あの聖杯戦争から一年ちょっと。
色々あったが身体を手に入れた俺は、以前と変わらず穂群原に通っている。
本来ならもう卒業しているはずの学校だけど、聖杯戦争で失った身体を取り戻し、その身体で以前と変わらない生活を送れるようになるまでには一年近い時間が必要だったのだ。
まあぶっちゃけて言うと、出席日数が足りなくてダブった。
そのまま辞めるのもなんだったし、とりあえず日常生活に支障はないので、この春復学して今は学園生活を送りなおしている。
幸いながら二年のときの出席日数は足りていたので二年に残留と言うことはなく、今は三年生。
一成や美綴、それに遠坂といった友人たちは当然のことながら卒業してしまった。
寂しくないといったら嘘になるけど、一年留年したおかげで桜と一緒に学園生活を送ることが出来ている。
あの事件の後笑顔を見せることのなかった桜も、最近では笑顔を見せるようになってきた。
全てを忘れたわけじゃない。それらを背負って生きることに決めただけだ。
一人ではなく、桜と二人で。
俺たちは精一杯日常を生きていく。
俺はその日一人で家に帰ってきた。
桜と藤ねえは部活。
二人とも部長と顧問と言うこともあり、結構忙しいらしい。
そんなわけで部活に入っていない俺は一足先に家に帰ってきたわけだ。
別にそれが寂しいとは思わない。
前からそうだったし、桜が来るようになるまでは俺と藤ねえしかいなかったんだ。そして、一応教師と言う職業を持っている藤ねえが遅くなることもよくあった。
藤ねえが教師っぽいかそうでないかはここでは考えないでおく。それを考え始めると長くなるし。
まあとにかくそんなわけで、桜や藤ねえより先に帰ってくること自体に不満は無い。
料理の下ごしらえをはじめとして、部活で疲れて帰ってくる二人のためにやることは山ほどある。
それに―――
「ただいまー」
「おかえりなさい、士郎」
「ああ、ただいま。ライダー」
我が家にはもう一人住人が増えたんだから。
ライダー。
あの聖杯戦争で桜のサーヴァントとして召喚された英霊。
サーヴァントとの契約の証である令呪は桜の手から失われたが、それでもライダーはこの地に残ることを選んでくれた。
本人は『令呪の有る無しに関わらず、私はサクラのサーヴァントです』と言っていたが、俺の目から見るとその関係は魔術師と使い魔と言うよりも、姉と妹のそれに近いように見える。
少なくとも俺の姉貴分であるところの藤ねえよりしっかりしているし、桜の実の姉である遠坂よりもよっぽど姉妹らしく見えた。
ロンドンに向かう遠坂を見送りに行ったときに、二人を見たときの遠坂の複雑な表情は忘れられない。
「サクラは一緒ではなかったのですか?」
「ああ、ちょっと遅れると思う。晩御飯の支度もそれからになるけど、大丈夫か?」
「かまいません。そもそも私は食事をする必要は無いのですから」
「まあそうかもしれないけど」
食事の話題になると、ライダーは決まってそんなことを言うけど、食事は毎回楽しんでくれてるっぽいので気にしない。
ご馳走を作ると密かに嬉しそうな顔をしているし。
それを指摘すると色々怖いのでそんなことはしないけど。
まあそんなことを話しながら廊下を歩いて、居間に入る。
「あ、お茶飲んでたのか」
「ええ、士郎もいかがですか?」
テーブルの上にある湯飲みと茶菓子を見てそんなことを言うと、ライダーは待っていましたといわんばかりにそう返してくる。
本当は制服を脱いで楽な格好になりたいところだけど、そんな彼女を見ているとそういうわけにもいかない気になってくる。
だってもう新しいお茶っ葉用意しているし。
「じゃ、いただこうかな」
俺はそう言いながら制服の上着を脱いで、向かい側の席に座る。
普段は落ち着いて物静かなライダーのそんな様子を見ているとちょっとからかいたくなる気がしてくるが、とりあえずその考えは頭から追い出してお茶を楽しむことにしよう。
まあ、お茶とか言ってみても茶道とかそういったものではない。
お茶っ葉を急須に入れて注ぐだけだ。
