俺はかつて、救世主だった。
改めて言葉にしてみると果てしなく胡散臭いが、事実なのだからしょうがない。
そして俺は全ての戦いを終えて地球に戻ってきた。
妹であり、守るべき存在であり、戦友であり、そして最愛の人である未亜とともに。
辛いことが多すぎるから、未亜の中にある戦いの記憶は封じられた。
だからあの世界と戦いのことを覚えているのは俺ひとり。
俺は全てを胸に抱いて生きていこうと決めたから。
さておき、この春から俺と未亜は二人でアパートに住んでいる。
俺は無事学校を卒業したので働き始め、日々の生活費を稼いでいる。
あと、未亜もアルバイトを始めた。
俺としては未亜には苦労かけたくなかったのだが、それでも「お兄ちゃんだけに苦労かけるわけにいかないよ」と強く言われて、結局折れてしまった。
実際、生活費が助かるのは事実だし。
そんな感じで、俺と未亜は二人で生きている。
俺には未亜が必要だし、未亜には俺が必要だ。
俺は未亜を支え、未亜は俺を支える。
二人でいれば、何も恐れることはない。
さまざまな苦難も二人で力をあわせて乗り越えてきた。
でも。
「だうー」
ある日、自分の部屋に見知らぬ赤ん坊がいると言うのはどうすればいいんだろう。
「あうー」
オーケイ、まずは状況を整理しよう。
『困難に遭遇したら、まず状況をしっかり把握すること』
あのアヴァターの救世主クラスで学んだことだ。
朝起きて、飯を食べた。
そして、学校に行く未亜と一緒に家を出た。
うん。何度思い出してみても、そのときこの家には俺と未亜しかいなかった。
そして途中で別れて俺は現場に行ったが、あいにくの雨で今日の工事は中止。
今日は休みと言うことになってさっき家に帰ってきた。
そして家に戻ってきて鍵を開け、部屋に入ると―――
「あー」
この赤ん坊がいた。
「いや、さっぱりわからん」
状況整理失敗。
いや、失敗って言うかそれ以前の問題な気もする。
「いかん、思考がマイナス方向に向かっている」
駄目だ。困難に相対するときには心を奮い立たせなければ。
そう、俺は神すら倒した男。
過去数百、数千にわたって存在し続けた『救世主』たちよ、今また俺に力をっ!
「あうぅ……」
貸してくれる気配はなかった。
くそ! 俺の前の『救世主』は全員女だったって言うんだから、一人ぐらい子供のあやし方教えてくれたっていいじゃねえかコンチクショウ!
「えぐっ……」
いかん、赤ん坊がむずがりはじめた。
本来ならばここで抱き上げてあやしてやればいいんだろうと思うが、自慢じゃないけど俺は子供に嫌われるたちだ。
ニコニコご機嫌な赤ん坊だって俺にかかれば二秒で泣き出す。
数々のバイトをこなしてきた俺だが、子守は駄目だ。
一度やってみたが五分で首になって、今では派遣事務所にブラックリストが回っているはずだ。
……果てしなく不名誉な記録な気はするが、事実なんだからしょうがない。
反対に未亜は子供に好かれる方で、泣いてる子供だってものの数分で笑顔に変えてしまう。
でもまあ今ここに未亜はいない。
「第一、未亜がこんな状況を見たら」
「見たらどうなるのかしら?」
「俺と子の赤ん坊の関係を邪推してそれはもう……」
予想だにしない声が返ってきたことに驚き振り向いてみると、
そこにいるのは見目麗しいわが妹。
「『それはもう』?」
「いやあの、それは言葉の綾って奴でその……」
萎縮しそうな心を必死に奮い起こし、そちらを見上げる。
そして大きく息を吸い込み、次の言葉を続ける。
「お帰り、未亜」
「文脈の前後が全然繋がってないけどただいま、お兄ちゃん」
「未亜、学校は?」
「うん、今日雨だったでしょ? だから今日はお兄ちゃんも早く帰ってきてるかなあ、と 思ったから授業終わってから急いで帰ってきたの」
まるで天使のような笑顔を浮かべ、そう答える未亜。
ああ、何てありがたいことなんだろう。
最愛の人がそんなことを思ってこの雨の中大急ぎで帰ってくるなんて。
しかも途中でスーパーによってきたのか両手には食材が詰め込まれた買い物袋を持ってるし。
ニンジン、ジャガイモ、玉ねぎに豚肉。
材料から察するに今夜はシチューだな!?
