前回のあらすじ:戦場ヶ原が僕んちに住むとか言い出した。
「よろしくお願いするわね」
「うん、遠慮しないでくれ」
「そうだよ、自分のうちだと思ってゆっくりしてー」
「……えーと」
「兄ちゃん、そんなとこに突っ立ってると邪魔だぞ?」
「ヒマだったらお客さんに冷たいものでも出しなよ」
「あ、はい。すいません」
状況が掴みきれず呆けていたら、妹二人に代わる代わるそんなことを言われたので台所に向かう。そして冷蔵庫から麦茶を取り出し、人数分のグラスを添えてリビングに――
「いや、おかしくね?」
「何がだよ」
「何が?」
「おかしいのは阿良々木くんの性癖だけで十分だと思うわ」
今度は妹二人に僕の彼女も加わった。
「いやいや、そうじゃなく」
「やっぱりお兄ちゃんの性癖って相当変なんですか?」
「え、何々どんなの?」
「そうね、まず――」
「やめんかあっ!」
駄目だ。わかってはいたことだけど、悠長に構えているとうちの妹達はろくなことをしないし戦場ヶ原はろくなことを喋ろうとしない。というか戦場ヶ原に妹二人を紹介して以来、ことあるごとに戦場ヶ原はうちの妹と赤裸々トークをしたがるし、妹も二人揃って聞きたがるので死ぬほど困る。思春期真っ盛りの女子中学生がそう言う話を聞きたがるのは百歩どころか五千歩ぐらい譲って理解するとして、戦場ヶ原のはなんなのか。ある意味露出プレイじゃねえのかそれは。
「つまり兄ちゃんは戦場ヶ原さんと露出プレイをしていると言うことか?」
「うわ、引くわー」
「してねえよ!」
「そうよ。それに羞恥プレイというなら私より羽川さんのほうが」
「お前も黙れえっ!」
その日、阿良々木さん宅は普段にも増して賑やかだったという。賑やかだったけど警察というか両親に通報されなかったのは、普段からの近所づきあいのたまものかもしれない。
「……で、つまりどういうことだ」
「うちのお父さんが仕事の都合で半月ほど海外に出張することになったから、阿良々木くんちにお世話になることにしたのよ」
「なったんだぜ」
「なったんだよ」
数十分にわたる問答というか無駄話の結果、やっとの思いで聞き出せた言葉はそれだった。
「『お世話になることにした』って、さすがにそう言うことなら一応親にも――」
「話はしてあるよ?」
「……いつの間に」
「今朝。兄ちゃんが寝てる間に」
なんだろう、僕が知らないうちに内堀も外堀も埋められている感じ。しかも中と外からの両面工事なので早い早い。
「ちなみに、なんだって?」
「お母さんが『責任は取りなさいよ』ってお兄ちゃんに伝えろって」
「あー……」
父さんは何も言わなかったんだろうなあ。
妹と違って出来が悪いわ落ちこぼれだわ、夜に無断で外出するわ数日帰ってこないとか結構ザラな僕を信頼してくれるというのは嬉しいことなんだろうけど、素直に喜べないのは僕がひねくれてるからなんだろうな、きっと。
そんなことを考えていたら、声をかけられた。
「阿良々木くん?」
「ん?」
そして戦場ヶ原は僕の方を真っ直ぐ見つめると、言葉を続ける。
「迷惑だったかしら?」
確かにいきなりすぎる話だし、戦場ヶ原と妹達という新ユニットには疲れさせられたけれど。
「そんなことないけどさ」
僕は迷わずそう答えた。火憐ちゃんと月火ちゃんが手を取り合ってきゃーきゃー言ってるのがマジウザい。
「あ、ちなみにこの話って戦場ヶ原のとこのお父さんには」
「当然話はしてあるわ」
「ならよかった」
まあ、自他共に認めるファザコンな戦場ヶ原が自分の親をないがしろにするとは思えないし、幸いなことに僕も戦場ヶ原のお父さんに認められているみたいなので念のために聞いてみただけなんだけど。
「『幸せになりなさい』って涙ながらに言われたわ」
戦場ヶ原の愛が重いのは、遺伝なのかもしれない。
「あー、疲れた」
そう呟きながらベッドに倒れ込む。寝返りを打つことすら億劫なのでうつぶせの状態で動かずにいると、横から声をかけられた。
「お前様よ」
「五分でいいから休ませてくれねーかな」
「なんじゃ情けない。ここはツンデレ娘と同居することになって『ガハラさんと同棲だヒャッホウ!』とか小躍りしながらラッキースケベを期待するところではないのか?」
「僕はそんなキャラじゃない」
どうやらそっとしておいてくれるつもりはないようなので、首だけ動かして横を見る。そこには妹二人と面通しをして以来、割とちょくちょく昼にも出てくるようになった忍が立っていた。
「儂のあばらや妹の乳は揉むのに恋人には手を出せないとか……ハッ」