なんてことの無い作業なんだが、実はライダーがお茶を入れられるようになったのはつい最近だったりする。
英霊は召喚される際に必要な知識を手に入れて来るらしいが、少なくとも今回の聖杯戦争でお茶の入れ方は必要とみなされなかったのだろう。
他にも掃除選択料理裁縫と一通りのことは出来なかったりするんだけど、この時代に生きることを決めたのでその辺は鋭意修行中らしい。
ちなみにお茶の入れ方もその一環で、俺と桜には内緒で藤ねえの家に行ってお手伝いさんに教えてもらったりしているらしい。
なんで俺や桜に教わろうとしないのかと言うと、まあ多分俺たちを驚かせてみたいんだろうと思う。
その気持ちはわかる。
俺も切嗣に隠れて料理の練習とかしていたしな。
そんなライダーの隠れた努力も、藤ねえが全部ばらすので無駄なわけだが。
今になって思うと俺の時も藤ねえがオヤジに教えてたんじゃなかろうか。
ありうる。多分間違いなくそうだと思う。
まあそうだとしても。いや、だからこそ俺も知らん振りしてライダーの練習の成果を見させて貰おうと思う。
オヤジもこんな気持ちだったんだろうか。
そんなことを思いつつライダーの方を見る。
流しの三角コーナーに古いお茶っ葉を捨てて、急須の中に新しいお茶っ葉を入れる。
そしてポットの上のボタンを押してお湯を注ぐ。
こぽこぽと言う音を立てて急須の中にお湯が注がれていく。
そして少し待ってから湯飲みにお茶を注ぐ。
うん、問題ない。
ちょっと前まで力加減を誤ってポットを粉砕していたのと同じ人間とは思えない。いや、人間じゃないけど。
お茶を注ぎ終わったら、ポットの横においてあるお盆に湯飲みを乗せて歩いてくる。
近いんだし湯飲みそのまま持って来れば、さらに言えばテーブル越しに渡してくれれば棲むと思うんだけど、まあここで茶々入れることも無いだろう。
そんなことを思っている間もライダーはしずしずとテーブルを迂回してくる。
一歩、二歩、三歩。
足音を立てることなく優雅に歩み、
「あっ」
畳の継ぎ目で見事にこけた。
「おわちゃちゃちゃちゃちゃー!」
俺も叫んだ。
別に香港のアクションスターが憑依したとかそういうわけではない。
いや、そんなことを言っている場合でもない。
何があったのかと言うと、ライダーがこけたためにお盆に乗っていたお茶は宙を舞い、その中身は万有引力とか慣性とかその他もろもろの法則の名の下に全部こぼれた。
俺のズボンの上に。
「す、すみません士郎!」
ライダーが慌てて俺の元へと駆け寄ってくる。
「本当にすみません!」
繰り返し謝るライダー。
そして、はっと何かに気づいたような表情をした後ライダーは慌てて俺の前にかがみこみ、俺のズボンに手をかけて
「ちょっと待ったあっ!」
なんだか懐かしい気がしないでも無い声をかける
がライダーはその手を止めようとしない。
ああ、そうか。ライダーはあの番組やっている頃はいなかったからってそうではなく。
「ちょ、ライダー、何を」
「早く脱がなければ染みになってしまいますし、なによりこのままでは士郎が火傷してしまいます」
ああ、なるほど。
確かにその通りだ。
早く脱がないと火傷してしまう。
言われてみれば当然の話で、だからライダーが俺のベルトをカチャカチャと
「ちょっと待てぇっ!」
言い方を変えたがまるで効果は無いらしい。
って言うかさっきのも別に日本語としては普通の言葉なんだから、ライダーが理解できないわけは無いのだ。
「いやライダー、ちょっと待てって」
「何をぐずぐず言っているのですか、早くしないと大変なことになりますよ!」
「いや、今でも十分大変だから!」
こんな経験は初めてなのでよくわからないが、多分大変だ。
少なくともまだ日の昇っているうちに押し倒されたような状態でズボンを女性に脱がされそうになっていると言うのはなかなか大変な状況だと思う。
「いや、ライダー、自分で出来るから!」
「恥ずかしがっている場合ですか!」
必死に抵抗するがライダーは全く持って止まる様子はなく、その手は人の領域をはるかに超えた速度をもって動き回る。