「うぁ……」
軽く現実逃避なんぞかましている間に子供の機嫌が自然とよくなったりすることはなく、気づいてみると今にも泣き出しそうだ。
「ああ、なにやってるのよお兄ちゃん!」
そういうと未亜は荷物を床に置き、部屋の中へと駆け込んでいった。
「未亜?」
「ほら、赤ちゃんほったらかしにしてこんなところで。このアパート壁薄いんだから、子供が泣いたりしたら近所に迷惑でしょ?」
予想していたのとは違う反応に戸惑っていると、未亜は赤ん坊が納められているバスケットの脇に立って赤ん坊のほうにその手を伸ばしていた。
その顔には慌てたような表情が見て取れるけれども、赤ん坊に対する悪意とかそういった感情は一切見て取られない。
「未亜……怒らないのか?」
恐る恐るそんなことを聞いてみると、未亜は呆れたように一つため息をついてから返事を返した。
「お兄ちゃんがまた浮気して、あろうことか子供まで作ったってことを?」
「いや、そんな事実は全くないぞ!」
怖かった。
問い詰められないのは落ち着かなかったが、思ってたことをそのまんま聞かれたらそれは果てしなく怖かった。
思わず身構えてしまうほど怖かったが、それ以上の追求はなかった。
怯えている俺を見て未亜はまたため息をつくと、俺のほうに向き直ってから口を開く。
「まあ確かに一瞬そうかと思ったけど、いくらお兄ちゃんでも外国の人になにかしたりはしてないでしょ?」
「ああ、うん。もちろん」
「この子、どうみても日本人には見えないし」
言われてみればその通りだ。
髪の色が違うし、赤ん坊が着ている服も、赤ん坊が納まっている籠のようなものもどこ か日本では見るものとは違う感じがする。
さすがに何人かはわからないが、少なくとも日本人には見えない。
「状況はよくわからないけど、とりあえずこの子に落ち着いてもらおう?」
そういって未亜は赤ん坊の横に座り、そっと手を伸ばす。
そして優しい声で「おお、よしよし」とか声をかけながら大事な宝物を扱うかのように優しくふわりと抱き上げたら、
「ふぎゃー!!!」
泣き叫ばれた。
「え? え? え?」
「あれ、どうしちゃったのかしら」
「ふぎゃー!!!」
泣き止む気配無し。
未亜は赤ん坊をあやすために声をかけながらゆすってみるが、泣き声は加速する一方。
「えーと。おしめが汚れて……はみたいだし、そうするとお腹が減ったのかなあ。何か赤 ちゃんにあげられるようなものあったっけ……」
「ふぎゃー!!!」
加速して大きくなっていく泣き声の音量。
『火がついたように泣き出す』って言うのはこういう状態のことを言うんだな、きっと。
「お兄ちゃん! そこで他人事みたいな顔してないでこの子ちょっと抱いてて!」
「お、俺がか?」
未亜の言う通り半分かた他人事なつもりで赤ん坊が泣くのを見ていたら、そんな衝撃的なことを言われた。
「未亜、お前も知ってるだろ。俺は子供には嫌われるから―――」
「それは知ってるけど、とりあえずミルク用意するからその間だけ。まさか放っておくわけにも行かないでしょ?」
「まあ、そりゃそうだが……」
「泣き止まないようなら外でも散歩してきて。ちょっと一回りしてくればいいから」
「お、俺がか!?」
まだ夕方で日も沈んでいない住宅街。
最近顔見知りも増えた近所を泣き喚く赤ん坊を抱きながら散歩する自分の姿を想像する。
「……悪夢だ」
「いいからお願い! お兄ちゃん、ミルクとか準備できないでしょ?」
「ああ、うん」
確かにその通りだ。
一応子守のバイトをした経験はあるが、なにぶん五分なのでなにも知らん。
