秋葉のヒロイン訪問シリーズ Vol.2「芝村舞」

「秋葉さま、そろそろお休みになりませんと。明日は早いんですから」
「あら、もうこんな時間。それじゃあ兄さん、お先に失礼させていただきます」
「ん? ああ」
 夕食後、居間でのんびりしている時に、そんなやり取りがあった。
 時計を見ると夜の八時。
 秋葉が早寝するほうだが、それにしてもちょっと早すぎる時間だった。
「『明日早い』って……またどこかに行くのか?」
「ええ、ちょっと仕事の関係で人と会わなければいけませんので」
「俺も一緒に行っていいか?」
 秋葉の声を聞いて、そんなことを聞いてみる。
 予想外だったのか、秋葉はもちろん翡翠や琥珀さんも驚いた顔をしている。
「どうしたんですか?」
「いや、そういえば秋葉の『仕事』っていうのを実際見たことなかったし。どんなもんなのかなーって」
 本音だった。
 秋葉は常日頃から仕事に追われてるらしいが、実際にどんなことをしているのかは知らない。
 しかし、大変そうなのは断片的な話でもよくわかる。
 と、なれば、八年前に自分の意思ではないにせよこの屋敷を出て、妹に全ての重責を負わせてしまうことになった兄としては多少なりとも手助けをしたいと思ったりするわけだ。
「……遊びに行くわけじゃないんですよ?」
「失礼なやつだな。秋葉が常日頃言っているように『遠野家の長男らしく』してみようかと思っただけじゃないか」
「日ごろの生活態度を考えるに、全然説得力がありませんね」
 ……むぅ。
 予想はしていたが、思いのほか信用されていない。
「もー、意地張らなくてもいいじゃないですか秋葉さま」
 硬直しつつあった状況を打破してくれたのは、琥珀さんだった。
「志貴さんがついて来てくれるって言ってくれてるんですから、お言葉に甘えませんと。あんまり意地を張っていると、志貴さんの気が変わってしまうかもしれませんよ?」
 テーブルに並んでいたティーセットをてきぱきと片付けつつそれだけ言って、また奥のほうに戻っていく。
 その言葉を聞いて秋葉は顔を真っ赤にし、何事か反論しようとしたが、言葉にならなかったのか何度か口をパクパクさせ、やがて諦めたようにこっちに向き直る。
「……遊びじゃないんですよ?」
「だからわかってるって。それともアレか? 俺が行くと迷惑か?」
「そんなことはないですけど……」
 問い詰めると、秋葉の返答がだんだん弱くなってくる。
 よし、もう一押しって感じだ。
「秋葉といっしょにいたいんだ。……ダメか?」
 視線を落として何かぶつぶつ呟く秋葉の方に手を置き、優しくそう問いかけると秋葉の顔は一気に真っ赤になった。
「しょ、しょうがないですね! 兄さんがそこまで言うなら連れて行ってあげます!」
「ああ、ありがとう。それじゃあ俺も早く寝ないとな」
「そうです。今日は夜遊びしないで早く寝てくださいね!」
 まだ顔を真っ赤にしてそんなことを言っている秋葉の前で、俺は手助けしてくれた琥珀さんに感謝した。

