鈴羽の衝撃の告白から数分。正確に言うと衝撃の告白で受けたダメージから復帰するのに数分かかったのだが、とにかく数分後。
そろそろ夕暮れというのも厳しい時間となり、外もすっかり暗くなってしまった。いやまあ、外だけじゃなく部屋の中も暗いのだが。
何故暗いのかなどと考えるまでもない。太陽が沈んだ夜というのは元来暗いものであり、人間はその暗さを解消するために様々な照明器具を発明したのだ。よって照明器具がなければ室内が暗いのは当然である。街灯とかがある分、外の方が明るいぐらいだ。
「とりあえず、蛍光灯買ってこないとな」
「電気って来てるの?」
「萌郁が住んでるんだから、電気が来てないってことはないだろう」
いくらボロアパートとは言っても、電気が来ている来ていないというのはそれ以前の問題である。それに、電気が使えないアパートに萌郁が住めるはずもない。あいつはきっと携帯のバッテリーが切れたら死ぬ。
「でも、引っ越し前って電気会社とかに連絡するんじゃないの?」
「……そうなのか?」
「……多分」
生まれてこの方ずっと実家住まいだった大学生と、アメリカから日本に来てずっとホテル住まいだった飛び級の院生。こういうときは全く役に立たなかった。
そしてこの場にいる他の人間はと言うと。
「ん?」
二〇三六年からのタイムトラベラーぐらいだった。いくら未来だからと言っても数十年ぐらいでそのあたりが変わるとも思えないが、その表情から見て鈴羽が助けになるとは思えなかった。というか、あぐら書いて座ったまま笑顔で首かしげているところからすると何が問題とされているのかわかってないんじゃなかろうか。
まあいい、鈴羽の未来の教育についてはダルとその嫁である阿万音由季に――いや、よく考えたらまだ出会ってもいないのか。とにかく、俺やクリスが考えることではない。今の俺たちが考えるべきことは、照明である。
「まずは蛍光灯を買いに行くか」
「でも、もう店やってないんじゃない?」
「ああ、そうか。いやでもヨドバシとかなら」
確かに紅莉栖の言うとおりに秋葉原の店は割と早く店じまいしてしまうが、ヨドバシと かは随分遅くまでやっていた気がする。
「というか、とりあえず今日はラボに泊まればいいんじゃない?」
「そうだな……というか、お前はホテルに戻ればいいんじゃないのか?」
「阿万音さんと二人で泊まって間違いとかあったら困るでしょ!」
「な、何を考えているのだ貴様は!」
「大丈夫だよ、オカリンおじさんとは一緒にお風呂も入ったことあるけど――」
「岡部!?」
「待て、鈴羽が言っているのは子供のころの話だろう!?」
「うん。父さんいまだに酔っぱらうとオカリンおじさんに文句いうもん」
「うわあ……」
想像がつきすぎてうざい。今から計画的に何とかしてあいつが酒を飲めないようにできないかと検討したくなるほどうざい。
そんなことを思っていると、紅莉栖は。
「岡部までロリコンに!」
「お前、ひょっとして酒飲んでないか!?」
もちろんそんなわけがないことはわかっていたのだが、思わずそう突っ込まずにはいられなかった。
◇
すっかり夜になった道を、ラボに向かって歩いていく。
「まったく、無駄な時間を食ってしまった」
「うるさいわね、岡部が紛らわしいこというのが悪いんでしょ」
「いや、言っていたのは主に鈴羽だと思うが」
あの後紅莉栖をなだめてと言うかなだめきれずに冷静になるのを待っていったら、もうすっかり日が暮れてそこらのお宅では夕飯時なのだろう家族団らんの声とかが聞こえてきたりもする時間になっていた。
それだけ時間をかけて状況がどうなったのかというと、結局三人揃ってラボに泊まり込むことになったわけだが。全くもって無駄に時間を浪費してしまった。
ちなみに「元凶はお前だろう」などというツッコミはスルーさせていただく。これ以上話が進まないとさすがに困るというか、実際に鈴羽に突っ込まれたけどスルーした。
「でも、寝具ってそんなにあるの?」
「ああ。この前まゆりが『ラボメンが増えたから』とか言ってどこからか貰って来たやつがあるはずだ。数が足りなきゃ俺はソファーでも構わん」
というか、正直ソファーの方が落ち着く。
紅莉栖と二人でラボに泊まり込むことは初めてではないが、さすがに布団を並べて川の字になったことはない。更に言うなら鈴羽はダルの娘であり川の字というなら――ええい、そんなことはどうでもいい!
