セリオが壊れた。 とは言っても一部のパーツに負荷がかかり、損傷して一部機能に不具合が出ただけで、動かなくなるとかAIのメモリがどうとか言うわけではない。 修理のためにセリオを引き取りに来た長瀬のおっさんが言うには、「まあ、ちょっとした故障だから2、3日で戻ってこれるよ」と言ってくれた。 綾香が言うには、長瀬のおっさんは(信じがたいことに)凄腕の技術者で、ことセリオやマルチたちメイドロボのことにかけては右に出る物がいないらしい。 まあ、そういうことならそのへんはプロに任せて、一介の学生である俺はセリオの一刻も早い回復を祈りつつ待つことにしようと思う。
「『待つことにしようと思う』じゃないでしょまったく」 「なんだ綾香。不機嫌そうな顔して」 「浩之。セリオの故障のことをちょっと説明してほしいんだけど」 「それなら、俺なんかに聞くよりほら」 そう言って綾香に書類を一枚渡す。 『HMX-13セリオ 故障診断書』と書かれたその書類には、今回のセリオの故障内容が事細かに記してある。 綾香とおっさんの悪巧みと裏工作の結果とはいえ、オーナーとして登録されている俺のところには故障内容の診断結果が残されているわけだ。 「さっき見たわよ」 『設計時の想定を上回る負荷による部品の疲労と、感覚素子への過電流による回路の故障』 そのあとも、よくわからん専門的な言葉でいろいろと書かれているがようするに『使いすぎて壊れた』ということだ。 「わたしが聞きたいことは故障の内容じゃなくて」 「じゃあなんだよ」 「なんで、こんなとこが過負荷で壊れるのよ」 俺の手の中から診断書をもぎ取り、診断書を指差しながら叫んだ。 そこには今回の故障部分が記載されている。
『修理該当部位:HMX-13 胸部ユニット一式』
「いや、なんでって言われてもその診断書にも書いてあるとおり負荷に耐え切れずに壊れたわけで」 「何をどうやったら壊れるほどの負荷が胸にかかるのよっ!!」 綾香お嬢様はなんだか怒り心頭だった。 これは、質問に正確に答えなければ収まるまい。 「どれ、それじゃあ綾香の胸で実践してやろうか」 両手をわきわきと動かしながら綾香ににじり寄る。
エクストリーム界の無敵の女王、来栖川綾香。
彼女の連撃を受けて立っていられる物はいないという。
俺も含めて。
「いてててててて……。格闘技の達人が素人を本気でぶん殴るのはどうかと思うぞ」 「その達人のコンビネーションを半分近く捌く人間を素人というのもどうかと思うけど?」 「俺の隠された才能のなせる技だな」 「……もう一回いっとく?」 「ごめんなさい、僕が悪かったです」 あれをもういっぺん食らったらさすがに死ねる。 「まあ、理由は大体わかったからいいけど」 そう言ってため息をつくと綾香は構えをとき、俺の前の椅子に座った。 ちなみに俺は床に正座。ここは俺の部屋だと言うのに。 「まったく。どうしてこんなスケベが仮とはいえセリオのマスターに選ばれるのかしら」 「いや、それはお前らの裏工作のたまものだと思うんだが」 「黙りなさい」 「はい」 言論の自由は綾香の握りこぶしであっさり弾圧された。こんなことでいいのか法治国家日本。 「とにかく。これに懲りたら変な使い方は控えてもらいたいわね」 「ふふん。それはどうかな?」 「……何よその変な笑いは」 少し前まで小さくなっていた俺の態度が急に大きくなったのを見て綾香はとまどっていた。 俺だって馬鹿じゃない。 セリオのマスターとして登録される時に手続の書類は一通り読破したのだ。 重ねるとちょっとした雑誌より分厚い書類群を読破するというのは、普段の俺からすれば信じられないほどの努力である。 「ここを見ろ」 そう言って一枚の書類を綾香に手渡す。 セリオのマスターとして登録される時に取り交わした契約書だ。 中には試作型メイドロボ(言うまでもなくセリオのことだ)の仮マスターとしての色んな取り決めがびっちりと書いてある。 「ここだ」 読ませる気ないだろお前って感じでびっちりと印字されている契約書のある部分を指差して、綾香に読み上げさせる。 『本契約の対象となる試作機の使用方法については、各種法令に抵触しない限り使用者の要望を第一として決定される』 「つまり、犯罪目的とかでなければセリオの取扱いは俺の自由と言うことだっ!!」 ざっぱーん。 なんとなく背景に岩と荒波とか背負いつつ言い切ってみる。 「くっ……」 契約書にかかれている以上、綾香も反論しきれないらしく、言葉を失う。
