高校を卒業して、まず最初の目標は家を出ることだった。
貯金も何も無かったのだが、仕事がきついだけあって給料はなかなか良かったので三ヶ月もしたころには無事資金もそろい、無事引っ越すことが出来た。
そして日曜日。
朝からしていた荷物の整理も大体一段落ついた感じだ。
しかし、一応一通りのものは持ってきたつもりだったのだが、細かいものが結構たりなかった。
そんなわけで俺は商店街まで出て日用雑貨を買い揃えている。
「まったくしょうがないな、お前は」
隣りに、私服姿の智代をつれて−−−。
昨日は引越しで疲れたのでぐっすりと眠っていたのだが、朝の八時過ぎにチャイムの音で起こされた。
休みなんだし、昨日は疲れたんだから文句の一つも言おうと思ったんだが、
「今日は記念すべき日だからな。お祝いしてやるぞ」
そんな風に、本当に嬉しそうに言ってくれると文句を言う気も失せてしまう。
「ま、いいか」
ここのところ時間が合わずになかなか会えなかったので、こういうのもいいと思う。
正直なところ、俺も嬉しいし。
「いや、だからってこれは買いすぎだろう」
俺の両手は買い物袋でいっぱいだった。
そこはかとなく人間の限界に挑戦している気がする。
智代も荷物を持ってくれてはいるんだが、やっぱり俺のほうが多い。
一応俺も男なんでそれがどうと言う気は無いが、さすがに手が痛くなってきた。
「朋也の引っ越し祝いだから、手を抜きたくなかったんだ」
まあ、そう言われてしまうと俺も弱い。
智代に扉を開けてもらい、中に入る。
そして二人で流しの側に荷物を
ばささささーーーーーーー
「あっ」
置いた直後にぶちまけた。
「全く。何やってるんだ」
「悪い悪い。すぐ整理するから」
そう言って俺のと智代の袋の両方からからあふれた食料品やら食器やらをまとめていると、覚えの無い小さい紙袋を発見した。
「なんだこりゃ?」
とりあえず、俺には買った覚えが無い。
「なあ智代、これ−−−」
「ああああああーっ!」
これ知ってるか、と聞こうと思ったら大声で返された。
「これ、お前のか?」
「いや、そう、そう。わたしのだから早くこっちによこせっ!」
「何をそんなに慌ててるんだ?」
「あ、慌ててなんかいないぞ。いいからっ!」
なんだか知らないけど智代は果てしなく狼狽し、俺の手からその袋を奪い取ろうとする。
しかし突然のことに俺が反応しきれず、袋を握り締めたままでいたら−−−
びりっ
紙袋はあっさり破れた.
まあ当然ではあるが。
そして中からぽろっと落ちたのは歯ブラシ。
「歯ブラシ?」
「必要なものだ。おかしいことはないだろう!」
「いや、でも俺のはあるぞ」
前使ってたやつが。
貧乏くさいとは思ったが、今まで使ってるやつを持ってきた。
しかも何で歯ブラシなんかを必死に隠そうとしていたんだろうか。
不思議に思って智代のほうを見てみると、なぜか顔を真っ赤にして俯いていた。
「……智代?」
「何度も言わせるな。これからの生活に、必要だと思ったんだ……」
智代にしては珍しく、ぼそぼそと聞き取りづらい声でそれだけ言ってまた黙る。
言いたいことは言い終わった、ということだろうか。
智代はもう何も言ってくれないらしいので、俺は手の中にあるものに目を移す。
何の変哲も無い歯ブラシ。
スーパーで買ったありふれたものだ。
俺の使ってるのと同じ種類で、赤いやつ。
「赤い歯ブラシ……?」
なおも悩んでいると、智代は振り絞るようにまた一言、ぼそりと言った。
「お前の青い歯ブラシと並べると、綺麗じゃないか……」
言われて気づいた。
いやその、なんだ。
「……智代の?」
智代に負けず劣らず動転しそうな頭を必死に落ち着けて、何とかそう聞くと智代は真っ赤な顔のまま、こくりとうなずいた。
まあ確かにこの家には俺一人しかいないんだから、これを必要になる状況が起きないとは言い切れないわけなのだがっていうか起きるのを期待してないと言えばうそになるって言うか落ち着け俺っ!
「まだ私は一緒に住むとかそういうことはできないが、でもたまにはそういうことだってしてみたいと思うんだ」
そしてまた智代は真っ赤になる。
その言葉になんて返せばいいのか考えてみたんだが考えがまとまらず、俺は黙って歯ブラシの包装を解き、洗面所に行ってうがい用のカップに歯ブラシを入れる。
確かに智代の言う通り、同じ形で違う色のが並んでいるのは綺麗な気もしてくる。
「次はスリッパだな」
「え?」
俺がそう言うと、智代は怪訝な顔で聞き返してくる。
「スリッパ。まあほとんど使わないと思うけど、台所立つときに必要だろ? 俺のもないから、二足買わないと」
それだけ言って智代から顔をそらす。
自分でもわかる。今俺の顔はすさまじく真っ赤になってるはずだ。
でも最後に、一言だけは言わなければいけない。
面と向かって言えなくても、一言だけは。
「お前は俺の彼女なんだからな。変なところに遠慮するな。それにまあ俺も−−−嬉しいし」
なんとか最後まで言い切ると、智代ははっきりとした大きな声で返事を返してきた。
「うん、わかった。これから二人分、色々と揃えていこうな」
桜はもう散ったけど、まだ春の一日。
俺の新しい日常は、智代と一緒に動き始める。
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