虎だ!虎になるのだ!


 聖杯戦争が終わり、俺と遠坂は無事に三年生へと進級した。
 そんで、幸か不幸か同じクラスになった。
 おまけに、幸か不幸か一成やら美綴やらも同じクラスだった。
 で、幸か不幸か担任は今年も藤ねえだった。

 ……幸か不幸かは後で判断するとして、この配置にはなんか作為的なものを感じるのだがどうだろう。
 ちなみに俺のクラスである三年一組の隣は二年八組での教室で、そこは桜のクラスだったりする。
 ……やっぱり誰かの陰謀だろう。絶対。
 俺はよく知らないけど、遠坂のクラスメイトも三人ばかりいっしょのクラスになってるらしいし。

 まあそんなことはさておき、とりあえず新学期が始ってから半月ほど経って新しいクラスになれてきたころ。

「なんですかこれはっ! 清く正しい高校生がこんなもの持って来ちゃダメー!!!」

 藤ねえは相変わらず大暴れだった。

「藤ねえ、今日も元気だなあ。何かあったのか?」
「いや、どうも高田のやつが学校にゲームのソフトを持ってきたのが見つかったらしい」
「? 別にそんなのよくあることじゃないか」
 まあ確かに校則違反かもしれないが、騒ぐほどのことでもないだろう。うちの学校はそんなに五月蝿くないはずだし、我がクラスの担任は藤ねえだぞ?
 俺の知ってる藤ねえだったら『わ、何そのゲーム私にも貸して−』とかいっしょに盛り上がりそうなものだが。それがいいかどうかはさておいて。
「うむ。まあそれなら問題無いと思うのだがな」
 何故か言いにくそうにする一成。コイツが俺の前で口ごもるのなんてめったにない。
「なんかやばいものだったのか? ……やばいゲームってのもなんだか思いつかないが」
「ああ、いや。衛宮が心配しているようなものではない。いわゆるあれだ。その……」
 さっきにも増して言いにくそうな一成。
 最初はそうでもなかったが、こうまで口ごもられると気になってくる。
 一成もしばらくごにょごにょと言っていたが、俺が諦める気が無いとわかったのかゆっくりと口を開く。
「まあ、あれだ。我々も三年生になり、誕生日が早いものであれば十八歳になるものもいるわけだ。それでな」
「それで?」
「学校にHなゲーム持ってきて藤村先生に見つかったらしいのよ」
「「おわあっ!!!」」
 突然予期せぬ方向からかけられた声に驚いて飛びのくと、そこにはすこぶる楽しそうに微笑む赤いあくまがいた。
「くそ、魔女め!他人の会話に聞き耳を立てるとは、悪趣味にも程があるぞっ!!」
「あら、そんな聞かれたくない話ならもうちょっと場所考えたほうがいいと思うわよ?」
 一成と遠坂がいつものように口喧嘩(と言っても一成がつっかかって行って遠坂にあっさりあしらわれるだけなんだが)を始めるのを見ながら俺は一人納得していた。
 藤ねえは実はエロ方面の話が大の苦手である。
 いや、イメージ通りな気もするが。
 中学のころ、悪友からそう言う方面の本を貰ったことがあった。
 まあ、思春期の中学生だったのでこっそりうちに持ち帰り、押入れのふとんの下とか言う、今考えるとそんなとこすぐにばれるだろってところに本を隠した。
 それ自体は良くある話だろう。
 そして、努力も空しく家族に見つかるというのもよくある話だと思う。
 でも、それを見た自分の家族(正確に言うと姉代わりの存在)が「士郎はこんなもの見ちゃダメーっ!!!」と叫びつつ竹刀で襲い掛かってくるというのはあまりない話だと思う。
 ついでに言うと、それでしこたま打ちのめされて全治一週間。
 あれ以来衛宮家ではその手の品物の持ち込みが固く禁じられている。

