あかね色に染まる坂りたーんず #02「湊の友だち」

「ただいまー」
 学校から帰ってきた俺は、玄関で靴を脱ぎながらそう声をかける。
「あ。お帰りなさい、兄さん」
「ああいや、いいよ出迎えてくれなくても」
 いつものように玄関に来てくれようとしたであろう湊にそう言って、湊の声が聞こえたリビングに向かう。
 玄関には見慣れた湊の靴の他にも小さい靴があるので、湊の友達がもう来ているのだろう。友達と仲良く過ごしているのを邪魔はしたくないし、俺も一応その友達に挨拶をしたい。いや、下心とかそう言うワケじゃないよ?
 そんな感じで軽く頭に手櫛など入れてリビングに入るとそこには。
「はじめまして、ミスター・シスコン」
「……え?」
 片眼隠した鬼太郎ヘアなバイオレンス娘がくつろいでいた。
 突然の状況が理解できずにいると、湊は少し申し訳なさそうに、でも愉快そうに口を開く。
「すみません。二年生になってから白石さんと同じクラスになって仲良くしてもらっているんです」
「はい。兄はアレですが妹はとてもできた人です。仲良くしています」
「ええとそれはその」
 喜べばいいのかどうすればいいのか。
 いや確かになごみは一見アレというか大幅にアレなのだがいいヤツではあるし、湊の交友関係に文句つける気はないのだが、さすがにこういう場合は本当にどうすれば。
「なんですか。『よくも俺とマイスィート妹の愛の巣に無断でずかずかと入り込みやがって。湊、塩まいとけ』とでも言いたそうな顔ですね」
「そんな顔はしてねえっ!?」
「じゃあアレですか。妹とその友人のパジャマパーティーに『ジュース持ってきたからお兄ちゃんも混ぜてくれよげへへへへ』とか言って言葉巧みに部屋に入り、そして睡眠薬入りジュースを飲んで意識を失った二人にそれはもう卑猥なことをするつもりですか」
「そんな命の危険が大ピンチなことはしません」
 そう、比喩でなくなごみにそんなことをやったら俺の命が危ないというかおそらく無くなる。そもそもこいつに睡眠薬が効くのかどうかも怪しいものである。
「じゃあ湊さんの友人が私ではなくか弱い――まあ私もか弱い美少女としてはトップクラスではありますが、そうでない女性だった場合はその計画を実行にうつすのですか?」
「いやそれは――」
「タイトルとしては『鬼畜兄に散らされる二つの花』とかそんな感じで」
「……」
「兄さん?」
「いやそんなコトするわけ内じゃないかは母母」
「兄さん、変換がおかしいことになっています」
「誓ってそんなことはいたしません」
 素晴らしくジト目な湊に向き直り、深々と頭を下げつつそう誓う。散って消えろ! 俺の煩悩!
「ちらり」
「わぁい、ふとももだー」
「兄さん!?」
「すみませんすみません。こんな兄で本当にごめんなさい」
 なごみの芸術的チラリズムに思わず飛びつきそうになった瞬間湊に怒られたので即謝った。
「まあそこまで言うなら許してやらなくもありません」
「いや、今のはなごみさんのせいでもありますよね?」
「なんですかもう。初対面だと言うのにずいぶん失礼な男ですね」
「初対面て。さっきも『はじめまして』とか言ってたけど、何のつもりだ?」
「しばらく会わなかったので好感度がリセットされました」
「どこぞのMMOみたいなシステムですね」
「まあ、マイナスがリセットされたので攻略自体は容易になりましたが」
「今までマイナスだったのかよ!」
 そう叫んでぜぇぜぇと息をつく。
 こいつと会ったのは湊がいなかった頃の屋上が最後だけど、久しぶりに会話すると色々疲れる。いやまあ楽しくはあるのだが。
「えーと、とりあえずお茶でも入れましょうか」
「ああ、頼む」
「それでは私もお願いします。できれば私がこのケダモノに手込めにされないよう、早めにお願いします」
「だからそんなことはしねぇ!」
 そんな感じでなごみとの二回戦が始まりそうな俺を見てなんだか複雑な笑顔を浮かべながら、湊はキッチンへと向かった。
 そして湊が離れたタイミングを見計らったかのように、なごみは声をひそめて口を開く。
「まあ冗談はさておき、こと今となっては私は貴方や片桐優姫やその周囲の人物に危害を加えようなどとは思っていませんのでご安心下さい」
「いやまあ、そんなこと心配はしてないが」
