尚敬高校5121戦車小隊所属、速水厚志。
彼は第二次大戦より続く人間の天敵―幻獣―との戦いが激化する中、尚敬高校に転校してきた。
そしてそこでは様々な出来事があった。
自らの永遠のパートナーである芝村の末姫、芝村舞との出会い。
やがて来る実戦。
様々な戦地へと送り込まれ、それでも決して倒れること無く、まだ成人すらしていない15歳と言う年齢であるにもかかわらず、驚くべき戦果を上げ、様々な勲章を次々と受賞していった。
銀剣突撃勲章、黄金剣突撃勲章、黄金剣翼突撃勲章、火の国の宝剣、WCOP。
そして様々な出会いと別れ。
親しい者の死、目前に迫り来る死の臭い。
それらの悲しみや恐怖と言ったものを乗り越えた時。
厚志は人を超え、死を呼ぶ舞踏、踊るように数多の敵を駆逐する人外の伝説、絢爛舞踏へとたどり着いた。
絢爛舞踏となった厚志が万物の精霊の加護を得た時。
それは人類が自らの天敵たる幻獣に対する決戦的存在を手に入れたことを意味し、幻獣もそれに対して最強の存在を作り出す。
何千年ぶりの正と邪、二つの勢力の最終決戦。
愛を知り、友の力を得た絢爛舞踏は戦った。
最愛の存在となった舞を共に、すべての力を振り絞り戦った。
自らが乗る士魂号を失い、誰もが絶望する中も、彼はあきらめずに戦った。
そして永遠とも思える死闘の末、厚志の刃は敵を貫いた。
かくして幻獣は駆逐され、この時代、この世界の人類は救われた。
これは、そんな戦いの少し後のお話。
A.M.8:00 尚敬高校会議室
今や熊本―いや、地上のいかなる部隊よりも強く、人間の切り札となり得た5121小隊の作戦方針会議が始まろうとしている。
この会議の内容いかんで世界の情勢が一変すると言っても、決して過言ではない。
厚志と舞、二人の賢覧舞踏。
部隊が保持する士翼号とN・E・P。
彼らの手によれば、都市の一つ程度であれば数時間の間に占拠されるだろう。
人々から頼られながらも恐れられる、地上最強の部隊の会議が始まる。
「それじゃあ、5121小隊の方針会議を開催します」
会議室の上座、この会議の議長席に座った厚志がそう宣言する。
最強の幻獣を倒した後、速水厚志はその功績を評価されて準竜師へと昇進した。
それと同時に、部隊司令に就任。
舞は整備班長兼副司令となり、二人の手によって小隊は運営されていた。
それはさておき、今回の会議に出席している面々は六人。
司令:速水厚志
一番機パイロット:壬生屋 未央
二番機パイロット:滝川 順
三番機パイロット:遠坂 圭吾
一番機整備員:原 素子
二番機整備員:田代 香織
三番機整備員:茜 大介
いずれも激戦を潜り抜けてきた兵士たちであり、学兵といえども正規の軍隊にひけをとらない。
数多の幻獣との戦いをくぐりぬけた、戦士たちである。
本来ならばこのメンバーに加えて副司令の舞も出席するのだがは今回は欠席。
熊本司令本部での会議に出席している。
「それで、今回の議題なんだけど……」
厚志がそう言うと、出席していた面々は周りの人間の顔をうかがう。
通常の方針会議では、この後誰かから議題が提議される。
しかし、今回は誰も口を開こうとはしない。
出席者たちが怪訝に思いはじめた時、厚志がのんびりと普段通りの口調で話しはじめる。
「あ、今回は僕が提案したいことがあるんだ」
ざわっ
会議場が緊迫する。
戦いが実質上終わりを告げ、厚志が司令に就任した後にもこのように何度か会議が開催されたことはあったが、そんな時も厚志は「纏め役」に徹していた。
そんな彼の、人類最強の戦士である絢爛舞踏の提案による会議である。
誰もがその言葉を聞き逃すまいと耳をそばだてていると、やがて厚志は口を開いた。
「今週は、裸Yシャツ強化週間と言うことで」
「「「「「「……は?」」」」」」
そこにいた全員の第一声がそれだった。
何を言われたのかが良くわからない。
「だから、裸Yシャツ強化週間。女性陣は今週一週間Yシャツ1枚で過ごして下さい」
わからない。
一瞬、そこにいた誰もが、速水が何を言っているのか理解できなかった。
とりあえず、全員その「裸Yシャツ強化週間」の光景を想像してみる。
みんなの顔が赤くなった。