「没収!!」
 遠坂と一成が言い争い、俺が思い出にふけっている間に藤ねえは高田くんから件のブツを押収して走り去るところだった。
「うわ、勘弁してくれよタイガー」
「わたしを虎と呼ぶなあっ!!!」
 そしてA4サイズの箱を掲げて走り去るタイガー。
 いや、押収品を高々と掲げて走り去るのはどうかと思うぞ。廊下にいる生徒、みんな何事かと注目しまくってるし。
「衛宮くん?」
 そう声をかけられ振り返ると、力尽きたかのように机につっぷす一成と、あの笑顔を浮かべる赤いあくま戦闘モード。
 その笑みはさっきのものなんか比べものにならねえぜって感じの鮮やかな笑みっていうかなんか視線が怖いです。遠坂が魔眼持ちだと聞いた覚えはないんだが、見つめられる俺の身体はピクリとも動かない。
「衛宮くん、なんだか藤村先生が没収したものに興味があるみたいだったんだけど」
「いえそんな滅相もない」
 反射的にそう答えた。
 不機嫌な遠坂に逆らってはいけない。これは衛宮家での絶対的な不文律である。言っててちょっと悲しいけど。
「無理しなくていいのよ衛宮くん。ちょっとゆっくりお話できる場所に行きましょうか」
「ちょっと待て遠坂、話を聞けっていうかそんな猫の子みたいに人を引っ張るな!!」
 そして屋上へ向けて引きずられる俺が最後に見たものは、いまだ机に突っ伏す一成と、とても楽しそうに手を振る美綴の姿だった。





「それで今日の夕食は凛が好むものばかりなのですか」
 放課後、台所で食事の支度をしつつ今日の報告をしていたら、セイバーは呆れたようにそう言ってくれた。
「なんだよ、怖かったんだぞ。セイバーだって怒った遠坂の怖さは知ってるだろう」
 そう、あの後屋上で『衛宮士郎はHなゲームに興味を持っていません』と言うことを納得してもらうまで一時間の時を要した。
 当然授業はサボって、その間俺はずっと正座。あんまりといえばあんまりな仕打ちだと思う。
「しかし、なんであんなにムキになるかなあ」
 あの後教室に戻ったら案の定美綴にはからかわれたし、一成にも根掘り葉掘り聞かれた。
 俺でさえそうなることは予想できたのに、なんで遠坂があんな無茶したんだか。
 そんなこともあったからか、遠坂は授業が終わったとたんに「一度自分の家に戻って用事を済ませてくる」と言って帰ってしまい、俺はそんな遠坂の機嫌をとるために夕食の献立を考え直したわけだが。
 俺がそんな当然の疑問を口に出すと、セイバーは呆れたようにため息をついた。
「シロウ。なんといえばいいか、あなたはもう少し凛の心理というものを理解するよう心がけた方がいいと思います」
「む、なんだよセイバー。まるで俺が女心のわからない朴念仁だとでも言いたいみたいじゃないか」
「その通りです。それでは逆に問わせてもらいますが、シロウは『そんなことはない』と断言できるのですか?」
「うっ」
 夕食の支度を手伝ってくれていたセイバーは俺の目の前にたち、じっと見詰めながらそう聞いてきた。そんな真剣な目で問い掛けられると俺も下手な答えは返せず、言葉に詰まるしかなくなる。
「私が言うことではないかもしれませんが、シロウと凛はパートナー同士なのでしょう。凛からすれば、自分と言うものがいるにも関わらずそんなものに興味を示されれば心穏やかではいられなくなります」
「あー、まー、うん」
 まいった。そう真正面からストレートに言われると困る。
 しかし一度しゃべり出したセイバーは止まらないらしく、困る俺なんか目に入っていないかのように言葉を続ける。
「そもそもあれです。シロウと凛は好きあっていて同じ家に住んでいるのだからそんな気分になったのなら直接言えばいいではないですか」
「いやちょっと待てセイバー」
「待ちませんっ! 第一なんですか貴方たちは。あれだけ様々な苦難の末に結ばれたと言うのに未だにはっきりしないでサクラやタイガに報告すらできない始末」
「いやあの、それはそうだが」
「そんなあいまいな状態でいられては諦めきれないではないですかっ!」
「……セイバー」
「何ですかっ!」
「その、『諦めきれない』ってのは……」
「っ!?」
 何とか口をはさんでそう聞いた瞬間、セイバーの顔は真っ赤になった。
「……セイバー」
 呼びかけるが、セイバーはその顔を真っ赤にしたままうつむいて何もしゃべろうとはしない。
 夕暮れの赤い光がセイバーの金の髪に反射して、まるで一枚の名画のような幻想的な風景を作り出している。
 それを見て俺は、特に何も考えることなく自然にセイバーの手を取る。
 セイバーは一瞬びくっと反応したが、俺がセイバーの手をぎゅっと握るとやがて力が抜けていく。
 そして俺とセイバーは−

