暴風雨の夜


 未来ガジェット研究所の所在地は、言わずとしれた秋葉原である。従って俺をはじめとしたラボメンたちも秋葉原にいることは多いが、秋葉原に住んでいるメンバーというとフェイリス、ルカ子、萌郁、それに次いでお茶の水のホテルで暮らしている紅莉栖ぐらいだ。
 ダルも山手線圏内ではあるが別だし、俺とまゆりは池袋である。バイト戦士の住んでいる場所は知らないが、とにかくそんなわけで秋葉原以外にいることもある。というか確かに今は夏休みなので俺もダルもラボに泊まり込むことが多いが、それでも家に帰ったりはするのだ。
 そんなわけで俺は地元である池袋を歩いていたら、珍しい人物を見かけた。
 すらりとした身体と綺麗な長い髪。それになにより生意気そうなその立ち姿。
 齢十八の天才少女。脳科学の世界的権威でありラボメンナンバー004。牧瀬紅莉栖その人だった。
「……」
 一応二度見してみたが、やっぱり紅莉栖だった。ああいっては見たものの、秋葉原以外を――しかも自分の家のある地域を紅莉栖が歩いているというのはどうにも見慣れないというか落ち着かないというか。どうやらこちらには気づいていないようだが、見かけたのに知らんぷりというのもあれである。
「……クリスティーナ」
「え? って岡部!?」
 歩み寄って呼びかけてみたら、驚かれた。アメリカ育ちだからと言って大げさすぎて、オーバーリアクションにも程がある驚き方だった。
「ななな何で岡部がここに」
「何でも何も、俺の家は池袋だ。知らなかったか?」
「知らないわよ」
 そういえば言ってなかった気もする。とは言っても別に自分から言ってまわることでもないだろうし、俺が紅莉栖の住んでいるホテルを知ったのもこの前の騒動――未来ガジェット12号機から始まり13号機や14号機も絡んで大変なことになったあの事件がなければ知ることはなかっただろう。あまり思い出したくはないが。出来ることならディラックの海に沈めて二度と引き上げたくはない。
 さておき紅莉栖である。確かに紅莉栖の仮住まいがお茶の水だとはいえ、その周辺から出てこないと言うわけではない。それは前に述べた通りではあるが、自分が住んでいる地域から出て別なところに行くときには理由というものが存在する。
 じゃあ今回紅莉栖が何故池袋まで来たのかというと――
「さすがだな、クリ腐ティーナ」
「ななな何をわけのわからないことを! 証拠は――」
「いや、両手にアニメイトとK−BOOKSの袋を提げて言われても」
 隠す気ないだろうお前。
 そう突っ込んでやりたかったが本人はそんなつもりはなかったらしく、言われて気づいたのか自分の体の陰に隠そうと一生懸命になったりしたが、少しして無駄と気づいたのか俺の方に向き直った。
「なによ、両方とも秋葉原にある店じゃない」
「……その言い訳に意味はあるのか?」
 天才というのは一分野に特化した人間なのでそれ以外はからっきしという話を聞いたことはあるが、紅莉栖はその典型なのかも知れない。いや、ただ単に正確が単純で嘘がつけないだけという可能性もあるが。と言うかおそらくそれが正解だろうが。
 まあさておき紅莉栖が池袋にいる理由ははっきりした。