「人聞きの悪いことを言うな!」
流石に起き上がることにした。自宅どころか自室でも心休まることのない僕は泣いてもいいんじゃなかろうか。
「で、なんだよ。用があったんじゃないのか?」
「うむ、ツンデレ娘と同棲することになって浮かれているお前様をからかって遊ぼうかと」
「馬鹿な、むしろ俺は戦々恐々としているんだぞ? いくら戦場ヶ原が更正したとは言っても余計なことを言い出さなすんじゃないかと心配なんだ」
「まあ、確かにのう」
忍が姿を現したのは今だけど、それまでも僕の影の中にいたのである。人聞きの悪いことを言ってはみたものの、自分の言葉が現実とは即していないことぐらい理解しているだろう。
いや、僕だって人並みに健全な男子高校生だ。確かに『ひょんな切っ掛けで恋人が同棲』なんてシチュエーションを想像したことだってなかったわけではない。幸いながらと言っていいのかどうだかわからないけど、うちの両親は夜勤も多くて留守にしがちだし。
しかしながら僕の恋人は戦場ヶ原であり、両親はいなくても妹はいるのだ。しかも妹はその名も色んな意味で轟くファイヤーシスターズなのだ。そんなメンツでラブったりコメったりとか、時間移動するより難しいと思う。
「で、そのツンデレ娘の話なのじゃが」
「ああ、悪い。そう言えば話の途中だっけ」
「うむ。先ほど別れるときに家事を手伝うとか殊勝なことを言っていたあの娘じゃ」
「なんだか棘のある言い方だな」
「気にするな。儂も最近キャラがぶれつつある気がして色々と模索中なのじゃ」
月火ちゃんの影響とは思いたくないが妙なキャラ付けを検討し始めた元吸血鬼の言うとおり、なんだかんだとひとしきり聞いたり話したり僕が疲弊したり僕が虐げられたりした後に、戦場ヶ原にしては珍しく「ただお世話になるというのも心苦しいから、家事を手伝わせてちょうだい」などと殊勝なことを言い出したのだ。
しかし考えてみれば、確かに戦場ヶ原には家庭的なイメージなど微塵もないが、父子家庭の一人娘なんだから一通りこなせてもおかしくはない。現に学校に手作り弁当は持ってきているわけだし――あの弁当をオヤジさんが作っているという可能性は考えたくない。
まあとにかくそんなわけなので、とりあえず干されている洗濯物を取り込んで畳んでもらうことになり、僕はひとまず部屋に戻ってきたわけだが。
「なんだよ、ひょっとして火憐ちゃんや月火ちゃんとなにかあったのか?」
「そういうわけではないのだが」
「じゃあなんだよ」
「行動しているというか……」
「なんだよ、まどろっこしいな。はっきりわかりやすく言ってくれ」
「お前様のパンツをくんかくんかしておる」
「えーと……」
なんと言ったらいいか。
忍の言葉を聞いて半ば反射的に戦場ヶ原がくんかくんかしてる絵を想像してしまったが、思いの外違和感がなかった。
「さらに」
「なんだよ、まだあるのかよ」
「先ほど大きいさい方の妹御にその現場を見つかり」
「喧嘩にでもなったのか。それは一大事――」
「今、小さい方の妹御も合流して三人でくんかくんか」
「戦場ヶ原ぁ!」
五分後、とりあえず三人ともリビングに正座させた後に説教させていただいた。
「彼女のお茶目ないたずらじゃない」
「そうだそうだー」
「そうだそうだー」
しかし案の定反省の色はなかった。
「黙らっしゃい! お前らが同じことされたらどんな気持ちになる!」
「別に兄ちゃんならいいぜ」
「あれ、してないの?」
「してねえよ! 妹の下着の臭いかぐとかどれだけ変態だと思ってるんだよ!」
もういい。うちの妹二人が馬鹿なのは周知の事実なので気にしない。むしろ羞恥の事実と言ってもいい。
「で、お前はどうなんだ?」
そう言って戦場ヶ原の方に向き直ると、それこそ羞恥心からなのか変なことを言い出す僕に対する怒りからか、頬を赤く染めて――
「あ、ごめんなさい。鼻血出そう」
「興奮したのかよ!」
もちろん僕にそんな趣味はないわけだが。
「遠慮しなくていいのよ?」
「そんなことしねえよ! 僕は至ってノーマルだよ!」
「えー」
「えー」
「えー」
心底意外そうに言われた。しかも実はお前ら三つ子なんじゃねえかという見事なユニゾンで。
「阿良々木くんが望むならそういうプレイも」
「こんな日が高いうちに、しかも妹の目の前でプレイとか言うな!」
先行き不安にもほどがある同居一日目だった。
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