 うん、それは本当だ。確かに去年、なごみはどうやら俺と優姫の婚約を破棄するために暗躍はしていて、実際に一度は湊を巻き込みそうになったけれどそれは未然に阻止できたし、できなかったとしてもそんな酷いことにはならなかっただろう。それどころかこっちを助けてくれたこともあったし、味方ではなかったにせよだからといって敵と思ったこともなかった。
「一応言っておきますが、貴方の妹と仲良くなったことに他意はありません。もし――」
「ああいや、そんなことは疑ってない。変に勘ぐらせてしまったならすまなかった」
 うん、そんなことは本当にこれっぽっちも疑っていない。コイツがそんなことは絶対やらないだろうということは確信してる。
 ちなみに理由は卑怯とかそう言うことではなくただ単にめんどくさいから。
「今何か失礼なことを考えていませんでしたか?」
「いえ決してそんなことはありませんよ?」
「そうですか」
 俺の答えになんだか不服そうにしているなごみを見ると、ちょっと気分が良くなる。
 そう。最近会ってなかったけど、去年だってこいつと会って俺が優位に立ったことなんてあの『勝負』に勝ったときぐらいしかないのだ。
「では疑ってしまったお詫びというわけではありませんが、貴方の机の引き出しの裏に貼り付けてあるDVDに関しては私の胸の内にしまっておきましょう」
「ちょ、おま!」
 そしてなごみのそんな言葉を妨げようとした時には既に遅く。
「……兄さん?」
 俺の背後には静かにほほえみつつどす黒い炎を燃やす愛しい妹様が立っておりました。
「すみません。湊さんが戻ってきたことに気づきませんでした」
「嘘だ! 絶対嘘だ!」
「兄さん、騒がないで下さい。白石さん、お茶をどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
 そう言ってなごみは湊が入れた紅茶を飲み。
「あの、湊さん。俺の分は……」
「あると思いますか?」
「いえ、そうですよね」
「それより、そのDVDについてお聞きしたいことがあります」
「はい……」
 俺は怒れる湊に引っ立てられて、秘蔵DVDを没収されることになったわけである。
「もう他にはありませんね?」
「はい、ありません」
「そうですね。大半はイメージ化してハードディスクに入っていますから」
「に・い・さ・ん?」
「鬼や! なごみさんはホンマもんの鬼や!」
 俺がなごみに対して優位に立つことなんて今後一生無いのかもしれない。





 そんないつもとちょっと違った騒がしい一日が終わり、食事もしたし風呂も済ませて寝るだけな深夜。
 深夜と言ってもまだ日付が変わったばかりであり、明日は日曜日で休みなので普段だったら楽しい通販番組タイムなのだが、さすがに今日は見る気がしない。
「なんというか、疲れた……」
 あのあと色々あって湊の怒りを静めたり説教されたりなごみにいじられたりまた怒られたりとかしながらこの時間である。
 今日の感想を一言で表すならば、「なごみ、怖い子――」だろうか。
 基本的に女性に弱いと定評があって全く持って不本意極まりない俺だが、その中でも特になごみは苦手である。観月先輩とは別な意味で勝てる気がしない。
「まあ、それが楽しいんだけどな」
 ベッドにぼすんと突っ伏しながらそう独りごちる。
 そう、確かに楽しいのである。俺の周りには男女問わず個性的なメンツが集まっているというか個性的なメンツしかいないわけだが、なごみみたいな電波ゆんゆんなトークをかましてくるやつは一人もいない。いや、あんなのが二人も三人もいても困るが。
「今度みんなでなんかするときには、なごみにも声かけるか」
 何となくそんなことを呟いてみるが、それがとてもいい思いつきのような気がしてきた。
 俺と冬彦、それに湊と優姫とおまけにつかさ。学生会と関係あったり関係なかったりでまあぶっちゃけ暇さえあればなんかしてるが、そこにあの片眼隠し電波系バイオレンス娘が加わることはかなりの戦力増強に繋がるだろう。何と戦うための戦力なのかは知らんが。
 まあ戦力どうこうは置いといても、あのメンツに湊と対等の友人がいるというのは湊としても嬉しいだろう。優姫とは親友と言ってもいいぐらいだとは思うけど、やっぱり学園生活において一学年の差って言うのは無視しきれないものがあるし。