「大人しくしてください!」
そう言って右手一本で俺の両手の動きを抑えて、残った左手のみで器用にベルトを外してズボンをずりさげる。
「きゃー!」
思わず黄色い悲鳴を上げるが時すでに遅く。
両手を押さえられた俺は為す術もなく、ライダーの手によってズボンを剥ぎ取られた。
ああ、開け放たれた窓から吹き込む風がとっても涼しい。
さっき制服の上着を脱いだので上はYシャツ一枚、下は靴下を除けばパンツ一枚と言う情け無い姿。
ああ、しかも今日はブリーフだった。
せめてトランクスだったら。
呆然とそんなことを思っていると、ライダーは一仕事終えたような満足げな表情を浮かべてから駆け出した。
居間に残されたのは俺一人。
いつまでもこうしているわけにもいかない。
とりあえずライダーの後を追ってふらふらと歩いていくと、風呂場だった。
ああ、そういやズボンに染みがどうとか言っていたような。
ガラ、と音を立てて脱衣場へと通じる扉を開けると、中にはライダーがいた。
「ああ、士郎。今ズボンは洗濯中ですのでしばらくお待ちください」
凄く得意げな表情のライダー。
「私とていつまでもこの世に馴染まぬ存在ではないのです。いまだ料理は出来ませんが、 洗濯ぐらいであればこなすことができます」
うん、ライダーの気持ちはよくわかる。
以前は洗剤一箱ぶちまけたり洗濯物詰めすぎてぼろぼろにしたりとお約束の失敗を一通りこなしていたから、それに比べれば格段の進歩だろう。
でも。
「ライダー」
「はい?」
ああ、ライダーはとてもいい表情をしている。
聖杯戦争のときは見せることのなかった、日常を生きるものが見せる穏やかな表情。
サーヴァントとして召喚され、戦うことしか知らなかったライダーがこんな表情をしてくれるのは本当に嬉しいと思う。
でも、俺は言わなければいけない。
「ライダー」
「だから、何ですか」
俺も心を決めよう。
言うべきことを言わないでいることは、許されないことだから。
だから、言おう。
軽く息を吸って声を出す。
「ライダー、制服は洗濯機で洗っちゃ駄目なんだ」
その言葉を聴いた瞬間ライダーの手からお徳用洗濯洗剤が落ち、ドサリと言う音をたてて床にぶちまけられる。
横倒しになった箱からはサラサラと洗剤が零れ落ちていくが、俺もライダーもピクリとも動くことは出来なかった。
そう、まるでライダーの魔眼で石に変えられたかのように。
でも、俺はこの呪縛に負けるわけにはいかない。
俺にはまだやることがある。
五体全てを動かす必要は無い。
唯一つ、口が動けば事足りるのだ。
だから俺は力を込めて口を動かす。喉を震わせて声を発する。
振り絞るように、でもはっきりとした発音でライダーに声をかける。
「でも、誰だって最初はミスするものだから」
「そんな―――」
ライダーは俺の言葉で呪縛が解けたかのように崩れ落ち、床に手をつく。
その美しく長い髪の毛が周囲に広がった。
「私は、私には、洗濯すらできないと―――」
うつむき、落胆するライダー。
自分の無力さにうちひしがれているんだろう。
だから俺はライダーのそばに近寄り、その肩に手を乗せて声をかける。
「そんなことはないぞ」
「―――士郎?」
「そんなことはない。はじめは失敗していても、ライダーだったらきっとどんな洗濯機も使いこなせるようになる」
「本当に、そう思いますか?」
不安そうな表情のライダーを力づけるためにも、
俺は明るい声で返事をする。
「ああ。俺も桜も最初は失敗ばかりだったんだ」
そう言ってにっこりと微笑みかけると、やがてライダーは立ち上がり、気を取り直したことを示すように俺の方へと向き直った。
「ありがとうございます、士郎」
にっこりと。世辞や誇張ではなく、ライダーはまるで女神のような笑顔を俺に向けてくれた。
「ああ、いや。大したことはして無いから」
ライダーと過ごすようになってからそれなりに時間は経つが、それでもこんなに間近で―――しかもこんな綺麗な笑顔を見たことは無い。
早鐘のように鳴り続ける心臓を落ち着けようと、軽く深呼吸をしてみるが効果は全く見られない。