 昨日の時点で俺がラボに行かないことを宣言し、まゆりとダルも用事があると言うことだったので一人で池袋まで遠征してきたのだろう。紅莉栖の言う通りアニメイトもK−BOOKSも秋葉原にある。ついでにいうならとらのあなもまんだらけも、ゲーマーズやイエローサブマリンだって秋葉原にはある。だから純粋に買い物をするだけなら秋葉原で済むわけだが、一度は池袋に来たかったのだろう。池袋というかつまり乙女ロードに。
 その満喫っぷりは両手に提げられた大きな紙袋から見てとれる。ダルかお前は。
 しかしまあ紅莉栖が腐女子だということについては今更驚く事でもないというか少なくともラボメンは全員大体察していたが。こいつは本当に隠し事が下手すぎる。
「それで、買い物が終わったので次は執事喫茶か」
「行かないわよ! 私は執事に特別な思い入れとか持ってないわよ!」
「なんだ、乙女ロードの買い物のシメといえば執事喫茶ではないのか?」
「そもそも執事喫茶に予約もなしに入れるわけないじゃない」
「詳しいではないか」
「――っ!」
 嘘がつけないのにも程があると思うのだが。その性格を抜きにしてもこの状況では言い逃れできないと思ったのか、顔を赤くして悔しがりつつも言葉を失っている紅莉栖を見ていると、俺が悪いことをしてしまった気がする。いや実際にした気もしなくはないが。
 さてどうしたものかと空を見上げたら、頬に何かが当たった。
「ん?」
「何よ」
「いや、今何か――」
 降ってこなかったか、と言うより先に。パラパラと音を立てて雨が降り出す。
 そして時を置かずに雨は強くなり、傘を差さずに歩くのは困難になってきた。
「うわ、強いな」
 とりあえず近くの建物の軒先に避難したが、雨宿りするにも限度はあるだろう。気のせいか風も強くなってきた気がする。
「どうしよう……」
「傘でも買えばどうだ?」
 もったいない話だと言う人もいるかも知れないが、濡れて帰るよりはマシというものだろう。セレブセブンティーン牧瀬紅莉栖ともなれば、ビニール傘ではなくまともな傘を買っても困るまい。
「岡部はどうするのよ」
「俺は家が近くだからな」
「え、そうなの?」
「ああ。走れば十分かからない」
 俺も紅莉栖と同じく傘は持っていないが、急いで帰って即刻シャワーを浴びれば風邪をひくこともないだろう。傘買えよと言う話だが、俺は純粋に暇つぶしの散歩にうろついていただけなので持ち合わせがない。平たく言うと財布忘れた。
 そんなわけで雨がこれ以上強くなる前に早く帰りたいのだが、紅莉栖はすぐそこに見えるコンビニにも行こうともせず何事か呟いていた。
「……家、近いのか」
 めちゃめちゃはっきり呟いていた。
 めちゃめちゃはっきり呟いていたので、めちゃめちゃはっきり聞こえてしまった。
 そしてめちゃめちゃはっきり聞こえたので、無視するわけにはいかなかった。
「うち、来るか?」
「ふぇ!?」
 そして聞いてみたら驚かれた。その様子から見るに、さっきの呟きは本当に無意識に呟いただけで何かのアピールとかそう言うわけではなかったのだろう。いやもちろん俺もそんなことを望んでいたわけではないが!
 とにかく、俺としても一度行ってしまったので引くに引けない。
「俺の家だが……少なくともここで雨宿りしているよりはマシだと思うぞ」
 というか、よく考えてみればどこかの店に入れば済む話なのだが。
 なのだが。
「……うん」
 紅莉栖は小さい声で、でもはっきりと通る綺麗な声でそう答えた。