「まあ確かにもうちょっとまっとうな娘を友人にしてくれた方が安し――」
 と、そこまで言ったところで部屋の扉をノックされた。
「ひゃいっ!?」
 思わず声が裏返ったが、きっと俺は悪くない。
 あまりと言えばあまりに素晴らしすぎるタイミングであった。
「……兄さん、起きてますか?」
「み、湊か。うん。まだ寝てないぞ」
 良かった。ほっとした。一瞬またなごみが「何か失礼なことを考えてませんでしたか?」とか言ってくるのを想像したが、よく考えてみればアイツがノックするとは思えない。きっと音もなく俺のそばに忍び寄ってぐさっと――
「兄さん?」
「お、おう。すまん。何か用か?」
「いえ。白石さんが先に眠ってしまったんですけどわたしは眠れないので、よろしければ一緒にお茶でもどうかと思って」
 いかん、どうでもいいこと考えて湊に不審がられても良くない。それでなくとも今日は俺の兄としての権威とか威厳とかが暴落しまくっているというのに。
 よし、落ち着こう。こういうときこそ冷静にだ。
「よしわかった。今行くよ」
「あ、いえ! 兄さんはそのまま待っていて下さい。今持ってきますから!」
「……? あ、ああ。わかったけど――」
「それでは!」
 そしてぱたぱたという足音を鳴らして、湊はキッチンに行ったみたいだ。しかもなんだか焦った感じで。
「……どうしたんだろう」
 何かおかしい気がするが。
 夜、湊が入れてくれた紅茶とかハーブティーを一緒に飲むことは珍しくないというか良くやってることだから、それで焦るとも思えないし。
 でもまあ湊が「待ってて下さい」って言ってたので俺は待つしかないわけだが、なんだか違和感がある。
 どうにもしっくりこないのでしばらく考えてみるが、何も思いつかない。それでもしばらく考えていると、もう一度ドアがノックされた。
「……兄さん?」
「お、おう。入っていいぞ」
 色々考えたけど、とりあえずまずはそう返事をする。
 確かに今日の湊は何となくおかしい気がするけど、それでも俺が湊を拒むなんてあり得ない。
 あり得ないのだが。
 ドアは一向に開かない。
「……湊?」
 声をかけてみたが、返事はない。
「どうかしたのか?」
「い、いえ! 今入りますから兄さんはそのまま待っていて下さい!」
「お、おう。わかった」
 さすがに不審というか軽く心配になったのでこっちからドアを開けようとしたら、えらい勢いで止められた。
 そうすると無理にこっちからドアを開けるわけにはいかないので、素直にベッドに座り直すがそれでも湊は入ってこない。
 どうしたものかと思っていると、また声をかけられた。
「ええと、ちょっと向こうを向いてて貰えますか?」
「向こうって」
「ですからこっちではなく、壁の方です」
「いいけど、何で――」
「すみません。勝手な言い分だとは思うのですが、お願いします」
「いやまあ別にいいけど」
 湊が何でそんな懸命に言うのかはさっぱりわからないけど、そこまで必死に言われて聞かないわけにはいかないので、素直に壁の方を向く。
「もう大丈夫ですか?」
「おう。いつでもいいぞ」
 何がどう『大丈夫』なのかはわからないけど、そう言ってやると湊はやっと安心したのか――まあそれでも少しためらうような間はあったけど、ドアを開けて中に入ってくる。
 とた、とたというほとんど聞こえないぐらいの足音が聞こえ、テーブルの上にマグカップを乗せたお盆を置いたであろう音が聞こえたので振り返――
「まだこっち見ないで下さい!」
 振り返ろうとしたら止められた。
 湊にそう言われては振り返るわけにはいかないというかほとんど条件反射的にまた壁の方に向き直ったが、意味がわからない。
「すみません。少し心の準備をさせてください」
「ああ、別にいいけど」
 本当に何が何だかよくわからないが、湊にそこまで真剣に言われて断ることなんか出来るわけがない。
 そして俺の背後からどうやら湊が深呼吸してるっぽい音が聞こえ、それが何度か繰り返された後にやっと声をかけられた。
「もう大丈夫です。どうぞ、こっちを向いて下さい」
「ああ、おう」
 やっと許しの言葉を聞けたので、何だかわからないまま何だかわからないことを言いつつ振り返る。