ライダーの姿が、声が、匂いが、そして気配さえもが俺の鼓動を早くする。
「でもこんな格好でそんなこと言っても締まらないよな」
思わず照れ隠しにそんなことを言ってみたりもするが、全く持って心は落ち着かない。
いかん、これは早くこの場所を―――あ。
「申し訳ありません」
「あ、いや……」
しまった。
余計なことを言ってしまった。
せっかくライダーも元気になってくれたと言うのに、これじゃ元の木阿弥だ。
さっきの笑顔は陰に潜み、それでもライダーは俺に気を使わせないようにと思っているのか、ぎこちない笑みを浮かべている。
ああ、オヤジ。
俺はあんたの息子になったって言うのに、また女性を哀しませてしまった。
しかもこんな美人を。
こんなとき、オヤジだったらどうしただろう。
とりあえずはライダーを慰めないといけない。
そう思って、果たしてどう慰めたものかと必死に考えているとライダーはすっくと立ち上がった。
「責任を取ります」
「そんな気にしなくても」
「いえ、それでは私の気がすみません」
ぴーっ、ぴーっと洗濯機がその仕事の終わりを告げるアラーム音を発したりしたが、とりあえずスイッチを切って静かにさせる。
わが家の全自動洗濯機によって脱水まで行われた制服のズボンは大変なことになっていそうだけど、とりあえずそれは無視。
ライダーを見る。
その視線は先ほどまでと違い、揺るぎの無い決意が見て取れる。
ああ、そうだな。
ここで意地を張っていてもしょうがない。
ライダーがミスをしたことは事実なんだし、何かをして気が済むと言うのならそれをして貰った方がいいのかもしれない。
オヤジだったら、何だかあちこち旅をしては女の人に手を出していたらしい衛宮切嗣だったらもう少し上手くやれるのかもしれないが、俺にはこんな方法しか思いつかない。
この俺、衛宮士郎が半人前なのは魔術に限ったことではないらしい。
「じゃあお願いするよ」
「はい」
俺も心を決めてそう言うと、ライダーはほっとしたように返事をした。
そしておもむろに今履いているジーンズからベルトを外して
「何を!?」
「私も士郎と同じ格好になります。これでアイコになります」
ああ、そうか。
そういやライダーは今日ブラウスだから、ズボンを脱げばYシャツ一枚の俺と大差無くなる。
「……ってそうじゃなくて!」
「何を怒っているのですか士郎。これは私の償いなのですから」
「いや、確かにその気持ちは大切にしたいけど」
「はい」
「はい?」
ライダーに何かを差し出され、反射的にそれを受け取る。
見てみる。
俺の手の中にある物は。
すらりと長いストレートのジーンズ。
っていうかこれは。
「これでアイコです。後は士郎がそれを好きなようにしてください」
まごうことなくついさっきまでライダーが履いていたジーンズだった。
そう言えばほんのりと温もりが……
「じゃなくて!」
「私は士郎のズボンを脱がせた。だから私もズボンを脱いだ。そして私は士郎のズボンを洗濯機で洗ってぐちゃぐちゃにしてしまった。だから士郎は私のズボンをぐちゃぐちゃにする権利があるのです」
「いや、権利言われても」
第一ジーンズをどうすれば洗濯機でぐちゃぐちゃに出来るのか想像もつかないし。
「確かにそのズボンは洗濯機でぐちゃぐちゃに出来ないかもしれません。だから士郎は手段を選ばずぐちゃぐちゃにしていただいて構いません。丸めたり踏んづけたり抱きしめたり匂いをかいだり」
「するかっ!」
まるで特殊趣味の変態のように言われてしまったので、さすがに否定させてもらう。
「いいのですよ士郎。我慢は身体に毒です」
「いやだから話を聞けってば」
確かに俺だって男だけど、少なくとも他人の脱いだ服を抱いたり舐めたりにおいかいだりするような趣味は無い。
俺が興味あるのは衣服ではなく、その中身の方であって
「がーっ!」
思わず思考が暴走しかけたのでとりあえず叫んで心を落ち着かせる。
いかん。いかんぞ衛宮士郎。
いくら半人前だからといっても、こんなことで錯乱してしまうようでは魔術師だろうと魔術使いだろうと、なれはしない。