助手につけてもらって仕事覚えようと思った矢先に首になったからな。
「お兄ちゃん、お願い」
「……くそ。じゃあその辺適当に歩いてるから、準備できたら携帯に電話してくれ」
「うん、わかった」
しょうがない。
確かにこの状況では俺が散歩に連れて行くしかないだろう。
このまま泣き続けられて、それが原因でこのアパート追い出されたらかなり困る。
「ふぎゃー!!!」
「あー、よしよし。いいこだからちょっと我慢しててくれよ」
俺は意を決して赤ん坊に近づき、恐る恐る手を伸ばす。
そして泣き叫ぶ赤ん坊を抱きしめて玄関から外に―――
「だうー」
「……あれ?」
泣き止んだ。
「えーと」
「……お兄ちゃん?」
よくわからない。
子供に好かれる未亜が抱きかかえてあれだったんだから、俺なんかが抱いたらそれはもう凄い泣き方をすると思ってたんだが……
「だぅー。きゃっ、きゃっ」
泣くどころかご機嫌っぽい。
何が楽しいのか、抱きかかえた赤ん坊の前にある俺の顔をぺし、ぺしと叩いて喜んでいる。
「・・・・・・お兄ちゃん、何したの?」
「いや、俺にもさっぱり」
そう、さっぱりだ。
子供を抱き上げただけ。
子守のバイト(五分)のときに子供の抱きかただけは教えてもらえたので一応その通りに抱き上げたんだけど、ただそれだけ。
それだってさっきの未亜の抱き方となにも変わらないはずだ。
「……なんだろう」
「よくわからんが……未亜、代わってもらっていいか? 泣きやんだんなら俺がひとっ走りスーパーまで行って粉ミルクでも買ってくるよ」
「ああ、うん。そうだね。牛乳温めようと思ってたんだけど、時間があるなら粉ミルクのほうがいいと思うし」
とりあえずの危機は去ったようなので、安心して未亜に子供を手渡す。
せっかくよくなった機嫌がまた悪くならないように、慎重に未亜の手に赤ん坊を―――
「ふぎゃあーっ!!!」
渡したとたんに泣き始めた。
「え? あれ?」
「どうしたんだ一体? さっきまであんなにご機嫌だったのに」
何が原因なのかさっぱりわからず、とりあえず未亜の手から俺の手に赤ん坊を―――
「あぅー」
渡したとたん泣き止んだ。
「……」
「……」
「……」
「……」
未亜に渡す。
「ふぎゃーっ!」
俺が受け取る。
「えぅ……」
泣き止む。
未亜に渡す。
「ふぎゃーっ!」
俺が受け取る。
「だぁ……」
泣き止む。
ゆすってやったりすると超ご機嫌。
「きゃっきゃっきゃっ」
まあとりあえずこの子が泣き止む条件は判明したわけだが、危機の全てが去ったわけではなかった。
「……お兄ちゃん?」
「はいっ!?」
なんだか凄まじいプレッシャーを放ちながら俺に問いかける未亜。
思わず返事の声が裏返った。
すっげぇ怖いです未亜さん。
「お兄ちゃん、本当に知らない子なの?」
「何を言う! 俺が未亜に嘘をついたことがあったか?」
「うん。わりとたくさん」
「……」
いかん、状況が一向に改善されない。
って言うか着々と悪化している気がする。
「だって、さっき未亜だって納得してたじゃないか! 『この子、どうみても日本人には見えないし』とか言って!」
「そうだけど。ひょっとしたらってこともあるし……」
いかん、未亜からのプレッシャーが着々と大きくなってきている。
確かに昔はいろんな娘と色々していたことは事実だが、アヴァターから帰ってきてからは未亜一筋で過ごしてきたと言うのに、あんまりな仕打ち。
こんなことなら遠慮しないで浮気すれば―――
「お兄ちゃん、今ろくでもないこと考えてたでしょ」
「な、何を言うんだ妹よ!」
いかん、返事がめっちゃ裏返った上にどもった。
状況、さらに悪化!
