それは、日曜日のある朝の出来事。
珍しく俺が昼前に目覚め、なんとなくつけたテレビを見ながらもしゃもしゃと朝食をとる。
ちなみに本日の朝食はバター塗ったトーストとインスタントコーヒー。
俺一人しかいないのにこった食事を作る気もしないし、そんな技術もない。
幸いにも親の仕送りは結構な額があるので、スーパーで惣菜買ってきたり(いや、いくら俺でも米ぐらいは炊ける)、たまに外食したりという感じでもさして困らない。
どうしても困ったらあかりの家にいけば飯にありつけるし。
ヒモとか言うな。
「しかし、面白い番組が無いな」
普段、日曜日のこんな時間に起きてることなんかないから知らなかったが本当に見る番組がない。
リモコンをせわしなく操作して結局、ワイドショーともニュースともつかない中途半端な情報番組におちついた。
まあ、朝飯食い終わるまでの間だしな。
トースト一枚じゃ足りないのでトースターにもう一枚突っ込み、タイマーをセットしたところでテレビの画面が変わる。
「一人暮らしのあなたの生活に潤いを与えるメイドロボ」
妙にハキハキとしたそんな声を聞きながら俺が思い出すのは、うちの学校に転入してきたメイドロボ、HMX-12マルチ。
多少−いや、けっこう−えーと、かなり−いや相当おっちょこちょいだったけど、人間以上に一生懸命に働いていたマルチ。
あいつが今俺の家にいたらこの食卓も……あんまりかわらない気もするな。
一度だけ食べたあのミートせんべいを思い出して苦笑いしていると、また画面が変わってどこかの研究所みたいなところを映す。
「来栖川エレクトロニクスではHMXシリーズの最新機種として、HM-12『マルチ』とHM-13『セリオ』を製作中であり、試作機を利用して一般家庭でのテストを行うためにモニターとなる方を市内の家庭から抽選で−」
「あー、まだテスト中なのか」
マルチは「テスト期間は一週間なんです」とか言ってたけど、まだテストはあるってことか。
まあ学校の中と個人の家じゃいろいろ違うだろうしなー。
ぴんっぽーん
テレビを見ながらぼーっとしてたら、チャイムが鳴り響いた。
時計を見るとまだ10時前なんだが。
ぴんぽぴんぽーん
二度に増えた。
こんな朝っぱらからうちに来るような知り合いは思いつかない。
雅史やあかり、それにあの志保だってこんな時間に押しかけてくるまい。
っていうか俺が起きてるなんて思わんだろうし。
ぴんぽぴんぽぴんぽーん
まだ増えてる。
このまま何回まで増えるか知りたい気もするが、うちのチャイムの強度がそこはかとなく心配になってきたので出ることにする。
「はいよー」
一応返事をしながら玄関に向かう。
ぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽぴんぽーん
「ああうるせえっ!!」
休みの朝っぱらからやかましいチャイムの音にいらだちながら玄関に向かい、なおもチャイムを連打しつづける客に向かって怒鳴りつける。
ぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽぴぽ
「うがあっ!!」
威嚇しながらドアを開けるとそこには
ぱんぱかぱーん
「おめでとうございます。厳正たる抽選の結果、あなたがHMX-13セリオの仮マスターに選出されましたー!!!!」
どんどんどんぱふぱふぱふっ
手に持ったラジカセからファンファーレを響かせ、後ろにセリオをつれて、
「うわあ、ほんとに俺なんかがセリオのマスターに?」
「ええ、一般家庭でのテストのためにお宅に一年間お預けすることになりましたー」
「わあ、応募した覚えも無いのに大ラッキー」
「おめでとうございまーっす!!」
「どうもありがとう……って、俺がそこまでアホだと思ってるのか、綾香」
「なによ、途中まで乗っといて」
なんだか陽気に騒ぎ立てる綾香がいた。
「で、今日はどういう悪ふざけだ?」
「まあ、立ち話もなんだからお邪魔するわね」
「まてこら、説明してから入れ!」
「まあまあ、せっかくのお客様を邪険にするもんじゃないわよ」
「痛! 我が家では家主に逆関節決めて入ってくるようなやつは客とは言わんのだっ!!」
「まあまあまあ」
「いて!ギブ!ギブだ綾香!」
「……お邪魔します」