「ち、ちなみにそのタイムマシンってどこにあるの?」
なんだか思考があらぬ方向に向かいそうになったところで紅莉栖に問いかけられた。
紅莉栖も何かろくでもないことを考えていたのか頬が赤い気もするが、ここはそれに突っ込まず受け答えするのが大人の対応というものだろう。色んな意味で。
「ラジ館屋上だが、見たいのか?」
「ううん……いや、確かに見てみたいけど、それはまた今度として。どんな形でどれくらいのサイズのものかは知らないけど、見つかったらまずいんじゃないの?」
「ああ、それは確かに」
ラジ館屋上から離れるときに鈴羽が何か操作して「ロック完了!」とか言っていたので内部を見られることはないのかもしれないが、それでも無断であれだけ巨大な構造物を置いているのだ。幸いにも今のところ騒ぎになっていないようだが、だからといって放置しておくわけにもいくまい。
「鈴羽」
「ん?」
「一応聞くが、お前の乗ってきたタイムマシンも時間軸移動は可能でも座標軸というか、出現位置は変更できないのか?」
「うん。設定次第である程度操作できる機種もあるみたいだけど、うちのタイムマシンは時間軸移動しかできないって言っていた」
「『うちのタイムマシン』って凄くファンタジーな言葉よね」
「言うな」
そのファンタジーを実現したのは俺と紅莉栖とダルなのだ。
もちろんそのことは紅莉栖にも説明してあるので、それ以上突っ込んでくることもない。
しかしまあ、確かにアレを何とかしないと行けないことは確かだ。移動することは難しいとしても、なんとかカモフラージュを――
「ねえねえ、オカリンおじさん」
「何だ? というかその呼び名はやめろと言っただろう!」
「ああ、そうだっけ。えっと、岡部倫太郎」
「あー……とりあえずそれでいい」
「あれ、鳳凰院じゃなくていいの?」
「ええい、五月蠅いわ! それでどうした、鈴羽」
紅莉栖との言い合いは後回しだ。気づけばもうラボが見えるあたりまで来ていることだし、こんなところで騒いでいたらご近所からミスターブラウンのところに苦情が行くかもしれない。そうするとどうなるのか、そんなことは考えるまでもないのだ。
そんなわけで俺に問われた鈴羽はと言うと、なにかこう――身構えていた。
「……どうした?」
そこにいる鈴羽はさっきまでの明るく元気な鈴羽ではなく、まるで戦士の――そう、俺がα世界線で出会い『バイト戦士』と名付けたあの阿万音鈴羽のようだった。
「ラボを出るとき、電気は消したよね?」
「ああ。それが……え?」
鈴羽の言葉に導かれるようにラボの窓を見てみると、明かりがついていた。
もちろん、消し忘れとかそんなことはない。日々の開発資金の捻出に苦しむ我がラボにとって、電気料金の節約は最優先事項なのだ。
ついでに言うなら、全員退出すると言うことでラボの鍵も紅莉栖が閉めていた。
「まゆりはさっき家に着いたというメールをくれたし、ダルももう秋葉原にはいない」
「……え、あんた橋田にそんな報告貰ってるの?」
「違うわ、そんな気持ち悪いもの受け取るか!」
ちなみにダルからきたメールの内容は『リア充爆発しろ、僕は家に帰ってモニタの中の嫁と仲良くするお!』だった。そんな報告も貰いたくない。
「そうすると、やっぱり……」
「さては、未来ガジェットを狙った侵入者か!?」
「いや、それはない」
ええい、いつになっても風情とか機微とかを理解せんやつだ。その点鈴羽はひと味違う。
「やっぱり侵入者?」
「その通りだ、バイト戦士よ。不埒なものに鉄槌を下さなければ」
「オーキードーキー! まかせといて!」
そう言うと鈴羽はまるでロケット弾のように飛び出した。そして瞬く間にビルの前に到着し、階段の影から上を確認して安全をしてから素早く駆け上る。
「岡部、いいの?」
「何がだ」
「阿万音さん、行っちゃったけど」
「安心しろ。やつはいっぱしの戦士だ。こそ泥ごときに――」
「いや、そうじゃなく。確かにまゆりと橋田は家に帰ったのかも知れないし、桐生さんもアパートにいたけど」
「うむ。だから――」
「漆原さんとフェイリスさんは?」
「……鈴羽、ストーップ!」