「じゃあ、みんなの意見を聞こうか」
作戦会議の議長であるの声を聞き、そこにいた全員が我に返った。
「はいはいはいはいはいっ!!!!」
一斉に挙手。
部隊結成後に何度も作戦会議を行ったが、出席者がこんなに意見を出したがる会議は初めてである。
「じゃあ、壬生屋さん」
「ふけ」
「司令権限で却下します」
速水司令、横暴。
壬生屋さんお得意の「不潔ですっ!」を最後まで言わせない。
「じゃあ次、滝川くん」
「すっごくいいと思いますっ!!」
「うん」
親友の賛成意見に、速水司令大満足。
凄くいい笑顔。
「それじゃあ意見も出尽くしたと思うので、決に入ります」
「待てえっ!!」
「司令権限で黙殺します」
言いたいことが山ほどある女性陣の言葉など全く聞かずに会議を進行する速水司令。
まさに暴君。
そして、裁決。
順に意見を述べていく。
「不潔ですっ!」壬生屋は反対した。
「俺はいいと思いますっ!」滝川は賛成した。
「僕はいいと思いますね」遠坂は賛成した。
「何を考えているのか理解できないわ」原は反対した。
「ったく何考えてんだ」田代は反対した。
「興味無いね」茜は反対した。
「ちょっと待てえっ!!!」
滝川は絶叫した。
そりゃそうである。
5121小隊作戦会議の出席人数は合計8人。
でも今日は舞が出席していないので7人。
男女比で言うと4:3。
速水の票を入れると男性の勝ちは確定である。
言わば出来レースのような形で夢の「裸Yシャツ強化週間」は可決されるはずだったのだ。
しかし、そんな男の夢は三番機整備士、茜大介の裏切りによって塵にかえった。
「おまえ、俺たち男の永遠の夢を捨てるというのかっ!!」
滝川、怒りに任せて大絶叫。
女性陣拍手喝采。
「いや、そんなもん見たくないし」
周囲の女性陣を一瞥し、「やれやれだぜ」って感じで肩をすくめたあとにそう言ってのけた。
女性陣、怒り心頭。
でもここで異論を唱えると「裸Yシャツ強化週間」とかいうふざけたものが実施されそうなのでじっと我慢。
まあ、机の下ではこっそりエモノを準備したりはしているが。
「司令っ!決断をっ!」
速水の司令就任と同時に舞が副司令になったため、今はただの整備士に格下げになった原さんがそう告げる。
さすが元副司令だけあってその姿はなかなかサマになっている。
「決断をっ!!!」
このふざけた会議を終わらせるために、素子は再びそう言った。
早く会議を終わらせなければいけない。
だって終わった後に茜を刺さなきゃいけないし。
「決断をっ!!!!!!」
なにごとか考えているかのようにじっと動かなかった速水だったが、素子からの再三の催促によって顔を上げる。
そしていつもの人を和ませる笑みを浮かべながら、5121小隊司令の速水厚志は口を開いた。
「じゃあ、司令権限で本件は可決ってことで」
どうやら、会議自体茶番だったっぽい。
「それじゃあ、女子は明日から裸Yシャツで過ごすように」
「あ、さすがに外じゃあまずいだろうから、施設内にいる間だけでいいよ」
「みんなが着るシャツは既に陳情済みで明日の朝ハンガーに届くから」
「それじゃあ、解散」
そこにいた全員が言葉を発するよりも早く、言うだけ言って速水は去っていった。
速水がいなくなったあと、会議室が何だか騒がしくなったけど気にしないことに。
P.M.9:00 味のれん
「それじゃあ、われらが速水準竜師にかんぱーい!!!」
「かんぱーいっ!!!!」
何度目かわからない乾杯のあと、そこにいた全員は一斉にグラスを空にした。
まあ、中身がジュースだったりする人もいるが。
「いよいよあと十二時間だな」
「うん。みんな喜んでくれて本当に嬉しいよ」
だいぶ酔いが回ってきたのか、顔を赤くしながらもたれかかってくる滝川に対し、嫌な顔一つせずに本当に嬉しそうに微笑む速水。
壁を見ると、誰が作ったのか「祝 裸Yシャツ強化週間」と毛筆ででかでかと書かれた横断幕がかけてあったりする。
まあつまり、いわゆる祝賀会って奴だ。
あの会議の後、裸Yシャツ強化週間の実施を知らされた女性陣の反応はかなり凄まじいものがあったが、それらは速水が黙殺した。
腐っても軍隊。