 そう。このときは感謝していたのだ。少なくともこのときまでは。



ババババババババ

「……」
「どうしたんです、兄さん」
「ひとつ聞きたいことがある」
「なんですか?」
「これはなんだ」
「兄さんはヘリコプターも知らないんですか」
 秋葉は『まったく兄さんは』と呆れたような表情をしているが、問題はそこではない。
「馬鹿にするな、俺だってヘリコプターぐらいは知ってる」
「何を言いたいんですか。はっきり言ってください」
「じゃあもうひとつ聞こう。あれはなんだ?」
 座席の後方に見える水平翼、その下にぶら下がるように搭載されている物体を指差しながらそう聞くと、秋葉はまた呆れたようなため息をつき、答えた。
「兄さんは、ヘルファイアミサイルも知らないんですか」
「そんなもん知るかあっ!!」
 そう。俺と秋葉が移動のために利用している乗り物は、まごうことなく戦闘ヘリだった。
 AH-64Dアパッチ・ロングボウ。
 世界最強との誉れも高い、米軍の戦闘ヘリだった。
「志貴さん、あんまり暴れないでください。ただでさえ二人乗りのヘリに三人も乗り込んでいるんですから、操縦が難しいんですよ」
 パイロットの人が後ろの席から声をかけてくる。
「そうですよ兄さん、少し落ち着いてください」
 たしかに俺と秋葉は一人用の座席に無理やり二人乗り込んでいるため、非常に大変な状態である。それはもう色々と。
「その辺のボタンはあんまり押さないでくださいねー」
 パイロットの人は微笑みながらそう注意してくる。
「で、何で琥珀さんはこんなものを操縦できるんですか」
「使用人のたしなみですよー」
 あははー、と、いつものように微笑みながら返された。
「いいや、ヘルメットとバイザーつけたまま笑われても怖いだけなんですが」
「我慢してください。ヘルメットがないと危ないじゃないですか」
「でも、服装は割烹着なんですね」
「使用人のたしなみですからー」
 なんかもう、どこから突っ込んで良いのかすらわからなくなってきたので、黙って座っていることにする。
 まあ、琥珀さんだし。
 するとアパッチもぐんぐんと速度を増し、凄まじい速さで飛んでいく。

 ビー……

「秋葉さま、安全領域を越えます」
「ええ、気をつけて」
今朝からの緊張が途切れたせいか、急速にまどろんでいく中で、アラート音に続いてそんな会話が聞こえた気がした。

 ビー、ビー、ビー。

「秋葉さま、レーダー一時方向に反応。中型幻獣ミノタウロスだと思われます」
「増援が来る前に叩きなさい」
「はいー」

 激しくなったアラート音のあとに、そんな会話が聞こえた気がした。

「ミサイル発射―♪」
「ちょっと待てオイ」
朗らかな口調には欠片もマッチしない言葉を聞き、俺は目覚めた。
シュボッ!
ヘルファイアミサイルが白煙を上げ、飛んでいく。着弾。
爆炎が上がった。
「秋葉さま、目標は完全に沈黙しました」
「ご苦労様。先を急いでちょうだい」
「了解ですー♪」
「あの、質問があるんですが」
 まるで当然のことのように会話し、再び操縦に専念した琥珀さんはとりあえず置いといて、秋葉に質問してみた。
 なんとなく敬語で。
「なんですか?」
「いま、ミサイルを撃った『目標』って」
「ああ、ミノタウルスですか?」
「ミノタウルスって?」
 秋葉は再度、『兄さんの無知には心底呆れました』とでも言わんばかりに首を振り、答えた。
「兄さんは幻獣も知らないんですか」
「知るかそんなもん!!」
「ダメですよ志貴さん。いくらテレビがないとはいえ、同じ日本で私たちの生活を守るために戦ってる人たちがいるんですから。無関心はいけません」
「いや、そう言う問題ではなく」
「幻獣の本土上陸を防ぐために九州で戦争をしてるなんて、小学生でも知ってることですよ?」
「嘘だあっ!」




 本当だった。
 今、俺はどこぞの軍隊のキャンプ地にいる。
 気が動転していてあまり覚えていないが、あのあと数回『幻獣』が現れて、そのたびに撃退して、ここに到着した。
 ヘリからへろへろと降りてみると、そこにいた全員に敬礼で迎えられたり、琥珀さんの胸に銀色の勲章が輝いてたり、裏庭のテントにはロボットがあった気もするけどよく覚えてない。
 っていうか未だに夢の中にいるような気がしてならない。
 とりあえず秋葉と琥珀さんは仕事の話をするということなので、キャンプ地のはずれのほうにある小川のそばにいた。
「大丈夫?」
 ぼーっとしたまま日の光を浴びていると、誰かにさえぎられた。
 目がなれてくるとやがて、それが同い年ぐらいの少年だとわかる。
「あー……うん。ありがとう」
 差し出されたコーラを手にとると、その少年は人懐っこい笑みを浮かべたまま隣に座る。
「遠野さんたちには本当に感謝してるよ。以前は食料の補給も大変だったからね」
 まるで琥珀さんみたいな明るい笑みを浮かべてそんなことを言ってくれるが、いまひとつ実感が湧かないので「ああ」、とかなんとか適当な返事を返す。
 向こうはこっちの態度に気分を害することもなく、無言でコーラの缶を開ける。
 プシュ、とプルトップの開く音を聞いて、つられるように缶を開ける。
 さすがにこういう場所なので冷え切った、とはいかなかったが、それでも慣れ親しんだ味は、混乱していた心を落ち着かせてくれた。
「えーと、君は?」
「あ、ごめん」
 思い出したようにそう言うと、少年は自分の服でごしごしと手をぬぐう。
「僕の名前は速見厚志」
 手を差し伸べられ、それが自分に握手を求めているのだと気づいて立ち上がった。
「どうも。俺の名前は−」
「知ってるよ。遠野志貴さんだろ? さっき、舞から話は聞いたよ」
 よろしく、と再度言って来る少年―厚志とがっちりと握手した。