近所迷惑など顧みずに大声で呼びかけながら鈴羽を追いかけてみるものの、そこは所詮運動不足の大学生。鈴羽のような高速移動ができるわけもない。
それでも何とか必死になって階段を駆け上がり、鈴羽が突入するときに開け放ってそのままだったのであろうドアから中をのぞき込むと――
「やったよ、岡部倫太郎! 侵入者は見事に捕獲!」
そう言って得意げに笑顔を浮かべる鈴羽と。
「……凶真、これはどういうことかニャ?」
完全に押さえつけられつつも俺の方を睨みつける、フェイリス・ニャンニャンの姿があった。
◇
紅莉栖も合流して鈴羽にフェイリスを紹介し、決してラボの機密を狙った闖入者などではなくラボメンナンバー007のれっきとしたラボメンであり、近所にあるメイド喫茶『メイクイーン+ニャン2』のトップメイドであることを説明して介抱したことに俺のしたことは――
「すまなかった!」
平謝りだった。
今回のことに関しては、鈴羽の暴走があったとは言え俺の判断ミスが原因の一つだったことは紛れもない事実である。となれば変な意地を張らずに謝るのが人の道というものである。
「仕事が終わってちょっと寄ってみたらこの仕打ち……これはもう、お店のお客さんに泣きつくしかないニャ!」
「いやほんとごめんなさいそれだけは勘弁してください」
全力で平謝りだった。平謝りって言うか土下座だった。
先にも言ったとおり――というか今更言うまででもない事実だが、フェイリスはメイクイーンのナンバーワンメイドであり、かなりの数のファンを持っているのだ。そんなフェイリスに危害を加えたという噂が立ってしまっては、俺は秋葉原を歩けなくなる。
それはいくら何でも大げさかも知れないが、自他共に認めるフェイリスの熱狂的ファンであるダルに殺される。こっちは割と大げさじゃないところが恐ろしい。
「しかし、来るなら来ると言ってくれればこんなことには」
「『ラボメンなのだから断りなど要らない、いつでも好きなときに来ればいい』と言ったのは凶真だニャ」
「その通りです、ごめんなさい」
もう全身全霊で平謝りだった。
ちなみに鈴羽も最初は一緒に謝っていたのだが、「誤解だってわかってくれたならいいニャ」とか割とあっさり介抱されていた。何故だ。直接的にフェイリスに攻撃していたのは鈴羽だというのに。
「でも、鍵は? 確かにかけてから出たと思ったんだけど」
「ふふん、早くも老化症状か?」
「私はあんたより年下だ!」
「凶真、誰が立っていいって言ったのかニャ?」
「いえ、言われていません。ごめんなさい」
くそ、この性悪猫娘め。
フェイリスとの付き合いもそこそこ長い――というか知り合ってからの期間だけで考えれば紅莉栖よりも長いので、こいつが言うほど怒っていないことはわかっている。怒ってはいないが、俺をからかって遊んでいるのだ。ええい腹が立つ。
しかしながら今回は全面的にこっちが悪いので、強く出るわけにもいかない。
とは言ってもずっとこのままというわけにもいかないことはフェイリスもわかっている。
さすがにもう俺をからかうことにも飽きたのか、「しょうがない、許してあげるニャ」などと言ってから紅莉栖の方へと向き直る。
「それで、クーニャンの質問なんニャけど」
「ええ」
紅莉栖が返事をすることを確認してから自分の服のポケットに手を入れ、銀色の物体を取り出した。
「合い鍵はゲット済みニャ」
「岡部!」
「知らんぞ俺は!」
「私は貰ってないわよ!?」
「怒る場所そこか!?」
何だかもはや恒例となりつつあって色んな意味で勘弁して欲しい紅莉栖の理不尽な怒りだが、今それよりも問題なのは。
「フェイリスよ。『ゲット済み』というのは――」
「まあ、お察しの通りダルニャンから貰ったんだけどニャ」
「ダルー!!!!!」
あいつはこのラボのセキュリティをなんと心得ているのか。
いや確かにフェイリスはラボメンだし必要と言うことであれば合い鍵を渡すこともやぶさかではない。でも渡すなら渡すで、前もって話しておけと言うのは理不尽な要求ではないと思う。
「返した方がいいかニャ?」
「ああ、かまわん……もうあれだ、みんなに配ろう」
合鍵をそんなにほいほい作っていいものなのかという話もあるが、なんかもうどうでもいい。
「そういうわけだ。聞いてたな?」
