郎いつもケガばかりしてたから」
「ああ、何だか遠い昔のようだよな。遂、この間のことなのに」
「そうね」
「正直、遠坂と組んでなかったら生き残れなかった」
「な、なに、今更」
「いや、あの後バタバタしてちゃんと礼を言えてなかったような気がして」
「・・・ふん、あのときの貸しを礼一つですまそうなんてちょっと甘いんじゃない」
「えっ？」
「魔術師の取引は等価でなきゃ。そんな言葉だけじゃ全然不足よ」
「えっと、じゃあどうしたらいいんだよ」
「・・・そうね、体で払ってもらうのはどう？」
「ぶっ、バッ、バカ、遠坂、そんな冗談全然笑えないぞっ！！」
「私、本気よ」
　先輩ににじりよる姉さん。
　そこでパキンッと音がして視覚と聴覚が元に戻った。使い魔が破壊されたようだ。
「・・・・・・」
「サクラ？」
「・・・ライダー」
「はい、何でしょうかサクラ」
「遠坂邸に討ち入るわよ」
「それは賛同しかねます。敵のホームグランドに乗り込むのは不利ですし、リンが士郎を人質に取るかもしれない」
「事態は一刻の猶予もありませんっ！！あの泥棒猫を八つ裂きにして先輩を救出しなければっ！！」
「サクラ、貴女また黒化してませんか？」
「・・・ふふふ、もし姉さんと一線を越えてしまっていたら先輩も容赦しません」
　私、残酷ですわよ、とのたまい私は踊るような足取りで遠坂宅に向かった。

「と、遠坂、何だ今の音？」
「桜の使い魔よ。・・・全くあの娘にも困ったものね」
「桜の、げっ、じゃあさっきの場面を！！」
「逐一見てたでしょうね」
　事も無げにニッコリ微笑む遠坂。
「お、お前何考えてるんだよ。桜にはこの手の冗談は全く通じないぞ。下手すりゃ聖杯戦争の二の舞だ！」
「ふん、痛くも無い腹を探られちゃあ、これくらいのお返しは当然よ」
　そうだ、コイツは3倍返しが常なヤツだった。
「・・・まあ、痛くないってのはちょっと嘘かもね」
「え？」
「正直、修行にかこつけて士郎と２人きりでゆっくり話をしたかったって気はあったし・・・」
「遠坂？」
「ま、これで私もスイッチが入ったわ。向こうが力でくるのだったら私も力ずくでいく」
　何だか話がどんどん物騒な方向に進んでゆくような・・・。
「士郎」
「な、なんだよ？」
「あんた人質」
「は？」
「は、じゃないわよ。向こうは無尽蔵の魔力の持ち主と強力なサーヴァントのコンビよ。まともにやって勝てるわけ無いじゃない」
「えっと」
「そういうワケで」
　どうゆうわけだー、何て俺の抗議の言葉はかき消されて遠坂の詠唱が響く。
「こ、これはギアスの・・・」
「大正解。正解者には桜と戦う権利が譲渡されまーす」
　遠坂の心底楽しそうな声は俺にとって死刑判決と同じだった。

　遠坂邸は灯かりが全て消えていた。
「・・・篭城のためか」
「もしくはコトの最中」
　バコンとライダーに裏拳を喰らわす。
「ライダー、貴女は先輩を捜し出して救出したら衛宮邸に避難して。私は姉さんを始末する」
「士郎がリンと一緒にいた場合は？」
「その時は、宝具で全部消し飛ばして」
「・・・イエッサー、マスター」
「あら、そんな物騒なことされちゃかなわないわ」
「姉さんっ！！」
「むっ、まさかリンが真正面から出てくるなんて」
「私、誰かさんと違って正々堂々がモットーだから」
「人の恋人を横取りして何が正々堂々ですかっ！！」
「あら、士郎は元々は私に気があったのよ？後から掻っ攫っていったのは貴女のほうじゃない？」
「詭弁ですっ！だいたい先輩が好きだったのは優等生の姉さんじゃないですかっ！」
「仮面をかぶるのは遠坂の血かもね」
　ニヤッと笑う姉さん。それでもう完全に頭にきた。
「・・・そうですか、姉さんはあくまでも先輩を諦めてくれないんですね」
「桜、昔の偉い人が言ったわ『勝てば官軍』」
「ちっとも偉くないっ！！」
「まあ、事ここに至っては力で白黒つけるしかないわ」
「そうですね、残念ですが姉さんには痛い目にあってもらいましょう」
「それは、どうかしらね」
　姉さんはパチン指を鳴らした。すると奥から人影が出てきた。
「先輩、無事だったんですね！？」
「ブース」
「え？」
「チカヨンナ、バーカ」
「せ、先輩？」
「ふふ、士郎はもう私の味方よ、桜」
「先輩、どうしちゃったんです！？」
「ワタシは、イママデノ生活をクイアラタメ、リンサマにチュウセイをチカイマス」
「先輩に何をしたんですか、姉さんっ！！」
「いろいろ」
「・・・・・・」
「桜？」
「ふふふ、そうですか先輩も結局スネ夫と同じなんですね」
「スネ夫？」
「先輩、姉さん、私は泣き寝入りなんてするつもりはありませんよ」
「サクラ、士郎の様子がおかしい。何だか全力で訳をきいてくれーといった表情をしています」
「訳、ですか。そうですね、聞くだけ聞きましょう。それが先輩の遺言になるでしょうけど」
「リンはシツコクナイ」
　ブチッ、血管が切れる音がした。
「××××××―――！！！！」
　一秒間に百発の拳が巻き上がり先輩を強打する。
　拳はやがて音速を超え光の速さに突入する。
　宙に吹き飛ばされる先輩。私は拳を突き上げ勝利の空しさを全身で感じていた。