「本当に遠野さんたちには感謝してるんだ」
 自己紹介の後、再び川べりに座り込むと、厚志がそう言ってきた。
「戦況は悪くない。部隊のみんなががんばってくれているおかげで、幻獣も徐々に減ってきたし、出現頻度も下がってきた」
「はあ」
 厚志には申し訳なかったが、未だに実感が湧かなかったのでそんな返事しかできなかった。
 確かにヘリでその『幻獣』と呼ばれるものは見たけれども、それらは全て琥珀さんの手によってあっという間に駆逐されたので、『現実』というよりもゲームの中か何かのような気がしてならなかった。
「でも、補給がね。幻獣と戦う上で、どうしても武器・弾薬は必要となるし、士魂号の装甲も損傷するし。本当に遠野の人たちにはいくら感謝してもし足りないよ」
 秋葉、一体お前はここに何を納入してるんだ。
 お兄ちゃん、あんまりそーゆー商売には手を出して欲しくないぞ。
 そんなことを考えてると、厚志は話を続ける。
「でも、お互い大変だよね」
「え?」
「お互い、気の強い恋人を持つと」
「あー、うん。確かに」
「しかもやきもち焼きで」
「そうそう。ちょっと他の娘と一緒にいると怒り出して」
「人の話聞かないしね」
「都合悪くなると怒るしね」
「『周囲の女に愛想をふりまくな!』とか」
「外出するだけで一苦労だし」
「ことあるごとに『しっかりしろ』とか言って」
「で、ちょっと意地悪するとすぐ拗ねるのな」
「普段強気なだけに、そう言うのが新鮮でねー」
「そうそう。その後は燃えちゃってねー」
「これでもうちょっと胸が大きいとなあ」
「そりゃあ目移りするのも無理がないってもんだよねえ」
「「はっはっはっはっは」」


「お話は終わりましたか?」
「あー、いや。ちょっとまだ話足りないことが」
「残念ながらここは戦場で、いつ戦いが始まるともしれぬ。用件は手早く済ませねばな」
「でもね? やっぱり戦場だからこそ『ゆとり』ってものは大切だと思うんだ」
 そう。楽しく語らう二人の後ろには、髪を紅く染めた遠野の鬼姫と、その手の紋章を蒼く輝かせる芝村の末姫がいた。
「すみません。でもわたしは『人の話を聞かない』そうですし」
 秋葉の髪の結界は音もなく広がり、周囲の地面を覆い尽くす。
「わたしもどうやら『都合が悪くなるとすぐ怒る』らしいからな」
 舞の右手はよりいっそう青く輝き、『力』は限界近くまで蓄えられる。
「「いや、やはり暴力はいけないんじゃないかと」」
「「問答無用!!」」
 まるで双子のように息のあった俺と厚志に、紅と蒼の、二つの力が襲い掛かった。



小倉地区、浮気者討伐戦
戦果:2

「「少しは懲りろっ」」



 おまけ

「それでは、これが今回の物資の目録です。ご確認してください」
「うむ、感謝する。こちらも代金は用意した」
 ハンガーに行くと、そこには紅く染められた士翼号とN.E.P。
「ありがとうございます。本来ならば本土に持ち込むことすら不可能なものを」
「かまわぬ。自らが必要と感じた時、自らが行うべきと感じることを行うのが芝村だ。そして、芝村は友のためならば助力を惜しまぬ」
「これならばあのバカ女たちをっ!」
「うむ。首尾よくそちらがことをなした時には」
「ええ、遠野はその血の力を芝村のために使いましょう」
 ―これが後の世に伝わる『三咲町の動乱』の始まりである。

初出:2002.11.09  右近