つまらない景色。変わり映えのない窓からみる景色。
他に見るものもないから、ずっと窓の外を眺めていた。ふと視線を落とすと見慣れないモノが柵をよじ登っていた。
魔がさした・・・とでもいうのだろうか。
家人に「不審な者がいる」と一言で済む問題だった。
が、気分が良かったこともあり、不審者をもっと近くで見てみたいと思った。
退屈な春の午後、彼の銀髪に誘われたのだろうか。
花壇に近づくと話し声が聞こえた。家人と話しているのか、または連れがいたのかと思ったが彼一人だった。
「今日もいい天気ですね。お日様がとても気持ちいい」
・・・花に話しかけているようにしか見えない。不審だ。
もしかして植物って、しゃべるのでは?と思うほど会話が弾んでいる。かなり不審だ。
やはり家人を呼んで追い出そう・・・とした、そのとき、不審者と目が合った。
「どうも、こんにちは。今日もいい天気ですね。お日様がとても気持ちいい」
優しい笑顔だった。悪い不審者ではなさそうだ。
「おっと、ハジメマシテかな?僕はウィリアム・エルガーといいます。よろしく」
「え、えとえと、あの、はじめまして、六条宮子と申します」
動揺していた。何故だかわからないけれど。
銀色の髪、丸眼鏡の奥の細くて穏やかな灰色の瞳、優しい眼差し。
このとき抱いた感情はなんだったのだろうか。
彼は高見塚学園で英語教師をしているらしい。今年で2年目になるという。
屋敷には、草花の手入れをするために無断で出入りしていたとのことだった。
道理で、今年は花壇が妙に整えられていると思った。
これからも花壇の世話をしたいという彼の願いを聞き入れた。
彼が正門からやってくるようになって、日々が過ぎた。身体の調子の良いときは庭に出て、彼と話をした。
他愛のない世間話だったけれど、時間が過ぎるのが早くて、退屈だったそれまでと比べて、楽しかった。
そんなある日、彼が花壇の前でぼーっとしているのを見つけた。
「こんにちは、エルガー様」
「ああ、こんにちは、ミヤコさん」
「どうかなさったのですか?」
「・・・うん。ここに来ても、僕のすることがなくなってしまってね」
それはそうだろう。私の療養中には家人が多く屋敷で働いている。花壇の世話も家人がやってしまっているのだろう。
「もう、ここに来る必要はないかもしれないね」
それは困る。また退屈な日々に戻ってしまう。だから困る。困るのは、きっと、そんな理由。
何でもいいから彼を留めて起きたかった。
「あの、お願いしたいことがあるのですが・・・」
「ん?何かな?僕にできることなら」
そして、4月から彼は私の先生になった。
先生の都合もあり、週2〜3日、私に家庭教師をしてくれることになった。
英語の授業も楽しかったが、私にとって、間に挟まれる雑談がより楽しく、大切で、主目的だった。
先生は、この春から2年生の担任もしているらしい。
星野君という面白い学生がいるそうだ。先生いわく「明るく楽しい子」だそうだ。
しかし、話を聞けば聞くほど、星野君は次々と問題を起こしているように聞こえる。
先生と一緒にいると楽しい。先生がいないと寂しい。先生のことを考えただけで胸が締め付けられる。
ああ、私は恋をしているんだ・・・と気づいたのは6月のことだった。
会えない日がもどかしかった。毎日逢えたらいいのに。
「先生、この単語はどう読めばよろしいのでしょうか?」
「・・・・・・」
先生は、ボーっと私の頭の辺りを見ている。
ボーっとしているときの顔も悪くない・・・とかそういうことを考えている場合でもない
「先生?先生!」
「え、ああ、えーと、そうだね。休憩にしよう」
6月に入って、先生に変化があり、授業の途中、ボーっとしていることが多くなった。
今までもボーっとしてはいたけれど、雲を眺めたり、鳥の鳴き声を聞いたりという感じだった。
最近は私の顔を見てボーっとしている気がする・・・というのは自意識過剰なのだろうか。
7月に入るとさすがに暑い。
あまりにも暑いと、今までは身体の調子が崩れていたが、最近はどんどん良くなってきている気がする。
家庭教師の日は、先生が来るのが待ち遠しい。まだ学園で授業中であろう時間でさえ、ずっと窓の外が気になる。
先生の姿が見えると、窓から手を振る。先生もそれに気づいて手を振ってくれる。
逢いたい。逢いたい。一秒でも早く逢いたい。
居ても立ってもいられずに、先生を迎えにいく。
先生は身体に障るからと遠慮するが、止められない。抑えられない。
だから、先生が帰るときは寂しい。
先生の後姿を窓からじっと見つめる。もしかしたら戻ってきてくれるかもしれないと、あり得ない期待もする。
たまに振り返った先生と目が合う。先生は手を振って、私も手を振り返す。
夏休みに入る前に私は先生にお願いをした。
「夏休みからは毎日来ていただけませんか?」
先生は迷わず、「いいよ」と言ってくれた。嬉しかった。
先生は何故こんなわがままを聞いてくれたのだろうか?