   ◇

「あとちょっとだ! がんばれ!」
 そう言いつつ振り向くと、紅莉栖は息も絶え絶えとまでは言わなくとも相当きつそうにしながらも文句を言ったりせず、走っている。
 俺もそうだが紅莉栖も基本的に頭脳労働者であり、つまり肉体労働は不得手である。要するに体力はない。そんなわけで雨の中を全力疾走とかすれば当然息が上がるわけだが、それでも一応男性なのでまだ余裕はある。
 なのでどうしても俺の方が少し先を走ることになり、目的地にも先に到着することになる。
 そして「ほら、ここだ!」と呼びかけると、紅莉栖は一度俺を見てからラストスパートとばかりにダッシュして駆け込んできた。
「よし、よく頑張った」
 ブレーキを考慮してなかったのか踏みとどまる力も残っていなかったのか、倒れ込みそうになる紅莉栖を半ば抱き留めるような感じで受け止めたが、近くに置いてあったぼろい丸椅子に座らせてやり、電気をつける。
「岡部……ここ……」
「……俺の家だ」
 電気をつけると独特な空間というか、まあつまり。
「我が家は、八百屋なのだ」
 岡部青果店。それが俺の我が家の家業である。
「……どうした?」
 紅莉栖のことなので『鳳凰院凶真さんの家が八百屋さん。ぷぷぷー』とか言ってくるだろうと思っていたのだが、予想していた反応がない。ただ興味深そうにあちこちをきょろきょろしているだけだった。
「そんなに珍しいのか?」
「あ、うん。こういうお店って来たことないから」
 言われてみれば、紅莉栖は日本生まれではあるが最近までアメリカにいたわけだし、そうでなくともうちみたいな昔ながらの『八百屋』っていうのも昨今ではなかなか見かけないだろう。どうせなら商品が陳列してあるところを見たかったかもしれないが、残念ながら今日は営業していないので商品を並べたりはしていない。
「くしゅん!」
「ああ、すまん。とりあえず中に入るか」
「うん……って、その、ご家族は――」
「ああ、安心しろ。両方留守だ」
「え?」
「親戚の法事があるので田舎に帰っている。そんなわけで俺は呼び戻され――って、どうした?」
 紅莉栖がなんだか硬直していた。雨が降り出したあたりから紅莉栖の様子は変だったが、それがきわまった感じで変だった。呼びかけてみても返事がないというか上の空で、何の反応も返ってこない。
「……紅莉栖?」
「あ、ああ、岡部。何?」
「『何?』ではなく。どうしたのだ、なにか気になることでもあったか?」
 考えてみると、まゆり以外の友人を連れてきたのはいつぶりぐらいだろうか。小学生の頃は近所の友達が来たりもしていたが、中学生になってからは家業が何となく気恥ずかしくて友達も連れてこなかったし、高校の頃はダルとばかりつるんでいたので池袋というとその手の店に行ったり、もしくは秋葉原遠征することが多かった。
 そう考えてみると、家に誰か連れてくると言うのは本当に久しぶりのことだ。
 何か俺の気づかない変なことでもあったのかと若干不安に思いつつも聞いてみると、紅莉栖は若干俯きながら答えてくれた。
「それって、二人っきりって、ことよね」
「ぶっ!」
 吹いた。人間は驚いたとき意識せず吹き出すものだと齢十八にして体感した。
「な、なにをわけのわからないことを言っているのだ、このHENTAIメリケン処女が!」
「う、五月蠅いわね、ちょっと気になっただけでしょ!」
「我が家には雨宿りしに来ただけだろうが。変な想像ばかりするな!」
「事実をありのままに報告しただけで――くちょん!」
「……とりあえず、ここで言い争うのも何だし中に入ろう」
「そ、そうね」
 初っ端から色々不安だったものの、かくして俺は紅莉栖を我が家に招き入れたのであった。