「ええと湊。何か――」
『何かあったのか』と。可愛い妹であり最愛の女性である湊がどうやら普通じゃないっぽいのでまずそんなことを聞こうと思ったのだが。
 そんな思考とか意識とか考えとかプランとかその他諸々とか、とにかく考えていたこと全てが吹き飛んだ。
 だってそこには。
「どう、しましたか?」
「『どう』ってその――」
 湊がいたんだから。
 いやまあそれは当然である。
 今この家には俺と湊と、どうやら先に寝たらしいなごみしかいないわけだし、娘の部屋に限って言えば俺と湊しかいない
 だから俺の前にいるのは当然のごとく湊なんだけど。
 俺の前にいる湊は常日頃の湊ではなく。
 ええとなんと説明すればいいのかわからないけど、まあわかりやすく説明すると湊の服装が普段と違うわけで。
 学校で一緒に過ごすときに着ている制服ではなく、家や外で一緒に過ごすときに着ている私服でもなく、いつもこうやって一緒に深夜にお茶を飲むときに着ているパジャマでもなく。
 まあなんだ。ぶっちゃけるとつまり。
 湊は白い大きめのYシャツを着ているだけの姿だった。
 そう、裸にYシャツ一枚羽織っただけであり、下にズボンとかスカートとかも履いてないし第三ボタンぐらいまで外された襟の部分から見える素肌から察するにブラとかもして無くて、巨乳とは言わないかもしれないけどそれでも標準よりは大きめな実にえっちな感じなその体が――
「あ、あんまりしげしげと見ないで下さい!」
「す、すまん!」
 顔をこれ以上ないってくらいに真っ赤にしてそう叫ばれたので素直に視線を下に落としたが、そこには素足で――いやまあ家の中なので靴履いてないのは当然なんだけど、スリッパはおろか靴下すら履いていない、湊のそれは綺麗な白い足が見えて、つま先からふくらはぎ、そして何かに導かれるように視線を少しずつ上げていくと太股と、そしてやがてその付け根へとー――
「兄さん!?」
「はい、すみません!」
 もう一度怒られたので慌てて後ろを向く。湊と逆の方角であり、さっきまで見ていた壁の方へ。
 かくして俺の目の前から湊はいなくなったわけだが、消えはしなかった。何が何だかわからなかった。わからなかったけど、今見たあまりに衝撃的というか刺激的すぎる映像が、視線を外したぐらいで俺の脳裏から消えることはなかった。
 素肌にYシャツ、いわゆる裸Yシャツ。前になんだか冬彦と杉下先生が熱く語り合っていたのを聞いた覚えはあるが、そんなのはもうどうでもよかった。『百聞は一見にしかず』というのは本当だった。というか個人的には百回聞いたぐらいで一見になるのかと聞きたくなった。ええと何を言いたいのかというと――まあ俺もよくわからないというか何が何だかよくわからないが、とりあえず今俺の部屋には裸Yシャツな湊がいる。何を言ってるのかわからないと思うがあったことをありのままに話すとそう言うことである。
「――兄、さん?」
「ひゃい!?」
 湊に声をかけられて、誤魔化しようが無く返事の声が裏返った。ごめん無理。もう色々と無理。心臓が早鐘のようって言うかもう壊れるんじゃないかと言うぐらいドキドキと鳴り響くのが聞こえ、それだというのに背中越しに湊の息づかいが聞こえてくる。
 その息づかいはなんというか、湊も緊張しているのか何だか荒いって言うか、そう。熱い息づかいで、こんな真夜中に二人きりで部屋の中で湊が裸Yシャツてお前。もう限界ギリギリオーバーヒート寸前で俺の頭の中はとっくにレッドゾーンだというのに。
 それだというのに、湊はさらに言葉を続けた。
「どう――ですか?」
「ど、どうって」
 ごくり、と。
 喉が渇ききって飲み込んだ生唾の音が何だか大音量で聞こえ、振り返らないことだけで精一杯だというのに。だと言うのに湊は問いかけてくる。
「わたしを見て、どう思い、ましたか――?」
 そんなことを。
 熱い息をつきながら。
 俺の部屋で。
 こんな夜中に二人きりで。
『ああ――』
 俺の意識は限りなく加速し、どこともつかない光り輝く世界にたどり着く。
『もう、いいよね』
 誰に聞いているのかなんてわからない。
『もう、ゴールしてもいいよね――』
