「お〜い、まさふみー生きてるかー」
確認のために、隣の友に呼びかける。
「・・・」
―だめだ、こりゃ。完全にツブれてる。
雅文に呼び出されたのは晩飯の直前、
「ヤケ酒に付き合ってくれ!」
「ヤダ」
この時点で、晩飯が食えないとアイツに言えるわけないので即答だ。
「頼むよぉ、今日はオレがおごるから!」
「仕方ない」
言っておくが、決してオゴリに釣られたわけではない。ただ、ヤケ酒を求めるほどに傷ついた友を癒さんという崇高な目的が・・・
そんなこんなで某地味な幼なじみの微妙な視線を感じつつ寮を後にした。
当初はサザンフィッシュで飲む予定だったのだが、隆史さんが仕入れ(?)のために内地に行っているため、
俺が普段馴染みにしている飲み屋に行くことになった。
「マジかよ。こういうとこメチャクチャ高いんじゃないか?」
とビビるこいつに
「大丈夫。学割が効くから」
と言って、店に入ったのが3時間前。
で、そのあいだ愚痴愚痴と延々と
「分家の何が悪いってんだ」「どーせオレなんか分家の次男坊さ・・・」
などなど俺に対する批判ともとれるような愚痴を聞かされていた。
「あらま、そんなに飲んでたっけ?」
「って、澄江さんが飲ませたようなもんじゃないですか・・・」
澄江さん(年齢不詳)に軽く突っ込む。
この人の『他人の愚痴を聞く』『酒を飲ませる』というスキルに脅威を感じざるを得ない。
「まぁ、飲んで忘れられるのであればジャンジャン飲んじゃったほうがいいじゃない」
「そりゃ、そうですけど」
愚痴を聞く必要がなくなり、暇になった俺は以前からのちょっとした疑問を聞くことにした。
「そういえば、この店なかなかシャレた名前ですけどなんか意味あるんですか?」
「マスターの初恋の人の名前らしいわ。」
「へぇ、そうなんですか・・・」
と言った直後、ドアの開く音と
「ちくしょー、分家の小倅がどうしたってんだ!!」
雅文の復活の雄叫びを同時に聞いた。
「ほら、帰るぞ。分家の小倅」
堂々とした女がづかづか寄ってくる
「の、紀子・・・、なんで」
「うるさい。航、おやすみ」
「ああ、おやすみ」
首根っこをつかまれ連行される(←例えではない)雅文にエールをそっと見送り、新しい酒を注文する。
今夜は月が明るい。だが隣の連れは相変わらず暗い。
「まーた、ウジウジしちゃってさ。情けない」
「うるせーよ!お前にオレの気持ちが分かってたまるかっつーの。ううっう」
「なにも泣くことないじゃない」
「俺はな、お前にだけは”分家の小倅”なんて言われたきゃねーんだよ」
昼間、ちょっとした弾みで言ってしまったこと。彼を傷つけた一言。言ったこと後悔していた。
割と傷つきやすいヤツだって知ってるから。だから探してた。
「・・・そんなちっぽけなことまだ気にしてるの?」
「なっ」
「わたしにとって、雅文は”分家の小倅”じゃなくて”大事なひと”だよ」
「紀子・・・」
「あのときの約束も覚えてる。あの石も肌身離さず持ってる」
「うん」
「安心しなさい。航も海己もわたしも誰もそんなことであんたを嫌いになったりしないから」
「ああ、そうだな。すまね、もう大丈夫だ。へへっ、悪いな、慰めてもらって」
雅文に笑顔が戻る。わたしも安心する。わざわざ恥ずかしい本心を口に出した甲斐もあったというものだ。
「まあ、たまにはいいわよ。今回のことはわたしも悪かったんだし」
「・・・」
「・・・ねぇ」
「ん?」
「ひさびさに合わせてみない?」
「へ?」
「だから、合わせ石」
「・・・な、なぁ、紀子」
「なに?」
「・・・」
沈黙。そしてナンパの現場を押さえられたときと同じ表情・・・
「まさか、あんた」
「いや!失くしたわけじゃないんだ!ただな、大事なものは大事なところにしまっておこうと
・・・ごめんなさい」
「まぁいいわ。今に始まったことじゃないし。」
「ふぅ」
「でも、今夜中には所在を明らかにしておくこと!いいわね!」
「は、はい!徹夜で探索に当たります!」
なんで、こんなヤツ好きになったんだろう?見上げても、お月様は教えてくれないし、答えなんてきっと必要ない。
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