この俺、衛宮士郎は天涯孤独な身の上だったりする。
血の繋がった家族とは十年前の焼け野原で死に別れ、そこで出会ったオヤジ−衛宮切嗣も数年前に他界した。
だからと言って寂しいとかそういうことを言いたいわけではない。
確かに戸籍上の家族はいなくても、藤村の人たちとは家族同然の付き合いをしてもらってるし、後輩の桜もほとんど毎日のようにうちに来てくれる。
それに聖杯戦争が終わってからはうちにくる人間も増えたし、そう言った意味から寂しいと思ったことは全然ない。
でも、たまに困る。
『三者面談のお知らせ』
学校でこんなプリントを配られた時とか。
一応中身に目を通したが、ようするに『ご家族のかたを交えて生徒の進路を相談』するためのものらしい。
まあ俺も春には三年生になるし、そろそろ進路を真剣に考える時期なんだろう。いやむしろ遅すぎって感じもするけど。
そんなわけで面談事態は問題ない。問題は『ご家族のかたを交えて』というところだ。さっきも言った通り俺には親兄弟がいない。
姉代わりの人はいるので、今までこの手のイベントはその人に頼んでいたんだけど、今回ばかりはそう言うわけにもいかない。
だって藤ねえ担任教師だし。
っていうかちょっとはその辺考えろタイガー。
「まあ、藤ねえと二人で面談すりゃいいか」
それなら家で話しゃすむだろって気もするけど、やっぱり家だとどこか気が緩んじゃうだろうし。藤ねえも最近仕事が忙しいらしく帰りも遅いし、学校でゆっくり話すのも大切かもしれない。
「よし」
気持ちが決まってすっきりした。
とりあえず後は面談の予定日−三日後を待つだけだ。
「さて、それじゃあ面談を始めましょうか」
「はい」
放課後の教室、俺と藤ねえは教室の真ん中に置かれた机に向かい合わせて座る。
いや、俺は制服だけど藤ねえはいつもの普段着で、緊張感とかそう言ったものがそこはかとなく削ぎ落とされていくが。
俺はいいけど、他の生徒のときにこれはどうだろうとか思う。
生徒たちはいまさら藤ねえの素行に文句言うやつはいないが、たまにしか会わない保護者とかいるわけだし。
「まったく、こういう時ぐらいタイガもきちんとした格好しなさいよ」
「五月蝿いわこの悪魔っ娘!」
そして、案の定文句をつけた俺の保護者席にいる女性に藤ねえが吼える。
「そもそも、何であんたがこんなとこにいるのよ!」
何度目かの問いにこれ見よがしに『はあやれやれ』という感じで肩をすくめ、
「わたしはシロウの家族なんだって何度説明すれば理解してもらえるのかしら?」
俺の隣に設置された保護者席にちょこんと座って、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンはおっしゃいました。
「全く。そもそもこのプリントを作ったのはタイガでしょう? ここに『ご家族の方を交えて』って書いてあるじゃない」
そう言いながら小馬鹿にしたような笑みを浮かべつつプリントを突きつける。
まあ確かにそう書いてある。
「ええ、確かに書きました。まあ確かに士郎には親類縁者がいないけど、だからと言って近所のお姉さんの家に居候しているお友達に過ぎないロリっ子に用は無いのよイリヤちゃん」
ふっふーん、と。鼻息荒くイリヤに反論する藤ねえ。
「そして、士郎にとって家族代わりの保護者と言えばこのわたししかいないのです」
なおも得意そうな藤ねえ。
そこまで得意にならんでもいいだろうって感じで胸までそらしつつ。
でもイリヤは全くうろたえることなく
「残念でした。わたしは士郎の妹だもの。『家族』という意味ではタイガよりもふさわしいわ」
などとおっしゃった。
「……は?」
固まる藤ねえ。
そりゃそうだろう。俺も昨晩聞いた時は今の藤ねえ以上に固まった自信がある。
「えーと、もう一度説明してもらえないかしら?」
「わたしの母親はアインツベルンの人間だけど、父親は切嗣なの。」
「そんなこと言われても、戸籍上は全くの他人じゃないっ!」
「そういうと思って、日本の戸籍もちゃんと書き換えて写し持ってきたわ」
可愛らしいポシェットから茶封筒を取り出して藤ねえに渡す。
そして藤ねえが封筒をびりびり破いて取り出した書類には、
士朗・衛宮・アインツベルン
「書き換えたのそっちかよ!」
それは聞いてないのでさすがに突っ込んだ。
確かに昨晩「家族なんだから、コセキトーホン書き換えてもいい?」とか上目遣いで聞いたてきたときに「ああ、かまわないよ」とは言ったけど、普通こういう時はイリヤのほうを書き換えるだろ。どう考えても。
「でもシロウ。衛宮イリヤスフィールって語呂が悪いと思わない?」
「そんな理由か……」
あまりにあっけらかんと、いつもの笑顔で告げるイリヤに俺は反論する気を失った。
でも藤ねえは負けてはいない。
「だからって、あなたみたいなちみっこには進路相談なんて荷が重いわ。やっぱりここは年長者が」
頑張れタイガー。
この三者面談の未来はお前にかかっている。
「ライガに相談したら『何か文句いわれたらわしがケツ持ったるから安心せい』って言ってたわよ」
「うう、お爺様……」
弱いぞタイガー。
さようなら真っ当な進路相談。
「じゃあもういいわ。とりあえずちゃっちゃと面談済ませましょー」
なんだかもう疲れ果ててやる気なさげに言い放つ藤ねえ。さっきまで保護者がどうこうと言ってたわりにはあんまりな投げやりっぷり。
