「兄ちゃん、盗っ人を召し捕ったぜ!」
僕の部屋に飛び込んできた火憐ちゃんが突飛も無いことを言うのはもはや恒例だったけど、今日はいつにも増して突飛も無かった。
「『召し捕った』って……うちにか?」
「おう! ふてぇ野郎だよな」
「太い野郎っていうか、間抜けなヤツだな」
確かに最近、不景気の影響か犯罪が増えているって話はテレビとかで見たことがある。いくら田舎町とは言ってもそこそこの人口を数える町なんだから、全くの無関係というわけにはいかないことはわかってるんだけど――
「そうだよな。その名も轟くファイヤーシスターズの本拠地に」
「それ以前にうちの両親の職業おぼえてるよな?」
「燃える正義の警察官だろ?」
「うん。形容詞はともかく、それはあってるな」
「なんだよ兄ちゃん、あたしを馬鹿にする気か?」
馬鹿にする気も何も、間違いなく馬鹿じゃないか。正直今の質問も正解が帰ってくるかどうかは五分五分だと思っていた。
「まあいいや、それでその泥棒は?」
「庭にふん縛ってあるぜ」
「庭って、放置してきたのかよ」
「なんだよ、『何かしたらすぐに報告しろ』って言ったのは兄ちゃんだろ」
「いや、『何かする前に報告しろ』って言ったんだけどな……」
やっぱり不安すぎる妹だった。
「やっぱり警察に連絡するべきなんだろうけど、それまで放置ってわけにはいかないだろうなあ」
「じゃあ引っ張ってくるか?」
「いやいい、僕も行く」
火憐ちゃんなら何の問題もないかもしれないけど、流石にこういう状況で妹一人に全てを押しつけるほど駄目な兄ではない。それに火憐ちゃんだけだと、万が一犯人が悪あがきしたりしたら危険だ。主に犯人が。
ファイヤーシスターズの行動を止めることは誰にもできないけど、やり過ぎないようストッパーになることぐらいできるだろう。と言うか頑張ってストッパーにならないと最終的に僕に迷惑がかかる。
「で、盗っ人って言うからには何か盗んでたのか?」
「うん。まさに現行犯逮捕ってヤツだった」
「そういうことなら誤認逮捕ってこともないだろうけど……ちなみに何を盗もうとしてたんだ?」
「洗濯物」
玄関脇に放置されていた野球のバットを手に取った。
うん。小学校の頃に使っていたバットだから小振りだけど、しっかりとした作りだし振り心地も良さそうだ。
「兄ちゃん、バットなんかどうするんだ?」
「盗っ人に天誅を下す」
「いや、それは流石にやめた方が……」
「何を言うんだ、火憐ちゃん。江戸時代の盗っ人は指を切られたって言うし、切断しないだけ優しいと言ってもいいぐらいだぞ」
そうだ。女子中学生の下着に劣情を抱いて、こともあろうにうちの妹の下着を盗もうとするヤツなんぞ、死刑すら生ぬるい。いっそ死に損ないのゾンビにして永遠の苦しみを味合わせてもいいぐらいだ。
「でも兄ちゃん」
「くどい!」
だというのに火憐ちゃんは珍しく弱気である。なんだかんだ言ってみても火憐ちゃんも女の子だ。いざという時に躊躇してしまうのもしょうがない。
燃える炎のような熱い怒りに身を焦がしつつ玄関を出て、盗っ人が確保されているという庭へと向かう。
バットを持った右手にあらんばかりの筋力を込め、建物の角を曲がって庭に出ようとした時。
「盗まれそうになったの、あたしたちの下着とかじゃないんだ」
そんなことを言われた。
「……え?」
思わず聞き返したけど勢いに乗った歩みは止まらず。
「盗まれそうになったのは、兄ちゃんのYシャツなんだよ」
果たして庭にたどり着いた僕の眼前に見えたものは。
「……不覚だわ」
なんだか妙に効果的に縛られている僕の彼女だった。
「どうするんだ、兄ちゃん。さすがに金属バットはやり過ぎだと思うんだけど」
「ああ、うん。そうだな」
下着ドロだったら金属バットフルスイングもやぶさかではなかったが、盗まれそうになったのが自分のシャツな上に犯人が自分の恋人というのはさすがに。
「とりあえず、何をしているのか聞いてもいいか」
「阿良々木くんのシャツを盗もうと思ったところを捕まったのよ」
とりあえず、火憐ちゃんの誤解とか早とちりとかいうことはいうことはなかった。
なんとコメントしたらいいのかと悩んでいたら、戦場ヶ原が縛られたまま補足した。