「待ぁていっっ!!!!!」
 ドッカーン

 勝手口が破壊音とともに吹き飛ばされた。
 そこにいたものは、
「みそこなったぞ衛宮士郎! こんな夕暮れの台所で同居する少女と二人でそんないい雰囲気になっちゃってもうっ!!!」
「……なにやってんだ、藤ねえ」
「わたしは藤村大河なんていう昔からいっしょに住んでて今は担任教師なんていうナイスお姉ちゃんキャラではありませんっ!」
「いや、その」
「そう。あえて名乗るならばタイガージェニー!!」
 ずばばーん、となんとなく稲妻でも背負ってそうな感じで名乗る……えーと、タイガージェニー。
 いやまあ、確かにビラビラ飾りついた服着てマントつけて、あまつさえ虎のマスクなんてかぶってる女性を藤ねえだとは信じたくないが。
「じゃあその、竹刀に着いてる虎のストラップは?」
 世界がいくら広いとは言っても、竹刀にストラップつける人物なんて俺は一人しか知らない。
「そんなことよりっ! こんな日の高いうちから何するつもりですかあなたたちはっ!」
「いや、何って」
 なんか強引にごまかしてきたタイガージェニーに反論しようとするが、もとより聞く気はないらしい。
「セイバーちゃんがだめとは言いませんっ! でもまず清く正しく美しくっ!最初は交換日記から初めて徐々に進んで行かないとお姉ちゃん許しませんよっ!」
 吼えつづけるタイガージェニー。
 いまどき交換日記はどうかと思うぞって言うかお姉ちゃんって何だ。藤ねえじゃないんじゃなかったのか。
「士郎はまだ高校生だって言うのに遠坂さんやら桜ちゃんやらもうみんなにいい感じの笑顔なんか向けちゃって」
「タイガ」
 ギシリ
 そんな音を立てて、空気がきしんだような気がした。
 声を発したのはさっきから全く口を開かなかったセイバー。
 そっちの方に目をやると、タイガージェニーが吹き飛ばした勝手口の扉が、ものの見事に下ごしらえをした食材に突っ込んでいた。
 そしてああ、なんていうことだろう。
 騎士王がとても楽しそうに、そして丹精込めてこねていたハンバーグのもとは直撃を受けたらしく、完膚なきまでにぐちゃぐちゃになっている。
「セ、セイバーちゃん。あの、わたしは藤村大河なんていう」
 なまじ腕が立つだけにセイバーの放つ殺気を感じるのか、慌てふためくタイガージェニーを見てセイバーは一度しずかに微笑んだ。
「ええ、貴方はシロウの姉であるタイガとは全く別な存在であることは理解しました」
「あ、わかってもらえればいいのよ。うん」
「セイバー?」
 突然何を言い出したのかわからず、俺が問い掛けるとセイバーはその手をゆっくりと構える。
 その身体には魔力の結晶である銀の鎧が、そしてその手には見えないが、確かに存在する不可視の剣、風王結界が現れる。
「そんな、シロウとは全く関係のない剣士が衛宮廷に侵入して破壊活動を行った。これは 軽視できない問題であり、この家を守るために在る私がすべきことは一つ」
 そう言い放つとセイバーを中心にして風が吹き荒れる。
「いやあのセイバーちゃん。あの実はタイガージェニーの正体は」
「約束された―――」
「士郎助けてーっ!!!!」
「ごめん無理」
「勝利の剣!!!!!」
「きゃーっっっ!!!!!!!」
 そして悪は滅ぼんだ。






えぴろーぐ

 まあその後結局夜になってから遠坂が帰ってきて、

「なによこれはっ!」
「いやまあ何というか」
 一応手加減したらしいがエクスカリバーの余波でえぐれた庭を前に原因を追及してくる遠坂をなだめたり、
「それにこっちもっ!」
「申し訳ありません」
 風王結界を解放したために乱れ飛んだひき肉やら食材でサイケな感じに彩られた台所を見て追求してくる遠坂をなだめるのに苦労したのはまあ、別な話。





「くそぅ……負けちゃったよぅ……」
「ふはははははっ! 全力で戦い敗れ、それを乗り越えた時こそ人は成長するのだっ!」
「あ、あなたはっ!」
吹き飛ばされたタイガージェニーが某虎男のもとで修行を積むのも全く別のお話。




つづきません。




後書きとおぼしきもの

 つわけで、たまにはライダー以外のSSも書いてみようって感じで。
 いや、しゅらさんとこで「藤ねぇのサーヴァントはタイガー・ジョー」ってネタがあったので書いてみたんですが……
 なんか違う話だなあ(まるで他人事のように

 あと、冒頭で没収されたエロゲが実はOnlyYouで、没収した藤ねえが好奇心からプレイしてみて影響されてタイガージェニーに……って話の予定だったんだけどその辺描写する暇もなく。むー。
 つわけで、FateのSSのくせにOnlyYou知らない人にはさっぱりなSSになってます。すまん(笑)

 いやしかし藤ねぇって桜についで落ちに使いやすいキャラ(撲殺

2004.02.26  右近