階級とそれまでの実績は絶対である。
力ずくで何とかしようとしても相手は絢爛舞踏だし。
明日の8時40分には授業が始まり、女子は全員Yシャツ一枚で過ごさなければいけない。
なんというか天国、理想境、桃源郷、パライソ、パラダイス、アルカディア。
男の夢がこれ以上ないというほどかなう時である。
そんな夢をかなえてくれた速水に対し、男たちは少しでも感謝の気持ちを伝えるために祝賀会を開くことに相成ったのである。
「いや、良くやった速水!」
「準竜師! 自分は一生ついていきます!」
「フフフフフ。素晴らしいっ!素晴らしいぃぃぃぃっ!!!」
口々に速水に対して賛辞の言葉を贈り、感謝する。
思う侭に飲み、食い、肩を組んで歌を歌う。
そこにいる全ての人々が喜び、それを分かち合う、素晴らしい宴であった。
ちなみに、あの会議の後三人にぼこられた茜と、そのまま勢いで刺された善行は欠席。
残念なことである。
「ありがとうみんな。 これを励みに頑張ってくれると嬉しいな」
「「「「「「「「「オオーッッッッ!!!!!」」」」」」」」」
速水の呼びかけにそこにいた全員が大きな声で答える。
あまりの大音量に建物が悲鳴を上げる。
「しかし、速水もやってくれたなあ。 さすが親友だぜ!」
「いや、やっぱり男に生まれたら一度は夢見ることだし」
「夢見ることなら誰でもできます。 しかし、それを実行できる人間は数えられるほどしかいません」
「そうだぞ速水。 絢爛舞踏となった後もそれまでの自分の夢を忘れない。 これは大切なことだ」
速水が食事をしていると、かわるがわる戦友が目の前にやってきて、本当に嬉しそうに賛辞の言葉を贈ってくる。
「でも速水、ひょっとしてあの芝村のお姫さんには頼まないのか?」
「あ、舞は寝る時はYシャツだよ」
「おおおおぉぉぉぉぉっっっっ」
「しかも下着もなし」
「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉっっっっ!!!!!」
速水の発言にそこにいた全員がどよめきをあげる。
「あの芝村が……」
「普段はアレなのになあ……」
「やっぱり好きな男の前では純情なんだよ」
瀬戸口にそう言われ、からかうように頭をぐりぐりとやられながらも速水は言葉を続ける。
「うん。 舞は本当にいい娘だし、Yシャツの裾から見える足とか本当に奇麗なんだけど……」
ごくり。
思わず想像してしまった一同が生唾を飲みこむ。
「でもね」
「やっぱり裸Yシャツは胸があったほうが萌えるんだよ」
「ぶははははははははは!!!!」
一瞬の沈黙の後に、場に笑いの波が広がる。
「たしかに、あの胸じゃあなあ」
「やっぱ胸の谷間がないとなあ」
「胸って言うとヨーコさんか?」
「いや、やっぱり原さんみたいな大人の雰囲気の人のほうが」
「まあ、芝村も黙っていれば美人なんだから見てみたいけどな」
「残念ながら、それはかなわぬ夢だな」
味のれんの入口から聞こえた声に、全員が目をむける。
「いくらカダヤの頼みとはいえ、お前らごときに肌を見せる気はない」
「……舞?」
そう。そこには舞がいた。
速水司令真っ青。
「えーと、いつからそこに?」
「うむ、『絢爛舞踏となった後も』ぐらいか。 他人の本音を聞く機会などめったにないからな。 大変興味深かったぞ」
「っていうか舞、会議は?」
「ああ、会議は案外早く終わってな。 あちらにいても面白いことがあるわけでなし、テレポートセルで戻ってきたところだ」
「えーと、これには深いわけがね?」
「話は後だ。 まずはやらなければいけないことがある」
「何?」
「芝村は、余人の悪口を気にはしない」
「うん。 とってもいいことだと思うよ」
「しかし、一度敵とみなしたものにたいして情けをかけることはない」
「……つまり?」
「貴様ら全員、泣いてわびろおっ!!!!」
そして阿鼻叫喚。
次の日味のれんは臨時休業にして店中掃除したそうな。
ちなみに、裸Yシャツ強化週間はきっちり実施されたそうな。
まあ、そろって全治一週間な男子にとっては関係のない話だったが。
「よし、来週は裸エプロン強化週間でー」
「いいかげん懲りんかあっ!!!」
|