「ねえ新沢」 「ん?」 水泳部の練習も終わり、もうすぐ日が暮れようという時間。 恋人であるはるぴーこと佐久間
晴姫のとなりを歩いていたら、突然問い掛けられた。 ちなみに愛車オミクロン号は健在であり、本来ならはるぴーといっしょに二人乗りでがーっと帰りたいところなのだが、一度試したらすっげー嫌がられたのでそれ以来やってない。 学校にばれない用にバイク通学してるやつにあおられて、張り合ったのがいけなかったんだろうか。 いいじゃないか、勝ったんだし。
「新沢?」 「ああすまん、なんだ晴姫」 「……まあ、新沢が変なのはいつものことだからいいけど」 「ひどいことを言う」 「いいから聞いて」 「はい」 晴姫の表情を見ると、真剣そのものだったのでここはひとつまじめに聞くことにする。 水泳の時を除けば、こいつがこんな顔をするのも珍しい。
「新沢さあ」 「うむ」 「大きい胸の方が好き?」
大きい胸の方が透き。 隙。 鋤。 いかんボケが思いつかない。
「いや、ボケなくていいから」 「なにをっ!? この新沢靖臣からボケを取ったら」 「まじめに聞いて」 「はい」 突拍子のない質問にそこはかとなく混乱してしまったが、晴姫の表情は至ってまじめだった。
「何で突然そんなことを」 「今日の昼休み、新沢のクラスに行ったのよ」 「なんだ、声かけてくれればよかったのに」 「うん。そのつもりだったんだけど……」
そこまで言ってごにょごにょと口ごもる。 普段結構言いたいことはずばずば言ってくるタイプなだけに、よほど言いにくいことなのかもしれない。 それならばこっちで察してやるのが彼氏の務めってもんだろう。 と、いうことで昼休みのイベントダイジェスト。
「うわーん!ちょっとした出来心だったんだようっ!」 「おー、よしよし。お姉ちゃん怒ってないぞー」 なでりなでり。
ダイジェストは強制終了しました。
「えーと、晴姫さん。ひょっとして見てらっしゃいましたか?」 こくん。 「いや、あれは決してお前が考えてるような変なことではなく」 「じゃあ何?」 すずねえに怒られたので泣きついてごまかしてました。 うわいかん。こんなこと言ってしまうと、俺が姉離れの出来ないダメ男みたいじゃないか。 「まあ、新沢が桜橋先輩から離れられないダメ弟なのは知ってるからいいけど」 「知ってるんかい!!」 「いや、うちの学校で知らない人っていないと思うよ?」 薄々感づいていたけど、それはそれでちょっとショックだ。 「で、好きなの?」 「え?」 「……だから、大きい胸」 「えーと」 「……桜橋先輩の胸に顔をうずめてる新沢、すごく幸せそうだったし」 「いやまあ、否定できない部分も多々として見受けられるが」 健康的な男だったら、すずねえのあのぱっつんぱっつんの胸に抱かれたら幸せに思うだろう。無論俺は健康すぎるほど健康なので幸せを感じないわけはない。 「そうだよね……」 思わず感触を反芻していると、晴姫はなんだか落ち込んでいた。 「いや、別に大きくないと嫌いってわけじゃないぞ? 無駄に大きいよりは晴姫みたいに小ぶりでも感度のいい方が」 「……うん。」 慌ててフォローするが、納得しきれていないのかどうもはっきりしない。 まあ確かに晴姫の胸は標準女子から比べてみてもかなり控えめなサイズだとは思うが、だからといって死ぬわけじゃないんだし、そんなに気にすることは無いと思うのだが。 晴姫が静かなので俺もあまり喋ることもなく、しばらくとぼとぼと歩いていると、突然晴姫が立ち止まった。 「ん?」 「ごめん新沢、ちょっと待ってて!」 それだけ言い残すと、自動ドアをくぐって中に入る。 「ああ、コンビ二か」 考え事をしながら歩いていたので気が付かなかったが、いつの間にかコンビニの前まで来ていた。 店内を覗いてみると晴姫はもうレジの前で金を払っている。 払い終わってこっちに戻って……来ないで奥に行った? 商品が並んでいる棚の陰に隠れて見えなくなってしまったが、晴姫は奥の方に行ってしまった。 買う物もないのに店内にわざわざ入って確かめてみるのもなんだし、どうしようかと思っているとやがて晴姫が戻ってきた。
「お待たせー」 「あ、ああ」 さっきまでの落ち込みっぷりはなんだったのかと思わせるほど朗らかに、いつもよりも20%増し(当社比)でハイテンションになって晴姫は戻ってきた。 しかし、おかしかった。 「どしたの新沢?」 「えーと」 言っていいものかどうかわからないが、かと言ってこのまま何も言わずに過ごせるほど俺は大人ではない。 「胸、大きくなったな」 「そ、そう?」 そう。晴姫の胸が大きくなっていた。 コンビニの中で買い物して、奥の方に行って戻ってきたら急に。 「えーと」 「な、なに?」 「肉まん?」 「……あんまん」 「何を考えとるかお前は」
びしっ。
普段よりちょっと力が入ってしまったのつっこみを受けたが、晴姫は胸のそれが落ちないように支えていた。ちょっと涙ぐましい努力かもしれない。 「そんな無理しなくても、晴姫だってこれから成長するかもしれんのだから」 「先にお試し期間というか」 「いや、だからってあんまんってのはどうかと思うぞ?」 「でもほら、あったかいし柔らかいし、試してみる価値はあるかもよ?」 「……」 いかん、ちょっと惹かれた。 「いっぺん、桜橋先輩みたいに新沢を抱きしめてみたかったんだけど……ダメ?」 そんな、上目遣いにお願いされてしまうと困る。 っていうか、よく考えてみると俺としては断る理由は何一つない。 「じゃあ、まあ。ちょっとだけ」 「うん」
次の日、顔面大火傷になった俺を見ておろおろしているすずねえの追求をごまかすのはとても大変だったと記しておこうかと思う。 「オミくんっっっ! 昨日はいったい何をしてたのっっっっっっっ!!!!」 言えないっつーの。 ちなみに晴姫は胸火傷につき部活は一週間お休み。 「オミ先輩、何があったんですか?」 だから言えないってば。
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