「恋人のシャツを着て眠るのって、憧れだったの」
「……何も忍び込まなくても」
「直接お願いするのって恥ずかしいじゃない」
僕の彼女は羽川先生の更正プログラムを受けても、若干どころじゃなくずれていた。
「ところで、そろそろほどいてくれないかしら。二人きりなら大抵のプレイは受け入れたいと思うんだけど、さすがの私も妹さんを交えて三人でSMプレイというなら色々準備を」
そしてさすがは神原駿河の先輩だった。
でも、確かに言われてみると戦場ヶ原の縛られ方はそういう感じの縛り方である。
非常に嫌な予感がしたので火憐ちゃんの方を見てみると、相変わらず無駄にサムズアップしてウィンクなどしつつ力強く口を開いた。
「駿河さん直伝だぜ!」
「うん、それについては後で色々と話すことがある」
前々から思っていたけど、やはりアイツには色々言っておかないとダメだ。このまま放置しておくと変態と馬鹿でどんな化学反応が起きるのかわかったものじゃない。
もうとっくの昔に手遅れな気もするけど、まだ取り返しはつくはずだ。きっと。
とりあえず今は僕の目の前で縛り上げられているというか緊縛されている戦場ヶ原をなんとかしないと。
「でも、何で突然」
「羽川さんとガールズトークしてたら『阿良々木くんのパジャマ借りちゃった』とか言われたものだから、つい」
「あー……」
「そもそも、彼女より先に自分の家に泊めた上にパジャマまで貸すとかどういうことかしら」
「いや、そんなこと言われても」
羽川がうちに泊まったのは僕があれやこれやで留守にしている間だけだし、パジャマ貸したのは火憐ちゃんと月火ちゃんだし。
「というか、羽川がうちに泊まるように画策したのは戦場ヶ原じゃなかったか?」
「そんな些細なことはどうでもいいのよ」
ぶった切られた。荒縄で縛り上げられていようと、芋虫のように庭に転がされていても戦場ヶ原は戦場ヶ原のままだった。
「というか、うちに来る前はお前の家に泊まっていたんだろうが」
そうだ、後になって羽川からそんな話も聞いたんだった。なんだかとっても疲れた表情を見せていたんだけど、いったい何をしやがったんだコンチクショウ。
「何って、ナニよ」
「お前――ッ!」
「いいおっぱいだったわ」
僕が触れなかったあのおっぱいを――あの聖なる頂を戦場ヶ原は触ったというのか。だとすれば、なんて、うらやまs
「あれ、兄ちゃんって翼さんのおっぱい触ってなかったのか?」
いかん、そういえば火憐ちゃんもいたんだ。
他ならぬ羽川のおっぱいのことなのでヒートアップしてしまったが、とりあえずはこの何が何だかわからない状況を収集しないと大変なことになりそうな気がする。
「よし、とりあえず――」
「あたしと月火ちゃんのおっぱいはよく揉むのに」
手遅れだった。
色んな意味で致命的に手遅れだった。
「……阿良々木くん?」
「えーと」
「とりあえず、正座」
「はい」
素直に従った。全身緊縛されているとはいえ、こういう時の戦場ヶ原に逆らえるほど僕は強い生物ではない。
かくして妹の見守る中、縛り上げられ動けずにいる恋人の前で正座する僕というシリーズ史上最高にわけのわからない状況の中、戦場ヶ原は堂々と宣言した。
「それじゃあ、私も泊めてもらいます」
「え?」
「とりあえず半月ほど」
「……え?」
「火憐ちゃん、そんなわけだから案内してもらえるかしら」
「おっけー」
縛られたまま器用に立ち上がり――よく見ると足は縛られてないのでさっきからずっと立とうと思えば立てたんじゃないかと気づいたりもしたんだけど、そんなことは些細な問題だった。とにかく戦場ヶ原は立ち上がり、相変わらず色々心配になるほど素直な火憐ちゃんに案内されて玄関へと歩いていく。上半身は縛られたまま。
「戦場ヶ原――」
「阿良々木くんはそのまま正座」
「あ、はい」
立ち上がることは許してもらえなかった。
「お邪魔するわね」
「いらっしゃーい」
そして玄関の方からはそんな声が聞こえ。
「…………え?」
僕が状況を理解できたのは、それから数分後の話だった。
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