「まあまあセリオも、これからお世話になるんだからそんな遠慮しないで」
「ここは俺のうちだあっ!!」
「じゃ、説明しましょうか」
あのあと結局綾香に押さえつけられ、肩関節と引き換えに客として認めることになった。
「……いつか泣かす」
「やれるもんならやってみればー」
そういって手をひらひらと振る綾香に隙はない。くそ、ほんとむかつく。
「で、何がどうなってるって?」
「うん。だから厳正なる抽選の結果、浩之がセリオの仮マスターになったわけよ」
「仮マスターってのはあれか? テレビでやってたモニターとかどうとか言うやつ」
「うん」
「で、抽選したら偶然俺になったと」
「うん」
「そりゃまた凄い偶然だな」
「ちなみにマルチは神岸さんの家でテストすることになったから」
こともなげにあっさりと言う綾香に、思わず言葉を失う。
「どしたの?浩之」
「『厳正たる抽選』?」
「うん」
いつもの調子の綾香と話してても埒があかないので、セリオのほうを見る。
「確かに抽選を行いました」
「まあ、セリオがそういうならそうなんだろう」
「なんだか言葉に刺があるように感じられるんだけど?」
「気のせいだ」
まあ、綾香だったら何かの悪巧みって可能性もあるがセリオがそういうなら間違いないだろう。
そんなに長い期間付き合いが会ったわけじゃないが、セリオやマルチを初めとするメイドロボは基本的に嘘をつかない。
「この市内で浩之さんのお宅が選ばれるまで128,492回の再抽選が行われましたが」
「……」
「ちなみに神岸さんのお宅は運良く31,925回目で選ばれました」
「……『厳正たる抽選?』」
「ちょっとたくさん抽選の機械のテストをしたのよ」
「抽選を効率的に行うために来栖川中央研究所・第7研究開発室HM開発課のメインコンピューターを使用しました」
「……最初っからやり直し前提かい」
さすがに呆れてそうもらすと、綾香は急に真剣な顔で詰め寄ってきた。
「……まあ、確かにインチキかもしれない。でも、しょうがないことなのよ」
「なんだよ急に」
「確かに来栖川エレクトロニクスでの会議の結果、一般家庭のテストは抽選で行うことにはなったし、広報部からマスコミ各社にはそう発表もしたわ。でも、セリオもマルチも企業機密の固まりだし、まだ耐久性に難のある部分もあるわ。浩之だってそれは知ってるでしょ?」
「まあ、そりゃ知ってるが」
確かにマルチはちょっと驚かせるとすぐブレーカーが落ちた。
いや、落したのは主に俺なんだが。
「それになにより、セリオもマルチも研究所の人たちから見れば娘も同然、わたしから見てもセリオとマルチは大事な友達よ。『厳正たる抽選の結果』そんな子たちが変な家に行くことになったら!それも一年間!」
そう言って目を覆い、ソファーにどさっと倒れふす綾香。セリオは心配そうにそんな綾香の肩に手をやっている。
それを見て俺も席をたち、綾香の肩に手をやる。
「……で、本音は?」
「浩之のうちだったら気が向いたら遊びに来れるじゃない」
「まあ、そんなこったろうと思ったよ」
悪びれずにあっけらかんと告げる綾香にそう返してやる。
「でも、さっき言ったことも本当よ? かわいいこの子らを変なとこに送り出せるわけ無いじゃない」
「まあ、俺もセリオが来てくれるなら助かるしな」
そう言って俺はセリオの前に立って右手を出す。
「これからよろしくな、セリオ」
「はい、よろしくおねがいします−」
「『浩之さん』でいいよ」
セリオの言葉を遮って、そう言ってやる。
セリオは一瞬、ほんの一瞬戸惑ったあとに綾香のほうを見て、綾香が笑顔でうなずくのを確認すると返事を返した。
「よろしくお願いします、浩之さん」
そして俺とセリオと、たまに−いや、ちょくちょく遊びに来る綾香の生活が始まった。
「いい、セリオ。浩之の部屋にHな本があっても見て見ぬ振りしなきゃだめよ?」
「いや、そんなこと教えんでいいから」
「何?報告されるとか本棚に並べられるとかのほうがいい?」
「いや、そういう問題でもなく」
「……どうすればいいのでしょうか」
「……好きにしてくれ」
とりあえず、始まったったら始まった。
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