未亜はじりじりと間合いを詰めてきているって言うかいやマジで濡れ衣です勘弁してください未亜さん!
もう声も出せずにじりじりと後ずさっていると、腕の中の子供が俺のシャツを掴み、何か言いたそうに口をもごもごさせている。
「お、なんだ?」
「お兄ちゃん、ごまかさないで!」
「いやでもほら、せっかくこの子も泣き止んだんだし!」
こうなったらこれしかない。
未亜だって、またこの子が泣き始めたら困るだろう。
とりあえず今は時間を稼いで未亜の頭を冷やさないと……
「ぁー」
「ん、なんだ?」
この状況で俺が優位に立つための、もはや最後の希望となった赤ん坊を抱きかかえて精一杯優しい声で問いかける。
そしてそんな俺の気持ちがわかってくれたのか、まだたどたどしいながらもはっきりと喋った。
「ぱぱぁ……」
空気が―――固まった。
凝固した。
もはやプレッシャーとかそう言うレベルではない。
未亜から発せられるものはもはや殺気と言っても過言ではないレベルに高まりつつある。
「いや待て未亜! 話せば判るって!」
「『パパ』って言ったよね、その子」
「だから身に覚えがないって。こんな見事な赤毛の子供なんて―――」
頭に何か引っかかる。
今俺の口から出た言葉が妙に引っかかる。
いや、それに気づいちゃいけない事実があるような気がするけれど、それでも今の言葉 には全ての真実の鍵が在りそうで―――。
そんなことを思っていても未亜の歩みは止まらない。俺はもはや未亜に言葉をかけることすら出来ずただじりじりと後ずさるだけしか出来ない。
「いたっ」
やがて俺は部屋の恥まで追いやられ、子供のはいっていた籠に躓いてをひっくり返す。
籠は転がり、その中に入っていたものは周囲に散乱する。
クッション代わりに使っていた布と、おそらくはこの子の着替えであろう小さな衣服。
そして転がりだす拳大の石ころ。
その色合いは、おそらくこちらの世界では見られることのないなんともいえない色。
「……幻影石?」
そう、それはある手順を踏むことにより、周囲の景色を幻影として記録する魔法の石。
冷静に考えてみればたった二年前も経っていないと言うのに、遥か昔のような気がするあの世界での―――根の世界アヴァターでの思い出の一つ。
その幻影石が転がりだし、壁にこつん、とぶつかる。
そしてそれがスイッチになったのか、記録されていた映像が浮かび上がる。
最初は乱れていた映像もやがて鮮明な絵を結び、まるでその場に存在するかのような鮮明な映像を見せる。
そこに映るのは、明らかに俺たちとは違う―――しかしながら馴染みのある紫色のローブに身を包んだ女性。
鮮やかな赤い髪のその女性は、意を決するように一つ呼吸をすると声を出した。
「久しぶりね、大河」
懐かしい声。
そう、アヴァターで俺や未亜と共に学び、共に戦った救世主クラスの一人。
救世主クラス主席にして学園長であるミュリエル・シアフィールドの養女。
リリィ・シアフィールド。
その声を聞くにつれ、地球での日常を過ごすうちに薄れつつあったアヴァターでの日々が思い出されていく。
「あなたたちが帰った後、私はお母様の後を継いで学園長になったの」
あの日、赤の書の力で突然アヴァターに召喚された運命の日。
俺たちは救世主候補として訓練をつみ、やがて訪れる実戦。
そんな出来事がまるで走馬灯のように―――なんか例えとしては物騒すぎる気がするが、まさにそんな感じで思い出されていく。
「復興もだいぶ進んだわ」
そういって映し出される街の映像は、さすがに以前のようとはいかないがそれでもひところに比べれば建物も並び、街からは活気が感じられる。