　俺は全身に激痛を感じながら地に叩きつけられた。
「・・・おお、体が自由に動く。今のショックでギアスの効果が切れたのか？」
「先輩」
「桜、落ち着いて話し合おう」
「はい、私は落ち着いています」
「良かった」
「先輩と姉さんを殺して私も死にます」
「ちっとも落ち着いてないじゃないか！！」
「どうしてですか？他に解決策があるとでも？」
　じりじりと忍び寄る桜。バックの巨大な影のシルエットは何か見覚えあるんですけど。
「先輩だけは違うって信じていたのに・・・」
「いや、全然信じてない」
　桜の周囲の影が俺を取り囲み押し潰そうとする。
　死んだなと思った瞬間、体がふわっと浮き影の包囲網から脱出していた。
「『ライダー！！』」
　俺と桜の叫んだ声は同時だった。
「ライダー、貴女どういうつもり！？」
「サクラ、どうやら士郎はリンにギアスを掛けられていたようです」
「えっ！？」
　ようやく落ち着いて周囲を見渡すことのできるヤツが出てきた。
「姉さんっ！！」
「あら、ばれちゃった」
　悪びれず舌を出す遠坂。やっぱりコイツはあくまだ。
「先輩が私を裏切るなんて筈がないと思っていましたけど何て卑劣なマネを！！」
　桜、この件については後でゆっくり話しあいたい。
「ふっ、結局貴女は士郎を最後まで信じ切れなかったということよ」
「くっ！！」
　遠坂と桜の間の空気の密度が異様に濃くなる。
「サクラ、私は最初の方針通り士郎を衛宮邸に非難させます」
「ええ、お願い。ちょっと派手な事になりそうだから」
俺　を抱きかかえてふわっと宙を飛ぶライダー。

「さあ、姉さん、もう余計な邪魔は入りませんよ」
「・・・・・・。」
「姉さん？聞いてますか？」
「桜、何で急に私と士郎の事を疑い出したの？」
「えっ、それはライダーと一緒に変なドラマを見て・・・。」
「使い魔を飛ばしたのは？」
「それもライダーが・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「「ライダー！！」」

　居間のテレビが破壊されている。恐らく桜の仕業だろうが藤ねぇに何と言い訳をしよう。
　いや問題はそんな些細なことではなくて・・・。
「ライダー」
「はい、何でしょうか、士郎」
「手当をしてくれるのは嬉しいがその格好は何だ？」
　ライダーは下着の上にYシャツのみという嫌に艶かしい格好をしている。
「士郎が発情しやすいような服装を選んだのですが」
「いや、発情って、それにそのシャツ俺のじゃないか？」
「ええ、貴方の匂いがしますね」
　スンスンと匂いを嗅ぐライダー。そのしぐさは反則だ。
「て、いやこんな場面桜に見られたら間違いなく殺される」
「大丈夫です。リンもそう簡単に敗れるようなことは無いでしょう」
「っ！？まさか今回の事件は！？」
「はい、私が筋書きを書かせて貰いました。貴方の魔力をどうしても味わいたくて」
　ライダーはガッシリと俺の腕を掴む。
「ななな、ちょっとライダーのキャラに会わない悪女っぷり！」
「まあ、漁夫の利を得させてもらいました。こんなチャンス滅多にないですから」
「待った、サーヴァントがマスター裏切っていいのかー」
「私の口からは漏れません。士郎の口からも漏れないでしょう」
「ほんとにキャラ違うー」
　あわや、俺の貞操の危機。
ドッカーン！！！！
　せっかく修理した窓ガラスが割れ２つの人影が乱入してきた。
「先輩！！」
「士郎、無事！？」
　チーンと沈黙が走る。目の前には手当のため上半身裸の俺とYシャツのみのライダー。
「えっと・・・」
「事の前ですか後ですか？」
　桜が無表情な顔で聞いてくる。
「前、断じて前」
「後です」
　ぽっ、と顔を赤らめて目をそらすライダー。
ゴゴゴゴ・・・
「裏切り者――！！！！」
　大地が揺れ空気が灼熱と化す。
　衛宮邸は半壊し俺はまた新たな肉体を買うはめになった。
　ライダーはあの瞬間、機動力を活かして離脱した。ほとぼりが冷めるまで身を隠すつもりだろう。
　吹きさらしの風が冷たい居間で俺たちは虚脱していた。
「うーん、もうちょっとでライダーの１人勝ちだったわね」
「うう、絶対ゆるさない」
「・・・裸Yシャツ」
　藤ねぇは新しいテレビで例の昼メロの再放送を見ている。
「ああ、義姉さん、ぼ、僕はもうっ！！」
「だ、駄目よスネ夫さん、妹のシズカにこんなことがばれたらどうするの！？」
「ぼ、僕は前から義姉さんのことが・・・」
「あははー、こんな陳腐な話誰が信じるよー」
ブチッ。

後書き