「さあ、どうぞ。お嬢様」
「お邪魔しまーす」
浩之がまるで綾香おかかえの執事のようにうやうやしく扉を開ける。
そして綾香は浩之の部屋に入ると、落ちつきなくあたりをキョロキョロと見渡し始めた。
「まあ、狭い部屋だけど自由に使っていいからよ。」
「うん。思ったよりきれいなのね。もっと散らかってるかと思った。」
「ま、まあな。」
実は先日、あかりが遊びに来て、部屋を掃除して行ってくれたばかりだったのだ。
その時は正直うっとうしく思ったりもしたのだが、今になってみるとあかりの好意がとてもありがたく感じた。
「おい、あんまりあっちこっち見るな」
綾香がまだおちつかない様子であたりを見ているので思わず声をかける。
「なに?見られちゃいけない物でもあるの?」
「ばーか、そんなんじゃねぇよ。」
そんな軽口をたたきつつ、ベッドを準備を終わらせ、時計の位置や、トイレの場所などを簡単に説明し、最後に毛布を一枚と枕を一つ掴んだ。
「あら、どうしたの?」
「下に行くんだよ。同じ部屋で寝るわけにもいかねぇだろうが。」
「いいじゃない。結構スペースあるし。」
ズルッ、ゴン。
綾香の爆弾発言を聞き、浩之は思わず転んでしまった。
「あら、大丈夫?」
「『あら、大丈夫?』じゃねぇっ!お前、仮にも嫁入り前の娘だろうが!!」
「なぁに?何か間違いでも起こす気?」
綾香はそう言い、小悪魔のような微笑を浮かべ、浩之の方を見る。
「そ、そんなわけあるか!」
「冗談よ。だいいち浩之が私に勝てるわけないじゃない」
「ちくしょう。なんか腹立つなぁ」
確かに、エクストリームのチャンピオンである綾香に勝てるわけは無い。
実際、以前遊びで勝負した時も1週間ちかく訓練したのにパンチを2、3発入れるのが精一杯であった。
と、理論的には納得出来るが、それとこれとは話しが別である。
自分と同じ年の娘にそう言われるとやはり腹が立つ。
「ほらほら、怒らない怒らない」
「・・・・・ったく。ま、いつもの調子に戻ったみたいだな。」
「うん。」
綾香の顔に笑みが浮かんだ。
「じゃ、間違い起こす前に下行くわ。じゃあな」
「べつにいいのに・・・・・・・(ぼそ)」
「ん?何か言ったか?」
「ううん、何にも!」
「ん、じゃあな。」
そう言って浩之は毛布と枕を持って部屋を出て行く。
「なんか悪いわね、部屋取っちゃって。」
浩之が部屋を出て行くのを見送りながら、さすがに済まなそうに綾香が言った。
「今更悪いもくそもあるかよ。いきなり随分とシャツを濡らしたくせによ。」
浩之はおどけてそう言と、シャツの裾を軽く下に引っ張った。
もちろん、綾香の涙が濡らした痕は既にない。
しかしそれの仕草を見て,綾香の頬が、かぁっと音をたてんばかりに赤く染まった。
「冗談だよ。」
「冗談になってないわよ、もぉ………。」
綾香が拗ねたように浩之を見つめる。
普段の綾香からはなかなか見られない表情だけに、浩之はどこか新鮮で嬉しい気分がした。
「じゃぁ、俺はリビングに居るからな。何かあったら起こしてくれ。」
「あ、待って。」
出て行こうとする浩之を綾香が止める。
「あん?」
「あの………、ありがとう………。」
「気にすんなって。じゃあな。」
「うん……、おやすみ」
|