   ◇

 紅莉栖とのわけのわからない言い争いを終えても、問題はまだ終わってはいなかった。
 外出した俺が傘を持っていなかったことからわかる通り、俺は今日雨が降ることを知らなかった。
 もちろん神ならざる人の身では、いかに狂気のマッドサイエンティストであろうと天候予知など出来るわけはない。更に言うなら今朝両親を見送った後に二度寝してしまったので天気予報も見ていなかった。
 更に言うなら母親が出かける前に干していた洗濯物を『昼には取り込みなさいよ』と言われていたのもすっかり忘れていたということである。そう言えばその時『今日は夕方雨が降るらしいから』とか言っていたのを今思い出したりもしたが、後の祭りというヤツである。
 つまり、目の前にある洗濯物は残らずぐしょ濡れで着替えの役には立たないということである。着替えはほとんどラボに持って行っちゃったしなあ。
 俺の分はパジャマ代わりのTシャツとハーフパンツでもいいとして……さすがに紅莉栖に着古したよれよれのTシャツを渡すのは気が引ける。
 ちなみにその紅莉栖が今どうしているのかというと……風呂に入っている。別に変な意味はない。ただ単に紅莉栖がくしゃみして風邪を引きそうだったからである。紅莉栖はまた「お風呂!?」などと妙に反応していたが、特に他意があるわけではない。ちなみに俺は風呂にお湯を入れる時にシャワーを浴びたので問題ない。いや別に紅莉栖の後に風呂入るのは緊張するとかそんなことではない。あくまで効率を最優先した結果なのだ。信じろ。
 さておき、着替えである。
 洗濯物が全滅している以上紅莉栖に渡せるような服はなく、過去の俺に『出かける前に洗濯物を取り込んでおけ』もしくは『出かけるときは傘を忘れるな』というDメールを送ろうにもここは我が家であり今のラボは留守である。よって電話レンジの設定は不可能だ。というかさすがにその使用法はのび太の『宿題やるの忘れてたからタイムマシン』以上にろくでもないので却下である。
 となると着替えを用意するしかないわけだが。
「……むう」
 普段使ってない洋服ダンスを開け、俺は考え込んでいた。



 そして数分後。
 熟慮の末に着替えを選定し、紅莉栖が使っている風呂場に向かい。
 風呂場の中に知覚を極力向けないように努力しつつ脱衣所の扉をノックしてから開け、不用意なお約束に遭遇しないように細心の注意を払いながら脱衣場の床に着替えを置いて『着替え、ここに置いておくからな』と言ってからさらに数分後。
 リビングなどと言うシャレた呼び名は間違っても似合わない、我が家の居間でテレビを見ていたら――正直なところ番組の内容などちっとも頭に入ってこなかったので『見ている』というより『眺めている』という感じだったが、とにかくそんな風に過ごしていると、足音が聞こえてきた。
 誰の足跡か、などと考える必要はない。現在我が家には俺の他にはもう一人しかおらず、ついでにいうとその足音は風呂場からこちらの方に向かっている。いや、たいそうな説明をしてみても所詮は日本の庶民の一軒家なので数歩も歩けば辿り着いてしまうわけだが。
「お風呂、上がったわよ」
「う、うむ」
 なんだかうわずっている紅莉栖の声に、振り返ることなくそう答える。
「使ったタオルとか、籠の中で良かった?」
「あ、ああ」
 断じて振り返ることなくそう答える。
 ちなみに現在の位置関係をわかりやすく説明すると