「いや別に、私はそんな無理に合鍵を貰おうとは」
「……今更何を言っているのだ、お前は」
こいつが天才少女ということが、最近実に疑わしくなってきている気がする。
いや、未来ガジェット開発や各種研究の話を聞くに天才なのは紛れもない事実なのだが――いや、逆に天才だからなのかも知れないが、普段は割とアレである。俺に言われたくないかも知れないが、紛れもない事実だ。
「ああ、そうだ。フェイリスよ」
「ん? 凶真がまた新しい子を連れ込んでクーニャンおかんむりだから仲裁して欲しいって話かニャ?」
「そんなことは言っとらんというか、人聞きの悪いことを言うな!」
「そ、そうよフェイリスさん。何を根拠に――ッ!」
ええいくそ、こいつ相手に少しでも気を抜くとすぐこれだ。もういい加減遅い時間だし、さすがに疲れた。さっさと用事を済ませて飯を食ってゆっくり休みたい。
仕事帰りに遊びに来たフェイリスを追い払うようで申し訳ないが、とりあえず用事を済ませて貰おう。
「フェイリスよ、頼みがあるのだ」
「ニャ?」
「我が未来ガジェット研究所の機密保持のために手を貸して欲しいのだが――」
「まさか……『あれ』が完成したのかニャ?」
「いや、リアルな話で」
「凶真は最近ノリ悪いニャ」
思わず素で言ってしまったが、確かにそうかもしれない。今疲れているのは事実だが、これから頼み事をしようと思う相手の流儀に従うというのは理にかなった行動だろう。
そんなわけで俺は白衣の裾をばさりと翻し、鳳凰院モードでフェイリスに向き直る。
「ふっ……それはすまない。しかしそれも“奴ら”を欺くための方策なのだ」
「フフッ、わかってるニャ。凶真がこの私の手を借りたいって言うことは、“奴ら”の手がこの秋葉原に――」
「ねえねえ、牧瀬紅莉栖、。“奴ら”って?」
「あの二人のが言うことは七割ぐらい気にしなくていいから」
やりにくいにも程があった。
紅莉栖の冷めた視線はそれなりに対処もできるが、鈴羽が実に扱いにくい。
いや、扱いやすいと言えば扱いやすいのだが、ちょっと調子に乗るとさっきのラボ突入みたいに暴走するし。
未来のダルの子育てについて意見をしたくなったが、それはまた別の機会にしよう。
「ともあれ、ラジ館屋上にあるものは我がラボ未来ガジェット研究所の所有物なので保持しておいて欲しいのだが」
「……ニャ?」
道すがら話していたタイムマシンの保持方法。正直何から手をつけていいのかわからなかったが、フェイリスだったら――メイクイーンのナンバーワンメイドではなく、実は秋葉原の大地主というチートクラスの地位と権力を持っているフェイリスだったら助けになってくれるに違いない。
こういう頼り方をするのは胸も痛むが、タイムマシンという世紀に大発明を取り扱うのだから余り手段を選んでいる余裕はない。
「サイズがかなり大きいし移動も困難なので、とりあえずカモフラージュ――」
「待つニャ、凶真」
「え?」
また言葉を遮られた。
またいつもの感じのトークが始まるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
フェイリスは両目をつぶり自分のあごに指を当て、何かを思いだそうとしているかのようにしばらく考え込んでから口を開いた。
「凶真、あのビルを改装するって話は知ってるかニャ?」
「ああ、噂ぐらいは聞いたことがあるな。老朽化とか何とか」
タイムマシン云々というのがなかったとしても、あのビルはUPXなどの新しい高層ビルができるまでは秋葉原のランドマーク的建物として愛されてきたのだ。
確かにあの古さでは建て替えもやむを得ないと言うことは理解しているつもりだが、どこか寂しいのもまた事実である。
「うん。実はその関連でちょうどさっきまでラジ館にいたんだけど――」
そう言ってフェイリスはもう一度考え込み、首をかしげながら言葉を続けた。
「屋上にそんな大きなものなんて、何にも無かったニャ」
◇
フェイリスの言葉を聞いて数十分後、俺たち――俺と紅莉栖、それに鈴羽はラジ館屋上に舞い戻っていた。本来ならば営業時間もすぎたビルの屋上に入ることなどできないのだが――というか昼間でも屋上は基本的に立ち入り禁止ってことになっているのだが、とにかくそこはフェイリスに話を通して貰った。