こんなんでいいのか日本の教育現場。
「で、士朗の進路は進学と就職のどっちにするのー?」
「ドイツ留学してわたしといっしょに暮らすの」
「「は?」」
やる気なさげな藤ねえの問いにイリヤはきっぱりと答え、その内容に俺と藤ねえは声を揃えて聞き返した。
「だからシロウは、学校卒業したらわたしといっしょにドイツに行ってアインツベルンを継ぐの」
イリヤがさも当然と言った感じで胸をはってそう宣言した瞬間、閉めきられていた教室の扉が吹き飛んだ。
「なに考えてんのよイリヤスフィール!」
「そうです!先輩の意思も確かめずに!」
そして中に入るなりわめきたてる遠坂と桜。
『とびらをけやぶってなかにおどりこんだ』っていうのはこういうことを言うんだろう。 横開きの扉を蹴破るなって気はするが。
っていうか二人ともそこでずっと聞いてたのか。
「なによ。アインツベルンに来ればセイバーの再召喚だって不可能じゃないかもしれないわ。シロウにとってはいい話じゃない」
「なに言ってるのよ、そんな勝手なこと許されるわけないでしょ! 衛宮くんはロンドンの時計塔でわたしの助手をしてもらうんだから!」
「だめよ。アインツベルンの人間が時計塔になんて行けるわけないじゃない」
「それはあんたが戸籍勝手に書き換えたからでしょうがっ!」
にらみ合う世界有数の魔術師二人。っていうか俺の自由意志というものはどこに行ったのか。
「先輩」
「ああ、桜。なんでこんなところに?」
「先輩、外国に行ったりしませんよねっ!」
「いやまあ、俺としてはそのつもりだったんだけどなんか戸籍まで書き換えられてて……」
「聞いていました。それで、この書類にサインしてくれればその問題も解決します」
「えーと、ここの判子の横?」
「はい。後は先輩がさらさらっと名前書いてくれれば一件落着です」
「「何やってるかそこおっ!!」」
桜に差し出された書類はすごい勢いで吹っ飛んだ。
なんだか割と容赦ないガンド(二人分)に吹き飛ばされて。
「何っていうかガンドがかすったぞ今っ! なんか指先『じゅっ』とか言ったしなんかじんじんするしっ!」
「そこに散らばった書類見てから文句言って欲しいわね」
そう言う遠坂の指差すものはさっきの書類。
さっき差し出されたときは桜の指で隠れてた部分がはっきり見える。
『婚姻届』
「ちっ」
「桜さん、今『ちっ』とかおっしゃいませんでしたか?」
今まで信じていた、平和な日常の象徴がガラガラと音を立てて崩れていく音が聞こえたような気がした。
「ふふん。やっと本性現したわねサクラ。でもそれも無駄。士郎は私といっしょにアインツベルンの城で暮らすんだから」
「あなたこそ勝手に決めない方がいいわね。衛宮くんはわたしの従者としてロンドンに行くんだから」
「何言ってるんですか二人とも。先輩は日本で幸せに暮らすんですから、外国に行くんなら、どうぞとっとといなくなってください」
聖杯戦争終結後、この街は平和になったと思ってたんだけど気のせいだったんだろうか。
魔術師の遠坂とイリヤはもちろん、一般人のはずの桜までなんかすごい殺気を出してる気がする。
っていうかなんかよくわからない黒いのがうにょうにょと立ちあがってるような。
立て続けな状況の変化に俺が動けずにいると、藤ねえがすっくと立ちあがった。
この学校の教師として、この状況を打開するために−
「ダメーっ! 士郎は藤村組の専属料理人になるのーっ!!」
……そう言うわけではなかったらしい。
っていうか藤ねえ、あんたもか。
そんな女四人が対峙する中、
正義の味方志望の衛宮士郎ができることはといえば、
廊下に逃げ出して巻き添えくわないようにするぐらいだった。
そして背後の教室からはサーヴァント同士の激突だってここまでいかねえって感じの爆音やら叫び声が。
「衛宮、こんなところで何をしている?」
「ああ、一成か。いや、三者面談だったんだが……」
「……なにやら騒がしいようだが」
「頼む、聞くな」
「ふむ」
俺が懇願すると、一成は少し悩んだ後にうなずいてくれた。
「それでは、興味本位で別なことを聞かせて貰うが。お主、結局のところ進路はどうするのだ?」
親友からの問いに対して俺は、いまだ阿鼻叫喚っぽい教室の方を一度振り返ってから答えた。
「就職か進学かははっきり決めてないけど、この街にいるよ」
「そうしてくれ。恐らくこの街の平和はお前の双肩にかかっている」
そう言って俺の肩をぽんと叩く一成の表情からは本気か冗談かは判別できず、ただ苦笑いすることしかできなかった。
ちなみにその後、数時間にわたる死闘が繰り広げられた教室は復旧に一ヶ月の時を要した。
「あんたもちょっとは手加減しなさいよ」
「なによー。それ言ったらサクラのあれなんか反則ギリギリよ?」
「そんな。藤村先生だって竹刀で黒板真っ二つにしてたじゃないですか」
「言わないでよぅ。お給料減らされてピンチなんだから……」
当事者たちは全く無傷なあたり、これからが果てしなく不安であるが。
主に俺の命とか。
「大丈夫。協会で頼めば手足の一本や二本」
「いっそホムンクルスになるってのもすっきりするよ?」
「先輩が寝たきりになってもお世話は全部しますから」
「お爺様は抗争相手のマシンガンくらっても死ななかったし」
頼むから誰か助けて。
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