「救世主クラスのみんなも元気よ」
リリィの口から近況が報告されるにつれ、思い出されるみんなの顔。
ベリオ、カエデ、ナナシ、リコ・リスとイムニティ。
みんなとの思い出が順を追って思い出される。
そしてやがて思い出されるのはリリィとの思い出。
最初は一方的に敵視され、喧嘩ばっかりしてたっけ。
「わたしもここしばらくは仕事を出来なかったんだけど、やっと復帰できたの」
でもやがて分かり合って仲間になって。
戦いが続く中、全てが嫌になってしまった俺を支えてくれたのはリリィだったっけ。
そう、救世主の鎧を破壊しに行ったときに俺は未亜とはぐれ、全てを投げ出した。
でもリリィはそんな俺のそばにいてくれて―――
「それで、そっちに送った子供のことなんだけど」
「あ」
いかん、思い出した。全てを克明に思い出した。
これ以上リリィに喋らせちゃいかん。
俺はわかった。
この俺の灰色の脳細胞がじっちゃんの名にかけて謎は全て解けてパズルのピースがはまってしまったのでこの事実は隠蔽しなきゃいかん。
そう、俺は思い出した。
「名前は『当真大地』って言うの」
思い出したのはあの日のリリィとの情交。
未亜を失ったと思い全てを投げ出したくなった俺は、無抵抗なリリィの身体を獣のように蹂躙しつくした。
いやもうそりゃ自棄になってたからそれなりの準備とかも考えずそりゃあもう一晩中。
「そんなわけで、ちょっとこれから会議に入るから。大地のことをお願いね―――パパ」
パパ。
リリィが顔を真っ赤にしてそう告げるのと同時に映像は消える。
記録された映像はここまでらしい。
まあこれでこの謎の赤ん坊の素性がはっきりしたわけだが―――
ズガッ!
任務を終えた幻影石に突き刺さる一本の光の矢。
ズガガガガガガッ!
俺があっけに取られた一瞬の間に光の矢は二本、三本と数を増し、その全ては狙いをた がわず先ほどまでリリィの姿を映し出していた幻影石を貫いた。
そして無数の矢が突き刺さった幻影石は小さな破裂音を残して塵と化す。
正確無比な精密射撃と欠片も一片の容赦もない威力。
この前見た映画の光線銃なんて比較にならないそれに、俺は見覚えがあった。
アヴァターで幾度も見た、っていうか何度も食らったそれの射手は。
「お兄ちゃん?」
俺の後ろでにこやかに微笑んでらっしゃいました。
「……いえ、あのこれは……っていうか未亜さん、ひょっとして記憶の方は……」
「うん。全部思い出した」
「そうですか。それじゃあ俺の話を……」
「うん、未亜はいい子だもん。お兄ちゃんの話はしっかり聞くよ?」
その通り。
未亜はしっかりと俺の方を向き、俺の言葉を待っていてくれる。
……その手には光の矢をつがえた純白の長弓を携えて。
「えーと、まず。何でお前ジャスティを」
その弓の名はジャスティ。
かつての救世主候補、白の主たる当真未亜の力の具現たるモノ。
しかし、アヴァターでの記憶とともに封じられたはずのもの。
それは今確かに未亜の手の中にあった。
なんだかあの神の座で見た時のいい笑顔を見せてBGMにFatallyを鳴らしつつ。
「召喚器は、主の強い気持ちに応えてくれるんだよね」
「ちなみに今回の『強い気持ち』っていうのは……」
聞きたくはないけど。
でも、確かめないわけにはいかないから聞いてみる。
そして未亜は、俺の問いにはっきりきっぱりしっかり答える。
「浮気ものは―――死んじゃえ」
告げると同時に放たれる光の矢を放ちつつ。
「うわあっ!!」
飛びのいた次の瞬間、俺のいた場所には光の矢が突き刺さる。
「危ないだろ未亜、殺す気かっ!」