 紅莉栖→     俺→   テレビ

 となる。矢印は見ている方向だと思っていただきたい。
 幼い頃、母親に呼びかけられてもそっちを向こうとしない父親が変な風に見えたものだが、ようやく父親の気持ちを理解できた気がする。いや多分違う。と言うか俺と紅莉栖は夫婦とかそう言った関係ではない。断じて。
「き、着替え、ありがと」
「う、うむ」
 そろそろ振り返らないと不自然な気がしてきた。
 というか紅莉栖にしてみると自分はあくまでこの家に招かれた客であり、家主は俺である。母親のように父親が素っ気なかったら無視して部屋に入ってくるとか怒るとかそう言うことも出来ないだろう。俺と紅莉栖は断じて夫婦じゃないわけだし。
 よし、振り向こう。
 紅莉栖にばれないように軽く深呼吸をして心を落ち着け、極力不自然に見えないように気をつけながら紅莉栖の方を向いた。
 そこには紅莉栖がいた。そりゃそうだ。
 もうちょっと詳しく言うと俺の用意した着替えを着用した紅莉栖が立っていた。
「き、着替えがなかったもので高校の時に使ってクリーニングに出したけど卒業後には着る機会の無かったYシャツだ。汚くはないと思うぞ」
「う、うん。大丈夫。ありがとう」
 不自然きわまりない会話だった。俺は我ながら説明台詞過ぎるし、紅莉栖はなんだか恥ずかしそうだし。
 そりゃそうである。今紅莉栖が着ている服は、俺が説明した通りなのだ。それ以上のものはないのだ。
 つまり、その、なんだ。
 紅莉栖はYシャツを着ていた。俺が昔使っていたものを。あとハーフパンツは奇跡的に新品のがタンスに残されていたのでそれを渡した。
 シャツとハーフパンツとか、高校時代は学校から帰った後家の中で良くしていた格好であり、見慣れた格好である。なんてことのない格好である。
 しかしここで想定外の問題が発生する。俺と紅莉栖の身長差は二十センチ近く、それは高校の時の俺相手でもさほど変わらない。
 つまりどういうことか。高校時代の俺にぴったりだったYシャツは紅莉栖にとっては大きいものであり、そもそも男性用なので女性な上にほっそりとした紅莉栖が着るとぶかぶかになり。
 なんかもう、やばかった。色々と、やばかった。
 襟元は第第一ボタンしか開けていないがそれでも襟があごの辺りまで言っているので埋もれているように見え、袖丈は当然余り、もちろん裾も余っているので太股の方まで隠れているのだが、結果としてそれはハーフパンツも隠すことになり、まるで紅莉栖がYシャツしか着てないように見え。
 更に言うならいつもはストッキングをはいている紅莉栖の足も出ていてすらっとながくてつまさきもちっちゃいなあ
「お、岡部」
「う、うむ。何だ?」
 思考がどこかに飛んでいきそうになったところで呼びかけられたので、危ういところで意識を取り戻す。
 何を考えていたのだ、岡部倫太郎もとい鳳凰院凶真。変な気持ちで用意した服ではないのだから、それを着た紅莉栖を見て変な気持ちになるというのは論理的におかしい。例えふとももが見えそうで見えなかったけどちらっと見えたりしても関係ない。
 そんなわけで冷静になった俺は紅莉栖の言葉を待つ。
「に……似合う?」
「うむ。思わず見とれ――」
「え?」
「いや、なんでもない!」
 何を言っているのだ俺は!
 本来予定していなかった台詞が全くの無意識でこぼれ落ちそうになった。危ないところでとどめたが。とどめられてない気もするが。
 とにかく冷静に、冷静になるのだ岡部倫太郎。違う鳳凰院凶真。世界に混沌を導くという使命を忘れたのか。決してそんな雨の日に誰もいない自宅でYシャツしか着ていない――違う、ハーフパンツも履いている。とにかくそんな紅莉栖と一緒にいるぐらいで動揺していてはいけない。
 しかし、そんな俺の動揺を紅莉栖は見逃したりしなかった。
「ねえ、今なんて言ったの?」
「な、なんでもない! とにかく風呂を上がったのならお茶と茶菓子を出すから――」
「いや、いいから。それより今の――」
「ええい、しつこいぞ!」
 戦略的一次撤退を計る俺と、それを阻止しようとする紅莉栖。
 そんな構図のまま俺は立ち上がろうとし、紅莉栖は駆け寄ってくる。そしてお互い不安定な体勢で接触した結果、視界は回転し――
「おわっ」