そう、まず落ち着くんだ。
目を閉じる。そして意識を自分の内側へと潜りこませていく。
そして静かに。
雑念を払い、周囲からの感覚を遮断していく。
そして一度大きく深呼吸。
新しい空気が身体の中に入り、段々と心が落ち着いていく。
『―――よし』
ライダーにズボンを返す。
考えてみればただそれだけのことだ。
心が乱れるとそんなことすらわからなくなる。
しかしそれもさっきまでの話。俺の心はいつになく落ち着いている。
そしてゆっくりと俺はその両目を開き、
「大丈夫ですか? 士郎」
正面でブラウス一枚と言う刺激的な姿のまま俺の方を覗き込んでいるライダーを直視した。
「ら、ライダー!」
「どうしたのですか士郎。私がここにいることが何
か不思議ですか?」
「いやそんなことはないけど」
ないけど。
俺の目の前にいるライダーはその。
ズボンを脱いだライダーが立っているわけでズボンが無いということはライダーの綺麗な脚がむき出しでなんかもう色々と限界……
「あの、ライダー」
「なんですか士郎」
「今、ちらっと見えたんだけど」
「だからなんなのですか、士郎。言いたいことがあればはっきり言って下さい」
まあ、そりゃそうだな。ここで口ごもっていても話は進まない。
俺は心を決めてはっきりと問いかけた。
「ライダー、下着、履いてるよな?」
「いえ、それを履いている時に下着をつけるとラインが見えてしまいますので」
ライダーも、それはもう事もなげにはっきりと答えを返してくれた。
うん、そうだよな。
さっき前を見たときに一瞬見えたような気がしたけどそれはさすがに目の錯か……
「はい?」
「ですから、私は下着の類を身に付けていません」
なんだろう。もう何が何だかよくわからない。
いや、ライダーの行っている言葉の意味がわからないとかそういうことではない。
わからないのではない。わかってはいけないのだ。
「どうしたのですか士郎。先ほどからぶつぶつと言ってばかりで」
ライダーが少し不機嫌そうな表情をしているが、それを気にしている場合ではない。
気をつけろ、衛宮士郎。
今のこの状況。
この状況は危険すぎる。
この状況を打破しなければいけない。
「納得できないと言うのならばしっかりとその両目で見ていただいても」
「いや違う!」
危険すぎる。
俺がちょっと思い巡らせている間にライダーはブラウスの裾をめくり上げて俺にその下を見せようとしていた。
「士郎が気になっているようだから見せようと言うのです。何がいけないのですか」
「いやもう何処から説明したらいいのかわからないぐらいあちこちまずいことだらけだろ!」
全力でそう主張するが、ライダーは全く持って聞く耳を持っていない。
いや確かに興味ないかと聞かれたら返答には困るっていうか、今そんなものを見せられたら俺だって色々と大変なことになる。
「わかりました」
「……よかった。わかってくれたか」
よかった。本当によかった。
このまま押し問答していたら―――
「見るのが嫌だと言うのならば、その手で触っていただければわかるでしょう」
「全然わかってねえっ!」
ライダーはちっともわかってくれていなかった。
「何をそんなに騒いでいるのですか。見るのが嫌だと言うのなら、触っていただければその感触から下着が無いことが想像できると言う一点の非も無い完璧な理論だと言うのに」
「いやもう非があるとか無いとか言う前の問題だってば!」
そう言ってみるが、ライダーの手は目にも留まらぬ速さで動いて俺の右手首をしっかとつかんだ。
「さあ、いつまでもこんなことをしているわけにはいきません。さっさと観念しなさい」
「ライダー、お前目的違ってきてるだろ!」
「何を言うのですか士郎。私の下着がどうこうと言い出して、その気にさせたのは士郎なのですよ?」
そう言うライダーの目は、いつもどおりに綺麗な瞳だけど何だか潤んでいるし。
その頬も何だか酔ったように赤らんでいた。
「いや、だから! ズボン返すから!」