「まあ、そういうわけだ。今回の件については反省しているが、俺がセリオの胸を弄ぶ権利は契約書によって保障されている!!」 どんがらがっしゃーん。 落雷を背にそう言って駄目押しをする。 「さあ綾香さん、何か問題でもあるかな?」 ほれほれと目の前で契約書をひらひらと振ってやると綾香はきっとこっちをにらみつける。 「浩之の……」 「ん?」
「浩之の性犯罪者あっ!!!」 「ちょっと待てオイッ!!!」 綾香は不穏当な言葉を絶叫しながら走り去った。 「浩之が机の引出しの裏に隠してる本のことを言いふらしてやるっ!!!!」 「ガキかお前はーっ!!!」 慌てて追いかけるが、綾香は持ち前の俊足をいかしてとっくの昔に走り去っていた。 まあいい。なんだかんだ言っても俺の勝ちだ。契約書に書かれてるわけだし。
そして三日後、セリオが帰ってくるという連絡が入った。 昼過ぎに来栖川の人間に送られて来るらしい。
ぴんぽーん
「はーい」 そわそわとしながら待っていると、待ちに待ってたチャイムの音が鳴った。 居間からダッシュで玄関に向かい、扉を開ける。 「やっほー」 「なんだ綾香か」 「ずいぶんとまたご挨拶ねえ。せっかくセリオをつれてきてあげたのに」 「お前が?」 「ええ。『来栖川の人間が送る』って言われたでしょ?」 まあ、言われてみれば綾香だって来栖川の人間なんだから嘘はつかれていない。 てっきり来栖川重工の人が送ってくるもんだと思いこんでいたが。 「さあ、いらっしゃいセリオ」 俺がそんなことを考えていても知ったこっちゃないとでも言うかのように、綾香はセリオを呼んだ。 「はい。失礼します」 「おおセリオ、久しぶりだ……な……?」 そこには、待ちに待っていたセリオがいた。 その整った表情も、そのしぐさも三日前に別れたころと変わらない。 でも。
セリオの胸がぺったんこだった。
目をこする。 頭を振る。 まばたきをする。 そして深呼吸してもう一度セリオを見る。
やっぱり胸はぺったんこだった。紛れもない現実だった。
「なぜだああっ!!!!!!」 とりあえず絶叫してみた。 「これでセリオの胸にいたずらし過ぎて壊すこともなくなるでしょ」 女悪魔はそう告げた。罪の意識など欠片も感じていないどころか、楽しくてしかたがないとでも言うかのように、満面の笑みを浮かべつつ。 「あ、綾香お前なんの権利があって!!」 俺が詰め寄ろうとすると綾香は待ち構えていたかのように一枚の書類を出してみせる。 見てみると契約書のコピーらしい。 「ここ読んで見て」 親切に蛍光ペンでマーキングしてある部分を読み上げる。 「本契約の対象となる試作機の仕様は、試験期間中に変更される可能性があることをご了承ください」 「と、いうわけで換装用パーツの試験のために今後セリオの胸部パーツはこっちに変更よ!!」 どっかーん。 戦隊ものをほうふつとさせる爆発を背負い、綾香は宣言した。 俺はといえば、あまりのショックに口をパクパクとさせるだけだ。 「セリオ、新しいパーツには慣れた?」 「はい。まだ若干違和感がありますが、許容範囲です」 そう言って心なし複雑な表情で自分の胸を見下ろすセリオ。 それを見て俺は、 「綾香の馬鹿あぁぁぁっ!!!!」 号泣しながら大ダッシュで逃げ出した。 「ぶい」 綾香は得意満面でサインなんてしてやがる。 「畜生、綾香の胸はたれてきたって噂を流してやるうっっっ!!!」
神速の女闘士、ラピード綾香。
その攻撃は人間の動体視力を越え、不可視の連撃は防御を許さず全てを屠るという。
もちろん俺も含めて。
「……相変わらず、ほっとくと何するかわからないわねこいつは」 半ば骸と化して倒れ伏している浩之を見下ろしながら、綾香はそうつぶやいた。 「生命活動レベル低下、昏倒している模様です」 「大丈夫よ。手加減したから死にはしないわ」 「水月への抜き手は手加減に入るのでしょうか?」 「……一発でやめたし」 「了解しました」 そう言ってセリオはおじぎをしたが、二人の間にはなんとなく気まずい空気が流れていた。 「綾香さま、お伺いしたいことがあるのですが」 「何?」 「……わたしの胸部パーツを換装したのは、綾香さまが嫉妬したからだというのは本当ですか?」 「だだだだだ誰がそんなことをっ!!!」 「はい。長瀬主任が。『浩之くんはモテモテだねえ』ともおっしゃっていました」 「あの馬……」 「本当なのですか?」 「ち、違うわよそんな」 「本当ですか?」 「だからー」
綾香が何とかセリオの追及を逃れきったのは10分後だった。
ちなみにその間忘れ去られた浩之が看護されたのはさらに10分後だったりする。
「垂れてないと主張するなら一度じっくりおがませ」 「今度は走馬灯見てみる?」 「ごめんなさい」
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