Happy Birthday Kurisu


 二〇一二年七月某日。この俺、狂気のマッドサイエンティストこと鳳凰院凶真は我が頼れる右腕であるスーパーハッカー・ダルと極秘任務を――
「相も変わらず厨二病乙。スーパーハカーじゃなくスーパーハッカーと言うようになったことについてだけは褒めてやってもいい」
「ええい、人のモノローグに割り込んでくるなと何度言えばわかるのだ!」
「だったら心の中でだけやって欲しいわけだが」
「なん……だと……?」
「いや、最初は確かに喋ってなかったけどジェスチャー付け始めたと思ったらいつも通り喋ってたし。ていうか、この会話何度目だって話ですよ」
「くっ、ラボの責任者に対してその反応。まさかダル、貴様このラボの長の座を――」
「いや、そんなもんいらんし。ていうか、なんなら僕はこのまま帰ってもいいんだお?」
「あ、すまん。すみません。もうちょっと手伝ってくれ」
「オカリン……」
「ええい、言うな! あとそんな目で見るな! この極秘作戦を成功させるためならば、どんな恥辱も甘んじて受けようと心に決めたのだ!」
「任務と作戦のどっちなのか。ていうか、要するに牧瀬氏の誕生日だからサプライズしかけようと思ってパーティーの準備してるだけっしょ?」
「しっ! そのような大声を出して、誰かに聞かれたらどうする!」
「いや。誰かもなにも、オカリンが今日は人払いしたんじゃん。『明日は極秘任務を行うので何人たりともラボには近づかないように!』とか言って」
「うむ。一応階段下には赤外線センサーも設置してあるが……」
「ワゴンセールで980円だったやつな」
「五月蠅いわ! とにかくこの作戦は誰にも気づかれるわけには――」
「オカリンさ」
「何だいったい」
「気づかれてないと思ってる?」
「……」
 思わず黙り込んで目を逸らしてしまった。
 いや確かにそう告げた時のラボメンの反応は偉く微妙だった気もするが。
 萌郁とルカ子は普通に了解してくれたが、フェイリスはいつものごとく意地の悪い笑顔で「一体何をする気かニャー?」とか言っていたし、まゆりにいたっては「オカリンとクリスちゃんが仲良しで嬉しいのです」って。まゆりは幼なじみでラボメンで大切な存在であることは間違いないが、もうちょっと空気を読んで欲しい。……いやでも、そこでまゆりに空気を読まれたらそれはそれでショックな気もするが。
「しかし紅莉栖は……」
「三日前からラボに来てないよな」
「ああ……」
 サプライズパーティーを行う際に一番気をつけなければいけないことは、言うまでもなく『本人に気づかれないこと』だ。極端な話、他に人間にはばれていても本人に気づかれなければサプライズは成立する。
 するのだが。
「もう、一ヶ月ぐらい前からそわそわしてたし」
「言うな……」
 正確に言うと、一ヶ月より前だし。先月の六日が閃光の指圧師こと桐生萌郁の誕生日だったのでシスターブラウンも招いて――ちなみにミスターブラウンも誘いはしたのだが、「俺は店番があるからよ」などと言われて断られた。照れくさいだけだと思うが。
 とにかくそんなわけで萌郁のバースデーパーティーをラボで行ったわけだが、それが終わった当たりから挙動不審だった。誕生日とかパーティーとかその手の単語がでる度にビクッと反応していたし、そのくせ話題を振ると「ふーん」とか「さあ」とか言って話題を逸らしていたし。
「かと言って、ここで何もせんわけにはいくまい」
「ひゅーひゅー、愛がシビレるぅ!」
「五月蠅いわ! そっちの時も手伝ってやったんだから、こっちも手伝え!」
「だから今こうやって手伝っているわけだが」
「……それについては感謝しておこう」
「男のツンデレとか嬉しくないよな」
「五月蠅いわっ!」
 などと言い合いながら準備を進める。
 とは言っても所詮は一介の大学生、まさか彼女の誕生日に高級レストランの予約を取っていたりするわけでもない。いや、そういうことしているやつもいるんだろうが、俺には無理だ。