私が先生を好きで毎日先生と一緒にいたいと思うのと同じように、先生も私と一緒にいたいと思ってくれているのだろうか?
先生の気持ちが分からない。
夏休みに入ると、約束どおり、先生は毎日来てくれた。朝から夕方までずっと先生と一緒に居られた。
ずっと勉強をしているのもつまらないので、ときどき雑談をはさんだ。
そして、だんだん雑談の占める割合は大きくなっていった。
先生は私がお話をせがむと「仕方がないな」と笑いつつ、自分の趣味である島の伝承を教えてくれる。
この島には何度も来ているけれど、知らないお話しばかりだった。
特に、「海から来た女と合わせ石」の伝説は感動のあまり涙を堪えることができなかった。
「夜中に一段増える校舎の階段」の話は忘れたい。
そんなある日、体調がよかったこともあり、私と先生は屋敷の外に散歩に出た。
体調が悪くなればすぐ引き返すという条件付きではあったけれど。
町を歩いていると叫び声?怒鳴り声?が聞こえた。
「こぉらぁーー!一誠ぇぇぇ!まーちなさーい!」
「待てといわれて待つバカがどこにいるぅーーー」
叫び声・怒鳴り声が近くなっていく。気づけば後ろから男女がものすごい勢いで駆けてくる。
「こんにちは、星野君、永森さん」
ぶつかる直前に先生は二人に声をかける。
「今日も元気ですね。二人とも」
「ちょっと聞いて下さい、エルガー先生!一誠が・・・って隣の方は?」
「ハナさん聞いちゃ悪いよ。逢引の最中なんだからさ」
「ははは。ただの散歩だよ。こちらは六条ミヤコさん」
「あぁ六条屋敷の」
「話題のシンソウの令嬢。へぇ先生も隅に置けないねぇ」
「ふふっ、どうも、六条宮子と申します。よろしくおねがいしますね」
「どうも、こちらこそ。永森ハナですって・・・コラッ!逃げるなっ!一誠!」
「・・・行ってしまわれましたね」
「そうだね。元気がいいのは良いことだ」
「・・・」
「どうしたの?ミヤコさん。顔色が優れないけれど。大丈夫かい?」
「帰りましょう、先生」
屋敷に帰ってもさっきのことが思い返された。気分が悪い。
やっぱり先生も明るくて活発な女の子が好きなんだろうか?永森さんのような。
病弱で暗い自分なんて。好かれるはずない。私を好きでいて良いことなんてない。
帰り際、先生は私の体調を心配していた。よっぽど不調に見えたのだろう。
本当は聞きたくなかった。でも聞かずにはいられなかった。
「先生には、好きな女性がいらっしゃいますか?」
「・・・」
先生は答えない。
「先生は、どのような女性がお好きですか?」
「・・・」
先生は答えない。
「やはり、健康で活発なお嬢さんがいいのでしょうね」
「・・・」
先生は答えない。
「じゃあ、お大事に」
とだけ言って先生は帰ってしまった。窓から見つめ続けるけれど、先生は振り返らない。
あんな失礼なことを聞いてしまって、嫌われたかもしれない。明日から来てくれないかもしれない。
不安で眠れない夜を過ごして、次の日、何事もなかったかのように先生は来てくれた。
泣きたくなるくらい嬉しかった。
8月のある日、私は先生にお願いをした。
そのお願いは先生のお話の中で最もおもしろかった「泪島の隠し財宝」の舞台である泪島に連れて行って欲しいというものだった。
宝が無いのは知っているし、物語自体、矛盾だらけだとは聞いていた。
けれど、その物語の舞台に、自分の足で行ってみたかった。自分の目で見てみたかった。
このお願いは、先生は当然として、家人、主治医まで巻き込み、何とか受理されることとなった。
泪島へは小船を借りていくことになった。
問題の隠し財宝は、泪島の洞窟にあるとされている。
きっと洞窟に行っても宝は見つからないだろう。
でも、今日は先生と無人島で2人きりでいられる。
今日はそれで幸せだ・・・。
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