「きゃっ!」
 もつれるように転び、俺はテーブルの端に背中をうちつけることになった。
「いてててて……」
「お、岡部。大丈夫?」
「ああ、少し打っただけだ。心配するな」
 心配そうに聞いてくる声にそう答え、痛みをこらえて前を見る。
 紅莉栖の顔が至近距離にあった。
 そりゃそうである。二人も連れるように転びそうになったとき、テーブルにぶつかりそうだったので反射的に紅莉栖をかばったのだ。その頭を抱きかかるようにして。
 抱きかかえたんだから目の前に紅莉栖の顔がある。それは至極当然な事実である。
 しかし自分が招いた状況とはいえどうすればいいのかわからず硬直していると、俺の胸を叩かれた。叩かれたとは言っても力は弱く、それは幼い子供のようであり。
「心配……させんな、バカッ!」
 紅莉栖の声も、まるでか弱い子供のようだった。
 そして間近にそんな紅莉栖の不安そうな顔を見てしまった俺は、そのまま紅莉栖を抱き寄せ。
 紅莉栖は一瞬驚いたような表情を見せた後、その目を閉じて。
 そして――
「オカリン、凄い音したけど大丈夫―?」
 ばたばたという足音とともにまゆりが駆け込んで来たので飛び退いた。
「だ、大丈夫だ。ちょっと転んだだけだ!」
「なんだ、よかったー」
 そして俺の返事を聞いたまゆりは安心したようににっこり笑う。
「それよりどうしたのだ、まゆり」
「えっとねえ。オカリンのお母さんから電話があって、『どうせ倫太郎は洗濯物取り込むの忘れてるから見てきて』って」
 うむ、我が母よ。その予測は確かに正しかったが、それだったら雨が降り出す前に俺に電話をして欲しかった。
 そしてそんなことを思っている間にまゆりは紅莉栖にいつもの挨拶をする。
「クリスちゃん、トゥットゥ……るー?」
「こ、こんにちは、まゆり。ど、どうかしたのかしら?」
「クリスちゃん、その格好……」
 さすがのまゆりも見逃せなかったらしい。先に書いた通り、高校時代の俺は家の中ではこういう格好でいることも多かったので、まゆりも何度か見かけているのである。そんな格好を紅莉栖がしていて――というか背丈の関係で前述したように見えるわけで――
「ち、違うのよまゆり! 雨に降られてしょうがなく岡部の家に来ただけであって!」
「そ、そうだぞまゆり! そして母さんが危惧した通りうっかり洗濯物を取り込み忘れてこれしか着替えがなかっただけで!」
 嘘はついていない。全て間違いなく真実である。そしてそんな俺たちの必死の弁解を聞いたまゆりはというと。
「でも、それだったらまゆしぃに電話してくれたら着替え持ってきたよ?」
「あ」
「あ」
 椎名まゆり:岡部倫太郎の幼馴染み。小さい頃から近所づきあいをしている。その家まで徒歩三分。
「ごめんね、まゆしぃお邪魔しちゃって」
「いや、違うぞまゆり。少し話を――」
「そうよ、まゆり! 岡部がお茶とお茶菓子を用意するって言ってたから、もうちょっとゆっくりしていきなさい!」
「大丈夫。オカリンのお母さんたちにはナイショにしておいてあげるから。まゆしぃは口が固いのです」
「いや、そうじゃなくてまゆり。まずはそこに座って話を――」


 その日、暴風雨の夜。
 俺と紅莉栖によるまゆりへの『説明』は夜まで続き。
『台風6号に伴う暴風雨で運転を見合わせているのは山手線と京浜東北線――』
 テレビから流れるそんなニュースを聞いた結果、必然的に紅莉栖は泊まることになり。
「じゃあまゆしぃは帰るね」
「いやまゆり、お前俺たちの話聞いてなかっただろ!」
「そうよ、ていうかそれだったら私がまゆりの家に泊まれば――」
 その夜は色々大変だったことだけ記しておく。詳細はいかにラボメン相手であろうと明かすわけにはいかない。






後書きとおぼしきもの


 夏コミの原稿、シュタゲ本が終わったと思ったら助手の誕生日だったので慌てて書いた。
 『誕生日なのに裸YシャツSSってのはどうよ』とも思ったけど、これも俺の愛です。多分。
 そして実に二年ぶりぐらいらしい裸YシャツSSなのにハーフパンツ着用なのはオカリンがマジヘタレだからなので俺に文句言われても知りません。
 なにはともあれはっぴばーすでー助手。オカリンと末永く爆発しろ。
 

2011.07.25  右近