 そう思った瞬間、誰の答えも聞くことなく―いやきっと誰の答えも求めていなかったんだろう。俺は迷うことなく振り向き、そのまま即座に湊を抱きしめた。
「お、お兄ちゃん?」
 湊が驚きの声を上げているけど、もう俺には聞こえていなかった。いや、聞こえていたけど、それでも湊を離す気は起きなかった。
 そのかわり、より強い力でぎゅっと抱きしめる。湊が痛がったり苦しんだりしないように、それだけは気をつけながらそれでもぎゅうっと。何があろうと湊が俺の腕の中からいなくなったりしないように。
 最初は慌てていた湊だったけど、しばらくそうやって抱きしめていると安心したのかなんなのか、力を抜いて俺に体を預けてくる。そして少ししておずおずと俺の背中に手を回し、二人で抱きしめ合う形になる。
 体温と呼吸と鼓動の音と。二人でお互いだけを感じあっていると、やがて湊がまた口を開いた。
「どう、ですか?」
「最高だ」
 手が自由だったら力一杯サムズアップしたいところだが、『湊を抱きしめる』という最優先な行為をやめるわけにはいかないので、思いの丈を込めてそう答える。
「――よかったぁ」
 そして俺の答えを聞いた湊は嬉しそうにそう言うと、俺の胸元に頬をすり寄せてきた。
「兄さんに変な娘だと思われたらどうしようかと思いました」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。俺が湊のことをそんな風に思うわけないだろ?」
 安心させてやりたくて、頭をなでてやりながらそう言ってやるんだけど湊は納得いかないのか顔を上げると俺の目をまっすぐ見ながら口を開く。
「だって、兄さん最近学生会の仕事で毎日遅かったじゃないですか」
「あー、うん。それについては冬彦もすまながってた」
 それを言われると、俺としては弁解のしようがなかった。学生会の仕事が多いのは事実だが、だからといって湊をないがしろにしていいなんてことはない。仕事が多いなら素直に手伝いを頼めばよかったのに。あの時それを教えられたはずなのに、また一人で突っ走ってた。こんなことが知れたら優姫に何をされるかわからない。アイツだったら「仕事がきついなら人を使えばいいのよ。人を上手く使えないのは無能な証拠」とか言うに違いない。
「今日、久しぶりに早く帰ってきてくれたと思ったら白石さんとばかり話してるし」
「うん、それもすまん」
 こっちは仕事がどうとかじゃない。湊の恋人として、一人の男として間違ってた。久しぶりに会った人と親交を深めるのはいいことだけど、だからといって自分の大切な人をないがしろにしてはいけない。こんなことがオヤジに知れたらまた突然現れて俺を殴り飛ばした後に湊をさらって行きかねない。いや、そんなことされたらそれこそ全力で奪還するが。
「わたしの部屋に来るかと思ってたのに、来なかったし」
「ああ、いやそれは」
 まあ確かに優姫が泊まりに来て二人でパジャマパーティーしてるときは理由をつけて遊びに行ったりしたが、今日は相手が相手だし。優姫の攻撃なら痛くてもシャレで済むが、あいつの攻撃を受けたりすると、きっと命が大ピンチ。
 まあでもそんなことは関係ない。理由はどうあれ俺は大事な妹で最愛の女性を悲しませた極悪人であり、そんな人間が出来ることはただ一つ。
「ごめんな」
 そうあやまってぎゅっと抱きしめることぐらいだった。
「はい。許しちゃいます」
 そして湊は、嬉しそうにそう答える。
 これにて一件落着。仲直り――いやまあ仲違いしたわけじゃないのでこの言い方もどうかと思うが、とにかくそんなわけで問題なし。
 ああいや、問題は一つあったか。いや、問題っていうのも何か変だが。
「湊、一つ聞いていいか?」
「はい。なんですか?」
「その格好なんだが――」
 言った瞬間、湊はぼふっと顔を赤くしてうつむいた。
「す、すみません。兄さんのYシャツを勝手に借りました」
「いやそれはいいんだが」
 むしろそれは破壊力が増すだけであり全くもってマイナス要素ではない。
「ええと、何でそんな格好を」
「……やっぱりおかしいでしょうか」
「いや、そんなことはない!」
 湊がわけのわからんことを言い出したので全力で否定した。今の湊を変って言うヤツがいたら、そいつを一瞬の躊躇もなくぶっ飛ばす自信がある。それが例え大統領であろうとも。