 そんなわけで、俺はダルに手伝って貰ってラボ内で料理や片付けをしているわけだが。
 男二人でパーティーの準備とか客観的に見るとシュールな絵面だが、しょうがない。まゆりや萌郁に手伝いを頼むと大変な惨事が目に見えるし、かといってルカ子やフェイリスに頼むと俺の方が手伝いに回らざるを得ないし。
「うし、こっちは終わったお」
「俺の方も完了だ。あとはケーキを出すだけだな」
「……ロウソクは?」
「無論十七本立ててある」
「まだそのネタ引っ張るん?」
「いいだろ、別に」
 もちろん二十本分用意はしてあるし、ロウソクに火をつけるのはそれらを全て立ててからだ。
 ダルが言うようにラボメンならばもう見飽きたやりとりかも知れないが、それだけ欠かせないコミュニケーションの一つなのだ。
「それじゃ僕は行くお」
「予定より早くないか?」
「いや、ほら」
 そう言いながら窓の影から外を指差されたのでそっとのぞき込んで見る。
「あいつ」
 少し離れたところに、本日の主役である紅莉栖が立っていた。一応電柱の陰に隠れてはいるものの――より正確に言うと隠れているつもりだろうが、頭隠して尻隠さずどころではなかった。というか、割と頻繁に頭を出してこっちの方をちらちらと見ている。
 とりあえず気づかれないように窓から離れ、電話をかける。
『も、もしもしっ!?』
 ワンコールで出た。
「あー、その……紅莉栖か?」
『え、ええ。そうだけど?』
「今どこにいる?」
『どこって、えーと……中央通り』
 思わず嘘付けとつっこみそうになったが、何とかこらえて話を続ける。
「ラ、ラボに来られるか?」
『……うん』
「じゃあ、十分後ぐらいに来てくれ」
『わ、わかった』
 用件を伝えて電話を切り、携帯電話をポケットにしまう。
「付き合いはじめてそろそろ三年目になろうというのに、この初々しさである」
「五月蠅い、とっとと出て行け」
 そしてまたいらんことをほざくダルにそう言い放ちながら窓の外を覗いて見ると、紅莉栖はスキップしそうな足取りで中央通りの方に向かうようだった。恐らくは自分のとっさの嘘にリアリティを出すための工作だとは思うが、それはこちらにも都合がいい。
「じゃ、僕は行くお」
「紅莉栖は中央通り方面に向かった」
「じゃあ僕はメイクイーンに――」
「今日のことは他言無用だぞ」
「……わかったお」
 全く、油断も隙もない。こいつ明らかにフェイリスあたりに今日のことを面白おかしく話すつもりだったぞ絶対。
「もしこの機密を漏らした場合、お前と阿万音由季のあれこれも――」
「オーキードーキー。命に代えてもこの秘密は守り抜くお」
 ダルはその分厚いというか太った胸板を叩いてそう誓ったが、実際にフェイリスに詰め寄られたらあっさりと秘密を漏らすだろう。しかしあいつもあれでその辺の仁義はわきまえているというか――まあ要するにそう言うことは俺や紅莉栖という当事者から聞き出そうとすると言うだけの話なのだが、これはこの際どうでもいい。
 ダルが手早く支度をしてラボを出て行き、そして数分経ったところでドアが向こうからノックされる。
 普段はルカ子ぐらいしかノックなんかしないこのラボのドアを叩いたのが誰かなんて考えるまでもなく。
「はい」
「私だけど……」
「うむ、入るがいい」
 そしてそんな俺の声に従ってドアを開けた紅莉栖に対して、俺は手に持ったクラッカーを鳴らし。
「ハッピーバースデーだ、紅莉栖」
 精一杯の笑顔でそう告げた。
「……うん、ありがと」
 紅莉栖の笑顔のその後は、機密事項なので誰にも教えるわけにはいかない。



後書きとおぼしきもの


 二年目の紅莉栖誕生日記念SS。紅莉栖の出番ほぼ皆無ですが!
 去年の誕生日に公開したSSは内容が誕生日と関係なかったけど紅莉栖の出番は多かったので、足して二で割ったらちょうどいいってことにならんか。
 というか、最近オカリンとダルの会話が書くの楽しくてなあ。
 まあ、普通に紅莉栖といちゃいちゃしてるSSとかは他の人が書いてるよきっととかそんな感じで。

2012.07.25  右近