「〜〜〜〜♪」
冷蔵庫を開くと、そこには乱立した酒缶の林…野菜などはもぎたてを使うので、冷蔵庫は専ら、飲み物類が多数を占めていた。
鼻歌を歌いながらテーブルに着き、缶のプルトップを開けて、中身を一気に喉に流し込んだ。
「こくっ、こくっ、ぷはぁ〜っ。ああ………この一杯があるから、日々を頑張れるのよねぇ」
夏の夜半………風呂あがりの晩酌に喉を潤わせながら、沙衣里は心地よさそうに声をあげた。
しばし酩酊感に身を浸していると、田舎ならではの静けさに、そのまま寝入ってしまいそうになる。
随分と、わたしもここの生活に染まったものよねぇ…などと、ぼうっとした頭でそんな事を考えた。
「あら、ま〜た飲んでるんだ、さえちゃんってば」
と、同じように寝付けなかったのか何なのか、ふらりと食堂に闖入者が現れたのは、その時である。
ロングの髪を無造作にたらし、寝巻きを着込んだ長身の少女…浅倉奈緒子であった。
「また、ってのはなによぅ。今日は、これが一杯目ですっ」
「…どうみても、開いた缶が3つにあるように見えるけど? さえちゃん、これ何本か分かる?」
からかうように、ピースサインを沙衣里の前で振る奈緒子。
少々機嫌を損ねたのか、子供が拗ねたような仕草で、上目づかいに沙衣里は奈緒子を見る。
「二本でしょ。いいのよ、これ一本くらいじゃ、飲んだうちに入らないんだからっ」
「…あらら、こりゃ駄目だ、既に酔っ払っちゃってるわ」
よく分からない言い訳をする沙衣里を、呆れたような表情で見つめていた奈緒子。
ふと、何を思ったのか…彼女は沙衣里の対面に座ると、テーブルに乗っている缶の一つを手に取った。
「あ、ちょっと何するのよ浅倉ぁ…それ、わたしの」
「まぁまぁ、いいじゃないのさ。一人で飲んでちゃ、酒量もわきまえずに倒れることになるよ」
「うぅ〜…」
実際、つい最近…同じように夜中に飲んでいたら、酔いつぶれて寝入ってしまったことがあった。
その時は、寮の唯一の少年がお姫様抱っこで部屋まで運んでくれたそうだが………。
翌日、そのことがばれた後は、いいかげん酒をやめたらどうかと、散々に言われたのである。
………大半は、沙衣里よりも星野少年に非難が集まっていた気もするが。
「そういうわけで、ご同伴に預かりましょうか?」
「………あんた、自分が学生って自覚、持ってるわけ?」
愚痴る沙衣里の言葉を聞き流し、発泡酒の缶を開けてあおる奈緒子。
こうなっては何を言っても無駄かと悟ったのか、沙衣里も飲むことに集中する。
しばし、お互いに無言でお酒を煽る。のんびりとした沈黙の後…先に口を開いたのは、奈緒子のほうだった。
「さえちゃんさ…最近、綺麗になったよね」
「うわ、いきなり何なのよ、気味悪いなぁ。浅倉に誉められるなんて、何か裏があるんじゃないかと疑っちゃうわ」
「って、たま〜に誉めたと思ったら、そのリアクションは無いんじゃないの?」
眉をひそめる沙衣里に、呆れたような表情を見せる奈緒子。
とはいえ、それで気分を害したというわけでもないようで、酒で滑らかになった口はポンポンと言葉を発し続ける。
「いや、あたしとしても、意外だと思ったんだけどね。ただ、ここ最近の変化はかなり如実だったからさ」
「ん〜、なんのこと?」
「………さえちゃん、あんた、恋してるね」
ぶっ!
「げほげほ…うえ、気管に入ったぁ………もう、いきなり変なこと言わないでよ、浅倉ぁ」
テーブルの向こうで、むせかえる沙衣里を頬杖をついて見ながら、奈緒子は観察するかのように目を細める。
「別に変じゃないわ。見た目は変わらないけど、仕草やら何やら、これでもかって変わってるもの」
「ぇ、そ、そうかなぁ………」
にへらぁ、と相好を崩す沙衣里。そんな彼女を奈緒子は未知の生物を見るような目で見ていた。
少なくとも、彼女が恋愛をするという図式は、奈緒子にとってはカルチャーショックであったらしい。
「…ま、相手が誰かとか聞きゃしないけどさ、あんまり浮かれるのもほどほどにしときなさいよ」
「え、なによぉ、それ」
浮かれた気分に水を指されたのが不満なのか、奈緒子にじとっとした視線を向ける沙衣里。
しかし、根が豪胆な生徒会長は、そんな寮長に気おされることなく、淡々と静かな言葉を放った。
「しょうがないじゃない。さえちゃんは今は寮長なんだから、少なくともあと半年は、つつがなく過ごしてもらわないと」
「………」
あと半年、それでここの生活は終わりを告げる。それは大前提で決まっていること。
幸い…沙衣里も彼も、この島に留まることは決まっている。しかし、こういう自由な生活の時間は、ここでしか取れないだろう。
一つ屋根の下で過ごし、笑いあい、怒り、共に泣き…そういった共同生活の心地よさは、沙衣里も分かっていた。
………そして、それが様々な我慢のうえに成り立っていることも。
奈緒子は暗に、羽目を外しすぎるなと、沙衣里に言っているようである。酔った彼女の頭にもそのことは理解できた。
「とにかく、お酒も恋愛も、何事も程々にしときなよ………あたしが言うのも、何だけどさ」
どこか苦笑めいた顔で奈緒子は席を立つと、彼女はそれきり、食堂に戻ってこなかった。
ただ一人、食堂に残された沙衣里は、しばらくして、手に持った酒を喉に流し込む。
先ほどまで美味しく感じられたそれは――――ぬるくなってたけど、やっぱり美味しかった。
「だって、好きになっちゃったんだから、しょうがないじゃんかよぉ…」
呟いて、沙衣里はテーブルに突っ伏した。流されるままに始まった恋…障害の数は山ほど。
それでも、久方味わったことのない充実感を、沙衣里は味わっていたのだった。
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