「ええい、往生際の悪い。私の手から逃れられると思っているのですか」
ライダーの言う通り、俺の手はピクリとも動かずぐいぐいと引っ張られていく。
いくら身体を鍛えているからといっても、所詮は人間だ。
英霊の―――しかも固有スキルで『怪力』を持つライダーに叶うわけが無い。
だから俺に出来ることはただ一つ。
「きゃー、助けてー!」
悲鳴を上げた。
そこ、かっこ悪いとか言うな。俺だって泣きたくなるほど自覚してるんだから。
しかしまあ悲鳴を上げたところで状況は何も変わらない。
俺の手はライダーに導かれて―――
「何してるんですか、二人とも!」
行こうとしたところでそんな声をかけられ、止められた。
ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー、ぽっぽー……
壁に掛かっている鳩時計が、のんきな音で夕方の六時を告げた。
「おかえりなさい、サクラ」
「はい、ただいま……じゃないでしょ!」
そう、そこにいたのは桜だった。
今日は部長の引継ぎがどうとかで学校に残っていたんだけど、用事が終わって帰ってきたらしい。
「何をしているんですか一体!」
桜が叫ぶのも無理はない。
学校から帰ってきたと思ったら自分のサーヴァントと恋人がお互い半裸で、しかも俺の手が大変なところに近づこうとしていたって言うかごめんあんまり詳しく描写できない。
「士郎のズボンを再起不能にしてしまったので」
「それで?」
「お詫びに私もズボンを脱ぎました」
「意味がわかりません!」
そりゃそうだろう。今の説明で納得するやつがいたらそいつは壷とか印鑑売りつけられないように注意した方がいいぞ。
「ライダー。貴方が何をしようと少しぐらいなら目をつぶるつもりでいたけれど、先輩に手を出すのだけは駄目です!」
そう言って膨れる桜、ちょっと可愛い。
いや、そんなことを行っている場合ではなく。
どうしたものかと思っていると、ライダーは俺の手をそっと離して桜の方へと歩み寄っていった。
「サクラ」
「何ですか」
さすがに反省したのか、真剣な表情で自分の名前を呼んだライダーを睨み返しながらそう答えた。
全力で『怒ってます!』と言うオーラを発する桜を前に、ライダーは静かに口を開く。
「妙案があります」
「何かしら」
「桜も脱ぎましょう」
ライダーがそう言ったと思った次の瞬間、桜の脚からスカートを剥ぎ取られた。
「―――っ! ―――っ! ―――っ!」
あまりのことに言葉も出ないらしい。
そりゃそうだろう、俺だって何も言葉が出ない。
今喋れるのはライダーぐらいだ。
「あと上着さえ脱げば桜も私や士郎とお揃いです。これで何の不満も―――」
「あります!」
何とかそれだけ叫ぶ桜。
その顔はもう真っ赤に染まって、シャツの前部分の裾を必死に引っ張って隠そうと―――
「ああ、サクラ。あまり前ばかり引っ張ると後ろの士郎に見られてしまいますが」
「え?」
うん。
桜が慌てて振り向くが、時すでに遅し。
シャツの前を引っ張ると、自然と後ろは上がるわけで。
後ろが上がると、それまで隠されていたその下がしっかりと見えるわけで。
そしてその下はと言うと。
「ちなみに、スカートと一緒に下着も剥ぎ取らせていただきました」
何もなかった。
いや、訂正。
俺の視線から中身を隠す物は何もなく、そりゃ見たこと無いわけじゃないけどこんな日の高いうちに見せられると気分も変わると言うか。
「きゃーっ!!!」
あまりのことに混乱した桜の魔力で吹き飛ばされつつ、俺はそれなりに幸福を噛み締めていた。
おまけ
その三十分後、帰ってきた藤ねえが騒いでもう一騒動あったけどそれは別の話。
「士郎に桜ちゃんにライダーさんも! 三人揃ってそんな格好で何してるのよう!」
「申し訳ありません、タイガ。貴方の服装ではスカートを剥ぎ取ってもお揃いにはならない」
「意味わかんないからとりあえず服を着ろーっ!」
別な話ったら別の話。
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