「大丈夫。その子を差し出してくれれば、お兄ちゃんは半殺しぐらいで済ませてあげる」
「できるかあっ!」
そう叫ぶと俺は赤ん坊―――どうやら俺の子供らしいという衝撃の事実が判明した子供 を抱きかかえて走り出した。
根の世界アヴァター。
その中心、王都に存在する王立フローリア学園。
さらにその中の一施設である召喚の塔に一人の女性が入って来た。
「ただいま」
「おかえりなさい」
その人物を迎え入れる召喚の塔の管理者、リコ・リス。
二人の眼前にはひとつの映像が映し出されている。
「いいんですか?」
「母親が忙しいときは父親が子供の面倒見るのは当然じゃない」
リコ・リスの問いに先ほどの女性―――王立フローリア学園学園長リリィ・シアフィールドはそう答えた。
「賢人会議のおっさん達ったら毎回毎回だらだらと無駄な会議ばっかりして。わたしだって暇じゃないんだからそんなものに突き合わせるんじゃないって言うのよ」
「いえ、それはいいのですが」
先ほどまで出席していた会議について愚痴るリリィの言葉を遮って、リコ・リスは映像を指差す。
「大地くんもピンチな気がするんですけど」
確かに目の前に結ばれた映像の中では、大地を抱きしめた大河が未亜の放つ光の矢から必死の形相で逃げ惑っていた。
「相変わらず切れると怖い娘ね……」
「貴方も人のことは言えないと思うけれど?」
「……何か言ったかしら、イムニティ」
「事実を述べただけだと思うのだけど?」
意識せずにもらした呟きに余計な合いの手を入れられてムッとしたが、否定しきれないので黙り込む。
あのガルガンチュワでの決戦の後に大河が連れてきたこの皮肉屋は、元々敵―――しかもその大幹部だったということもあって色々あったが、今はリコ・リスとともにこの召喚の塔の管理者として働いてくれている。
まあ有能ではあるし言うことに間違いはないので、リリィとしても邪険に扱うつもりはない。腹は立つが。
「じゃあ、大地を召喚して。アンカーはまだ残ってるんでしょう?」
「かしこまりました、学園長」
イムニティそう言って、慇懃無礼を絵に描いたような見事な礼をしてから召喚の儀式を行い、数瞬の後には召喚陣の中心に愛すべき息子が帰ってきた。
「よしよし。それじゃあ食事にしましょうか」
そう言ってリリィは大地を抱き上げ、さっさと出て行こうとする。
「学園長」
「今度はリコ?」
「マスター―――大河さんは召喚しなくていいのですか?」
そう問い掛けるリコ・リスの視線を追って先ほどからの映像を見てみると、大地がいないことに気を回す余裕すらなくなったのか、大河が必死の形相で逃げ回っていた。
「あ、大河の方も召喚器を呼び出したわね。アヴァターにいないのに召喚器を呼び出すなんて、さすがは元赤の主と白の主といったところかしら」
楽しそうな声でのんきにそんなことを言うイムニティを横目に、リリィはリコ・リスの問いに答えを返す。
「今は、いいわ」
「『今は』?」
「ええ。多分そう時間はかからないと思うから」
「……はあ」
怪訝な表情を浮かべるリコ・リスと、楽しそうに兄妹喧嘩を見物しているイムニティを残してリリィは息子を連れて去っていった。
リリィの言った通り、あの後召喚器を使って町じゅうで暴れすぎた二人は地球にいるわけにもいかなくなってアヴァターに逃げてくることになるのだが、それはまた別な話。
「てめぇリリィ、お前のせいで大変な目に」
「何よ、子供作っておいて責任も取らずにいるつもり!?」
「お兄ちゃんから離れなさいよ!」
別の話ったら別の話。
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