ちなみにそのフェイリスはと言うと、俺たちの様子を見て「詳しいことは聞かない方がいいみたいだニャ」と言って自宅に帰った。確かに詳しいことを聞かれると困るのは事実だが、仲間に隠し事をしているというのは何とも後ろめたいものである。いずれラボメンにはある程度の情報を伝えるべきなのかもしれない。
ともあれ、そんなフェイリスの心遣いもあってラジ館屋上にたどり着いたのだが。
「……ない」
鈴羽の言葉が示すとおり、そこには何もなかった。
普段は立ち入り禁止の雑居ビルの屋上。そこには何の荷物も――人工衛星と見間違うような形状をしたタイムマシンも置かれてはいなかった。
破壊された、とかそう言うことではない。残骸はおろか、そう言った作業があった形跡も見られない。ではどこかに撤去したのかと考えてみても、あれを動かそうと思ったらかなり大型のクレーンやトレーラーが必要になるだろう。
そしてそんな作業をしていたとしたら、それなりに騒ぎになるはずなのだ。
いくら考えてみても、あのタイムマシンを物理的にどこかに移動させたと言うことは考えにくい。
しかし、あれはタイムマシンなのだ。「別な場所に動かす」ではなく「別な時間に動かす」ということならば、操作するだけですむ。
そう思って鈴羽の方を見ると、鈴羽もまた俺と同じことを考えていたらしい。
「プロテクトがしっかりかかっていたはずなのに……」
「いったいどんなものだったんだ?」
「生体認証なんだけど――、未来の岡部倫太郎と牧瀬紅莉栖と、それに父さんが組んだ世界最高のプロテクトが――」
そうは言ってみても、ここにはタイムマシンは存在しない。
確かにそのプロテクトが――他ならぬ俺たちが作ったプロテクトは組んだプロテクトは高度なものだったのだろうが、それを突破した人間がいると言うことだろう。
再会して以来ずっと明るく楽しそうだった鈴羽が青ざめ、泣きそうになっている姿を見ると心が痛む。それは紅莉栖も同じようで、怒りをこらえているような表情をしている。
他ならぬ俺たちが作り、その理由はともあれ、鈴羽が使ったタイムマシンを盗むという卑劣な犯行。犯人が誰かはわからないが、断じて許すわけにはいかない。
タイムマシンを悪用しようなどと考えるやつは――いや、そうじゃない。我がラボの仲間を――しかも他ならぬ俺の親友での娘を悲しませるような人間は、例え誰であろうと許すわけにはいかない。
そんなことを思っていると、電子音――メールの着信音が鳴り響いた。
俺のものでも、紅莉栖のものでもない。鈴羽の携帯への着信音だった。
「オカリンおじさん……これって」
「ああ、そういうことだろうな」
鈴羽がこの時代に来てまだ半日程度。その鈴羽のメールアドレスを知っている人間がい るとすれば、それは鈴羽と同じ未来人――恐らくはタイムマシンの強奪犯だろう。
「見てみましょう」
「……うん。じゃあいっしょに」
「無論だ」
そして紅莉栖の言葉に導かれるように鈴羽の側に寄り、三人で顔を寄せ合って鈴羽の携帯をのぞき込む。新着メールは一件。
「じゃあ、開くよ」
「ああ」
そして鈴羽は、メールを開いた。
−−−−−−−−−−−−−−−
from:父さん
sub :鈴羽へ
タイムマシンは回収します。
お前はそこでしばらく頭を冷やしてきなさい。
−−−−−−−−−−−−−−−
メールを読み終わった。
「えーと、つまり」
さすがの紅莉栖もなんと言ったらいいのかわからないのか、複雑な顔をしている。
もちろん俺だって困っている。
しかしよく考えてみると、単純な話なのだ。
タイムマシンと言う特殊な――特殊すぎる要素があるから複雑な問題として受け止めてしまうのだが、それを除けばごく単純でありありふれた話なのだ。
つまり、父親と喧嘩した娘がカッとなって家出したら「帰ってくるな」って言われたっていう。
そして、そんな現実を突きつけられた家出娘はと言うと。
「父さんのアホー!!!!!」
ラジ館の屋上で空に向かって絶叫していた。
つづく
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