「俺が聞きたいのはどうしてそう言う格好をしたのかと」
「ああ、そういうことですか」
 まあ大体想像はつくが。
 湊がこういうことを相談できて、こういうろくでもないけど最高なことをしてくれるのは――
「白石さんが」
「へ?」
 予想していた人物じゃなかったので、思わずそんな間抜けな声を出した。
 えーと。俺の中ではウィングヘアなわれらが小悪魔先輩を思い描いていたのだが。
「白石さんが、『お兄さんの気持ちを確かめたいのなら、私が寝た後にこの格好で部屋を訪ねてみなさい』と」
 ああ、そうか。
 目の前のあまりにショッキングかつドラスティックな状況に忘れていたが、なごみがいたか。
 ああ、なるほど。全ての謎が解けた。
「兄さん?」
 俺はそっと湊を離して、ドアの方へと忍び寄る。まあ多分俺が頑張って足音を消したところで意味はないと思うのだが。
 それでもドアの前にたどり着き、静かにドアを開けると。
「おや。もう終わりですか?」
 どうやら今年度より湊のクラスメートになって、我が家にお泊まりしに来て、今頃湊の部屋でぐっすり眠っている設定になっている片眼隠し一流エージェント娘がかがみ込んでいた。しかもその手にご丁寧なことにコンクリートマイクを持ちながら。
「何をしてるか聞いてもいいか?」
「自分が立案した作戦の経緯を確認するのは当然のことです。そんなわけで私はここで完璧に気配を消してますので気にせず続きをなさって下さい」
「……! ……!」
 振り向いてみると、後ろでは湊が顔を真っ赤にしてパクパクと口を開いているが声が出ないようだった。まあそりゃそうである。そんなわけで、不本意ながら一応なごみの行動に対する耐性については定評のある俺が問いかける。
「ちなみにそのマイクで録音したデータはどうする気だ?」
「どうやら誤解されているようですが、私は湊さんの友人です。もちろんその兄である貴方に敵意を抱いたりはしていません。それどころかまあ、五百万歩ぐらい譲れば好意を抱いていないこともないと言えなくはない」
「いやすまん。正直俺もあまり余裕がないのでわかりやすく言って貰えると助かるんだが」
「なるほど。やれやれ、修行が足りませんね」
 そう言うとなごみは肩をすくめ、あきれたように首を振ると言葉を続ける。
「お二人の結婚式あたりで流そうかと―ー―」
「粉砕!」
「甘いです」
 なごみが言い終わるのを待つことなくレコーダーを破壊しようとしたが、当然のように防がれた。
「ほーら、私からこれを奪ってごらんなさい」
「待てこらぁ!」
 そして逃げ出したなごみを追って俺も走り出す。
「いや、その、あの?」
 ようやく声が出るようになったけど、どうやらまだ状況整理できてないっぽい湊を置いて。
「なんですか。結婚式で恥ずかしいエピソードを暴露するのは友人の務めでしょう?」
「そんな迷惑な友人は一人で十分だ!」
「ちなみにつかささんはこの作戦の発案者です」
「アイツ――!」
 かくしてどうやら俺が色々考えるまでもなく、いつの間にやら俺たちの仲間の一員になってたらしいなごみを含めて、これから卒業までの一年――いやきっとそれ以降も騒がしい日常は続くようだった。
「ま、待って下さい。白石さん!」
「なごみでいいです」
「じゃ、じゃあなごみさんってそれどころじゃなく!」
「ワタシハシライシナゴミ、コンゴトモヨロシク」
「待てこの外道ー!」
 どう考えても去年より凄いことになりそうな、俺たちの学園生活の明日はどっちだ。
「いやまあ既にデータはサーバに送ってあるのですが」
「死んでしまえー!」
 本当にどっちだ。



後書きとおぼしきもの


 そんなわけで、木名瀬さんトコで作った湊本の原稿を修正して掲載。
 ホントは後半の展開をがっつり変更しようかと思ってたのですが、そうするとはだワイがなくなるかなごみの出番が増えすぎるというかなごみSSになりそうなので微妙に修正しただけに。
 とりあえず、三話は学校の話かしら。あかね色なので優姫も優姫を多めに出そうと画策中。

 まあ、今月中に更新できたらいいなあ、とか……
 そんな感じで適当にお待ち下さい。元ネタわからない人はゲーム買いましょう。

2008.03.14 右近